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ホンとに本と。 山口啓介 Keisuke Yamaguchi

 ギャラリー池田美術さんから戴いた山口啓介さんのDMには、
「2002年2月に名古屋で発表された自家製本『原植物=Die Urpflanzeの花図鑑』の大幅な改訂版。 ゲーテの造語を原典とし、この世にない植物の不可思議な変容をモチーフとする。エッチング24点と、ドローイング による自家製本を中心に、画廊空間を小さな図書室(Archives アーカイヴス)と見立てる展示です。」
と書いてありました。
 え! 自家製本? 『本』なんだ?。それならば色々お聞きしなければという事で今日は山口啓介さんの『ホンとに本と』です。
でもゲーテね。Uッ、難しそう。

●今回、名古屋で発表された自家製本の改訂版、随分大きさが違うんですね。図録にも書いておられますが本というよりは巻物?。 ご自身の中では大きさへの拘りがあるんでしょうか?

 「凄く物質的な話で言えば、あの大きさは僕の使っているドイツのハーネミューレという紙を横に割ったサイズなんです。紙の縁が大事かなと思いまして、普通紙を切ると定規で切ったような手切れというんですが、そういう感じではなく仕上がった紙の感じを出したいと思いまして・・・」

●武蔵美を卒業された当時は大きいサイズのもので制作されていますが?
 「版画はタブローとは違って大きさに制約があるんです。プレス機のローラーの幅が決まってまして、それ以上大きいものは物理的に刷れないんです。当時なけなしの金で中古の60cmのプレス機を買って・・・。だから僕の版の大きさは横が60cmなんです。
普通だと60cmのプレートでは余白があるから60cmで刷っても50cmのプレートに刷る事なります。僕は張り合わせる事を考えていたので余白はいらないという事で60cmギリギリの版を作っていたんです。
唯、水張りをしなくてはいけないので耳がどうしても要る。だから耳をつけなくてはいけないという事でプレートを置いて紙を置いて端をL字に立てローラーとシャフトの間の隙間に通して刷っていました。
当初は中々上手くいかなくて無茶な事をしました。それは誰もやらないと思いますよ。その後は刷り士の方に刷ってもらいましたけれど・・・」

●卒業後は外国で制作されていますが、外国ではアイデンティティーを社会との繋がりの中で明確に出していかなくてはいけない部分があると思います。
以前の個展『コールダーシップ・ プロジェクトのために』のカタログで『アートとは、人間と社会の コミュニケーションの方法である』と書いておられますが、初期から現在まで作品が移行していく・・・その課程を説明していただけますか。

「まず『原子力発電所のシリーズ』を社会との接点から説明をすると、これは以前話した事がありますが、僕がアメリカに行った時に『アメリカは発明の国だ』と同い年のアメリカ人4人と話をしまして、その中でコンピュータやレコード、カセット等・・・色々出てくるんですが、最後に原子力爆弾を発明したと彼がコンピューターや何かと同じような言い方で話をしたんです。
その時の彼の話し方が妙に軽くて・・・彼も僕も戦後生まれだから戦争を引きずっている訳ではないけれどその言い方に凄く違和感があったんです。
そのあと丁度アメリカで原爆を検証するような記事が出だして・・・それは彼にとっては一つの実験物で凄い破壊力のあるメカニズムの証明なんですね。それがコンピューターと同じような程度で語られているだったら同じような感じで軽く返してやりたいなという気持ちが出てきたんです。

 それで原爆と原子力発電所がどうして結びついたかというと・・・『最近テレビで流されている北朝鮮の核施設の映像に黒い穴が開いている黄色い蜂の巣状のサークルを見た事はありませんか?』、93-4年から流されているフィルムでそれが凄く以前から気になっていたんですよ。その後ドイツに行って養蜂の施設に行って・・・黄色い所に穴が開いているのは蜂の巣の形とオーバーラップしているとその時にやっと判ったんです。
僕は小さい時に蜂に刺された事があって、そういう意識が残っていたと思うんです。原子力発電所の映像を見た時にどうも蜂の巣とダブって見えていて黄色と黒は蜂のイメージでしょ。それ以降蜂の巣の形を描くようになりました。

 又、『近代日本の文学』の作品はドイツやアメリカに行く時に文庫本を持っていったんです。文庫本は昔の日本の近代の文学が多いじゃないですか。それを読んでいる内に日本の近代文学は美術に比べてある時期まで継続してとてもしっかりしているような感じを受けました。
近代美術には油絵や日本画やさらに現代美術の問題など複雑な問題があると思うんです。文学の場合は日本語という事である時期まで繋がっているような・・・どうして日本の文学はある時期までこんに完成度が高かったんだろうと、その独特の世界に惹かれてジェラシーをもっていたというか。

丁度その頃僕は『箱舟のシリーズ』をずっと作っていて『箱』に興味があったんです。そこに本を封印して読めなくしてやろうという気持ちもありました。 

もう一つは本は情報でしょ。当時からカセットケースに植物を封印したシリーズを作っていましてそれも植物の遺伝子の情報・・・『箱舟』は雄と雌の遺伝子の保存の器、シェルターのようなイメージがあったんです。
カセットは小箱という意味があって物をしまっておく物から自分の中では遺伝に変わってきたんです。そうすると文学も『智』の保存庫じゃないかと思ってそれで封印をしだしたんです。いきなり出てきたんではなく『箱舟』から繋がっているんですよ」

・・・箱舟という船のイメージは何かに向かって出発するというか、文学的素養がないのでうまい言葉が思いつきませんが・・・。

「多分僕はアニメ世代なので、もう亡くなりましたが作家の星新一さんの挿絵とかを描いていたイラストレーターの真鍋博さんを知っていますか。彼は僕のアイドルだったんです。
僕は真鍋さんの未来の都市や生活を見て育ったんですが、そこには必ず宇宙船が出てくるんです。宇宙船は船と書くでしょ。その辺から船に興味が出てきて大体船は大きいんです。船の中に町が一つ入ってしまうものとか、僕は『colony』のシリーズを作っているんですが、あれは僕が小学生、中学生の頃からずっと読んでいた宇宙コロニーのSF物語の本からなんです。
どうもその辺から来ているような気がします。飛行機ではまずくてある大きさの生活できる町がある船。ノアの箱舟もそうですが漂流しているイメージ。その中で鎖された生活をしているそんな感じがありますね」

・・・船というと『宇宙戦艦大和』を思い出します。

 「あれもそうですね。宇宙船はshipをつけるのが面白いですね」

・・・どうしてロケットじゃないんでしょうね。一直線じゃ行かれない何かがあるんでしょうか。

「スペースシャトルを見ますと、飛行機よりも船に近いような感じですね」

・・・なるほど。

● 去年の西宮大谷記念美術館でのワークショップをネットで拝見しましたが、窓辺に置かれた樹脂に閉じ込められた植物や種子のカセットケースは光を受けて凄く綺麗ですね。
「あれも結局は『箱舟』だと思います。元々のアイデアは琥珀に封印された蚊から遺伝子を取り出して再生させて恐竜を作るジュラシックパークの映画から・・・あれは琥珀でしたが、琥珀は手に入らないので天然樹脂で植物を封印してカセットに入れました。
あれをやり始めた頃から光の問題が出てきて、あれはステンドグラスみたいだなと自分では思っているんですがそこら辺から光に興味が出てきたんです。
僕の作品にはパット白い塊が出てくるんですよ。結局自分は光を表現したかったんだろうなという事が割合最近になって判ってきたんです」

・・・意識して作るものなのではなくて出てくるものなのですか?

 「あとから理由が判る事は結構ありまね。光に興味が出た前後から僕は白い絵の具で物事を語っている所があったなと思います。光学的に言えば白は無色透明になると思うんですが、絵の具で光を表す場合は伝統的に多分白を使っていると思います。
昔の日本の絵は版画もそうですが光の表現は全て白いままの地を残しているので消極的な光の表現だと思います。明るい所が一番底辺でドンドン絵の具を掛けていって闇を表現していく。光は残して表現されるんです。
西洋のペインティングの場合は白を上にのせていく・・・全く逆の方法ですよね。消極的と積極的な光の表現、そこに凄く興味があります」

・・・山口さんは立体、版、タブローと制作されてますが、どれが一番やりやすいですか?

「一番難しいのは絵画だと思います。だから一番惹かれるかな? 唯、判りやすいのは立体かな・・・」

・・・今回の『原植物』の図録にあるゲーテの『植物メタモルフェ−ゼ』の話の中で三木成夫さんの『胎児の世界』が出てきますが、オサルスもその本は読んだ事があります。人の形も植物の形も類似点があるというか・・・植物を描きながら人を描くという事ですか。

「そう『人』なんです。美術の一部分は形態学だと思うんですよ。三木さんの文章はそれを凄く刺激するんです。僕はゲーテのファウストは面白いらしいんですが苦手なんです。ゲーテは一時本気で画家になろうと思った事があったようです。
イタリア旅行で千枚位デッサンをした事もあるらしいし、ゲーテは『眼』の人なんです。美術家に近い人。例え自分で描かなくてもコンセプチュアルなものはいくらでも制作出来たと思うし・・・」

・・・山口さんの発想のエッセンスはやはり本ですか?

「偶然ですが何故か自分と同じ年の作家にめぐり合ってしまうんです。37歳の時にハイデガーの『存在と時間』を半年かけて読む羽目になってその本はハイデガーが37歳の時に書いた本なんです。同じ年だから読めないはずはないと・・・。40歳の時にゲーテを読んで・・・。どういう訳か出会うんですよ」

・・・え! そうか。オサルスは読めないから出会えないんだ〜。

●最後に 『何故絵を描くんですか?』

 「やはり人間のもっとも優れてる能力だと思うから、もっとも無意味かもしれないけれど・・・言葉は嫌だけれど何ていうか、人間が何処までやれるかという高さというか・・・それが絵だと思います。
動物は立体は作るけれど絵は描かないでしょ。蜂なんか凄いものを作るし・・・誰かが言っていたけれど絵は過激だと思いますよ。立体を平面にするんだから・・・」

・・・大変な作業ですよね。

「でも、殆ど報われない(笑)。やはり難しいですね」

・・・報われたいから描かれているわけじゃないんでしょ?

「まあそうですね。難しければ難しいだけ惹きずられてしまうんです」

どうもありがとうございました。

「これって本の話になりましたか?」

充分、本の事を語って頂いたと思うのですが・・・。
唯、オサルスには人物像を語り、創り上げる技術はないので、アートに関わっている方々の日常や、その時々の“様”をそのまんま載せるのみ。それが響く人には響くと思うから。
このコーナーもライヴ感覚で感じて下さいね。
山口さんは文章も書かれる方だから、オサルスの構成では物足りなく思われるかもしれないのであらかじめ…。

山口啓介 関連情報 2003.1 2001.1 2001.1_b 1999.7 1999.1

ギャラリー池田美術 http://g-ikeda-bijutsu-std.jp/

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