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携帯オサルスのおすすめランチ ランチdeチュその83

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鯖干物定食 1000円

銀座 あん梅
東京都中央区銀座7-3-13ニューギンザビル TEL03-3289-8211

 以前ギャラリー山口の展覧会で小山登美夫さんにバッタリ、突然 『ランチやりませんか?』 と、声を掛けて、え? とか言われつつ引き受けて頂いて・・・。でも、本当に大丈夫かな・・・結構半信半疑で・・・メールを出したらナシノツブテ、やっぱりノーなんだ。
と、思っていたら、先日、新川のギャラリ−のオープニングで、

『この間のランチどうなったの?』

『え! メール出したんですが・・・』

『あ、ごめんチェックしてないや』

ええ〜〜〜!。


という訳で今回の 『ランチdeチユ』 は小山登美夫ギャラリーの小山登美夫さんとご一緒に。お店はギャラリー広田美術の広田登支彦さんのお薦めの『銀座あん梅』さん。銀座で唯一炭火で干物を食べさせてくれるお店です。
  小山さんと干物は結びつかないよって? ん〜、そうかなあ〜。確かに青山辺りの方がお洒落な感じでマッチしてるかもね。でも、脂ののった干物は美味しいよね。今、日本のギャラリーで一番脂ののっている小山さんにお話をお聞きしました

●卒業論文は浦上玉堂だったとお聞きしましたが?

 「まず絵自体が面白い事もありますけれど、玉堂は江戸時代に脱藩して放浪しながら絵を描いていた人なんですが、当時は息子の春琴の方がマーケットとしては値段が上がっていたんです。
それが大正時代になると白樺派の人達が彼を再発見して浮上してくる。その事が凄く面白かったからです。でも、生き方としては近代的だけど・・・どんなもんかな〜と思いますね。昔のヒッピーというかギター片手に田舎に篭ってみたいな感じじゃないかな」

・・・琴を片手に・・・。

「そう。反骨的な精神はあった人だから尊皇とか色々云われていますが、僕はきっと大して荷担していなかったと・・・そんな人だったと思います」

・・・玉堂を選ばれたのは自由な生き方の部分ですか。

「それはあったと思いますね」

・・・なるほど。少し話を変えますが、以前 『ゲリラになろうとした男』 に出演されていますよね。

「なんで知ってるんですか、さすがインターネット怖いね。中学校三年の時に今電通のCMデレクターをしている奴が同級生にいて、映画を作ろうという話になって、その頃僕は映画が凄く好きだったんですよ。それで役者の一人として出たんです」

・・・どんな映画がお好きなんでしょう。

「何でも見ます。ジャッキーチェンからゴダールからタルコフスキーから・・・ね」

・・・何故、画商さんになろうと思われたんですか。

 「僕は中高一貫の学校に行っていて、落研にいたんですが、先輩が電車の中でジャスパージョーンズの展覧会のカタログを見せてくれて・・・それが僕には何が何だか判らなかったんですよ。
それで色々調べて講談社の現代美術のシリーズを見つけて。あとBTとかを読んで段々好きになっていきました。大体僕はゴッホが好きだったんですが、当時は現代美術を見るのはギャラリーしかなかったんです。色々まわりましたよ。その頃人形町に住んでいたので銀座、京橋の画廊を自転車で見に行ったりして」

お待ちどう様でした。鯖干物定食(ご飯、味噌汁、小鉢、香の物等 1000円)です。

・・・小山さんは、海外出張が多いとお聞きしましたが、海外でも和食は召し上がるんですか。

「よく食べますよ。奈良さんが一緒だと和食ばかりです。僕は鯖が結構好きなんです」

・・・お味は如何でしょう。

「美味しいですね」

・・・ご実家は、日本橋の酒屋さんですよね。お酒は?

「僕は18歳までお酒を飲まなかったんです。酒屋にいるとお酒飲まないもんなんですよ」

・・・へ〜。

でも、廣田さんのお薦めはハズレがないですね。先日の鰯も美味しかったけれど今日の鯖も美味しい。脂ののりがいいし、箸休めのほうれん草もなめこのお味噌汁も香の物もご飯も・・・『これぞ和食』の見本のようだ。

・・・実際自分が(画商を)やろうという切っ掛けは?
「現代美術の仕事につきたいなと思って芸大に行きましたが、殆ど映画ばかりやっていて学部に6年間いたんです。それでいざ就職しようと思ったら試験に落ちてしまったりして、偶々先輩がバイトしていた西村画廊に行って・・・西村さんには大学6年の時に一年いて卒業してから2年いました。それから白石さんの所に6年半位いたんです。それから96年に独立して」

・・・作家との出会いを教えて下さいますか。

「僕が白石さんに入った当時は、白石さんはご自分の画廊と東高ハウスがやっていた東高現代美術館のデレクターをしていてダニエル・ビュラン展や遠藤利克展、管木志雄展などをしてまして、あまり若いアーチストと仕事をする機会はなかったんですが、芸大出身だという事で村上隆さんに声を掛けられて・・・丁度彼が他の仲間達と一緒にアートスペースを多摩川上水でやろうとしていた時でプレス関係を紹介したのが切っ掛けで知り合ったんです。それから博士展で作品を拝見していいなと思いました」

・・・アーチストとの出会いがあって、この人なら売れるなと最初に思われるんですが?

「そんな訳ないじゃないですか。 『小山さんは売れる作家しかやらないんですか。』 と馬鹿みたいな信じられない事を聞いてくる奴がいますけど」

・・・済みません。

 「売れない時があったんですよ。でも作品が良ければ売れないはずはないんです。売れる値段をつければいいんです。売れたら値段が高くなっていくんですから。それに僕は今までの日本美術にないものをやりたかったから、そういう意味では従来の人達にとっては抵抗があるものだったのかもしれないですね」

・・・でもクリスティーズのオークションの前までは他の画商さん達はあまりよくは言ってませんよね。

「そう。村上に対する積極的発言は殆どないですね」

・・・あのオークションで見る目が凄く変わったように思うんですが。

「全てが変わりましたね」

・・・これが売れるとなるところっと変わる。その辺の画商の世界がどうも・・・。

「逆転させたい事をやろうとしていた訳だからそれはそれでいいんです。それに僕らにしてみたらここまでやったのだから今まで買ってくれたお客さんに対してメンツが立つ訳ですよ。それが僕らのやらなければいけない事だから」

・・・でも、逆に評価が定まらなければどうでしたか?

「僕が思うのは、普通、人が仕事をし始めて出来るのは50年位のものでしょ。僕は今40歳だからあと単純に計算して30年しか出来ない訳です。だから30年自分のやる事をやればいいんです。それで評価がでなければそれはそれまでで、30年間がんばろうと思えばいいんですよ。
70歳になって評価の出る人もいる訳だしそれをやらなければ判らない訳です。30年経てば結果が出る。僕らはやるべき事をやって云うべき事を云わなければいけないと思っているので関係ないですね」

・・・なるほど。少し話を変えますが、現在、日本の現代美術は世界の市場の標準になったと思いますか?

 「まったく思いません。全然量が違います。でも日本は質はありますよ。世界レベルな目をもったいいコレクターもいるんです。僕自身はインターナショナルとかグローバルという言葉を使うと嘘っぽく感じるです。皆インターナショナル幻想があると思うんですが、インターナショナルで誤魔化す事は、今起こっている戦争をみても判るように無いんです。
色々な所で自分たちのシンパシーを感じる人がいるというだけです。それが日本だけではなくてアメリカにあったりイギリスにあったりフランスにあったりするだけであって、それはインターナショナルな事ではないんですよ。
僕らだって売り言葉としてこの作家はインターナショナルな作家ですよと使いますよ。だけどそれはリアリティーとしては違うものなんです。個々なんですよ。色んな所で好きな人達がいるというだけです」

・・・判るような気がします。以前ニカフのインタビューで 『日本にはまだ現代美術のマーケットがないから、僕たちはそれを作る為にやっているんです。』 とお聞きしましたが、確かにマーケットは無い訳ではないけれど小さいですよね。でも、これであのオークションがあって少しはその状況は変わったんでしょうか。

「変わりました。値段が高くなったから売れるようになりましたよ。それだけ安心できますからね。だけど全体的な量からしてマーケットの中心は欧米の方が圧倒的です。向こうには伝統があるからね」

・・・外国の場合マザーギャラリーがあって取り扱い作家がいるわけですよね。日本でも紹介されている訳ですが、外国の作家は日本では受け入れられているんでしょうか。

「どうなんでしょう。受け入れられている人もいるし・・・。」

・・・極端ですよね。

「外国の作家に関して云えば美術館が動かないんですよ。これは大きな問題で公立美術館が外国の作家にアクセスする事がないんですよね。個々の所ではやるかもしれませんが、公立の美術館が日本の作家と外国の作家を組み合わせた展覧会はないでしょう。やらないんです。それでは市場が限定されるという事ですね」

・・・学芸員は展覧会場にこないという話を聞いたんですがそうなんですか?

「見に来ません。来る人は決まっています」

・・・何故でしょう。作品は見なければ判らないんじゃないですか。見なくても判るものなんですか?

「BTとかを読むんじゃないのかな」

・・・えええ・・・。

「ホンとですよ。BTを見て画廊に来るんです」

・・・じゃあ、BTがなければ今の美術館関係者は困る訳ですね。

「多分」

・・・でもBTは偏ってませんか?

 「かなり偏ってますよ。その偏りがあったとしたら他のものを立てればいいんです。アメリカとかはそうなって出来ている訳で、ある意味で色々な雑誌がバトルをしている訳です。日本の場合にはそれがないから意味がない。政党でいえば社民党しかいないような感じになるんですよ」

・・・そうなんですか。だからgaden.comを見る人が多いのかな・・・。

「情報はリアルなものだから・・・。ホンとに画廊に来ている人は限られてますよ。全部名前をあげられます」

・・・え、小山さんの所には美術館関係者が多く集まってそれで活気が生まれるんだと思っていました。

「一般の人達で見に来る方は多いですし 、コレクターは凄く増えているんです。美術を楽しむ人は確実に増えているけれどそれは美術館とは関係ないという事です」

・・・以前東京画廊の山本さんとお話をした時に 常設展を見てそこに飾られてる作品が画廊に掛かっていれば買うんだと、それが活性化を生むと・・・。

「それをアメリカやヨーロッパがやっている事なんです。日本には全くない訳ですよ」

・・・じゃあ、このまま全くないんですかね。

「判りません。何も焦ってないんですよ。戦わなくちゃ駄目ですよ。僕はそういった観点から自分でインターナショナルのマーケットに出ようと思っているし、やろうと思っています」

・・・外国に市場を開拓するのは西部劇のようなものですね。

「ピンポイントでアタックしていけばそれが線になって面になって段々広がっていくんですよ」

・・・でも、音楽の世界同様、今寿命が短いじゃないですか、美術も同じ事がいえると思うのですが・・・次の展開はどういう風に考えていますか。

 「 層を増やす事。インターネットの中で色々なネットワークがあるように色々な組み合わせを考えていけばいい訳です。今の所、美術の中で遊べないんですよ。あ! と云ったら終わっちゃうんです。そのあ! が二十秒位、あ・あ・あ・・・と云える位のものが一杯出来てくれば・・・バトルが見えてきたりとか、その作家の位置が見えてきたりとか、全部できるんですよ。
今の所それが無いんです。ここ何年間かはそれを作る事が大事な事だと思っています。僕らは大体同じ世代で自分達の取り扱い作家をチャンと推していこうというギャラリーが出来てきていると思っています。
それがもっと下の世代とか上の世代がリカバーしていかなければ詰まらない訳です。バトルというか色んな人が年とか関係なく関わって来ると面白いと思います。全体の層の深さを作っていくというか・・・」

・・・唯、今三月危機が騒がれている時、今年は潰れる所もあるのではと噂されていますが、先日不忍画廊の荒井さんとお話した時に『今、日本の画商は元気がないんだよ。』と、小山さんには関係ないでしょうけれど、元気になるにはどうすればいいんでしょうか。

「今、皆同じアイテムで動いているでしょ。既成に出来ている作家にいつもぶら下がっている画廊があるんですよ。皆が梅原龍三郎を扱う、皆が東郷青児を扱うそういった事をずっとやって来た訳だから駄目になっちゃう訳じゃないですか。価値観をいつも共有してたから、そうじゃなくて自分の価値観をもっていたら絶対に違うと思うんですよ。生き延びる方法は在ると思う。それをしなかったからいけないんだと思うんです」

・・・それはそうでしょうね。二重構造になっているから・・・画廊には現代美術を飾って、裏で物故作家を売っている訳ですもんね。何かギクシャクした溝があるような気がして・・・。

 「単純に自分達のアーチストを信じてない訳ですよ。『こいつらは売れないから俺がこっちを売って養っているんだ。』と、それじゃ駄目なんです。その人達で稼がなければいけないんです。それを何とかやらなければいけない。
僕だって売れてる売れてるといわれていますが、勿論プライマリーだけだから単純にいってそんなに儲けがない訳ですよ。彼らがやっているように裕福ではないし、僕はそうはならないし・・・色んな問題も孕んでいるし、セカンダリーの方がよっぽど儲けているかもしれない・・・その人達はお金が目的だからそれはそれでいいんです。でも、そういう事をやっていると駄目なんです。
僕らは作家がスランプになった時でもキープしなければいけない。僕の扱っている作家はアカデミックだから、そういった意味では長い年月耐えうるものだろうと信じています。それで勿論スランプはあるかもしれないけれど又、復活するかもしれないと思っています。
美術というのは復活になるから面白いんです。何故かというと『もの』があるから、『もの』があるから復活劇があるんです。それを短いスパンで考えたら詰まらないんですよ。もし、十年後に人気が無くなってももしかして三十年後、僕が死んだ時でもいいから何か違う形でリバイバルできればそれはそれでいいんですよ」

・・・最後にもし画商の道を選ばなければどうしてましたか。

「え! 判んないですね。でも映画とか作っていたかったなと思いますよ。今でもいつか映画を作りたいなと思っています」

・・・どういう映画を。

「普通の商業映画を・・・」

・・・スピルバーグのような?

「そんなにお金ないもん」

・・・ホンとかな〜。

どうもありがとうございました。

いや〜。凄く情熱的にご自身の信念を語って頂き凄く勉強になりました。
小山さんにgden.comは何で食べているの? と、聞かれて『霞を食ってます。』と云っちゃったけど・・・反省。

 よし! これからは食べる為に戦わなけりゃいけないんだ。ん! がんばらねば・・・。
それでチョット面白い記事をネットで発見・・・

「今回のイラク戦争をめぐっては、抗議活動を呼びかけるなどさまざまな局面でテクノロジーが活用されている。 これを最も迅速に提供しているメディアがWebログ (ブロッグとも呼ばれる日記形式のWebサイト) だ。 最も広範にリンクが張られているブロッグの1つは、バグダッド在住と称する男性が運営しているブロッグ。ここでは戦争という現実の中でのイラクの日常生活が綴られ、銀行が閉まったり2時間待たないとガソリンを買えないといった不満が記されている。」(YAHOOニュースから抜粋)

情報もインターナショナルと云えども局地戦、オサルスもその内、ビデオカメラとマイクがついたヘルメットをかぶって銀座で実況中継をやるかもね。いつの時代でも人は皆、デバ亀的な興味はあるもの。
でも〜。お金になんのかな? オサルスもこれから30年考えてみましょう。考えてるだけで死んじゃったりしてね。 トホホホ・・・。

小山登美夫ギャラリー
東京都中央区新川1-31-6-1F
http://www.tomiokoyamagallery.com/

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