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携帯オサルスのおすすめランチ ランチdeチュその75

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ムルギランチ 1400円

マトンカレー 1100円


ナイルレストラン 印度料理の専門店
東京都中央区銀座4-10-7
TEL 03-3541-8246 火曜日定休日

銀座の昭和通りに面したこちらナイルレストランはテレビや雑誌でいつも紹介されている超有名店。

 「一月にはもう四本の取材のオファーがきてますよ。今日は生憎二代目は留守だけど」 と支配人。
今日はコバヤシ画廊の小林さんからのお薦めで来たんですが・・・。
「ここで53年営業しているけれど、小林さんは古くから知ってるよ。もう30年位食べに来てるんじゃないかなあ」
というわけで、今回はコバヤシ画廊の小林ひとみさんのお薦めです。


今回は1月18日までコバヤシ画廊で個展を開催した赤塚祐二さん。
赤塚さんは1983年から毎年コバヤシ画廊で展覧会を・・・え〜、と、いう事は今年で20回目なの? 赤塚さんは現在武蔵野美術大学油絵科の教授。でも20年前は? どうだったんでしょう? そこらへんからお聞きしてみましょう。

●1981年から個展をされてるんですね。最初から作家を目指されたんですか?

 「学校(東京藝大・大学院修了)をでて少しデザイナーをしていました。でも結局又絵を描き始めて・・・暫く食えなかったですよ。1985年、30歳の時に絵描きになろうと決心しました」

●個展を拝見していると、赤塚さんが150号のキャンバスに 『ファイト』 といって戦っているようなイメージを受けたんですが?

「そんな感じはありますね。サッカーはご存知ですか」

・・・あんまりよく知りません。

「サッカーは相手方のゴールに球を入れる訳です。人間が体を使ってあらゆる作戦を練って足で入れる訳ですよね」

・・・まあ、その位は知ってますよ〜。

 「矛盾じゃないですが、あらゆる作戦をあらゆる作戦で防御する訳です。あらゆる身体をあらゆる身体が防御する。それが揺れ動いて何処かで疲れてきたり連絡が上手くいかない時に相手方がそれを衝いてきて・・・それから相手方の奇蹟みたいな一歩で点数が入る訳です。
最初は非常にコンパクトな所でやり取りをしてるんですが段々大揺れに揺れてくる訳です。そしてそういう時に点が入る。自分の絵の描き方で考えると自分が画面の向こうで邪魔しているような、そんな自分をどうやって超えて点数を入れるかというか・・・そういう意味では自分でない位の力を出さないといけないなあと、いつも間違ちゃうんだけれど普通の精神状態で少しでも楽に描ければいいなと思っているんです。
でも以前描いた時にあんなに苦労したのに、次に描く時は又ちょっと冷静な気持ちになって描いてる。そうすると何かが違って全然駄目で・・・いつまで経っても自分を喜ばせてくれない。でも例えばカミさんと喧嘩したとか・・・その怒りの心が普通では壊せない
『もうどうにでもなれ、もう全部ぶち壊してしまえ』
という気持ちに・・・そして全部壊してしまうと、その後に、
『あれ! 待てよ。お! そうかそうか』
と、そこから気持ちが落ち着いてカミさんが帰って来る頃に絵が出来上がっている事がよくあるんですよ。
その位普段でない力を出さないと・・・自分では面白がれないんです。だから元気だして『ファイト』というかへこたれない気持ちで向かってはいるんです。でも大変だし憂鬱だしできれば正月三日位は休みたいと思ってはいるんですけど。やらないと気がすまなくなってきているんです」

・・・ん〜。やっぱり戦いですか。いちばん右の絵を横から見ると、絵の具が盛り上がっていて厚くなっている。戦った痕跡がはっきりしているような・・・。でもこの3作品 (写真下左) は精神的な意味あいを示しているような・・・。違うイメージを感じました。

「あの絵は割と痕跡が残せましたね。でも意外と激しくぶつかった作品の方がスムースな表面になっています。まあ、あれはスームズに痕跡が残されたけれどいつもはあれを又全部削っちゃって無しにしてもう一回描いてそれも又駄目で・・・もう一回イメージを作ると判ったりして・・・段々表面が逆に均一になるんです。
だから正面の絵は下作業でごちゃごちゃした後で思い切ってもうワンラウンドって感じで描いたら切っ掛けが見えました。まあ、毎回そんな感じですね」

●見えてないものを見なきゃならないというのは戦いですね。終着点が何処なのか? 判りますか?

「判る感じです。この絵はこうなる予定だったのかと。あ! 出来たなと思っても翌日に見たら駄目だなと思うこともあります・・・。」

 お待たせしました。
当店お薦めムルギランチ(1400円)とマトンカレー(1100円)です。

「僕は鳥が苦手でマトンの方が好きなんです。最近年をとってきたせいかあまり辛いのも・・・」

・・・そうあまり辛いものを食べると痔になりますよね。

このムルギランチは鳥に野菜にサフランのライスが一緒盛り。お店の人が骨を取り分けて繰れるんです。味は美味しいんだけど。見た目の色がどうも・・・。
カレーはカレー色だから仕方がないか。彩りにちょっと生野菜なんがあると嬉しかったかな〜。
こちらのお店が流行る理由が在る筈、ん〜。なんだろう? 古くからある印度料理のお店? オーナーが・・・? ん〜。よく判らないなあ〜。でも一つ発見したのは料理が冷めても最後まで美味しく食べられたという事。話に夢中になちゃって食べるのに時間が掛かったんですよね。それと小林さんのお薦めは一品料理。夜の部ですね。今度小林さん! 夜の部期待してますよ。いつでもゴチになりますぜ。

●おっと! 話が又々場外に・・・。済みません。大きさに拘りはありますか?

 「拘ってます。150号の作品は丁度立って手を広げて・・僕ぐらいの人間が足を踏み出さないで手が届く距離なんです。絵画はストロークが写るものだと思うんです。精神的なものを受け止めたパワーシャベルのような手が動く時の大きさが150号なんです。
僕には描き易いサイズです。小品も最近描き始めましたが凄く難しい。何でか判りませんが全部見える事に躊躇させられて障害になっているような気がします。
大きいと見えないので思いっきり描いたらどうなるのかなと・・・ そうすると思いがけない感じがかなり出てくるんです。全部見えるとつらいものがありますね」

●赤塚さんの作品は奥に空間をもつのか、前に物質として出てくるものなのかどちらでしょう。

「両方あります。今回の作品は割と奥に行く空間の中に『何かが存在する』というのが正面の暗い絵になります。昔の作品は絵の具をどんどんつけて削っていくというか・・・抽象表現主義的な空間に近いと思うんですが、そこに出てくる薄い層状の浅い層がずっと重なっていくものだったんです。
今はどちらでもない両方の事が絵の中にあると思います。僕は立体も作り初めていますが、例えば素材の違いや与えられた枠組みによって表現が思わぬ方向に広がっていく。油絵の具を使えばああいう絵になるし、墨をもらえば又違うものというように素材の力によって世界が開く、そこに求めているのは自分の精神に呼応するものなんです。自分が求めているものに向かっていくんです。
その求め方なんですが、生き方は矛盾するような事を孕んでいるから、単純に一直線で一つの山に一つの方程式で登る事では絶対に得られない事がある。思った所には行けないんだけれど、自分の絵画に期待しているというか、失敗は求めて向かう指向性があるから失敗があってこそ自分が求めるものに近ずく切っ掛けが得られると・・・」

●今回の作品は少し変わって来ているのでしょうか。

「その事は考えてないんですが・・・。作家というと一つの作風が思い浮かびますよね。僕は作風は全然できないなあと・・・」

・・・意識して変えているのではないのですか。

 「わざとでは無くて、憧れとして『僕はこういう事を考えていて・・・こういう作家です。空間をこういう風に考えて作ってます。』というのはあります。上手く言えませんが、制作する時にあっちへ行ったりこっちへ行ったり『何かが』しているんです。それをもう少し捕まえて見たいな〜と。
僕の内には空間の内にある存在を描くのは楽しみだと段々判ってきているんです。絵画とはその形を認識した時に空間が付いてきているんだなと、色々な事に気が付いてきてて・・・。じゃあまあ僕はその部分をどういう風に見るような作家としていくのか、自分を離れて見てみたい意識が出てきたんでしょうね。そうしたら数字が出てきたんです。oneとかtwoとか、今までは絵画の仕組みに向かっていたんですよ。
  色々ものを入れられる入れ物自体が凄く感じられたものにはケージ(籠)というタイトルを。
  中身に向かっていった時にはカナリヤというタイトルをつけようと、それとWALK ABOUT・・徘徊するというイメージ。僕は自分の絵にタイトルを全然つけられないんです。だからこういうイメージでタイトルをつけてきました。
最近それを俯瞰してみると数字が出てきたんです。僕は赤塚祐二なので2、ずっとキャンバスを縦ばかり使っていたので横に使いはじめて顔が二つ出てきた。顔に拘っている訳ではないんですが、何故2と数えられるんだろうというか、そこが不思議で・・・2は同じ認識ですよね。唯の個数ではなくて人間の世界観と結びついている。まあ、面白いなと・・・。その辺から自分が何をやりたがっているのか・・・意外とそんな切っ掛けで絵が出来てきたんです」

・・・ん〜。言葉は脳が同じ認識を持っていないと中々意思の疎通は難しいですね。絵も見る時も同じで噛み合わない時は噛み合わないですよね。一般の人が絵を見る難しさはありますね。兎に角作り手に語って頂くのが一番判りやすいように思うんです。

●最後に 何故絵を描くんですかという質問があってもいいかもしれないですね。

「答えにくいけれど・・・音楽をどうしても聴きたくなるのと同じで絵をどうしても描きたくなる。
こう鉛筆をさらさらと動かして絵を描くのは気持ちがいいものです。皆そういう快感を忘れていて、だから絵筆で塗る時でも撫でられているようなある感じがあるし見るほうにもストロークがあると思うんです」

・・・体をかなり大事に使っているんですね。

「大事です。一筆を何気なく描いた・・それが凄く面白い場合もあるいし、必要な時に必要なものが無ければ何も効果的ではない・・・それを作るのは体を通してだから息ひとつでも大事です。
日本画でも『筆のかえし』がある。その時の息継ぎをどうするか、がんばって引いた線はそれなりだし・・・そういうものは身体的な事があります。ちゃんと使っていかないとその事が絵に写ります」

・・・凄く判りますね。最近は頭で描いているからつまらないんじゃないでしょうか。体でぶつかって体で描く、それがあって初めて味がでるのではないかとそれにリアリティーを感じるんじゃないかと思います。

 「 作家の吉本作治さんが言っていますが 『絵は眺めてもよし、愛でてもよし』 と」

・・・いい言葉ですね。

余韻を残しつつ・・・どうもありがとうございました。

抽象絵画は難しい。でも赤塚さんとお話していて絵の見方が少し判ったような気がします。
昔、オサルスも少し絵を習っていた時期があり、最近 『何故絵を描かないの?』 と言われる事があるんですが・・・  『絵を描くのは辛いから、頼まれても嫌だ』 とよく言うんです。やはり絵を描くのは大変。何故か気楽に描けないんだよね。やはり見る側で良かった。ほ!
でも、心して見なきゃね。オサルスも今年からもっと勉強。ん〜。これも又大変だ〜。

赤塚祐二 関連情報 2001.11 2001.3 1998.4

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