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携帯オサルスのおすすめランチ ランチdeチュその43

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うな重
1000円

アコウダイの一夜干しの焼魚定食
800円

すだち亭
東京都新宿区三栄町8-4 三栄町1階 TEL03-3226-4402

今年のオープニングはYumiko Chiba Associatesの千葉さんと「すだち亭」へ、こちらは千葉さんの画廊(ビューイング・ルーム・ヨツヤ http://www.ycassociates.co.jp/)の直ぐ近く、牛肉も乳製品も駄 目な千葉さんは魚好き。今日はアコウダイの一夜干しの焼魚定食(800円)を、オサルスは魚が苦手なのでうな重(1000円)を頂きました。

なぜ肉が駄目なのですか?

「体が受付けないんです。一時期病気になってから、消化の悪いものを避けるようになっていたら食べられなくなって、医学的にいうと牛の体温は47〜8度。魚は海の底にいるから15〜20度くらい、いくら魚の油がこってりしてても、人間の体温の36〜7度で溶けるんですって、牛肉は人間の体より温度が高いから、エネルギーが高まる事はあってもエネルギーのない人は負けてしまうんです。
私は、消化するのに体が疲れてしまうんじゃないのかな。体温低いですし・・・」

- - - -いや〜!とても体力がないとは思えませんね。とてもエネルギッシュな方。- - - -

「経済的に自立するならば、アートの世界にいくのは間違いです。保障も安定も将来も約束されてない世界。ある程度のバックグランドがあるといっても続けていくのは、並大抵ではないです」

そうですよね。この並大抵では太刀打ちできない世界。経済的にも今や日本は危機的状況、ここで展開していく事の難しさを少しお聞かせ頂けますか・・・。

今、一般的に見て、画廊はなりたっているのでしょうか?

 「今は、成り立ってないのじゃないですか。画廊経営者は自社ビルであったりお家が裕福であったり・・だからやってられるんだって事はあると思います。世界中何処を探してもバックグランドなくしてアート関係を生業としている人はいないですよ。
ある程度裕福な家庭に生まれて、時間が自由に使える余裕のある人でなければ・・。
自由とは資本主義社会であれば経済に支えられている訳だし、そういう選択ができる余地がある事でしょ。バブル以降経済的に良くなった事は一度もないし、画廊をこの時代にやろうと思う事は好きだからやっていますし、生きがいは生きがいだけれどそれだけで出来るような甘い世界ではないです。そのぐらい厳しいですよ」

- - - -現状は末期的かな・・・?- - - -

千葉さんはFAVORITEに参加されてますが、FAVORITEのグループは何故出来たのですか。

「グループという呼び方は少し違うと思います。私は後発なのでよく解りませんけれど、もともとワコウ・ワークス・オブ・アートさんが飛びぬ けていて、その頃90年ですよ。その後、時期的に他の皆さんが色々な画廊から独立して、始めは恵比寿にヤングゼネレーションの人たちを取り込もうと出発したんです。ただ、皆さん経済的状況があるので今のような形になりました。代官山アートフェアーのG9が母体ですね」

G9と言えばスパイラルでは、凄い反響があったのではないですか。

「そうですね。でも、日本はアートマーケットがないから、いくらこちらががんばっても続けていくのは無理です」

マーケットがつくれない土壌とは。

 「日本は元々伝統があるし、歴史があるからそれで充分だと思ってるんです。戦後アメリカの影響で資本主義的というよりは物質主義に走ってしまって、戦前の日本は物をがまんして精神的なものを尊ぶ文化があったじゃないですか。でも、戦争に負けた事で凄い痛手を負って、やっぱり人間裕福じゃなきゃ駄 目だと思ってしまったのでしょう。
  ヨーロッパやアメリカは先進国となって精神的にも経済的にも成熟した国にするには文化を育てていかなければ国として認められないという意識があるんです。バックに統一されていなくとも、宗教があって、きちんと哲学があるんです。その二つに支えられている意味を認めることができるのだけれど、日本には宗教も無ければ哲学もないじゃないですか。
  今まで芸術はパトロネージュというかパトロンによって保護されてきて装飾的な面 が凄く大きかったでしょ。それが精神的に作用を及ぼすと言う意識が無いですね・・・。
  だから現代美術は、考えなければならないから難しいと思ってしまうんです。現代美術は考えるものです。考えなければ理解できないし、確かに単純に綺麗なものを見て何も伝えなくても、生きる喜びを与えられる事もあるわけだけれど、でもそういう面 よりはむしろ、これはいったい自分に何を与えてくれるんだと・・・。
自分を見つめなおして、自分と他者との関係を考え直す方法論だと思うんですよ。今まで教育でもそういうことを教えてこなかったし、大体日本人は考える事が不得意な人種でしょ」

- - - - そう言えばオサルスも考えなしです。- - - -

「物を作る想像力ではなく、創造力が欠如してると思う、日本の学力が落ちている理由は詰め込み教育になっているから、暗記や何かは凄く良くても、本質的な学問の意味を教えてこなかったせいで応用性がない。それで想像力がないんです」

- - - - う〜ん。 - - - -

一概に言い切る事は出来ませんが、今、若い世代の作家はナイーブな面 を強調しているように思うんです。FIictionを見た時に、これで世界に通用するのかと思ってしまったんです。穿った見方でしょうか。

 「バブル崩壊は第二の敗戦、アートも90年〜95年〜2000年と結構細かく傾向が分かれます。仕事でかなり外国に行きますけど、日本人は世界で一番体力が無い民族だと思います。
マレーシアでもインドネシアでも確かに経済は落ち込んでいるし、明らかに知的な意味でも文化的にも生活に追いついていないんですよね。でも、彼らは体力があるんです。アメリカにも出てこない地元の作家でも凄く何かを信じていて、状況的には日本より絶望的な状況でしょ。諦めている部分はあるけれども、ある意味自分が生きることには凄く強いんです。
日本は今、ナイーブさばかり訴えてて自分がいかに傷ついたかばかりで、キズを見るのは重要だけれど、それを自分で克服しないとそのナイーブさはそれだけで終わってしまいますよ。アートってやっぱり面 白いなって思うのは、美術の世界にいるだけで社会の精神状況が凄く良く解る事です。
今の16〜7歳の子が起こした事件やその過程が良く解るんですよね。その結果みたいなものを20代〜30代の作家は嗅ぎ取って作品にしてます。凄く優れた巫女体質というか媒体だなあと、本人が意識してもしなくともそういう空気の中で生きてるんです。
私は漫画をよく読みますが、このごろの漫画はビジュアルがイメージを助けていて文字を読んでいるほうが多いんです。又、物の見方を教えてくれる。例えば演劇は脚本から上演まで時間が掛かるし温度差があるでしょ。そういう温度差では追いつけないくらい今では流れ方が異常なスピードで流れてます。それを体感していかないといけない。漫画は早いです。個人がバーッと描くわけだから・・・」

- - - - インターネットも早いですよ。- - - -

「でも記録として残すのは文字が必要です。コンピューターは何時壊れてしまうかも解らないし。物質は強いです。個人でデータ−化しても、ハードの部分が壊れてしまうかもしれないし、フロッピーが開かなかったりして念の為にプリントアウトしてとっておかないと・・・又後で打ち込むだけだから。紙による伝達は絶対になくなりませんし、大きいと思います。東浩紀さんの「郵便的不安」は読みましたか?」

- - - - 済みません。二年前から本を読むのを止めたので- - - -

「手紙を出して返事のこない不安感を元にして小説にしてるんです。インターネットもそうだけれど、自分のパソコンがウィルスに侵されて壊れて返事が来ないかもしれないじゃないですか。相手のパソコンが壊れているかもしれないし」

- - - - え!? でも解りますよ。- - - -

 「でも、送って返事のこない不安はあるでしょ。実際に電話をするなり会って話をすれば不安は解消するじゃないですか。
ネットはコミニケーションを満つにする事にはなっても今までの代償行為にはならないですよ。今メディアアートの形でビデオが凄く流行ってきたりしても、ビデオという新しいジャンルであって絵画や彫刻にとって変わることはありえない。まったく持ってる機能が違うんですから。
単純に私たちの生活が広がっていって、ビデオという分野が必然的に私たちの感性から生まれてアートとして成り立っているだけで、それは広がってきたものを社会の中で補強する作業であって代替する事はないです。生きているものはある種の物質感によって支えられていると思います」

- - - - う〜ん。でも、今目の前にあるものは、自分たちの脳の中にあるものが表に出てきただけだと(養老猛の受け売り)だからネットもありだし、飛行機や車もと・・・、偶々人が使いやすい方に流れているだけではないかと思うのですが・・・。- - - -

「だから身体性が回帰されてきます。近々に。失われているから・・・」

そう言えば、作家は身体性や物質性に拘りますよね。

「美術だけじゃなくて音楽でも肉体と物質は必要な事だと思います。成り立つためには・・。例えばバレーをテレビやビデオで見てもその本質は解らない。そこの空間に行って一緒に味会わない限りね」

千葉さんにとってこれからのアートは・・・・。

 「ビデオアートはひとつのジャンルとして確立してしまったので並列として扱われてくると思います。新しい事が何処まで受け入れられるかはちょっと変わってくるのでは。新しい事に対する期待は変わらないけれど、過度の期待は変わってこないと思います。
もう一度自分たちが駄目じゃないかと思って浮いてきたものを見直しをする作業が始まってくるのじゃないですかね。実際若い作家は自分なりのやり方で見直し作業を新しい切り口でやり始めている。そういう作家はいくらでもいますよ。それに若い作家ほど肉体を大事にしだしています。
自分がこの体で感じるものをどういう風に一緒に供与していくかって事、頭の中にある事をイメージ化してこうとするよりはそれに対して自分が何処までそれにリアリティーを持てるかってことを作家も思っているから、そのリアリティーを感じさせようとしています。前の世代よりは理解してもらおうという意識が強いですね。
だからイメージとしてビデオや写真を使うんです。頭の中だけで処理するのは、嘘だと思うし、それでは理解するのは難しい。体で感じて説明する事、読むという行為は体で感じた事をあくまでも確証する手段にしかすぎないんです。
美術の面白くて難しい所は一・二年のインターバルでは解らない事です」

もし、自分が作家であったら、いま何処の画廊で見てもらいたいですか。

 「私の好みと、経済的な体制を含めたら、ギャラリー小柳さん。だけど日本発信のアーチストを出していく事を色々なやり方で切り開いていったのは小山さんでしょう。西洋の質のいいものを見せてくれるとしたらワコウさんでしょうね。質がいいといったらハヤカワさんかな。今、大変な時代皆さんに敬意をはらいたいと思います。本当に苦しい時代だからこそ。やる意味はあると思いますね」

最後に、いま外国のほうが作品が売れるじゃないですか。何故海外で展開されないんですか。

 「日本の国で生まれて、日本人である意味を見出したいし、自分の文化に誇りをもちたい。自分の国って大きな意味で自分のアイデンティティーでしょ。だから日本の作家をきちっと扱いたいです」

お忙しいのにご協力ありがとうございました。

千葉さんから「がでん・こむはボランティアですか。」と、聞かれてこまりましたね。日動画廊の長谷川さんからも同じ事を言われて、これを言われると凄くめげますね。確かに経済的には成り立っていない訳だしね。

こんな説明ならどうでしょうか?
がでんはいつまでも完成しない本を作っているようなもの、皆さんに一ページずつ参加してもらってね。
時代は凄い勢いで変化しています。きっと何時か読み返したくなる時が来ると思いますよ。永久保存版ですから。しかも誰もが何時でも読める、日本語が解ればね」

1月25日−2月23日まで村上瑠里展 開催中、オサルスに来たDMは1698/2000RM 黒い布が貼ってありました。
http://www.ycassociates.co.jp/

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