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携帯オサルスのおすすめランチ ランチdeチュその76

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焼そば
デザート・コーヒー付きで1000円

天山
東京都中央区八重洲1-5-3不二ビル地階
TEL 03-3275-2115

http://r.gnavi.co.jp/g093100/

 今年はもっと勉強しようと年頭に誓いをしたけれど・・・オサルスだって今まで何もしないで来た訳ではないですよ。一時は一生懸命『芸術新潮』を全部読もうと図書館に行って第1号から借りて読んだ事もあるんです。
でも飽きっぽい性格なのかなあ〜。続かないんだよね。パアッと読んで、まあ! いいかってね。実際自分が体験したり実際見たものでないと覚えられない。それに調べたい作家がいてもあの人は何号に載っていたっけと探すのがとても大変。
今はネットで検索すれば瞬時に判るけれど印刷物はちょっと不便ですよね・・・でもメンドクサイのが本音なんだよね。
ではどうしたら勉強になるんだろう。やはり迷った時には人に聞けですよ。という事で今日は画商界の生き字引、不忍画廊の荒井さんに根掘り葉掘り本に載って無い事まで聞いて見ました。
池田満寿夫は本当は? どんな…

あ! ランチは何処って・・・お任せあれ、不忍画廊さんの地下にある中華料理の『天山』さんを荒井さんからご紹介頂きました。

こちらのお店は以前『どっちの料理ショー』にも紹介されたお店。
さすがに東京駅の直ぐ近く、後述にあるように様様な変遷があるんですね。

注:不忍画廊の荒井一章さんの経歴は、去年休刊になってしまった『てんぴょう2000. 002号』の画廊物語か、
不忍画廊ホームページ http://www.shinobazu.comのコラムを参照して下さい。

・・・この『てんぴょう』の画廊物語はインタビューの指針になりました。
が、同じ事をお聞きするのもオサルス流では無い、ということで。

そのインタビューの中で『いい絵を持っていれば大丈夫』という言葉がありましたが、今の美術の流通は以前とだいぶ変わってきてしまったと思うのですが・・・。

●では『いい絵とは』?

 「何を称していい絵というかというのは、その人の美意識や価値観がある訳で、絵というものはある面でファッションと近い面があるわけです。一過性の、その時代にはあっていたけれど、時代を超えたらあまり意味が無くなって、消えてしまう事はこの世の中には沢山あるわけです。
それは体制にも言えるし、美術の世界でも例外ではないんです。以前は洋画よりも日本画の世界に多く見られましたが、いい家柄やいい美術学校、人気のある作家に追随すればそれなりの出世が見えていた訳です。年功序列的なヒエラルキーがあったと思います。
今は大分取り払われて綺麗にはなってきてますが・・・。その中で云われた『いい絵』・・・まあ! それは便利なシステムではありましたけど。そして時代を超越した不易流行としての『いい絵』。僕は後者を訴えたい訳です」

・・・でも今は以前よりも『絵』が難しくなってきているような。

「それは教育の問題にぶつかると思います。僕らは図画という時代から知っている訳ですけど・・・昔は『絵』はこういう風に描くものだという定義があった訳です。でも今は自由教育になってきている。
ただ教育、それは教える側の先生のレベルが問われる。僕は本質的には美術は『詩とか音楽の世界』に近いと思っているんですよ。そういうような資質や感性を持っていない人から教わった子供は、そこでまず一つ欠落してしまう。
運が悪かったというか・・・何とも一括りにはできない要素が沢山あってね。だから『いい絵』は自分なりのいい絵なんです。
例えば僕の義理の親父の木村東介はアウトサイダー的な人ではあったけれども傑出した人でした。根底には義理人情を弁(わきま)えていた人です。
今こういう人は殆どいない時代ですね。肉筆浮世絵や長谷川利行を世に出して、唯、彼も僕と同じで30歳を超えてからこの世界に入ったんです。民芸の心や素朴さを持っていて『純粋と素朴、原始は美の神々たち。』というのがキャッチフレーズだったんです。それを首尾一貫して貫いた思想の持ち主でした。ですから扱ってきたものに全てそれがあてはまってきていると思います」

お待たせしました。焼きそばです。

・・・美味しそうですね。

 「ここのお店は協和発酵と麒麟麦酒が関係しているんです。こういうスタイルの店を他にも展開しようとしていたみたいだけれどもどうも頓挫したみたいですよ。ここは昔ボーリング場だったんです。その昔はエステサロンだったし映画館だった事もある」

・・・へえ〜。映画館だったから床が斜めなんですね。

・・・でも、野菜や海鮮・・具が沢山。付け合せのザーサイも美味だし、デザートの杏仁豆腐もうまい。美味しそうでしょう?。でも凄く量が多すぎて・・・食べきれない(デザート・コーヒー付きで1000円より)残念・・・美味しいんだけどなあ〜。

・・・所で、画商と作家の関係についてお聞きします。最初は夫婦のように夫唱婦随でも、ある時その関係が破綻して愛憎関係が勃発するなんて事を聞くのですが・・・。

「別れていく原因はお金の問題です。結局画商が金を払わないというか払えない場合があるからね」

・・・そうですか。でも例えば池田満寿夫を例にあげれば・・・。

 「僕は長野高校から彼是50年彼と一緒でした。池田とは契約はしていないけれど・・・池田も最初から画廊を転々としていたね。契約していた画廊と舌禍事件をおこしたりスキャンダラスな面は色々あったしね」

・・・あ! その舌禍事件は『芸術新潮』で読んだ事があります。何年の何号だったか覚えていませんが・・・。でも作品の事を的確に批評してくれる画商がいなくなるといい作品は生まれなくなりますよね・・・。

「それはあるかもしれないね。僕は池田に言った事があるんだけれど『君が俺とやっていればビルが建ったね。』と・・・ 」

・・・ではどうして契約されなかったんですか。

「彼が義理がたかったんです。それともう一つは彼は『彼の唯々諾々という事』を聞く画商としかやらなかったんだよ」

・・・去年の都美館の池田の作品を見ると初期の作品に比べて晩年はいいとは思えないんですが・・・名声は上がったと思いますが・・・。

「大方の人は皆そうだね。気力、体力・・・色々な要素があるし、結局タレントみたいになってしまったからね」

・・・作家のエンターテイメント性と画商のプロデューサー的な能力が合致しなくてはいいものはできませんよね。

「ほんとはね。でもそれはある時期までです。歌い手だって皆同じでしょ」

・・・ん〜。結局最後は両方ともその名声や恩恵に縋(すが)るという事ですか。縋るというよりはそれに群がって生きていくのかな?

「例えば今まだ『交換会やオークション』で流通している平山や東山のエスタンプは、一生懸命版画を作っている人からみれば何だというような代物。でも皆有り難がって売買している訳です。
かなり以前『日本版画商協同組合』で版画の交通整理を頭に掲げて、否定はしないけれど印刷に近いものをマーケットには入れないようにしようと組織として大同団結して食い止めようとしてきた事がありました。所が時が経つに連れてそういうものが力を増してきた。

 それは一つには、ちょっと話が飛びますが、日本の美術の一番の売り手はデパートなんですよ。画商はちっとも売っていない。銀座の画廊の大方はデパートに卸すのが仕事だったんです。長い間の伝統や色んな絵描きとのコミニケーションが親代々から続いてたりするから、いい売れっ子の画家というものはそういう画廊を通さないと出てこない。末端の売りはデパートであると。
それにデパートは高い値段で売買する訳だから、作家側も増長して乗っかっていく・・・日本の経済の状況も右肩上がりで美術品が財産になってしまった・・・そこに根があるんです。だから結局組合で向かっても中々上手く機能しなかったんです。
何故かと言えば版画を扱っている画商は超零細なんですよ。申し訳ないけれど資本力はないわ、親子や兄弟、夫婦でやっている、しかも一等地のメインストリートでやっている訳ではない。中々パワーが無い訳ですよ。大方の絵描きさんとの付き合いでも買い取ってはいない訳です。売れれば何割とか折半とかそういうシステムでしょ。現代美術の画廊もそうでしょう。

その内に力を持ってきたのは日本画商です。それが洋画商の分野にまで食い込んできましてね。それが力関係です。どんな世界でも力関係で動いている訳で、以前は有名な画廊がステイタスになって、コングロマリット的な独占市場を遂行していました。
皆腹の中では鬱憤が溜まっていても、そんな事を発散すればマーケットに出入りできなくなるし、下手すると絵の供給もストップしてしまうし、飲み込まれちやう訳です。作家も条件のいい所にいくのは当然な事でね。中々難しかった。
結局高度成長は画廊を維持していくのにも経費が掛かった訳です。安いものを売っているのでは成り立たなくなってきた。
そこに入って来たのが『巨名』の人たち『巨名』というのは『虚名』な訳でむなしいんです。特に都合がよかったのは平山と東山。確かに今はそれが小さくはなってきているけれど厳然としてあるんです。先生が亡くなっても出版がまだ続いている訳ですから・・・」

・・・一般の人から見ればそういう版画は判り易いからでしょうか。

「日本人はランク付けが好きだから、宮廷画家ですよ。皇室の中に支えられている。勿論画家の資質もあっての事ですけれど。でも世の中は売れる売れない儲かる儲からないで価値観が位置付けられているから・・・美術はそんなに理解ができなくとも見た目の美しさや超一流の名前、一流のデパート・・・それが長い間に心に沈殿してすでに同化してしまっている。それを変えようとするのは無理でしょう」

・・・それが次の世代、例えば村上隆や奈良美智に移行していくんでしょうか。

「村上や奈良は一時的で今はちょっと下火になってきてますよ。現実面では画商も購買力があまりにもなさ過ぎて、名前より買うお金が無くなってきていて気持ちがストップしてしまっているし」

・・・ 状況はかなり厳しいのですか。

「三月危機と云われています」

・・・ん〜。怖いですね。

 「日本中のあらゆるジャンルで言える事ですが貧すれば鈍するとはこういう事でしょう。それと今は『遊び心』がないですね。
元々絵は少数の価値の判る人だけのもの、全体に網を広げようというのが無理な話なんです。僕らにとって都合のいいものが売れればありがたいだけの事で、そういう意味では大不況でも・・・ネクタイ選ぶのやセーター選ぶのもそうだけれど皆何処かである意味アートの表現をしているんです。
周りの若い画商さんも困った困ったという話ばかりで、皆、夢を持っていない。
よく言うんですが
『美術というものはお遊び半分ですよ』
と、そういうと荒井さんだから言える事だといわれるんですがでも僕なんか人生残り少なくなってきているから楽しんでやらないとと思っていますよ」

・・・遊び心は余裕がないと持てないですね。楽しむのは難しいですよ。

「楽しむ心は一杯あると思うんです。貧しくたってね。楽しいものを見つければ言い訳ですから、皆同じようなものを求めるからギクシャクした無理が出るんです。
又、そういう事を言うのは荒井さんだけだと言われますが、楽しくなきゃつまらないです。それに僕の同級生は400〜500人位いるけれど未だに同じ実務についている人は殆どいないからね。
画商は死ぬまで出来る仕事だから。今、もう少し懐具合が良ければこんなに安くていいものが沢山ある時期、買うのにはチャンスですよ。この仕事をやっていく上にはいいものを沢山持っているのが勝ちなんです」

・・・生涯現役ですね。

 「経験が豊富になればなるだけ色々なものが見えてくるし・・・。言葉の重みが出てくるでしょ。
今、日本人はお金を持って無い訳じゃなくて、唯、明日の事が不安だから使わないだけで、アートというものは心地いいものですよ、という事が判ってくれれば・・・こういう変則な時代になると、マスコミも暗い事ばかりでなくて明るい面もアピールして欲しいんです。
僕は前から言っていますが、
『絵をコレクトするという事は三度の食事を二度にしても買うようなものだ。』
と、大体今は飽食の時代、僕は飢餓世代を生き抜いて来ているから。今は何でも買えて何でも美味しいものがある。
僕の趣味はいつも家内に笑われますが、僕の画廊の前は『大丸』隣が『高島屋』でしょ。地下街を歩いていると、まあ! 刺激的で面白いものだらけじゃないですか。しかも売れないものはすぐ退かされちゃうし、如何に見て買わ無いですますか、という事が一番の楽しみなんですよ。
いいものが有りますよ。お菓子一つにしても苦心して売っています。例えば箱のデザインだとかセンスだとかそういう所にもアートの表現方法があるんです」

・・・絵は売り買いされるばかりじゃないですね。

「そうそう。それまでも余裕があるからですよと言われれば身も蓋もないけどね」

どうもありがとうございました。

オサルスはこのごろ長生きしようと考えてます。そうでないとオサルのような奴は振り向いてもらえないからねえ〜。50年後を踏まえて仕事をしよう。
きっとその頃は言葉も重みを持って話せる事でしょう。でも、ボケちゃってたら嫌だな〜。
しゃっきりして生きていくのは並大抵の事ではなさそう。uuu人生は試練だ。

不忍画廊ホームページ http://www.shinobazu.com

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