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携帯オサルスのおすすめランチ ランチdeチュその91

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海老天ぷら定食(味噌汁・香の物・ご飯) 1400円

天ぷら和食 一休庵
東京都中央区銀座2-8-16
TEL 03-5561-3825

『ランチdeチユ』もあと10件で100店輔、インタビューをさせて頂いたのは70人弱、来年の夏ぐらいには100人になるかな〜。まあ、数を競ってもギネスブックに掲載される訳ではないからギネスは飲むだけにしておこう。

  話は全然変わるけれどこの間ある本を見つけたんです。1988年にパルコ出版局から出版された 『アートディーラー』 という本。世界は広いようでいて狭いね。同じような事を考える人はいるもんだ。
オサルスも今まで18人のギャラリストに話を聞いてきたけれどこの本では31人にインタビューをしているんです。まあ! 世界の画商さんと日本の画商さんとは規模が違うとは思う (失礼) し、日本の画廊の運営方法も多種多様だから同じように聞けるものではないけれど。やはりギャラリストって興味のある仕事だと思う。でも〜日本にギャラリストは何人いるのかな〜。作家が星の数ほどいるように。ギャラリストも☆☆☆☆☆☆・・・。

今日はギャラリー21+葉の黒田悠子さんにお話をお聞きしました。

・・・確か絵を描かれているとお聞きしましたが?

 「今も描いてます。去年は出来なかったけれど個展も毎年してます」

・・・作風はどんな。

「 具象とも抽象とも・・・何処にも嵌らない感じの作品です。皆さん。ジャンルで分けて見る方が楽だからどうしてもそういう見方をしてしまうんですよね。私はそういう意味で苦労して来ましたから、自分が画廊を営む時にジャンルで見るのはやめようと・・・。村上華岳だって日本画家もしれないけれど、日本画の範疇に入らないじゃないですか。いい絵はいい絵だから。一応自分の中にはそれが基準にあるんです」

・・・画廊を始めた切っ掛けは何でしょうか。

「芸大を卒業してから毎年絵を描いて貸画廊を借りて発表していたんです。その費用を自分で稼ぐ為にアルバイトを探していたんですよ。当時はアルバイトが凄く少なくて女性が出来るバイトはあまり無かったんですよね。ですから自宅で子供の絵画教室を開いて・・・でもある程度の収入を確保しなければならないから教えるのが辛くなってしまって。その時先輩から突然画廊をやらないかと声が掛かったんです。それがギャラリー21、1982年に開廊しました」

・・・それで1988年にギャラリー21と葉が合体したのですか?

「画廊を始めて直ぐに、ルナミ画廊の並河恵美子さんが、オーストラリアとの交流展を企画してそれに参加して、丁度ギャラリー葉の望月良枝さんも参加されていたので知り合いになったんです。
当時望月さんは青山に画廊を営んでいたんですが、事情があってそこを出なければならないと悩んでいて・・・。私は私で始めは具象系が多かったのに開廊一年目に榎倉康二さんや高山登さん中西夏之さんの三人展を企画したので、画廊が現代美術系になってきてしまって、当時は現代美術系の貸画廊が少なかったんです。それに当時はまだ経営が軌道にのっているというほどの状態では無かったんですよ。
それで運営の内容を考えてスペースを探していた望月さんと一緒にギャラリー21+葉としてスタートしたんです。現代アートを中心に立体、絵画、インスタレーション等、扱う作品は様々でしたが、2階のギャラリーは3週間に二人ずつ、1階のギャラリーANNEXでは1週間に一人のペースで、若手のイキのいい作家の作品の展示を多く心掛けたんです。
まあ当時は二人で画廊を営むなんて例が無かったし、上手くいくかどうかも判らなくて、大体周りの人達から『絶対に上手くいく訳ない。』と、危ぶまれてね(笑)。もし別れても作家のキャリアが判りやすいように二つの名前を+で結んだんです」

お待たせしました。[海老天ぷら定食(味噌汁・香の物・ご飯 1400円)]と[つけ天定食(1300円)]でございます。

 一休庵さんは銀座で50年続いている天麩羅和食のお店。暖簾を潜ると静かな店内にプ〜ンと胡麻油の香り。季節の野菜をあしらった 「かき揚げ天丼」がお薦め。天丼はその手さばきの速さが、美味しさを決める。
ただ 、夏場は旬の野菜があまりなく、今日は海老天ぷら定食を注文。一品一品揚げたてを出してくれるので、サクサク、アツアツで美味しい。海老が4匹、アスパラ、インゲンにナス。これだけ付いてこの値段なら納得。

では頂きます。
天麩羅を天汁につけてご飯を一口。お味噌汁をグビ。箸休めに香の物。あれ! それぞれ単品で食べるよりも交互に食べるとお互いがお互いを補いあってるじゃない。塩加減のバランスが絶妙じゃん。判った! 美味さの秘訣はハーモニーだ。何か天啓を得たように嬉しい〜。和食道開眼です。ホントかいな?

黒田さん注文の [つけ天] は御蕎麦と天ぷら。

・・・どうですかお味は?

「美味しいですよ」

 ここで裏話を暴露しちゃうと、オサルスが当日注文したのはイカ刺身定食。天麩羅屋さんでイカ刺しも無いもんだと、後日再訪。実は今回はランチを同じお店で二回食べたのでupdateもかなり遅れてしまったんです・・・申し訳ない。
いか刺はイカス味だったけど。イカはイカだもん。やはり天麩羅屋さんは天麩羅がおすすめ。

・・・ギャラリーの仕事って大変じゃないですか?

 「ギャラリーといっても皆内容がもの凄く違うじゃないですか。偶々私たちは東京現代美術画廊会議を作って十の画廊が一緒に活動してますが、

注:新世代への視点2003 
● 【東京現代美術画廊会議】 【時期】2003年7月28日〜8月9日
【場所】 ギャラリーなつか・コバヤシ画廊・ギャラリィK・ギャラリー現・ギャラリー山口・フタバ画廊・ギャルリー東京ユニマテ・藍画廊・ギャラリー21+葉・なすび画廊・ギャラリーQ 。
1993年より続く本展は、現代美術を扱う10軒の画廊が、35歳以下の現代美術の作家を選抜し、展覧会を各会場で同時期に開催する。今回は10軒の画廊と出品作家の個性、主張、すなわち10の構成、要素を強く打ち出し、そこから共通した現代が見えてくるという考えの下に、サブタイトルを「The Ten Elements」とした。期間中シンポジウムも開催される。

大まかな部分では一緒でも個々の画廊はそれぞれ考え方が違うし、大体私たちが大変だというのはお金ですよね(笑)。お金を使う事はしているけれどお金になるような事はしていないから。それがとても大変。作家も勿論大変な訳だけれど。逆に作家の方が稼いでいる場合もありますよ(笑)」

・・・家賃はやはり大変ですよね。毎月ですもんね。

「貸画廊が母体の場合は家賃を払う分では助かりますね。だけど借りる人は作家だから、その画廊がどういう画廊とか・・・選ぶ側の基準もある訳でしょ。それを常に満たしてないといけないじゃないですか」

・・・なるほど。

「結局、何かの形にはしたいし、只、場所を貸しているだけでは詰まらないと思っている訳だから、やはりいつも自分の基準を満たすようにがんばろうと思っていますね。それがある種の生きがいややりがいになっている。まあ、私の場合は絵を描いているので、自分がものを作るという事が判っているから より作家の事を判ってあげられる自負みたいなものはありますね。ある意味では無理しちゃう部分もあるかもしれないけれど」

・・・最近貸画廊無用論が再燃していますが?

「難しい問題はありますね。確かにいい作家は作品を作る事に全力を注ぐべきだし、お金の事で頭を悩ます事なしに制作出来るようにして上げたいと思うけれど、まあ、人は直ぐにそこまでいかない訳だから、少し苦労した方がいいと思っている部分もあります。そうやって段々判ってくる事もある訳だから」

・・・先日ある貸画廊の方が『昔はもっと作家にエネルギーがあった。今の作家は何を考えてるのか判らない。』と話していたのですが、21年画廊を営んでおられて昔と今大分変わってきましたか?

「例えば自分の年齢の上下10年位の差はあまり感じませんが、20-30歳位の差の人達を理解するのは自信がないですね。そういう意味でキャパシティーを広げる為にも若い人がいてカバーしないと、その人達はその世代を、私はこの世代をというように考えたいと思っているんです」

・・・なるほど。それで随分若いスタッフが・・・。皆さん、絵を描いている方なのですか。

 「今までは実技の学科を出た人が多かったんですが、今年の五月からは芸術学科というかキュレーターをやりたい人がスタッフに加わりました。今度のスタッフは学生の頃から色々なプロジェクトに関わって勉強した人だから、オーガナイズする事は私より詳しそうで、教わっちゃおうと(笑)思ってます」

・・・昔、私の学生の頃は芸術学科は芸大にはあったのでしょうが、私立の美大には無かったような・・・。オーガナイズする部分とかプロジェクトを組んで実際生徒に何か達成感をもたせるような事は勉強していなかったような気がします。それに今、オルタナティブなスペースが増えていますよね。そうするとこれからの貸画廊の役割はどのように変わると思われますか。

「貸画廊自体は、昔、かねこ・あーと・ギャラリーの金子さんが『シニタイ仕事』だと言っていましたが、その意味は全然発展性がないというかこういう事には先が無いという事で言ったのだと思います。よく作家からお金をとっているという事を言われるでしょ。確かにそうなんだけれど、唯、私は貸画廊のいい所は、思いもかけない作家が向こうから飛び込んで来る事。それに貸しの場合は借りる側もお金を払っている訳だから自由に使えるという気持ちもあるだろうし、え!こんな人がいたのという人に会えるのがいいなと思うんです。
兎に角展覧会をするという事は、自分を人に見せる事じゃないですか。私が考える貸画廊はそれをお手伝いする事なんですよ。例えば企画画廊 や美術館がピックアップしてくれる場を作るとか、次のステップに繋げる事。それは仕事な訳だからビジネスに為り得ると思っています」

・・・一つ疑問があるんですが、美術の世界ではお金が介在すると嫌がる人もいますよね。作家からお金を貰っているとか・・・等々等々。でも生活するにはお金がなければ出来ない訳で、お金を抜きにしては考えられないんじゃないでしょうか。

「サポートしてくれる所も、作品は売るんですかと聞かれる事もあるんですよ。その場合売るとなるとサポート出来ないと言われてしまう。唯でさえ売れないのに、そうしたら作家はどうしたらいいのと。お金を出して作品を買う事は作家にとって凄く励みになると思いますよ。買うという事は認めるという事だから」

・・・先日、本江さんとのお話でも同じ話が出たんです。

「皆、お金をどういう風に考えているんでしょうね。美術はお金儲けにはならないし、儲かるものでもない。だって画廊が東証一部に上場した話は聞かないものね。元々美術はいくら売っても儲かるものではないんですよ。だからこそサポートは必要な事だと思います。
応援する気持ちの人が増えてくれると嬉しいです。少しでもお金を出して作品を買うと作品に対する見方がガラット変わってくるんです。本当に真剣に見るようになるし、だって作品を買ってみると楽しい事だと判りますよ」

  「美術界には作る人(作家)+見る人(コレクター)+ギャラリストが必要なの。その三点が整えばいい状態になると思う。けれど今は極端にコレクターが弱いから三角形にならないんです。
コレクターがいない原因は私はバブルにあったと思いますね。あの当時は美術作品にお金を出すのではなくて、美術品とうい名のお金として返ってくるもの、換金できるものとして考えていた訳です。そういう意味でバブルが弾けてコレクターの流れがプツと切れてしまった。
それに当時は無茶苦茶美術品が高かったのが頭にインプットされてしまっているから、 それは打ち破りたいですね。そう思っているので、もう今年で4回目になりますが、気楽に買える大きさと値段を設定してこれなら買ってみようかなという展覧会 『 6/30-7/12 誰でもピカソ!? とんでもない!』 を開催するんです。入札式だから楽しめると思いますよ」

・・・韓国のアートフェア−にも出展されると伺いましたが。

「私も最近これから何年画廊が出来るか判らないけれど、もう少しがんばってみようと思っているんです。現代美術の作家は、勿論日本でも評価されている人はいるけれど、実際中々評価されるのは難しい。けれど外国ならば名前とかが先に来ないでその作品で評価してくれますよね。それを試してみたいんです。もし認められば作家のモチベーションも続くじゃないですか。
今は若い人にドンドン目がいくけれど、40歳を過ぎてもずっと作り続けている人達はいるんです。唯、皆中々取り上げなくなるじゃないですか。彼等は一生懸命作っているんですよ。でもね段々しんどくなると思うのよね。ある種励まされる事で力が出るんですよ。
又、金銭的にも韓国なら作品を送るのでもそうだけれど出展費用が少し楽なんです。丁度韓国の画廊から
KIAF 【韓国国際アートフェア−6月25日-29日(http://www.kiaf.org/)】
に参加しないかという話があってKIAFはNICAFよりも安いし外国の画廊も参加するから出展してみようという事になったんです。去年は釜山でした。あまり作品は売れませんでしたが。今年はソウルなのでがんばってやろうと思っています。なるべく同じ作家に出てもらおうと思っているんですよ」

・・・そうですか。こつこつやっている作家に目がいけばいいですね。それにご自分の作品も海外で発表されたら如何ですか?

「そんな性格ならば、今ごろ画廊はやってないですよ。自分が有名に成りたいと思ったら画廊は出来ないです。画廊は縁の下の力持ちみたいなものだもの。特に私達みたいな画廊はね」

・・・では、最後にもしこのお仕事についてなければ何になっていたと思いますか?

 「小学校の時は外科のお医者さんになりたかったんです。でも、勉強嫌いだから(笑)。世間は私の事を画廊の仕事をしている人だと思っているから、もう自分の絵は好きに描いていいんだと自分で割り切れているんです。大体チャンと絵を描いてますと言えるような絵になったのは画廊の仕事を始めてからなんですよ。画廊の仕事はある意味、体力、気力が充実しないと無理だけど、自分で自分の絵を描く事は一生やれると思っています。だから他の事は考えられないですね」

どうもありがとうございました。

最近オサルスは閉塞感とか危機感とかいう言葉をよく使っていたのですが、
「 そんな状況何処にあるの? 作家は経済的理由はともかく、そんな気持ちで制作していないと思うし、画商も同じだと思うよ。だいいちそんな事が頭を支配するようになったら止めちゃうでしょ?。」
とウェッブマスターに言われて、え? あるじゃん。ん? でも何処に?
あ! 判った。オサルスの頭の中にあるんだ。という事が判明。

以前ルナミ画廊の並河さんが画廊を閉める時の言葉に
「画廊が団結して展覧会を開いても、集まる顔ぶれはいつも一緒。一般の人にはなかなか浸透できないんです。『アート』が専門化しすぎて一般の人とかけ離れていると感じ始めたんです。」
という記事を読んだ事があるんです。オサルスもそれはそうだと思う部分があるから閉塞感とか危機感という言葉が出てきたんだと思うんですよ。という事は、より専門的になってくると一般の人とかけ離れてしまうという事ですよね。気をつけなきゃ。でも、もっと単純にオサルスの場合は経済的理由が閉塞感とか危機感を生んでるんだけどね。

ウェッブマスター曰く「すべてのことには終わりが在る。だから我慢できる。」のだそうで、、、
しかし、サイトの更新はエンドレスなんだよねえ、これが。ヒッヒッヒ。

ギャラリー21+葉 http://www.gallery21yo.com/

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