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携帯オサルスのおすすめランチ ランチdeチュその31

ふくの唐揚げご膳 1200円

西京つけとおさしみのご膳 1500円


たらふく 銀座別館
東京都中央区銀座7-8-18 TEL 03-3573-0129 年中無休
ランチタイム 11:30−14:00

たらふくさんは、大阪に本社があるお店。東京は、ここの他にも本店、新館、新宿店・・など、今回伺った別館は、オープンしてから6年目。

 女性のお客さんが、断然多いという、女性好みの落ち着いていてモダンな空間、一見料亭風の造りで高級そうな雰囲気があるけれど、ランチの値段は凄く良心的。「ふぐ」でこの値段はちょっと嬉しいんじゃないでしょうか・・・。
今日は、シロタ画廊オーナーの白田さんにご紹介頂きました。

 入り口のアプローチが素敵でしょ!。ランチでふぐは初めてなのでかなり期待して、イザッ!
でも、その前に白田さんに色々お話をお聞きする、リスニングタイム・・。

●画廊を開いたキッカケは ・・。

 「切っ掛けは、非常に不純なんです。たまたま家内が武蔵野美大の油科出身で銀座の昔の村松画廊でグループ展をした時に手伝いに行って、そこのおやじさんが、いつも昼間は新聞読んで、夜は酒飲んでるのを見て、コレで出来るんなら楽でいいやと、ちょうど僕も、モノ書きを目指していたし、親から自分の食い扶持を考えろと言われていて。じゃあ画廊を始めようと。以前は銀座3丁目の青木画廊の隣に貸画廊で出発しました。けど・・・。端でみるほど楽じゃなかったですね。当時は32歳若かった」

●オープン当時の景気は・・。

「良くなかったです。1968年のオープンですから、ここで4年やりました。ちょっとスペースが小さかったから、今の場所に変わりました。当時銀座は5丁目から8丁目が賑わっていたんです。今の場所で32年間がんばってます。色んな作家をやりましたね・・・。小作(青史)、中林(忠良)、リー・ウーハン、木口の日和崎(尊夫)、野田哲也・・。など多数です」

●その中で印象に残った作家は・・。

 「日和崎(尊夫)さんかな、酒はめちゃめちゃ飲むし付き合いきれない人でしたね。1970年に「卵」という展覧会をしたんですが、打ち合わせに新宿で会って、安いバーでダルマを一本空けて・・・。帰ったんですが途中でやくざに会っちゃって、日和崎さんの肩を押さえながら、何も言わずに行こうねって言ったんですけど・・。振り向きざまに、オイ!チンピラって言っちゃったんですよ。その後二人で散々殴られて、それから日和崎さんとは酒を飲むのが・・・どうもね!。今、ああいう生き方は許されないでしょう。
当時、木口木版は誰もやってなかったんですよ。これはなんだと・・。言う人が多かった」

暖かいうちにどうぞという、白田さんのお言葉に甘えて・・・。


ふくの唐揚げご膳 1200円

西京つけとおさしみのご膳 1500円

 私が「ふくの唐揚げご膳」、白田さんが「西京つけとおさしみのご膳」を。
私は、ふぐが丸ごと唐揚げになって・・と想像していたんです。我ながら、まさにオサル・・。
とーぜんですが、写真のように揚げてありました。白身の魚のさっぱりした食感と骨離れがとても良いので食べやすいし全然油っぽくない。付け合せにしし唐、しいたけ、にんにくと、うつわとのバランスが絶妙。彩 りが綺麗です。うつわも楽しみながらいただけるんですね。

 「ここのうつわは、板長さんが、窯元に出向いて仕入れてくるのよ 。毎回違ううつわで、出してくれるのも楽しみのひとつだから」 と、白田さんの奥様からの耳打ちです。
「板長が、とても熱心だから。こういうのつくったんだけど、と、試食を薦められる事も多いんだよ」 と、白田さん。

 確かに、このご飯の輝き方、光ってます!米粒が立ってます。サラダは和風のしょうゆのドレッシング仕立て、赤出汁の味噌汁はなめこと豆腐だしがよく出ていてgood!。こだわりを感じるお店です。ふぐは高級品だけど、この値段で食べられるランチはお薦めです(★★★)。

●日和崎さんは、なぜ木口(木版)を始められたんですか。

 「あの人は、武蔵野美術大学で油絵を専攻していたんです。卒業してからは、現代美術系や色々な事に挑戦していたのですが、結婚して生活ができないから出身地の高知に戻って、お母さんのクラブのマネージャーを。その夜の仕事が終わってから、大きいものは描けないから小さい世界を開拓しはじめたんです。
でも、展覧会をやっても中々売れなかったんですよ。当時朝日新聞の小川さんが紹介してくれて世間の目は少しは変わったけど、生きている間は認められなかったな。
ちょうど70年代は作品が大型化してきた時代、ある意味で木口は時代に逆行していたのかも。本人は東京版画ビエンナーレに招待された時に三木多門さんから、こういう地味な仕事をしている人は大事にしなければいけないと言われて・・・。凄く喜んでいましたね。その当時の卵の作品が代表作になった訳だし・・」

 「もう一つのエピソードは当時19歳の柄澤齋さんが日和崎さんに惚れ込んで、弟子にしてくれと頼んだんですけど断られて、版画の専門の創形美術学校へ行った。彼も、もの書きを目指していたんだけど、版画家になった。他にも小林敬生さんや栗田さんなど、日和崎さんの影響を受けてる作家は多いです。今になって思えば凄い人だった。
しかし、凄い飲兵衛だからね。付き合うのは大変でした・・。その後文化庁の海外研修でパリに行ったんだけど、酒が止められなかった。細かい仕事だから酒を止めなければ作品が出来なくなってきた。悪循環、最後にビールが喉を通 らなくなって・・・。食道癌だった。ちょうど50歳で亡くなった。
生きている間は作家としては恵まれなかったね。認められたのは三回忌を目指して行われた遺作展、高知県立美術館から松涛美術館で、NHKの日曜美術館で放映されてから、それからですね。認められたのは・・。 今では作品の値段も25倍以上になってしまいました」

●白田さんは、なんで版画の画廊にしたんですか。

 「最初は油絵をやっていたんです。当時、現代美術で有名なのは、東京画廊と南画廊、版画では養清堂、南天子画廊、日本橋画廊があるから、銀座でやるのには特徴をださなけばいけないと、抽象的な若い作家、同世代の作家を手がけたんです。
始めは版画だけでやるつもりはなかったんですが・・・。当時版画は売れなかったしね。
日和崎さんのタマゴの作品が8枚入ってワンセット、50部のエディションで4万円 、知り合いのお客さんに少し買ってもらったけど全部残ってしまった。若かったから明日金が無くても何とかなると思っていたから出来たこと。
りー・ウーハンさんの版画を作ったときも大変でした。彼の作品は工房で作るから経費がかかる。日当で払わなければいけなかったし、当時の金額全額で160万くらい払った。リーさんから負担をかけて悪いとまで言われて。でも、いいもの作れば何時か何とかなるという気持ちでお互い制作したのが良かったんですね。
77年の展覧会でした。売れないだろうとあきらめていたんですが。南画廊の志水さんや東京画廊の先代の山本さん、南天子の青木さんが誉めてくれてエディション50部のうち30部売れました。画料も払えてほっとした思いがあります。今その作品は250万位 してます。お客さんには感謝されました」

●70年代はエネルギッシュな時代だっと思いますが、昔の作家と今の作家と比べるとどうですか・・。

 「時代的な背景があるからね。70年代は元気な時代、バイタリティーがあった。それに引きずられて、画廊も売れなくてもなんとかなるという気持ちがあったと思います。
作家も若いときは売ろうと思って作ってないし、とにかく発表するだけで満足していた。でも、今の人は結果 を急ぎすぎる。展覧会をして、マスコミに取り上げられなかったり、売れなかったりするとガッカリしてしまう。辛抱ができないんです。
一人の作家を育てるのには20〜30年かかる。今はスピードが速いから30代で認められる人もいるけれども、情報化時代だから出てくるのも早いが潰れるのも早い。アートは流行だけを追っている訳ではないから。これからは画廊も作家も自身が問われる時代、こだわりとバランスが肝心かな」

お薦めランチを始めてから、色々な方にお会いしますが、お店も画廊も作家も、こだわりがキーワード。
オサルスもこだわっていい仕事が出来るといいんだけど。

美味しいランチ、ご馳走様でした。
この他に、リー(李禹煥)さんのお話も色々お聞きしたのですが、それは次の機会に。だって白田さん、まだまだお薦めのお店があるそうなので、オサルスも小出しにして美味しいものを何回も・・・なんてネ。
「携帯オサルスの食いしん坊万歳」でした。(^o^)/(^o^)/

シロタ画廊 http://www.gaden.jp/shirota.html

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