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フランシス真悟 SHINGO FRANCIS

・・・青い色にこだわる理由は何ですか?

「この青のブルー・サイレンスというシリーズを始めた時に、自分の失ったものや人の歴史とか過去とか記憶とかに対して興味があって、青というのはアルケミカル・・・」

・・・アルケミカル?

「メタフィジックスってわかりますか?
昔の人はラピスラズリを使ってクリエィティビティーやイマジネーションを描いていました。僕は青というのは受け入れる力と想像力の力があると思うんです。
もうひとつはアートにおいて、ミニマルな作品を作る上でひとつの色に絞りたいからです。以前は色々な色や、今も違う色を使っているのですが、このシリーズは自分のイメージをディーコントラクトして、イメージだけじゃないんだけれど、使っている色も絞って絞っていきたいんです」

アルケミカルにメタフィジックスにディーコントラクト・・・。やはり辞書を持ってくればよかったです。彼の日本語は流暢でよくわかるんだけれど、日本語に対応しない英語もあるんですよね。こちらの勉強不足を笑わば笑え、だってこれがオサルス流。意味は自分で調べてねm(_ _)m。
今日は10月4日(月) - 23日(土) hino gallery にて日本で初個展をされるフランシス真悟さんをご紹介します。
意味といえば、ミニマルとはミニマリズムの略。ミニマリズムとは、最小限主義と訳され、最小限の素材(の反復)から最大限の効果を得ようとする表現様式。余分なものを一切引き払ってゆく引き算の芸術という意味らしい、それって“本来無一物”じゃない。禅と思えばいいんですかねぇ。聞いてみました。

 「青というのは空とか海の色でもあるんですが、描いているうちに静かな体験をするというか。描いているうちにそういう静けさが青にあるんだなと気がつきました。それはミニマルでもあるし、ミニマルな体験とは何かといえば静けさだと・・・」

確かにアトリエもミニマルですね。実は今日はフランシスさんのアトリエにおじゃましているんです。一切余分なものがなくてSimple is best。ハートの切り抜きが可愛いです。

・・・作品を拝見していて、静けさというよりも、もやもやしている感じを受けました。
このもやもや観のうしろに色々な情景が見えるような気がするんです。

「イメージはミニマルだけれど、自分が描きたいのは深みがある絵なんです。もし何か失ったものがあればその中に入れていきたいし、自分の記憶を創造するのに何かの空間が必要であれば、この絵を見てそれを思い出したりして欲しい、ひとつの空間スペースとしてファンクションしてもらいたい、動いてもらいたいんです。」

・・・作品と鑑賞者の間に何かが生まれる。作品はコミュニケーションツールとして起動するという事ですね。先ほど自分の失ったものや人の歴史とか過去とか記憶とか話されていましたが、それらを塗り込めているという事ですか。

「この人生を生きてきた中で、人によって違うだろうけれど、生きる事で必ず失うものがある。例えば引っ越した時に、友達や住んでいた家や家族との別れ・・・自分からしょうがなく失っていったものもあると思う。
僕は失われたものに焦点をあてているんです。失われたものは記憶には残っていなくても、何処かで身体が覚えているんですよ。それがコンセプトというかサムシングワース。青というのはそういう感情を描きやすい色だと思っているんです」

・・・瞑想する感じですね。

「瞑想とは?」

・・・目を閉じて深く静かに思いをめぐらす事です。

「そうですね。ピカソと比べるつもりはないですが、“青の時代”は失われたものの意味があったと聞いています。イブ・クラインも青を使った。彼が使った理由はわからないんだけれど、メタフィジックスな理由があったみたいです。だから自分にとっても人にとってもユニバーサルな意味があるんじゃないかと。
それに空は何処にでもあるから、青と人とはつながりがある。人が何かを思い巡らす時、上を見上げますよね。昔の人は空のお話や星の物語を作ったり、色々想像してイメージを作り上げた。そこには共通する真理があるというか。一人一人の人に共通するものがあるんじゃないかと思って・・・。
そして青は寂しい色でもある。展示の時に友達から、凄くきれいな色だね。でも悲しい色だね。寂しくなるねといわれます」

・・・青は遠ざかる色。引いていく色だからね。ところで何故アーティストになろうと思われたのですか。

 「若い時に日本からアメリカに引っ越して、最初は友達がいなかったのです。当時は環境に中々慣れなくて、それで父の家にあった本を・・・父の書斎には心理学や宗教や文学や神話の本が色々置いてあったんです。
僕は特にポエムを読んで共感しました。書く事は自分を知る事だから、いいポエムが書けたら、生きている感じをつかめたんです。それは自分とのコミュニケーションになったんですよ。
まあ、当時は絵を描くのは好きだったんですが、父親が画家なので“あいつと同じ事をするか”という反発もあって、同じ仕事をするのが恥ずかしいというか、多分単純に恥ずかしかったんだと思います。それから段々友達は出来たんですが、その体験がずっと残っていて、その後大学でリトレチャーを専攻したんですが、その学部は美術の授業を受けなければならなかったんです。最初にペインティングのクラスに入った時に、皆が色や形を使って自分の表現をしているのに驚いて、はまってしまいました。それがペインティングの始まりです」

・・・今、アーティストとしてお父様(サム・フランシス氏)とお母様(出光真子氏)をご覧になると如何ですか。

「父と母はたいへんな事をしてきた人達だと思います。僕は20代の後半までは色々やる事があって、廻りを気にしないでバンバンやっていましたから、だからそんなに考えた事がなかったんです。でも社会に通用する人として、世の中に動かされないで、お金の事とか有名になる事とか、廻りにどう思われているとか、今風に合わせようとするとかそういう事をしないで、誠実に自分の作りたい作品を作っていく姿や作り続けていく姿が凄いなって思いました。尊敬するのが大切だと思っています。
それに作品の好き嫌いは別にして、どんなアーティストでもやり続けて来た事が、どんなにたいへんだったか、どんなに自分を信じて来たか、続ける事は凄いと思いますよ。以前はこんな作品を作って何だとか、自分より年上のアーティストでも批判する事が多かったんですが、それはその人が自分のビジョンに対してリボーションしている事に気がつかなかったからなんです」

・・・最近思うんですが、認められるという事は、やり続ける事によって、どこの時点かわからないけれど、何処かで作品と時代がマッチングするんじゃないかと思うんですよ。合わないと死んでからになるかもしれませんが(笑)。

「わからないのが不安になって止めてしまう人もいるだろうし、人それぞれでしょうね」

・・・今まで個展はアメリカとスイスでされていますが、二つの国の反応は如何だったんですか。

「例えばアメリカの場合は、10年前でまだ若かったから、展覧会に来てくれた人が、惹かれた作品がバラバラだったのでよくわからなかったんです。アメリカ人は、ある一点が好きになると凄く好きになって、欲しい人は凄く欲しがるんです。でも他の作品は見向きもしない。
アメリカ人は表現が豊かだから凄いんですよ。スイスの場合はクールでした。水彩画のシリーズがあったんですけど、皆が好きになってくれて、皆が共感する所があったみたいです。スイスの人は礼儀正しくて、日本人に近いかもしれないですね」

・・・日本では初個展になりますが、反応が楽しみですね。

「青い絵の存在で空間は静かになると思いますから、まじめなでクールなイメージになるんじゃないかと思いますね」

・・・こちらにドローイングが置いてありますが、ドローイングは、タブローにつながっていくのでしょうか。

「今のところは別々なんです。タブローはタブローとしてひとつの作品として描いていて、これを紙で描くつもりはないんです。僕は油絵から始めたので油絵でやり続けるつもりです。紙は青のシリーズとは離れた、新しいコンセプトやアイデアを作り上げています。それに単純に青い絵ばかり描いていると心が重くなってくるんですよ。
僕はよく自然を見たりするんですが、自分の中にあるイメージを忘れないうちに描く事もあるし、何か気にいったら手でルーズに描くのが好きなんです。タブローは計算して重ねて描いていますが、ドローイングは自由な表現が出来て面白いんですよ」

・・・タブローは計算して重ねて描くという計算の仕方とは?

「青い絵の具をどの程度混ぜるかです。濃い青と明るい青とかメディウムの量とか色々試行錯誤しながら、例えばコバルトブルー何パーセント、セルリアンブルー何パーセントとか、描く前からどの位濃くするか決めておいて、それに沿って塗るんです。だから忘れないようにノートにきちっと書いて計算しています」

・・・100人いたら100通りの色の感じ方があるから、微妙な色のニュアンスを感じてもらうのは難しいですね。仕上がりが思い通りにならない場合もあるんでしょうね。

「凄く細かい部分に気をつけて、ゴチャゴチャにならないようにしなければいけないし、深みはあると思うんですが、画面が光りすぎてしまう場合もあります」

・・・光すぎると物質観が出てしまって中に入っていかれないですね。う〜ん。凄く微妙ですね。これは不思議。微妙な部分の計算がないと中に入れないんだ。中に入れる空間観が出来るから広がりをもって見れるんですね。だから質感が感じられるんだ。

 「そのバランスをちゃんととるのに、だいぶ時間がかかっているんです。色々失敗しながら、体験しながらやっています」

どうもありがとうございました。個展楽しみにしています。

禅には、不立文字というのがあって、経典や教理によらず、以心伝心 [いしんでんしん] で悟りを伝えていくそうなんです。それは禅は働きであって、言葉で説明すると概念的になる恐れがあるかららしい。
オサルスは美術もそうだなと思うんです。作品を見て文字、言説を立てても、その感覚的質感を言葉に置き換えるのは難しい。とにかくその前に立って見るしかないんじゃないかと・・・思うんです。

フランシス真悟 blog http://blog.livedoor.jp/s_francis/

hino gallery http://hinogallery.com/

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