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川島秀明 Hideaki KAWASHIMA

お誕生日おめでとうございま〜す。

「え? なんで知っているんですか」

・・・へへへ、オサルスはグルッと何でもお見通しさ! うそうそ、 済みません。
プレゼントにケーキを持ってきましたから食べましょう。

「はぁ〜。」

え? オサルスが何故川島さんの誕生日を知っていたのかって、種明かしは 『川しま』 さんのホームページの掲示板。あれがあると川島さんの、誕生日だとか風邪を引いているなとか色々判って面白いですね。あ! ケーキ召し上がりませんか。

「病み上がりなのでビタミンCをとろうかな、この果物の一杯あるのがいいですね」

せっかくだからここでケーキのご紹介。ちなみにお皿は小山さんちの。

 川島さんが選んだのがタルト・ツー・フリュイ・フレ(550円 税別)。

 オサルスはフレジュ(500円 税別)を、

ケーキ屋さんのイデミ スギノは、 1992年に神戸に開業。2002年末に京橋に移転オープンしたお店。
(イデミ スギノ HIDEMI SUGINO 東京都中央区京橋3-6-17 TEL03-3538-6780)

・・・お味はどうでしょう。

「美味しいです」

 
こちらは1月30日に誕生日を迎えられたアーチストの川島秀明さん。

川島さんの作品との出会いは去年の5月の Project Roomでの個展(2003年 5月9日-5月31日)。
気持ちが癒されるというよりも何故か胸がザワリとした奇妙な感じが・・・その何故が、加速したのは、ある画廊で1989−90年に描かれた三島由紀夫を題材とした作品 (写真ですが) を拝見してから。
三島由紀夫とシャドウ・モンク???

今日はアーチストの川島秀明さんにお話をお聞きしました。

おっと、その前に小山登美夫ギャラリーの小山さんに川島さんの魅力を一言。

「川島君のポートレイトは人間の清濁を全て引き受けていてたいへん面白いと思います。でも、何で僕の写真を撮るの・・・。」

・・・まあ、まあ。((((((^_^;)

・・・ところで三島由紀夫といえばやはり文学、文学少年でいらしたんですか。

「当時は三島由紀夫しか読んでなかったので、文学少年というよりは、単なる三島ファンなんです。人格を形成していく年頃に、三島的な自意識みたいなものを植えつけられたというか、まあ、最初はそれにシンパシーを感じるものがあったからだと思うのですが、あとは、それを批判するのではなく、ドップリのめり込んでいった感じですね」

・・・三島由紀夫が自決した時は何歳だったんでしょう?

「一歳だったんです。母親に抱っこされてテレビで見ていたらしいんです」

・・・私は中二だったので凄く衝撃を受けた覚えが、丁度作品も読んでいて、中学生だったから、なんかカッコつけで読んでいたような感じですけど。影響されたというよりも、それが自分の中に澱(おり)のように残っていったような所はありますね。

 「僕もカッコつけたいみたいな事だったと思います。一応文学を読んでますよみたいなポーズをつけて、三島以外に読んだものも色々ありましたが、核として残ったのは三島的なものだと思います。
当時の作品については深い考えがあった訳でも無く、丁度僕が大学の二年か三年の頃は、昭和天皇が亡くなった時期で、折しも天皇ブームというか天皇制を論じるタブーが破られ始めている時、三島が死んでから二十年くらい経った頃でしたけど、それなりに三島経由で得た知識から天皇制論議に関心があって。
何ていうんですかね。虚勢を張るような感じでああいう作品を作ってたんです」

・・・なるほど。先日、川島さんのページで作品を拝見したのですが、99年のブッタの作品と2000年から2004年の作品までかなりの変遷がありますよね。凄く面白かったというか、でも、何故、『川しま』(http://www4.plala.or.jp/kusanagirin/)なんですか。

「サインだからです。大した理由はなくて川島の島という字が書きづらくて、シンメトリーでもないし、凄くバランスが取りにくい字なんです。ですから名前を書く時に島だけひらがなにすると僕的にはおさまりがいいんです」

・・・でもあの掲示板は凄い量ですね。あれは川島さんの作品がお好きな方が書き込むんですか?

「あのホームページは、2000年に名古屋にいた頃、草薙凛という別名を名乗ってイラストみたいなことをやっていたんですが、その時に仏像みたいなものをイラストのようにして描いていて、それをバーチャルのお寺にみたててページを始めたんです。
半分は洒落で、私が住職で投稿者は参拝客という形です。東京に引っ越してから、名前も本名にして、あのページは、作品を必要な時に見せられるように、新しいものを描くたびにアップしていって、ファイルとして機能すればいいやと、一時は掲示板もはずしていたんですけど、それでも見ている人からメールとか来るので去年から復活したんです。掲示板があると作品の発表を告知するのに便利だからです」

・・・住職と言われましたが、95年に公募で比叡山に修行に行かれて、修行は辛かったですか?

「入る前までは結構目的の無い生活をしていたので、カチッと形を与えられると結構張り切って出来ましたから、僕的には苦しい事よりも楽しい方が大きいですね」

・・・ところで作家の道を選んだ切っ掛けは何でしょう。

 「今から思うと全てが行き当たりばったりなんですよ。それまで仕事らしい仕事をしていなかったし、比叡山にしても、駄目もとで応募したのですが、選考会で一回落ちちゃったんです。唯、一人、お母さんに泣きつかれて辞退した方がいたので急に僕に電話かかってきて、それで受かってしまって」

・・・お坊さんになる選考基準は何でしょうね。

「 聞いてみないと判りませんが、お坊さんの直感じゃないですか(笑)。比叡山のえらいお坊さんが12人くらいで面接をして決めるんです」

・・・へぇ〜。

「公募に落ちた時に、落ちても何が何でもお坊さんになるんだという気持ちがあったのかと云えばそうじゃない。偶々入れたからよかったんですけど・・・確かに多少気持ちがあったから応募したんですが、受からなかったら志としては、そこでくじけていたかもしれないものなんです」

・・・今迄89年当時の作品のお話からお聞きしているんですが、作品の題名は全部英語でしょ。先に題名を考えてから絵を描かれるんですか。

「題名をつけるのをやめようかと思うくらい全部後づけなんですよ。英語力が無い事もあって、もしつけるんだったらこんな感じのタイトルなんだけどなって、かといって日本語でいうとしっくり来ないので、シンプルでバッシと決まる単語はないかとそのつど辞書を引いているのですが、タイトルついてはいつも悩みますね」

・・・なるほどと思うようなタイトルばかりですよね。

「シンプルな方が含みがあるじゃないです」

・・・今年描かれたinquirerは、いい作品ですね。本当に顔がinquirerだと思いました。

「これであっているかなと、こじつけっぽかったんですが」

・・・川島さんの絵を始めて拝見した時から癒し系には思えなかったのですが、あの時に感じたザワザワ感が言葉にならないので、作家の方に直接聞いてみようと、ご自分の絵を一言の言葉で言い表すとどういう言葉になりますか?

「ありきたりかもしれませんが、自画像のようなものだと思いますね」

・・・あ! そうかぁ〜。

「描く時考えているのは、これを見る人にこういう事を伝えようと思って描いているわけでは無いですから、しかも、最近は顔しか描かなくなってきたし、日常的に鏡を覗き込むような事じゃないかなって・・・」

・・・見る側としてはどうしても比叡山とか修行とか聞いて見るせいか、凄い精神性に近づく為に神のようなものを目指しているのかと思っていました。

 「神秘的な感じとかそういう事ではなくて、実際、比叡山でしていた生活自体を今の生活に重ねるようなところはありますけどね。それが高邁な精神性につながるとか、そういう事じゃなくて、淡々と毎日同じような事を繰り返しているという意味でね」

・・・なるほどな〜。人は淡々と生きているんですものね。淡々とページも作っているんですね。me.tooです。

「こういう風に見せた方が効果的に強い印象を与えられるとか、そういう打算はないです。ホームページもあのまんまです」

・・・変な質問ですが、何故目が左右大きさが違うのですか。

「例えば遠い近いとか、あんまり意味はないです」

・・・さっきからこの作品をずっと眺めていると・・・不思議な気持ちになりますね。

「例えばこの絵が時間が掛かってしまって一週間くらい何らかの事情で描けなかったと、一週間後に描こうと思っても、又最初からやり直さないと自分でも何を描きたかったのか忘れちゃうというか、絵の工程上顔以外の事をやっている時間は長いんですが、顔はその時じゃないと・・・何となく出てくるんです」

・・・今は、以前と違って作品が売れてますよね。気持ち的にはどうですか。

「怖いですよ。凄くびびってます。動機事態は私的なものだから、例えば作品いいですねと云われても、何をいいと思って云っているのか、ちょっと自分でもよく判らないところもあるし、いいのかなと思いつつもここまで来た以上は行くとこまで行ってという感じですね。それで例えば成功しようとか失敗したらどうしようとかは考えないです。成り行きですから」

・・・これからの予定を教えて下さい。

「これまで通りです。今はまだ予定がない状況なので色々な事を考えないから凄くいいんです。それに純然と描き溜めるのは理想です」

・・・最後に、川島さんのモットーを教えて下さい。

 「モットーねぇ。何だろう。飲みすぎ注意ですか。難しいな〜、死ぬ間際に自分の人生がまあまあじゃなかったのかなと・・・そういう感じですね」

・・・どうもありがとうございました。川島さんに影響を受けた作家は誰ですかと質問しましたら、

『一人は奈良さんですね。大学に入る前はクレメンテですか、こづかい貯めて画集買いましたから』

そう云えばクレメンテのインタビューのなかに『この世界の中心は自己、つまり『わたしに(アイ)』によって象徴される。さらに英語では『わたし(アイ)』と『目(アイ)』の発音は同じである。それに凄く興味を惹かれる。』と、云っていたのを、思い出して・・・。
因みに川島さんが人に拘る理由は、自分でも説明できないという事でした。

inquirerは尋ねるとか問うという意味。
オサルスも若い時には、時が経てば人間は色々な事が判ってくるんだろうと思っていましたが、未だに何も判らず、これからもずっと inquirer しそうな予感が・・・。
まあ、解らないから、いろんな人に根掘り葉掘り聞くんだけどね。

『川しま』 http://www4.plala.or.jp/kusanagirin/

小山登美夫ギャラリー http://www.tomiokoyamagallery.com/

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