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携帯オサルスのおすすめランチ ランチdeチュその39

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中国薬膳料理シンフウ銀座店
中央区銀座6-9-9 かねまつビル6F TEL 03-3289-4245
ランチタイム 平日11:30 −14:30 土・日・祝日16:00まで

 今日は、11月24日までシロタ画廊で個展を開催の柄澤齊さんとご一緒に、白田さんのお薦めの薬膳中華に行ってきました。

「野菜が沢山入っていて、薬膳・・漢方の体にいいものが入っているので、しつっこくなくてさっぱりしています。優しいのどごしで、食べ終わったあととっても美味しかったって思える所ですよ。
お薦めはランチセット、ちょこっと前菜が付いてメインの料理とスープ、その日の体調で選べます。あとは、ご飯かお粥、お粥は美味しいですよ。普通 の家庭ではできないお味、それとデザート。
お店の感じは癒される雰囲気ですね、プロがいけたお花が凄く綺麗、和やかな感じがいいですよ」

と、白田さんの奥様も絶賛!。

前から美味しいと聞いていましたので楽しみ。
エレベーターで6Fへ、豪華な室内、むかって右側には、漢方の材料? 薬膳酒? の、びんがずらり・・・と。

シンフウさんは、平成元年のオープンで、13年目、なぜ薬膳料理を・・・
「薬膳のアドバイザーが、東大の薬学部で研修中に日本人の食生活に付いて非常に疑問をもったんです。例えばグルメの人が味には拘るけれども、体や健康の為に、どう作用するかという事をあまり考えてないし、その他の人達は食べ物を非常に疎かにしている。食事に付いてもう一度考え直す機会を日本人に与えようと・・。美味しさと健康は両立出来るという考え方ですね」

では、ランチセットを、7種類の中から3品・・。
芝海老とカシューナッツ炒め(1700円)、白身魚と季節野菜の炒め(1700円)、豆腐と干し貝柱の煮込み(1500円)
全て、(小菜、本日のスープ、ご飯かお粥、デザート付き)
お膳に並んだ姿が豪華でしょ。彩りも綺麗、味は勿論 VERY GOOD(★★★

常連のお二人にお味を聞くのも野暮だけど・・・。如何ですか?

 柄澤さん……「味は、定番な言い方ですが、美味しいです。
胃に負担が掛からない・・し、舌にも負担が掛からない・・、悪い後味が残らない料理です。銀座で個展をやる時に、友達と夜飲む事もあるのですが、昼にこってりしたものを食べると、夜めんどくさくて嫌だなと・・・、ここの中華料理は、食べたあとでも、又、中華でもいいなと思うサッパリ感があります」

 白田さん……「中華としてはさっぱりしてますが、奥が深い。中華料理はカロリーが多くて女性が敬遠するじゃないですか。ここは圧倒的に女性が多い、昼は9割が女性です。女性のこない食べ物屋は駄 目ですね」

「女性は男みたいにやせ我慢しないから・・・・」と柄澤さん。

確かにさっぱりしていますけど、味にこくがある。料理の合い間にお茶を・・。苦味が・・漢方が体に効いてるって感じありますね。独特の味プーアール茶。プーアール茶は油を落とすのだそうです。

 「 日本人にはかび臭い感じがあるみたいですが、香港の人達は,そうは言いませんね。うちではプーアール茶に菊の花を入れています。菊の花は、眼精疲労や消化を助けるし、プーアール茶の独特の匂いも緩和される。香港式飲み方です」と支配人の藤森さん。

食べてばかりですみません。

●それではお話を・・・。

 「美術への関心のもち方は、学校が大嫌いで不登校児まではいかなかったんですけど・・。後になって考えてみれば全員がいっせいに同じ事をする社会が嫌だった事もあるし、そういうものとは別 の世界に憧れが強くて、映画とか音楽や美術が心の癒しだったんです。栃木県の生まれなので周りがそう言う環境ではなく、東京に出てきては美術館や映画館に通 ううちに美術に興味をもつようになりました。
今回歌舞伎をテーマにした版画集の展覧会なんですが、この時代に随分歌舞伎や能を見ましたね。高校を出てから二年間位 ぶらぶらと古本屋を回ったりして、丁度その時期に『季刊版画』という雑誌との出会いがありマイナーな世界を扱ってはいるけれど、これから版画が新しい展開を見せるなっていうか、クラフト的な側面 も凄く強くあるし、普通の一般の描く美術と違うと。
それから随分版画の展覧会を見るようになったんです。そんな時にシロタ画廊で日和崎さんの「卵」の詩画集の展覧会を見て衝撃を受けました。それで兎に角これをやりたいという思いがあって、創形美術学校に入りました」

●木口木版を選ばれた理由は、日和崎さん・・の影響が?。

 「勿論決定的にそうです。古い本が好きで・・・。木口木版画の図版を博物誌の本の挿絵や西洋の小説の挿絵などで知っていましたが、それと全然違う表現を彼はしていましたから。これはまったく違う別 の可能性がある世界だと思いました。
本とクラフト的な要素と美術であるということが、木口木版によって一致している。これで進もうと思いました・・・」

●今、版画を見る場合は、額装してあるものばかりのような気がするのですが・・・。

「そうとは限りません。視覚も勿論ですが、版画集であれば手でめくって見るもの。僕の場合は触覚を大切にしたいので・・・ 、版画は触覚に訴える面が凄く強くあるから、要するに額装されて大きく壁を飾る絵があるべきだし、あっていい訳だけれど、そうでないタイプの版画も当然あっていいのでは」

●紙はどんな種類を・・・。

 「 ずっと、雁皮紙っていう日本の薄い紙を使ってました。随分色々な人にテクニックを教えてきたので皆使うようになりましたけれど、薄いから台紙に張り込まなければならないんです。
なぜ雁皮紙を使ったかっていうと、日本では木口木版を刷るプレス機がなくて、バレンで刷ってました。バレンで刷る場合どうしても雁皮でないと綺麗に刷れないんです。それでやむなく始めましたけど、雁皮と木口木版の相性が良かったものだからそれが一つのスタイルになったんです。
6〜7年前にイギリスで100年前に使っていた印刷機を輸入しまして、それからは色々な紙に刷れるようになりました。今回は5〜6種類の厚手の和紙を使い分けています」

エッ? バレンで刷るのはエディションが多いときは大変ですね。

ええ、大変です・・。

●作品のイメージはどこから生まれるのですか?

 「人間嫌いの面 が強くあって、厭世的な・・社会に対してアクティブではないんです。だからこういう事をやっている訳で・・・して。
必然的に宇宙や星だとか人間がいけない場所に創造力を働かせているんです。人間の営みに対する根本的疑問がすごくあって、要するに駄 目な生き物じゃないかと、いずれ人間は滅びるんじゃないかっていう事が想像力の中にあるわけです。滅びゆく人の世界を絵にしたいのが最初の意識としてある訳です。宇宙的なイメージは、そういうところからですね・・」

●作品の中に日本的なものを取り入れてこられていますが、死生観と関係はあるんですか?

 「契機としては宇宙の終末のドラマである「死と変容」のシリーズが終わって、それに呼応するように絶大な影響を与えてくれた日和崎さんが亡くなったんです。それで年季が明けたなって気がしたんですよね。それまでの日和崎さんと違うタイプの木口木版をひたすら目指していたのですが、これからは何でも自分の好きな自由な木口木版をやろうと ・・。
木口木版は西洋で生まれた方法ですが、これを日本の伝統的な芸能と融合させて見たい。日本人の血で彫る木口木版画をちゃんと作り上げられなけば日和崎さんの跡を継げないだろうという思いがあります。もう一つはその時に何の仕事をしたかっていうと方丈記の版画集を作ったんです。鴨長明の方丈記で、日本的な無常観の典型的な文学ですよね。
もともと好きだったんですが、「ゆく川の流れはたえずして・・」という無常観というのが、日和崎さんの死と・・・・。自分自身のこれまでに彫ってきた宇宙観みたいなもの、自分自身のイメージで紡げるだけのものは全部紡いでしまったという虚脱感みたいなものが一緒に来て、方丈記をやることによって日本的なある境地を目指す事に弾みがついたんです。日本的な物語の世界をやってみようと・・。
丁度その時詩人の岡田隆彦さんが一緒に詩画集を作ろうと言ってくれて「植物の睡眠」を作ったんですが、やっている途中で岡田さんがご病気になって制作するのと彼の命が衰えていくのと一緒になってしまって完成してから1年弱でお亡くなりになったのですけれど・・、彼にとっての最後の制作となって・・・。無常観に拍車をかける出来事になりました。
本気で日本の物語を版画でやってみようと。ただ、無常観だからといって無常的な気分やそういう態度で取り組むのではなくもっと明るく楽しいものにしていこうと・・。この間「ジパング」という日本の昔話をテーマにした版画集を作りました。今度は歌舞伎です。深いところには色々複雑な暗い世界があるけれど、そういう所は表に出さずに・・・。荒唐無稽な神話の世界を楽しんでもらいたいですね・・・」

●タブローも制作されてますよね。

 「本の装丁に絵を描く事はありましたけど、作品をプランニングした時に出来上がりが最後まで見えてしまうんです。それは自分の職人的な技術ははある種飽和点に達したということなんです。
最初からあらかじめ解っているイメージをなぞるしかなくなってしまう。それは創造的なことではなく工芸的になってしまう。
例えば長谷川潔の中には、そういう感じがする。見えていることをなぞっているというか、そうならない為にはどうするかっていうと、予定できない事や予測できない事をやらなければいけないと思って、水墨みたいな事をやり始めました。
墨の滲みや流れにゆだねるというか、版画の場合は自分の手で直接触って、隅々まで自分の意図の通 りにやっていかなければ気がすまない訳ですが、全然そうできない事をやってみようと。まだ完成した仕事とはいえませんが、版画のリハビリにはとても役にたっています」

●エディションは全部一遍に刷るんですか・・。

「いえ、刷りません。注文がきてから刷ります。版画集だと一気に刷るチャンスあるのがいいところなんですが、刷る行為は単純作業で完全に職人仕事。批評もなにもないわけで・・・。凄く辛い。版画刷るのが好きだという版画家はいないですよ」

●版画は何故数がなければ駄目なんですか・・。

「それは版というものが根源的にもつ力だからです。例えばどうしてこの木にはいっぱい実がなるのかという疑問と同じで、木の持っている根源的な力だからです。ただ、選定してメロンを育てるように何百もある木からほんのそれしか採らないというのは、美術のグレードとしての世界でもある訳ですから・・・」

●エディションの数は何で決まるんですか。

 「最近は版といってもミクストメディアでやっている人もいますが、版画は複数制、タブローのように一点で値段を高くする訳にはいかないし、30位 刷らないと経済的には採算がとれないんです 。
30枚刷るのも1000枚刷るのも同じで版が壊れなければ刷れる訳だけれど、基本的な作品の良し悪しは変わらないと思います。作家が責任を持てる数はあると思いますよ。ですから版画のエディションは自然に決まります」(白田さん)

「50部・100部は人の顔が見える範囲。作家は受けての顔が見えない方がいいんですが、商売でしている画廊は、把握しているお客さんの状況との連携作用 。数量は自ずから絞れてくるのでは」 と柄澤さん。

●版が残るという事ではどうでしょう。

「僕の場合は触覚と強い関わりがあって、作品のイメージではなく物質。版画集に拘るのも物質として届けてあげる。
手から手へと、手の記憶として残るものです。目の記憶だけではなく・・・。
物としての価値で残るものならば物質性の強いものが残るんじゃないですか。単に堅牢として残るのではなくね。物質性の中にポエジーが封じ込められている世界、紙一枚の中に物語があるし・・・そいいうものが残るのでは・・。人はそれを求めているような・・」

●木口の他に版画はやらないのですか。

 「銅版をやりたいですね。エッチングやドライポイントで、先の見えない事をやって見たいんです。今回の〈傾草紙〉の紙の色を染めた事は物質性を高める事もあるけれど、同時に先の見えなもの、単に刷られたものだけではなく、別 の要素を入れることによって先が見えないような工夫をほどこしました。銅版画は経験がないので五里霧中でやるのもいいかなって・・・」

先の見えないことか、人は長年蓄積した枠の中に安住しがち、一つの枠を超えてチャレンジャーとして生きなけば、創造的な仕事は生まれないのでしょう。

「蕎麦屋になりたかったな」

えっ? 版画家にならなかったらですか?

「いや! そういう訳ではないけど・・。 蕎麦は好きですね。東京にはいい蕎麦屋がない」

蕎麦かあ その言葉に映画の小津安二郎監督の言葉を思い出してしまいました。
『僕は一生をかけてうまい豆腐を作りたかったな。それが仕事です。』

柄澤齊 関連情報 2001.11

シロタ画廊 http://www.gaden.jp/shirota.html

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