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携帯オサルスのおすすめランチ ランチdeチュその85

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日替わりランチ 1200円

un cafe
東京都渋谷区神宮前5-53-67 コスモス青山B2F TEL03-5469-0275

青木野枝さんの魅力を一言で言えば?

 「彫刻の中に空間感があると思いますよ」 ギャラリー池田美術の池田さん。

オサルスが青木さんの作品を初めて拝見したのは94年の資生堂ギャラリーとギャラリー21+葉の個展。
スケール感がある中にいい意味で女性的な繊細さが内包された作品だなという印象が・・・。
ん、待てよ。・・・目黒美術館のカタログをめくりながら84年の作品何処かで見た覚えがあるな・・・と。実はこの作品は卒制で武蔵野美術大学の資料図書館の前の芝生に置いてあったらしいんです。

「お昼食べに行く時に見たんじゃないですか」

そうかも。丁度オサルスもこの時期に武蔵美に通っていたからね。当時すれ違っていたかもしれないから縁はいなもの・・・まさかン十年経ってランチを一緒に食べるとはねえ〜。
今日は、彫刻家の青木野枝さんと『ランチdeチユ』。青木さんは凄くエネルギッシュで光っている女性のイメージが・・・。その秘訣は? 聞いちゃいましょう。


お待たせしました。
サラダ(タコのマリネ、かぼちゃ、卵、キヌサヤ+ポタージュスープ コーヒー付き 1200円)とエビのタルタルサンド(サラダ、コーヒー付き 1200円)です。(どちらも日替わり)

早いな〜。ホントにお待たせしない。
こちらのun cafeは青山ブックセンターの隣にあるお店。以前セゾンアートプログラムのオープニングで来てロケーションが良かったので素敵な女性の時に紹介したいなと暖めておいたレストラン。
近所のオフィスからビジネスマンも大挙来るらしいのでいつも混みこみ、でも〜、このボリュームは何? 凄い量だから食べられるか心配だ。サンドイッチにはフライドポテトとマヨ−ネーズもちゃっかりご一緒。全部食べたら又太っちゃうよ〜。

・・・青木さんは彫刻家だからやはり沢山召し上がりますか?

 「食べますよ。素材が重いから・・・右手なんかしっかり筋肉ついてるし」

・・・どうです。お味は?

「美味しいです」

・・・サラダは色が綺麗ですね。サンドイッチをガブっと噛みついて。

ん〜。美味しいんだけれど。好みとしてはローストビーフサンドとかの方がいいな。タルタルソースに海老はチョットつらい。日替わりなので好みがハマッタ日は美味しさ倍増でしょう。中身がギッシリつまっているのでズシっときます。

・・・重いといえば鉄は重いでしょうね。何故鉄を素材に?

「鉄は一番安いのと作り易かったから、大学三年生の時に鉄に出会って・・・段々私は『線』の作品になっていくんですが、『線』として使い易いのが鉄で・・・鉄は技術がいらなくて簡単なんですよ。
私はそれが凄くいいと思っていて、石や木は、なにかが宿っているような気がするでしょ・・・購入時は鉄は例えば何ミリ厚の板とかで工業製品として来るんです。そのドライな感じが好きなんです。
初めにパット掴んだのが鉄でしたが、やればやるほど自分にとっては特別だし、人間が昔から使っている鉄にまつわる色々な物語や事柄を含めてもの凄く自分にとって大事な気がしています」

・・・私の鉄のイメージはパゾリーニの『アポロンの地獄』、鉄器としてガツンガツンとぶつかる荒々しさ力強さかな。

 「そうですか。ちょっと本の話をしますが、先日『中沢新一』さんの講義を元にしたカイエ・ソバージュ2 『熊から王へ』を読んだんです。
(注:自然を象徴する森林の王者<熊>と人間との関係と少数民族によってつくられた家族単位の社会が、鋼鉄製の武器―『刀』によって崩壊し、国家権力が生まれてくるプロセスを描いたもの)

私は北方少数民族が凄く好きで、特に北海道、シベリア、オホーツク海、アラスカ・・・その辺の場所が特別好きなんですよ。
90年台に初めてニューヨークに行った時にニューヨーク自然史博物館のイヌイットルームで小さい牙の彫刻を見て凄く良くて感激しちゃって・・・自分はこの人達の生活とか全てが好きだと感じてもの凄く惹かれちゃったんです。・・・その惹かれた答えが『熊から王へ』を読んで『何故、自分は鉄で彫刻を作るのか。』・・・言葉として判ったというか、鉄はその北方少数民族にとっては寧ろ生活を壊すものですよね。それは判ってはいるんだけれど何故自分は鉄を使っているのかな・・・と、何か意味があると思うんです。それがこれから何年か掛かけて言葉で判っていくのじゃないかと・・・」

・・・展覧会を凄く精力的にこなしてバーッと突っ走っている感じですね。

「ワーカーホリックなの。走るだけ走って倒れちゃったらそれでいいかなと、私の理想は、彫刻以外の事は何もしない・・・勿論それは無理だけれど、予定が入っていると嬉しいの」

・・・今回のギャラリー池田美術の展覧会と資生堂ギャラリーの『椿会』、複数と単数の展示ですが、最初に空間を見て作品を制作するんですか?

「いつもは完璧にこの空間に自分は置く。この空気を変えたい・・どういう風に変えようか、自分はどうしたいのかと、それをいつも考えて何度も足を運びます。野外でもそうです。
でも今回は小品だったのでシルバーとかブロンズとかガラスだけを作って展示は適当な台にしようかと思ったんですが、それだと全然面白くないし、やっぱり空間を考えたいという事でああいう風になったんです」

・・・今回の題名は『立山』、石鹸はちょっと判らなかったんですが、シルバーやブロンズやガラスが山の形をしているので、山を結界の中に納めたようなランドスケープのイメージを感じたんですが・・・。

 「去年NHKの方に 『風景みたいなもの』 と言われたんですが、ものというよりも風景なのかなと少し思っていた所もあるんだけれど、ずっと私同じものの繰り返しが凄く多いんです。同じ形のものをドンドン置いていく・・・
それは99年横浜美術館の
『世界を編む』展(注:「ヴァーチャルな表現があたかも時代の主流のような現代において、 手=身体を使って表現する行為とはなんだろうか、ということをあらためて提起したい。横浜美術館学芸員の言葉より)
で編むというテーマを学芸員の方から提示されて、確かに編むという事は同じ事の繰り返しですよね。それを自分に当てはめると、自分は溶断する時はいつも違う形を溶断するのではなく、棒なら棒、丸なら丸をずっと何百個も一日何時間も何ヶ月も続けている。
例えば籠を編む事を考えると行為としての繰り返しである・・・それが何故立山に続くかというと、時間は四季や一日のサイクルとして繰り返しているように見えるけれども流れていくもの・・・もう戻す事は出来ませんよね。自分が生きていて何が時間に対して出来るかという風に考えると同じような事を置いていく・・・同じようなものを積んでいく事、そういう事しか自分は出来ないかなと思うと、賽の河原じゃないけれど・・・山に登ると皆石を積んでいますよね。
意味も無く積む、すぐ崩されちゃうけれど構わない、でも又そこで積んじゃう人がいて・・・。そういう事から考えると山を立てるという事で『立山』なんです」

・・・では何故石では無くて石鹸なんですか?

「石鹸には特別な思い入れがあって、10年位前にNHKラジオで東欧の方ではお墓に石鹸を供える人がいる話をしていて、それはアウシュビッツから遺骨が帰って来ない人がいて、あの時ナチは人間で石鹸を作ってますよね。
皮でランプシェードを作ったり・・・それでお墓に石鹸を供えた・・・それから綺麗な石鹸があると供えたりするんですって・・・」

・・・悲しい話ですね。

 「凄くビックリして、その時ガ−ンと来なくてもジワジワと利いてきて・・・人間は石鹸に成りうるんだ・・・私が石鹸になる事も在りうるんだと思って・・・それからずっと考えていたんです。
それで、ある時、使った石鹸じゃないと意味がないと、それから知り合いに連絡して『新しい石鹸と交換するのでちびた奴でも何でもいいから送って下さい。』と頼んだんです。で、二百個か三百個来たかな〜」

・・・そこから選りすぐったんですか。

「あのね。一応来たものは使うというポリシーなので選りすぐらないんです」

・・・石鹸の中には線がついて汚いのもありますね。

「あれも又好きなの。私の所の大家さんはお百姓さんなので野良仕事で使っているんで凄くいいの。今はポンプ式が増えたからね」

・・・そう言われてみれば使わなくなってきてますね。

「石鹸はその人その人の家の匂いがするというか・・・垢もついてるし、ものによっては毛もついてるし、制作していて石鹸に針を通すと割れちゃうのがあるから針を通す前にお湯に浸すんです。
そうするとその人の匂いがポァ〜ンと、その人の脂と石鹸が混じっているようなその人のお風呂場の匂いというか・・・色んな意味で面白かった」

・・・生活が垣間見れますね。

「そう。だから石鹸送るのが恥ずかしいという人もいて・・・石鹸で結構判っちゃうからね」

・・・そこから割り出すと面白いですね。

「今、女性の間で流行っているのはハーブ石鹸。チョット前は炭の石鹸がありましたよ」

・・・墨で洗うと顔が黒くなるような気がするんだけど。

「すべすべつるつるになるよ。石鹸には詳しくなって」

・・・いいじゃないですか。磨きがかかって・・・。

「(笑)」

・・・ 話を少し変えますが、好きな作家はサイ・トゥンブリと知恩院の早来迎図とお聞きしましたが?

 「平安時代の絵画は凄く好きです。象に乗っている普賢菩薩がベストかな。
あとは久隅守景筆の 納涼図屏風、この絵を描ける人は凄いと・・・こういう絵を描く人間がいるという事は極楽があるという風に思うし・・・。
 
所で昨日バクダットで博物館の略奪があったでしょ。あれは自国民が自分達の宝を奪ちゃった。
日本で言えば自分達が法隆寺を壊しちゃうようなイメージでしょ。まあ、金閣寺に火がついちゃうんだから・・それもありかもしれないけれど・・・。だから人間はそういうもんだと思って作品作らなきゃと・・・凄くショックでした」

・・・極限状態なんでしょうね。
ところで冒頭の池田さんのコメント、
『青木さんの作品には空間感がある。』
に戻りますが、空間というのは何も無い事ではなくて仏教の 『唯識の空』 に通じるような、『空』 とは宇宙の意識みたいなもの。私は 『空』 についてそう感じているんですが、青木さんの根底に流れているものを言葉にするとどういう?

「私は、『撒かず刈らず蔵に納めず。』 が好きなんですよ。聖書の言葉かな? あるものを食べて死ぬ時は死ぬ、生き方としてはそう生きたい まあ! 人間だから簡単にはいかないだろうけど・・・」

・・・それを聞くと良寛の地震の時災厄にあわない為の言葉で 『・・・死ぬ時節は死ぬがよかろう。』 を思い出しましたが、中々そうは出来ないし、きっとジタバタしちゃうだろうな〜。

 「小さい頃は暗い子供では無かったけれど、普通にこのままでは幸せにはなれないという気がしていたの・・・いい大学に行っていい会社に入るとか、いいお母さんになるとか・・・お母さんになる事に幸せを見つけられれば良かったんだけど、そういう事も良く判らなかったし、どっちかっていうと修道女になるとか出家して尼になるとかそういう事だろうと思っていたところが漠然とあったんです。
それに自分は魅力的な人に成りたいし、素敵な人に成りたい。凄くいい生き方をしたい。でも何もしないで成れる人はいるのに自分はそうじゃないから・・・その時に宗教であれば修行みたいにやれるのが彫刻だと・・・・。だからと言って努力をしろという事では無くて・・・私、完成度とか全然気にしてないんです。
自分が今ここで見たいものはこれとか綺麗なものはこれという事を出せたらいいな・・・と思っていて、宗教とチョット似ていると思うのは言葉にはしていないけれど、自分でこういう事はしたくないという事は絶対しない。
それをすると彫刻が出来なくなるとか、例えば誰かにお世辞を使って嘘をつくとか、そういう事をすると彫刻が変わるだろうなと思っていて・・・彫刻をやれるように自分が生きていきたいというのがあるんですけどね」

・・・生きていくのは積む事かもしれませんね。私も段々と年をとってきたからいう事が年寄りじみてるかな・・・。

「積んでいって、誰かにガシャ〜ンとされても又もう一回積んでいく・・・」

・・・大変だ。

「私は結構幸せというか恵まれているという事もあるんだろうけど、例えば男の人の作家で恵まれて無いと思っている人は案外多いんですよ。『自分は正当に評価されてない。』と、言う事を言う。何でだろうと、可笑しいと思うんです。
正当に評価されるされないは、例え自分が評価されなくても同じじゃないといけないと思うし、今、バクダットに生まれて生きていたら彫刻なんて作れないでしょ。ここにいる事は凄くラッキーと・・・食べるものも無く戦火に苦しんでいる人もいれば、片や嫌な事があっても一応安心して暮らす生活ができる人もいる。
それは何パーセントの確立かは判らないけれど、ラッキーじゃないですか。そういう事を思わないと申し訳ない気もするし・・・そういう所でグジュグジュしている人は何だろうと・・・」

・・・作家が何を目指すかですかね。社会で認知されてお金儲けをする事なのか ?

「そんな事を目指すのなら、作家になんてなら無い方がいいと思う」

・・・やはり彼岸にいて欲しいですね。こちら側にいるのが画商でしょ。

「作家はサラリーマンのようにお金をもらう仕事では無いですね。唯、お金になるならないは同じ事でもある訳ですし。今までずっと成らなかったしそれでもやっている訳だから成った所で変わるもんじゃない」

・・・そうですね。では、最後に作家にならなければどんな人生をおくっていたと思いますか?

 「え〜。仏門かしらね。トラピストとは違うし・・・彫刻やってなくて普通の生活して例えば恋をしてたりしていたら・・・きっとどこかで辛く成っていたでしょうね。その時点で何か修行をしていたりして、他に自分の救いようが無いから・・・」

どうもありがとうございました。

最近オサルスも髪の毛だけは仏門に行ってしまったみたいで、お金の苦労で心身症になっちゃったからな〜。変に黄昏てる頭よりもスッパット刈っちゃった方が清清するかも。でも、あんまり宗教入った姿になると倦厭されそうだ。
それでも物は考えようで “何んで食べているか判らない人” とか “ボランティアでやってるんでしょ。” と言われないで済むかも・・・
どうしってって?
だって 、その姿なら托鉢してると思うじゃないですか。オサルスも修行、がんばらねば!!

青木野枝 関連情報 2003.4 2000.12 2000.12_b 1999.12

ギャラリー池田美術個展
資生堂ギャラリー 「椿会」

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