
Naoyoshi HIKOSAKA フェイク・デス 2002年10月28日-11月9日
ギャラリー山口 東京都中央区京橋3-5-3 1F 03-3564-6167 11:00-19:00 日休
http://gaden.jp/yamaguchi.html
この頃物忘れが酷いのでいつだったか? ある日、彦坂さんからメールを頂きました。そのメールには大破した車の中にご本人が乗っている写真が添付されていました。(本当にこの車で事故に遭遇。このときオサルスは、菅井汲を思い出した。)
無事でよかったということと、正直言うと“よくやるなあ”という複雑な思いがあり。実際どういう返事を出したものか途方にくれたのを覚えています。
今回のギャラリー山口の個展にはその時の写真が展示されています。(透過光レリーフ2点、画像のインスタ2点、『1051秒に1人』という小さい本の作品等。)
タイトルは『フェイク・デス Fake Death』辞書でfakeを調べると『でっちあげる、捏造する、(芸術作品などを)偽造(模造)する』と書いてありました。
なんか! いいなあ! このタイトルはオサルス好みdeath。
●では、美術と死についてお聞かせください。
「判り易く言えば芸術はなんで成立するのかという問題があるでしょ。芸術の定義というか芸術の成立がありますよね。例えばラスベガスでやっているエンターテイメントとシリアスアートの違い。
映画でもそうですが、エンターテイメントの映画と芸術映画と何が違うのかという問題がありますね。同じようにシリアスペインティングとエンターテイメントとは区別があるのかどうかです。僕はルノアールはエンターテイメントだと思います。あれは芸術ではない。
ではモネは、モネはシリアスアートです。アメリカ抽象表現主義ではポロックはシリアスアートだけれどデ・クーニングはエンターテイメントなんです。ではそれは何処が違うか? 比喩的に言えばフラワーアレンジメントと華道の違い。
フラワーアレンジメントとは人生を生きていく上での様々な苦しさや悲惨さや落ち込みを隠して花の綺麗さによって生活を飾る訳です。華道は切花です。切るという事は重要な事です。基本的には仏壇花です。華やかに咲いてはいるが切られている事で死を約束されている訳です。それで拝む訳ですよ。
死を約束されている人間が切花を媒介にして死者と向き合う。それが祈るという行為なんです。それが生け花なんです。フラワーアレンジメントは生活の中にある死や破綻の裂け目を隠す事です。
芸術は隠すものではないんです。隠して済むのであれば嫌な事から逃げて麻薬に浸って忘れていけばいい。でもそれでは乗り越えられなくなる訳ですよね。ですからエンタ−テイメントとは別の乗り越え方がある訳です。それは事実を認めて受け入れて避け得ないものとして、事実を事実として認識する。自分達の一番の問題は死の問題です。仏様でいえば『老病死
』人間が老病して死んでいく存在だという事実を受け入れて、だから今生きなければいけないと・・・、事実を受け入れる事によって成立する世界それが芸術です。
エンターテイメントと芸術の違いは僕はそこにあると思います。だけど今の時代エンターテイメントが求められているのは知ってますよ。皆エンターテイメントやエクスタシーを求めていて最終的には麻薬に至る道しかない。でもそれでは乗り越えられないものがある。特に日本の場合はファインアート全体のエンターテイメント化が進んでいて・・・僕にはちょっと無理だけどね。」
- - - - ん〜。
「例えば去年の9・11も、今年のアメリカの狙撃事件もそうだけど犯罪は表現であるのは事実です。でもあれを芸術というかどうか。犯罪は表現ではあるが芸術ではない。僕は犯罪は表現ではないという定義をとります。
もう一つの問題は舞台の上で殺人があった時に、本物の殺人があれば殺人ショーになる。それは芸術とはいわないでしょう。舞台の上ではフェイクの殺人をしなければ表現にならない。そうすると芸術とは常にフィクションでありフェイクであるのかという定義が問題になる。
それを僕の問題として考えると以前のグラフの作品(広島・長崎のグラフ)はネオンや色やサイズ等はアーチストしては決められるけれど、データ−はいじれない・・・事実なんです。事実は芸術ではなく、フェイクやフィクションが芸術であるならば偽グラフを作らなければならない訳です。
では広島・長崎に関するモラル上の問題で偽グラフが作れるかどうかです。その辺が引っかかったんです。
今の表現の問題でいえば アメリカのテレビにリアリティーTVというのがあって事実を見せているんですが、それを見ているのはホワイトラッシュと言われるpoorホワイトで教養もないゴミみたいな人達です。
日本の場合現代美術の館長クラスからジャーナリストや評論家、作家も皆イエロートラッシュですよね。教養がなくて超一流のものが判らなくて同時にリアリティーアートを求めている。僕はその辺の鬩(せめ)ぎあいを追っかけているのは追っかけてるんだけど・・・。」
●でも、オサルスもリアリティーの方が好きですけど・・・。
「だからトラッシュなんです。下層階級なんです。貴女は音楽もへヴィメタが好きだと言ってたでしょ。あれは基本的には下層階級の音楽です。芸術ではない。基本的に芸術は金持ち階級の支配者の側の表現です。日本の現代美術は下層表現を芸術と混同していく上で成立している。と、僕は思います。」
どうもありがとうございました。
お話はとても面白かったんですが、芸術は難しいです。
結局オサルスは下層階級だよ、という事は判りましたが・・・。
でもこの言葉、結構使えそうです。“だってサルなんだもん”と同じで開き直れるじゃないですか! “どうせ下層階級さ! だからどうしたの。”って・・ネ。
彦坂尚嘉 関連情報 2002.10 2002.8 2002.1 2001.12 2000.4 2000.4b
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