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携帯オサルスのおすすめランチ ランチdeチュその41

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恵みもり蕎麦 450円

いなり寿司(2個)150円

京橋 恵み屋
東京都中央区京橋3−4−3
http://megumiya.tripod.co.jp/

 予定は未定。今日は開発好明さんとご一緒にランチの予定が、アクシデント勃発・・。
明日、香港へと発つ開発さん、ビザが届かない旨のメールで時間の変更・・。香港から帰って来たら今度はアメリカへ1年間。ランチはともかく今日会わねば、会うのは何時になるのやら・・。すったもんだのあげく、夜の10時に立川でキャッチ。ランチは一緒に食べられなかったけれど・・・。

約束の時間まで、まずは先に独りでランチの取材を。

今回のお薦めランチは、かねこあーとギャラリー(http://www11.ocn.ne.jp/%7Ekanekoag/)のオーナー金子さん。以前のおすすめランチで、銀座には蕎麦の美味しい処はないという柄澤さんの言葉をうけて、蕎麦好きの金子さんに聞いてきました。

●ご自身にとっての美味い蕎麦とは・・。

「田舎蕎麦が好き、そば粉の一部分だけではなく皮の黒い部分も入れた全体が入っているのが好きです。更科は嫌い」

●このごろ美味い蕎麦とはどういうものかが良く解らないんですよ・・。

「人によって皆違いますね。私は更科は細いうどんのようで蕎麦の匂いがしないし味がしないと思う。蕎麦はそば粉100パーセントでも使う部分で全然違う。
蕎麦がきは蕎麦の匂いがぷんぷんするでしょ。銀座は蕎麦の激戦区、高い値段の蕎麦屋もあれば、立ち食い系も多い。ただ、蕎麦を切るのに機械を使っているから、切り口に角がたってしまう。蕎麦は包丁で切るから柔らかく口当たりがいいんだよ。全部手作りしている所は値段が高くて、量 が少ない。物足りないように思うよ」

●金子さんは何処の出身なんですか・・。

「上州出身。上州は麺が美味しい小麦どころ。東京の麺はふにゃふにゃで昼寝しているよう。勿論上州は蕎麦も美味いよ。東京に出て来たころは、麺が不味くて食べられなかったな。暖かい蕎麦はのびているようで食べられない。冷たい蕎麦はまあまあだけど。今は蕎麦は殆ど機械で押し出しているから、切り方よりも粉の研究が大事なんだよ。
今回紹介する恵み屋も粉の研究をもっとしたら美味くなるんじゃないかな。ただし、まだその余裕がないんじゃないの。二人っきりでやっているから・・・。蕎麦屋が近所に出来れば必ず食べに行くけど。恵み屋は開店してまもないから元気づけてやろうと思ってね、通 ってるんだよ。
夜は居酒屋になるんだけれど、昼に作った蕎麦湯が夜になると濃くなってきてこれはお薦め。昼も水の変わりに蕎麦湯を飲むけど、夜はもっと美味しいんだよ」

金子さんはああみえてもとってもシャイな方、写 真はNO!でした。

恵み屋さんは、お店を開店してから半年、「捏ねるのも切るのも機械を使っていますが、粉のブレンドは一番粉と更科粉の割合を3対7にして出しています。お客さんの数は昼は100人くらい。田舎蕎麦は10食限定、打ってから一時間以内に出してますのでそれ以上だと管理がしきれないんです」

●同じ機械を使ってもまったく同じ味のそばにはならないんですか・・。

 「水の質やその日の水の温度に問題があります。粉を混ぜるときの粉の状態を読むのが難しい。自分の中ではちょっとなと思う日もあります」

●子供の頃から食べなれてないせいか美味しい蕎麦とはどんな味か?。一般 の人は蕎麦の味が解るものなんでしょうか。

 「解らないんじゃないですか。私も蕎麦嫌いで、この機械で打った蕎麦を食べてから考えが変わったんです。以前食品関係の仕事をしていまして、展示会でこの機械に出会いました。それで脱サラを。まだ成功はしていませんけれど・・・。自分の給料がだせる状態ではないですから。それはここの蕎麦にはかなり原価が掛かってますので・・・美味しいはずなんです」

●蕎麦を飽きさせずに食べさせるコツはなんですか。

 「特徴がありすぎるのは駄 目でしょう。朴訥な味がいいと思いますが。
若い人には物足りないかもしれない。ここのお客さんは、蕎麦つゆをつけずに食べる人が多いんです。水蕎麦って知っていますか。蕎麦を美味しい水で食べるんです。それが究極です。個人的には水蕎麦がやりたい。ビジネスにはなりませんが・・・」

開発さんと一緒に食べるはずの蕎麦でしたが、今日は一人で・・。やっぱり暖かい蕎麦よりも冷たい蕎麦の方が美味しい。今回は恵みもり蕎麦(450円)を。
あっ!蕎麦の匂いが・・・。麺もコシがあってこりこりしている。量も丁度よく。お稲荷さんも古代米が入ってもちっとした食感。美味でした。凄くおなか一杯。
ではこれから開発さんの追っかけに・・・。でも、何時に会えるんだろう?

会えたのは、何故か立川。明日は朝一の飛行機で香港へ・・・。ああ!でも、やっと会えましたね。もう22時ですが。

●定番の質問です。子供の頃から絵が好きでしたか。

 「子供の頃から絵は好きで、誉められる子供でした。ただ、もともとはコック志望で小学校の頃から料理教室に通 いたいと母に頼んだんです。でもいい料理教室がなくてそのまんまになりました。
中学二年の時に美大を受験しようと担任に相談しました。コックは自分では未知数だったので、絵は周りが評価してくれるし、一番得意なものが職業になっていけばと。単純に画家になるのなら美大にいこうと」

●多摩美術大学の油絵科出身ですか。油絵も描いてたんですか。

 「予備校の時スランプになって絵が描きたくなくなって、予備校の先生がインスタレーションの授業をしてくれてそれが凄く面 白くて、多摩美だけだったんですよ。インスタレーションのコースがあるのは、受験は油絵ですが・・・。
大学は管理されている所。進級で立体コースを受けるために平面を描かなければならないんです。立体を提出しましたら、反省文を書かされました。大学時代に油絵を描くのは途中から苦痛になってしまって、写 真をコラージュしてはったりあまり良い生徒ではなかったです」

●最初から作家になろうと決めていたわけですね。

 「好きな事でお金が稼げるのならそんな良い事はないと。デザイナーになっても良かったんですけど。たまたま兄が建築科の大学に行っているんですが、つぶしの利くのは油絵だと・・。ウソ八百を教えられて・・・」

●展覧会を何回か拝見しましたが、ご自分を対象にして作品を作ってますよね。

 「かなり自覚して作ってます。油絵が嫌いになったのも結局美術の歴史があってその歴史に耐えうる作品を自分が作れない事が解って、何を描いても何々風の枠組みに嵌められる。
立体っていうのは、年数が浅くて自分でも何かできるのではないかと、僕は自己を追及して、個なんだけれども全てであるという。逆から何か追求できないかと思って・・、自己を中心とする作品を作り始めました。
11年前からレシートを集める作品を手がけて、思考の積み重ねができて、自分中に自覚が生まれて、一度油絵が嫌いになったのが、自己探求型の作品を作る要因になりました」

●積み重ねの作品は時間が掛かるものでは・・。忍耐が必要ですよね。

 「一つの作品が素晴らしい人もいれば、長期間積み重ねなければ駄 目な人もいる。僕は前者ではないと・・。淡々と続けるものをやりたいなと思って、また、有名な作家でも浮き沈みがあるじゃないですか。時代によってそれに翻弄されない為にも自分の核が必要だし、自覚的にそういう作業を続けていくと、ある一部の作品で評価されて自分が浮き足立った時に立ち返る場所と思っています」

●365台作戦(箱型の作品を日本全国365箇所に設置して開発さんが365世帯の人に会うプロジェクト)とか、川崎IBMの作品を拝見してこんなに長期に渡って制作する方とは思わなかったんです。

「バカって、言われますね。関西ではアホだと」

●でも、作品を制作してきて、評論家や学芸員が注目し始めた訳ですよね。ターニングポイントはどこだと思いますか。

 「365台作戦の一年間が区切りになったのでは、やり遂げたと言うか。365ヶ所が展示会場、美術館も含まれていました。NHKのBSでも一年間レギュラー番組「開発君が行く」をやってましたし、、、美術館にあるものと同じ物が家にあるというシチュエーションを作る事が中々ないじゃないですか。その時は出来たんですよね。最終的に美術が収まるのは美術館ではないんだよ、という見せ方として出来たのは良かったと思います」

●開発さんの作品には色々(ばらばら)な面があるような気がするんですが。

 「今までは違う事をやろうやろうとしていた訳です。一つの作品が出来て自分にとってパーフェクトになったとしたら、次の作品はコピーじゃないですか。それを続けていく事は、世に出る為や、理解してもらう為には簡単な道だと思いますが、自分は遠回りしてでも自分のコピーは作らないように、やっているうちにこういうバラバラになってきたんです。
現在はバラバラなものを繋ぎ合わせる作業に、自分でコピーとかオリジナリティーには関係なく気楽にちょっと作れるようになってきていて、自分の中でもバラバラっぽく思われがちなものが繋ながり始めているような気がしています」

●香港には何をしに行くのですか。

「国立に友人と非営利のギャラリーを去年立ち上げたんですが、香港の同じことを考えている作家が召集して、五カ国位 の7〜8件のギャラリーから意見交換やそれぞれの国が抱えている美術の問題などのシンポジウムをします。香港は国がアーチストの為にアトリエを借りたりだとか、ギャラリーの運営費をだしたりとか比較的理解がありすね」

●それと比べて日本はどうですか。

 「どうでしょうか。やり方だとは思いますが、国立にギャラリーを立ち上げたのも苦しい思いをしたからです。
確かに海外では気に入れば作品を買ってくれたりしますけれど、日本の場合は古典芸術や古美術など、お金のある人はそういうものを買ったり、若い人は違うところに興味があったり。
そういう部分を少しづつでも考えてアプローチしなければならないし、そんな状況だから考えてアプローチする事が面 白いと思うんです。でも、それだからギブアップする事が多いのでしょうけれど・・・。状況が良くないから、非営利なギャラリーで何か出来ればと思っています」

●これからはどういう展開を望みますか・・・。

 「海外での展覧会の話もありますが、去年サンキューアートの日を作りました。
かたちあるものが全て作品ではないと思っていて、共有するアート活動が出来るのでは、そういう意識があればムーブメントを生む切っ掛けにも・・・。かなり反響はありました。僕が考えている以上の反響があって、香港でもその話をしますが、国境を超えて広がりがある何かが出来ればいいと思います。
美術という仕事を選んだ限り食べたいじゃないですか。食べたいながらも僕だけでなくていいやと。だから誰かが風穴を開けて、誰かがトップを走ってくれれば、またそこに活動の場が広がっていく。それは僕であっても、他の誰かでもいい。
例えばある海外の作家が、その国内での評価を日本と比較すると収入が10倍は違う。日本の若手のアーチストでも凄くいい作品作っているのに、制作費の借金があって売れない状況を見た時に、若者が美術に憧れないじゃないですか。
貧乏である事は、ある意味凄く美徳でテレビのネタにもなるけれど、逆の意味で成功した人が評価されて若者が魅力を感じてついて来るような業界じゃなきゃ駄 目ですよ。ブルータスに村上さんと奈良さんが出たじゃないですか。あれは凄くいいことですよ。段々と変えていかないと」

●では目をこちらに向けるのはどうしたらいいんでしょう。

 「積極的にいい意味でメディアを使うとか。ちゃんとしているギャラリーは戦略的に考えて行動していますね。向こうの学芸員などは、資格としてビジネスのコースをとっているんです。ビジネス感覚がないとやっていけないんでしょうね。
利用できるものは使うべき、日本ではテレビを軽視しがち10年以上前に昔ビートルズもコントをしていたと聞いた事があります。コントをしていてもいいものは残る。ビートルズの名曲だけが残った。時代が過ぎればいいものだけしか残らない。最終的には作品が残るのでは・・・」

●最後に、開発さんの生き方のキーワードは・・・・。

 「今を感じることですかね。ものを作ることに於いて、未来を創造しても創造しきれるものではないし、過去を知る必要はあっても引きずられる事はない。今を感じて作ってるものが結果 的に何十年後かに意味をもって時代を反映してしてくれれば・・・」

「ずっと今なんですよね。」と言いましたら、「僕の枯れない限りはね」 という答えが返ってきました。

アメリカには一年ぐらいの予定で展覧会を。発泡スチロールのインスタレーションと、ほこり集めのインスタレーションを計画してるそうです。

「今年43名の作家達と地雷除去のキャンペーンの展覧会をチャリティーで30万円弱の募金を集めて寄付しました。地雷展を選んだのは30万円寄付すれば30個の地雷が除去できるから。イタチゴッコかもしれませんが誰かがやらなければ取り除けるものではないから。諦めずに」

それを積み重ねる事によって何かがが生まれる。
地道なな行為は、ネバーギブアップですね。信念を持って生きる事は、口でいうよりも楽ではない。辛い道のり・・・だと思います。がんばって

開発好明 関連情報 2001.4 2001.2

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