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携帯オサルスのおすすめランチ ランチdeチュその65

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30品目 二段重ね六角重(450kcal) 1280円

玄米DINING 米夢
東京都中央区日本橋アーバンビル1F TEL 03-3516-0138
Lunch11:30-14:30 土曜・日曜・祝日休

 台風一過。真っ青な空。今日もランチだ嬉しいな。と! ところが! 今日予定していたギャラリーKの宇留野さんは急用で画廊から出られない。ええ! どうしよう。
そうだ仕方がないから宅配オサルスになりましょうuuu。


こちら 『玄米DINING 米夢』 さんはH画廊のKさんのお薦め。
『毎日お弁当にこちらのランチを買っているの。毎日食べても飽きないわよ。玄米だから身体にいいし。低インシュリンダイエットのお店だから太らないしね。随分テレビでも紹介されているから行ってみたら・・・。』
 ん〜。 低インシュリンダイエットって何度か耳にした事はあるけれど、実際説明しろと言われたらハテナかな? まあ! 兎に角行ってみましょう。

 突然ですが低インシュリンダイエットってどういうものですか。(Chief Bartenderの市ノ川洋美さんにお聞きしました。)

 「インシュリンは食物を糖に還る身体の中のホルモンの一つ、低インシュリンダイエットとは糖に還る力を食材で抑える事です。白米よりは玄米、茶色のものとか殻のあるものとかは身体に吸収されづらいという事です」

●玄米は固くないですか。炊き方に秘密があるのでしょうか。

「そうですね。最初は水加減や時間を何度もチャレンジして失敗して・・・」

え!

「そのお米は自分たちで食べてました」

●実践的ですね。最初から低インシュリンダイエットでいこうと思われたのですか。

「その頃は低インシュリンダイエットが騒がれてなくて、玄米を主体でやろうとそれに付随して出来る限りオーガニックでいこうと・・・。農家と契約して無農薬のものを仕入れています」

●30品目とはバランスよく食べる事でしょうか。

「そうです。一日30品目食べる事が身体にいいとされています」

 玄米の炊き方を何度も工夫されただけあって玄米とは思えない柔らかさ。煮物も味がよくしみていて美味しい。小分けにされた様々な食材を先の尖った箸でチョコチョコつまんで・・・。味がバラエティーにとんでいるのと、口の中でお互いがでしゃばらない素朴で自然な味付けが嬉しい〜。これなら毎日食べても飽きないかも。 沢山量があっておなか一杯だけど胃がズシットならないんですよね。

●味はさっぱりしてますね。こんにゃくもつるっとして喉越しがいい。

「山形の丹野蒟蒻さんから仕入れています。地下から汲み上げた天然の石灰水から作っているので、癖や臭みがなくて美味しいですよね」

●こちらはテレビでも雑誌でも随分紹介されていますが、反響はどうですか。

「スーパーJチャンネル等で紹介されました。テレビや雑誌はもちろんですが、このごろはインターネットが凄いですね。グルナビのネットからクーポン券を持ってくるお客さんが多いですよ」

 え! ホントですか・・・。オサルスの『ランチdeチュ』も見る方が凄く多くなってるんですよ。時代はネットかな。
どうもありがとうございました。
でもここで終わる訳ではないんです。これからお弁当(本日のワゴンサービス弁当380kcal 850円)をギャラリーKの宇留野さんに届けなきゃ。
わ もう2時過ぎてる。おなか空かしているだろうな・・・。

すみません。お待たせしました。

●食べながらでなんですがギャラリーKは三人で運営されているのですか。

「現場の運営は三人です。元々出資者はたくさんいました」

●画廊を立ち上げた切っ掛けは?

 「僕は創立時からいて直接見聞きした訳ではないですが、判り易く図式にすると・・・美術評論家の岡本謙次郎氏中心の現代美術研究会+故齊藤義重さんを中心にした現代思想の研究会 『SDの会』 のつながりです。そういう人の交流の中から自分達で出資して、自力で新しい現代美術の画廊をやろうと・・・1981年に赤坂に立ち上げました。主に若手の作家が実験的な事をどんどんやろうという事で始まった画廊です」

●宇留野さんはいつ頃から?

「1992年からです。僕は色々な人が作った土台の上に加わったんです」

●10年間画廊に携わって如何でした。

 「こういう現場を維持していくのは面白い事だなと思いました。一言で言うのは難しいですが、純粋な表現の場のイメージが外から見ていた時よりも深まったというか・・・。毎週色々な作家が、何者にも囚われない自由な表現をしようと努力していて、その中で実験を試みたり、新しい事を目指したり、あるいはマイペースでコツコツやっている人がいたり表現の多様性と深さを実感するようになりました。
  それまでは自分が作家でありたいというか自分の表現だけで精一杯というか・・。自分はこういうものを作りたいという気持ちは純粋だったけれど、それが世の中の中にどういう意味があるか自覚していた訳じゃなかったんです。でもこういう場で色々見れた事はよかったと思います。
『画廊は空虚な無の空間。そこに純粋な表現が耀きだす。』 そういう事の演出の為に白い壁や床があるんだと・・・面白い場の作り方だと思います。表現の場としてこういう空間があるという事はワクワクするし続けていきたいという気持ちが段々強くなってきました。まあ、こちらの方が本業になってきたというか・・・」

●出資をしている人がいる訳ですから、収入は皆さんで分配してるのでしょうか。

「収入に関してはレンタル代が基本になっていて・・・ご存知のように純粋な利潤はゼロでいつもギリギリで運営しています。色々な条件の元にそうなってしまってるんです。
この画廊に入ってきたお金で生活しているのは僕だけです。他の方は一切利益を得ていません。むしろ少しづつ持ち出している感じです。たまたま僕は専属でここに毎日いるものですから生活の糧にする必要があって収入を得てはいますが、出資した人がそこから何か利益を得る形態にはなっていないです」

●では純粋に現代美術の発表の場としてこの画廊を作ったという事ですか。

 「経済活動として商業的に成り立つ事を、最初から全く考えてなかったという事ではないんでしょうけども。理想的な流れとしては商品として売れる作家も出てきて収入を得て、それをもって色々な企画をして資本を増やしていく。というのが資本主義社会の企業形態としては普通ですよね。
でも現実の社会の中でそれを目的とすると最初の志というか、どういう場にしたいという事の原点が維持しづらいんです。商業ベースでいくか実験的な・・あるいは作家のサポートとしてやっていくか、どっちに重きを置くかとなるとやはり『表現の場を保つ』事の方が皆さん気持ちが強かったと思いますよ」

●話を少し戻しまして10年前と比べて今はどうですか。

「92年の頃は、10年後の今に至るある流れが始まっている時だったような気がしています。一言で言えばバブル崩壊以降の美術をめぐる環境の変化。単純に経済的に困難になったというだけでなく、もっと大きな問題としてソ連がなくなったり、ベルリンの壁がなくなったり世界観がガラガラ崩れていった時期。
資本主義のマーケットの論理がスタンダードとして世界を覆いつつある時代です。それが80年代の終わりからはっきりしてきたんでしょうし、それに応じて美術とか表現とか・・・」

●突然ランチに戻りますが味は如何ですか。

「味付けはくどくなくて・・・。僕は薄味が好きだから嬉しいですね。身体に良さそう」

●宇留野さんは太らないからいいですよね。

 「不節制をしているので・・・。僕の不節制はマイナスの不節制というか・・・。食事とかもっとちゃんと取らなければいけないんですが、夜に集中してしまって・・・。朝食べないで昼少ししか食べないんです。
身体は軽くていいんですが・・・。昨日のような台風の時は歩いていて飛ばされるかと思いました。もう少し体重を増やした方がいいかと思っています」

じゃあ! ここのお店のバランスのいい食べ物はお薦めですね。

●では、続きを・・・。

 「表現に関して 色々な考え方が出てきて何の為に表現するのか、どうやって人に伝えるか、どうやってコミニケーションを持つか・・・。それに関して若い人達を中心として、今までのやり方では駄目なんじゃないかという危機感が高まっているのと、直接的な手ごたえが欲しいようです・・・。
『表現した時に見た人がどう思ったのかとか・・或いは買ってもらえるのかとか。』そういう自分がやった事の社会的な価値を確認したい欲求が凄く高くなってきたように思うんです。
例えばサブカルチャーの世界と純粋なアートの世界を比べた時に、流通する範囲やオーディエンスの数において圧倒的な差がある事に若い人は苛立ったり、焦ったりしていて、折角一生懸命やっても何の手ごたえもなければ嫌だなという考え方をする人が増えたというか・・・。
要するに、直接大量に流通できて、色々な人にくまなく伝わり易いものを目指そうとする若い人が増えたような気がします。そうすると美術のジャンルが培ってきた確信『何故こういう表現方法をとるのか』が、好きでないと続けられなくなってきた。ある意味美術は本当に素晴らしいという確信がないと続けられないでしょうね」

- - - そういう時代なんでしょうね。

「凄くコアな部分だけが残るというか・・・」

●今はかなり厳しい時代、淘汰の時代に入ってきたように思います。これからは・・・。

 「自分がどう思おうと、現実に色々な経済的条件などで出来なくなる可能性はいつでもあります。
ずっと貸画廊をやっている方は、皆同じだと思いますが、いつも経済的には低空飛行で、そんなによかった時期はないと思うんです。考え方としては純粋な美術をやっている以上、今も昔もずっと危機なんだろと思います。
ちょっとバブルの時期に、日本にも現代美術の市場が広がるんじゃないかな。という期待の高まった時期があって、それを基準にすれば悪くなる一方なんだけれど、無かった時代に比べれば、社会の需要の仕方も凄く良くなっているし、画廊だけでは無くて、色々な場で美術をやろうとしている人が凄く増えているし、決して美術をそのものを廻る環境は全然悪くなっていないと思うんですよね。
勿論お金の問題で画廊経営が難しくなってしまったり、学校の美術の時間が無くなったり、とか一つ一つ見ていくとシンドイ事もあると思うんですが・・・。さっきアートは少数派になりつつある。みたいな事を言いましたが、それは日本とか東京という社会を基準にすればそうだけれど、ヨーロッパやアメリカを考えれば違う訳です。
現実的に考えるのは大事だけれども、今の日本や東京の状況の中だけで捉えてしまうと、良い面が見えなくなってしまうような感じがします。いわゆる経済的な意味で、グローバリズムが大きな問題になっていますが、美術という表現の形式は、色々な国・・例えば東南アジアや中国でも盛んに用いる様になって来ているし、或いは今問題になっているパレスチナやイスラム教圏の人達も、その国その国でファインアートとして表現する人達が凄く増えて来ている訳で・・・。
アートを通してのグローバリズムは、これからどんどん可能性があると思うんですよね。まだ経済的なお金の流通によるグローバリズムの方が先行してしまっていて、第三世界の人達が反感を持ったり、貧富の差がアメリカや日本でも広がりつつある問題はあるけれど、文化としてのグローバリズム、表現を通じてのグローバリズムをこれから広げていかななければいけないし、それを両立しないと。
経済的なグローバリズムばかりで、つっぱしってしまうと先は暗いというか。世界はヤバイのではないかと思います。
そういう意味でアートやっている人間は、状況が苦しくとも可能性を探っていかなければ・・・。作家とか画廊をやっている人間もそうだけれど、『表現出来て、これは自分の作品だと見てくれる人がいるという事を・・・、それが出来る可能性は凄い事であるのだと。』色々生活が苦しいこともあるのだろうけれど、そういう問題で悲観的になってしまったら、アートをやっていく資格がないんじゃないかと思いますね。
基本的に表現はやること自体が価値だと思うんです。それが経済的な価値として社会的なアーチストとしての立場を得られる事は、結果の結果であってそれを目的にするのは本末転倒だと思います」

●そうかもしれませんね。では最後にモットーをお聞かせ下さい。

 「あまりそういう考え方はしないけれど・・・。ん〜。凄く月並みですが『初心忘れるべからず』という言葉を思うようになりましたね」

どうもありがとうございました。

オサルスは、社会とかグローバリズムとか、マクロ的視野で美術を考える事をしていなかったので宇留野さんのお話はいい意味で参考になりました。
やはりグローバルといえば英語は付きもの・・・。ん〜。『初心忘れるべからず』と思いついた時にチャレンジしなきゃね。と、言ってもオサルスは全部忘れちゃうので話せるのはいつの事やら・・・。玄米食べてバランスとって長生きした暁にはきっと・・・。でもその時は英語じゃなくて中国語だったらどうしよう!。

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