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携帯オサルスのおすすめランチ ランチdeチュその96

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うな重 1500円

伊豆栄
東京都台東区上野2丁目12-22
TEL 03-3831-0954

 『【展評】の編集長が更新するの大変じゃないの? と言ってたよ』
と、美術ジャーナリストの藤田一人さんから、聞かされて・・・。 そうでもないんだけれど・・・このごろ、スランプだから更新がかなり遅れぎみ。何故かって? 皆さんは、自分自身の生活や仕事、環境に嫌気というか居心地の悪さを感じる時ってないですか? 日々の諸々をすんなり処理できるときはいいんだけど、こんなことしていて何になるんだろうって思い始めたら体も頭も動かなくなってしまう。

 気がつけばオサルスは、20年以上も美術の場に関わってきたけれど、未だに馴染めいんですよね。何か違うなと思い始めると展覧会に行くのが嫌になっちゃって。こんな事やっている自分に嫌気がさしてくる時が一年に数回はあるんです。だからgadenのトップの更新情報が滞っている時は、オサルスは完全にスランプ!
 あまりの残暑につまらない出だしになってしまった。(書き始めたのは7月だったのに、今はもう秋。マズイ!。)


 今回は、自分のアイデンティティーに確固とした自信があるだろうと、オサルスが確信を持って言える美術ジャーナリストの藤田一人さんとご一緒です。とにかく藤田さんは美術の事なら何でもという方、それも大阪弁でポンポンと話だしたら止まらない。最後までお付き合い宜しくね。

おっと! 忘れちゃいけない。今日のランチはうなぎ。暑気祓いには、うなぎが一番。藤田さんはこちらから質問しなくても、自分で話してくれるので美味しく、ゆっくりとうなぎを味わう事ができました。
ただ、二人とも一番安い1500円の『うな重』には泣けるけどね。それも割り勘。昔は美術に関わると金持ちに成れるような気がしたけれど、最近はドツボにハマルというかね。いったいいつ貧乏脱出できるのか! 夕日に向かってバカヤローと叫んじゃうぞ。

・・・取材はいつもどういう風にされるんですか?

 月刊美術にいてる時は、対談とか座談会があったらテープをとってたけど、今は取材で自分で書面でまとめるのが全部やから基本的にはメモだけ。

・・・今、展評で連載している。
『国立新美術館』 (国立新美術館とは何か? 〜あまりにも “日本的” な美術の現実)
http://www33.ocn.ne.jp/~artv_tenpyo/tenpyo.html)
の中で 内田あぐりさんの言葉とかあるけれど。

 あれ、メモ。あれならこっちの責任でやっているからまあちょっと端折ってもいいじゃないですか。でも、対談とかインタビューはテープとりますよ。

・・・インタビューは、話し手の言葉が自分の脳を通過する訳だから、テープを使って起こしても、どうしても書き手の見解が入るでしょ。それを嫌がる人がいるんですがそれがとっても困るんです。

 そうそうある。編集者たるものそうやったんですよ。だからテープをとるんです。でも、誰かが言ってた・・・普通取材は本人に話を聞くだけやないんやと。本人に話を聞く前に、こいつはどういう奴でどういう背景があって様々な取材を詰めてった後に本人に聞くものなのに。
とにかくテープとカメラだけ持っていって本人に聞きゃぁいいだろうという奴が多すぎる。と、それでインタビューが詰まらなくなったと・・・。月刊美術に居てる時に、平山郁夫の対談のシリーズをやったんですよ。9人やったのかな、あの時ね9人やったけど7人断られてるんですよ。つまり意外にね。月刊美術の上の人達は断られるの嫌がったんだよね。だから安全な方に安全な方にいくんだけど、断られるのも取材の一つなんですよね。こいつはどういう風な感じで断るんだろとかね。

・・・最近嫌な断られ方をしたから、それ凄く判りますね。

あ! 早いですね。もう “うなぎ” が出て来た。うなぎって時間が掛かるんじゃないんだ。手回しがいい。流石、創業260年。でも、うなぎはお客さんが席に着いてから捌いて焼くものだと思っていたのにな〜。老舗も時代の波には勝てないのかな・・・うなぎもご飯も冷めてる感じが残念。

・・・美術雑誌の人は、言い回しが皆同じに聞こえるのは何故でしょう?

 というかね。それは言い回しが一つではなくて、多分ですよ、絵描きでもそうなんだけどインタビューをされるとか取材をされるとか記事に書かれるという事は、あくまでも自分は素材になるんですよね。相手の意図によって自分は素材の俎上に乗るんだという事が前提にある。
けれども、自分のラインで話を進めて欲しいと思い過ぎるからですよ。結局作家の話を聞かなアカンという発想というのは非常に単純な事で、つまり作家の思うように作家の世界を語って欲しいという点ですよね。それは批評ではない。まあ、誰しも自分がこう他の世界にぽ〜んと投げ出されて、客観的にみて俺はこういう側面は知りたくないという気持ちは判る。
月刊美術にいてる時は、タイアップとかありましたから極力作家の方向を大事にしてました。それならそれでいいんですよ。画廊でもそうですけけどタイアップ記事とかやってたじゃないですか。

・・・うんうん。

 例えばファッション雑誌でもタイアップ記事がありますよね。あれは広告代理店の人達が、スタイリストやカメラマンやタレントを決めて、この方針で打ち出していこう。と決めて女性雑誌に持ち込む訳じゃないですか。
画廊の人達はそれが無いんですよね。つまり今度の展覧会はこういう方針だからこいつと組ませて何かをやってこの方針で売り込んで、こういうふうにやろうっていう。それがないんです。たぶん月刊美術のタイアップというのは、画商たちが展覧会をする時に、俺達は単に場を開けておけばいいんだろうなっていうところから始まっていたんですよ、多分・・・。結局絵描きも画廊もそんなものがないんですよね。
つまり変な幻想が美術や芸術にあるんですよ。だから僕の仕事で今やっていることは “美術信望を廃す” なんです。日本の美術でも何でもそうですけど、僕が1番思ったのは、藤井画廊の藤井さんが、
『俺が美術を習ろうたのは東博でアルバイトをしていたからなんだ。そこでいろいろ習うことによって美術を勉強した、そして流通のことが判らないから画商に弟子入りしたんだ』
と、言っていた。

 つまり、彼らにとって美術の価値観はあくまでも東博とか学者さんの美術史の論理で学ぶことが美術の論理を学ぶことなんだみたいな幻想がある訳ですよ。自分は、宮永岳彦をあれだけ売って大儲けしたが、心のどこかで宮永岳彦は売れるだけの絵かきであって本当は麻生三郎の方が凄いんだぞみたいな事がどっかにあるの。
でもね、それは違うんですよ。画商なら画商の価値観とスタンスで美術の価値を決めればいいんだし、それは評論家や美術館や絵描きの価値観とは違うんですよ。そうしたら藤井さんは麻生三朗をいいなんていうよりも、宮永岳彦はどうしてすごいのかということをちゃんと立証してかなアカン訳ですよ。僕らがそうでしたから、月刊美術にいた人間はね。やっぱりそれをどういうふうな意味で有意義性を語るかということが大事なんだ。
けれども,月刊美術は平山郁夫とか奥谷さんとか中山忠彦とか、ちょっと前なら宮永岳彦とか東郷青児とか宮本三郎にお金をもろてやってきていたにもかかわらず、心のどこかで違うよなって・・・やっぱり李禹煥の方が凄いのではないかとかね。
まぁ今の美術館の学芸員の人達もそうだけれど、もう公募団体はつまらないと、『今は現代美術の時代だ』 と、言っている・・・それは分かるんですよ。
でも、奥谷博とか大沼映夫とか島田章三、とかは高松次郎や中西夏之や赤瀬川原平と同じ世代ですよ。皆、同じ世代なんですよ。芸大時代、奥谷さんらは林教室とか小磯教室のエリートで学生時代から公募展に出して独立賞とか国画賞をとった人ですよ。

 やはりそういう意味で当時アンデパンダンに出したなんていうのは問題外やった。多分奥谷さんとか島田さんにとってみれば
『今の美術館がどうして俺達よりも劣等生やった中西とか高松だけををチヤホヤしやがるんやと・・・俺の方がいかったんだぞ・・・』
と、思ってるよ。
彼らは芸術院会員ですよ。芸術院会員とは日展の人事に絡むものなんですよ。
 『国立新美術館』 の取材をしていて思うのが、そこの学芸員の人たちが日本の公募団体についてどういうものかという認識がないんですよ。どっかで馬鹿にしてるんです。現代美術は訳が判らんけれど尊重しているんですよ。
それは何故かというと、奥谷さんたちの時代に公募展に出品していた今50代から60代の人達は、日展に出す事、公募展に出す事、画塾に入ることが絵描きそのものだった。だから自分たちがどんな絵を描いていようと公募展で受賞をしたり公募展に出すことによって何の疑問も持たずに絵描きでいられたんですよ。

 だから、 『お前は何でこんなことをしている』 と問われへんかったから、自分が何者であるかを問わんと絵を描いてこれた、そんな作家の表現は甘くなりますよね。でも現代美術の中西さんや高松さんとか当時のデザイナーの粟津さんとかは、 『お前らなんでそんなアホなことやっているんや』 と、言われ続けたわけやないですか。そんな中で彼らは自分は何者なのかということを言葉で出す為に、自身に問い続けたそれが自分を磨いていった、説得力を持った。
そうすると高々親方日の丸で林の下についてのんのんとしているのと、自分の土地を自分で築き上げなければアカンかったのと迫力が違いますよ。それと評論家と組もうとか学芸員と組もうとか、それをやっていった訳ですよ。そうすると学芸員はやり易い。ね。
今泉さんや土方さんまでは、まあ井上さんと仲よかった世代だからよかったけれど、その下の世代はいややなぁああいうのって、新しいやつと組みたいと思う。それが今の70年代以降の美術館やったんですよ。そうするとはっきり言って敵は公募団体でしょう

・・・なるほど。話を少し変えますが。以前展評の松浦さんの日記に 『画商はビジネスライクにならないのにビジネスをしなければならない画廊というものへのいろいろな見解云々』 と、書いてあったんですが。でも、ビジネスライクにならないといってもビジネスにしなければ商売は成り立たないわけでしょ。

 だからそのビジネスとは何ぞやですよ。ご存じだと思いますがは画商は癒着業じゃないですか。みんな結局会社の正面から名刺を出して、こういうふうな凄いものがありますよ、という人材ではなかったですよ。基本的に社長の家に夜訪れてを座敷に上がって
『社長、こんないいものがでました』
そういう商売ですよ。
画商なんてものを解る必要がないんだと言うた人がいてるんですよ。つまりある画商が言うには、どれだけ可愛がられるかなんだ。その時に知識をひけらかしたらアカンのやぞ。いいお船が入りましたと持っていくんや。と

・・・お船?

社長: 『お船ってなんやお前は? パッと見たら御舟やないか』

画商: 『ああこれ御舟っていうんですか』

社長: 『お前は御舟も知らんのか。 それじゃやってかれへんぞ。ならおれが教えたろ。かわいいやったちゃ』

となる。

 お船ですお船です。で、それである程度えらくなったら・・・俺は判っていると言うことになる。そうするとやっぱり気持ちが嫌ですよね。画商はお客を気分よくさせる商売なんですよ。ビジネスというのはちゃんと伝票をきって・・・画商がいかがわしいのはそうでしょ。
うなぎでも原価はいくら、ご飯がいくら、サービス料いくら、人件費いくらから割り出して何%のっけて商売してるんですよ。
画商だけですよ。原価がいくらだか公表せえへんのは。つまりビジネスライクというのは一億円、二億円生む商売ではなくて人間の癒着関係の中で一千万円、二千万円を生む商売ですよね。画商は癒着業なんですよね。
そうすると誰と癒着するか、どういうふうに金を引き出すか。
それが一対一の個人でやるのか、それとも白石さんみたいにオークションのような公共的な立場でやるのか。そうでしょう。株式会社が買うとなると伝票でなアカンわけ、正当な評価が必要になる。鑑定書よこせとなる。そうすると日本のシンワよりもどんなに損をしてもサザビーズ、クリスティーズの方が正当性があるからサザビーズ、クリスティーズに持って行く訳じゃないですか。

 日本のオークションは高々業者交換会の帷子開けただけですから、リスクがでかい。
元々画商は個人の商売なんだからそれはできませんと・・・俺たちはいいカッコせずに高々そういう 『お船お船』 というて、懐に入り込んで五、六人の人間と商売していくもんなんだと。結局会社組織で原価を決めてやっていくような事だけを頭に置くから判らんようになるんですよ。
でも白石さんやフジテレビの山本さんがしたかった気持ちは判るな。東介さんや強いて言えば日動の長谷川さんとかね。美術館でもそうですよ。土方、今泉あれから脱却したかった、だからみんな大島さんなんかは大衆性だとかっていうんですよ。つまり作家に対してちゃんと評価をしてやるとかね。絵描きもそうでしょ。

 例えば百貨店でズラ〜と作品並べてやって、市場で売れてるなんてごく一部ですよね。それでも作家は生きてる訳じゃないですか。それだって絶対価値で買う後援者がいてるんですよ。市場では全然目がでえへんでも、あの先生の絵は凄いって一千万円で買うやつがいてるから、それが五人いてればもつわけじゃないですか。
僕はそういう商売だと思うんですよ。村上隆のように、アメリカ型のルートにのったビジネスしかビジネスではないんだというのは間違いなんですよ。絵描きの評価の仕方も、市場にでなければ市場価値がないというのは可笑しいんですよ。

 問題はそいつが何を求めてどのポジションで生きてきたかという事をちゃんと把握する事だと思う訳です。そうすると当然画塾も存在するんですね。公募団体の必要性もあるんすよね。その基準が一つ一つ違う。それをさもクォリティーなんかいうてね統一の基準があるように・・・本江さんみたいにそれをいうのが判らない。それは誰が何を求めるのかで違うんですよ。
まともにやったら院展の同人でもいけへん人はいっぱいいますよ。それは商売の仕方が違うだけですよ。何を求めるかによって評価が違うだけなんです。それをさも芸術とはこういうもんであるべきだ、みたいな幻想を振りまくから嫌だと。

・・・それは判る。いまは美術の世界に関わっていると、みんな汲々で芸術とは何だなんて言っている場合じゃないように思うんですが。

 それをできる人はいいんじゃないですか。

・・・う〜ん。そういえば思い返して見ると、バブルの頃の日本画商は展覧会をして画料を出して額代を出して経費を出しても充分儲けが出せた。でも、景気が衰退してくると皆手を引いてしまったように思えてずるいなと思ったけれど、画家だって学校の教授になったりして生き残っているんですもんね。だから今度の『国立新美術館』構想の話は今更なような気がしたんです。

 それを一番できたのは現代美術の人じゃないですか。つまり、以前月刊美術に書いたのは、宮本三郎や東郷青児もそうだけれど井上長三郎が最後のそういう人かな。絵描きなんて兎角ええ加減な商売だとよく判ってるんですよ。。寄生業でしょ。
『絵描きはまともに生きられへんのだよ。だから俺達はなにやってもええんや』
絵を弟子に押し付ける。金持ちに押し付ける。親戚に押し付ける。親戚縁者はボロカスにいう。親のスネかじって生きる。兎角絵描きなんて芸術家なんてそういう商売なんですよ。それがね。まともに生きようとしやがるんだ。今。まあいいですよ。大学の先生になってまともに生きりゃいいんだ。でもね、それをやるのならば芸術家を気取るなよと言いたい。井上長三郎的な気取り方はするな。

 確かに彼らは必死でしたよ。だからこういう団体組織を作り自分のポジションを固め押し売る相手を決めてった訳ですよ。俺はまともに生きられへんからこれでいいんだと言うてられてたんですよ。よく最近言うのは平山さんと稗田さんどちらが誠実か? 皆稗田さんという。平山さんは政治家とかっていうし。
でもね、よく考えてみると稗田さんの方がハッキリ言ってズルいですよ。平山さんは一応芸大の学長やっても美術院の理事長をやってもちゃんとその役割を果たしますよ。自分が何を求めているか。社会のポジションに立った時に自分の役割が判ってちゃんとやる。
稗田さんは創画会の理事長ですよ。で、皆、稗田さんは何もしらんからという。あの人そういう意思ないし、意識もない。そんな奴、まず理事長させとくなよ、といいたいですよね。嫌なら止めればいいんだ。

 もしその人が象徴なら上野さんでもちゃんとサポートする奴はいるのに、それも嫌なんだ彼らは、そしたらどうして社団法人になったんだという事ですよ。例えば国画とか新制作は序列をつけたくないんですよね・・・だから任意団体のままいてるんですよ。その代わり税金の処置とか受けられない。
でもね。ならね。社団法人として認められたいならその針をとるべきなんだ。もしそれで芸術家ぶりたいんなら、俺達はそんな責任ないんだぞ、と言いたいんなら、はっきり言ってお前らね、社団法人なんて止めてしまえ。普通ならそうですね。
もし社団になったら必ず理事長決めて理事決めて評議員決めなアカンですよ。そしたらそれを認識する奴をちゃんと置いておくべきなんだ。それを絵描きとして才能がないのか・・・それは別次元の事でしょ。ならお前ら社団なんてなるなよという事ですね。で、そこの所半分はいいかっこして芸術家ぶるのに半分は社会的で当たり前みたいなんですよ。

・・・皆社会の事をいうけれど絵描きは淡々と絵を描いてほしいけどな。

 僕は逆です。先日戸村美術でやった土屋さんと児島さんの二人展。児島さんはヤリ手じゃないですか政治力、押しばっちり、京芸を握っている。土屋さんは東京の画壇の中で川崎兄弟がやれへんかったら、芸術院会員めざさないかん訳ですよ。だから僕は画廊主の戸村さんに
『これはやはり二人の中堅のこれから先を目指す人達のこういうアピールの展覧会ですかね』
と、言った時に戸村さんはもの凄く嫌な顔をしたんだよね。
作家はそんな事絶対考えてないというんだよね。
でもね、もしそんな事を考えてない土屋さんやったらアホですよ。そんな人の絵なんて詰まらんと思う。つまりね土屋さんは日展の中で加藤栄三、加藤東一門下の塾のトップだよ。自分の下にものすごく人間がいてるわけだ。土屋さんはやれへんかったらいいんだ、嫌ならやめろ。その代わり加藤晋でも誰かにでも引き渡さなアカン。

 つまり、日展の芸術院会員になるということは、日展の常務理事になる事。常務理事というのは基本的に人事権と予算編成権を握るわけでしょ。審査員決めたり人事握るの全部常務理事が決めるんですからね。で、それを判っていたら経緯の問題もあるけれども、結局そういうコトなんだと。
その時に絵描きは純粋でね、純粋で自分の事だけ考えていたらいいと思うような人ならいいけれど、日展のような組織に居てた人間がね、自分の置かれた状況を把握出来へんような奴がですよ、自己表現なんて出来る訳がないんだ。 社会表現なんて出来る訳ない。
日展で塾を持った奴がね、芸術院会員を狙わないなんていうのはね、狙わなくてもいいよ。そうすれば止めるべきなんだ。引くべきなんだ。そしたら他の奴をどんどん押し上げて俺は総理大臣賞もいらんし、なにもせえへんと言えばいいんだよ。無駄だもん。
土屋さんは画塾の中で盛り上げられて来た人でしょ。評議員になっているんですよ。会の幹部で人を指導してる訳でしょ。そうすると土屋さんが審査員になったら、下をあげないかん。それは会社の人事や政治家の人事と一緒ですよ。それを絵描きだから特別なんて事はありえない。社会のシステムとはそういうものです。

 そうすると自分がどういうところにいてるんだろう。日展とはこういうもんなんだということが認識できるよね。日展の中で画塾に入ってないとか、無所属でいてる事は基本的には不利なんだよね。推しがない訳だから。でも米谷さんみたいにフリーでいてる事によって上がれるバランス感覚もある訳ですよ。それは自分が何を選ぶか、そしてその自覚がいるんですよ。
サラリーマンになった奴がそんな事も判らんとサラリーマンなれへんでしょ。僕はそのリアリティーがある人間の方が面白い絵が描けると思いますよ。百人絵描きがいてて九十九人までが才能なく絵描きをやっているんですからね。サラリーマンでもそうじゃないですか。才能がある絵描きがいい絵を描けるとは思わない。才能がないと判った瞬間にものすごく現実の自分を見ていく人って多いですよね。
そうするとさっき言った中西さんでも高松さんでも彼らはもの凄く社会っていうものを意識してますよ。自分を取り巻く状況は何かとか、自分が島田とか奥谷とか大沼なんかより上にいく可能性は、どういう権力構造になっているのか知っているんですよ。それが彼らの論理です。

 だから、今頃になって、絹谷さんなんか20年前なら芸術院選挙なんかでませんでしたね。日展の奴らと一緒に戦こうて損するだけだと向井潤吉のような態度とりましたよ。
でもね、これは僕の下衆の勘繰りですよ。彼らは日展の奴らなんかどうでもいいんですよ。日展の人事に芸術院選挙がなっているなんてどうでもいい。彼らにとってみれば美術館の大回顧展は中西とかがやりやがる。対極は彼らはそっちしかないんだよね。日展の奴はどうでもいい。日展の奴も弱いけでね。日展の奴に日展の常務理事になって経営者になるという頭があるのかよ・・・お前ら! って言いたい。
つまり、作り上げたシステムを受け継いだ人間というのはそのシステムの意味が判ってないんですよ。
作り上げた人間はちゃんと判っているんですよ。この為に俺達は画塾を持つ、この為に公募団体を社団にする。受け継いだ奴はそれをええかげんにとっている。今の現代美術をやっている人たちをみればはっきり判るじゃないですか。現代美術をやっているのが一番安全なんですよ。
『お前何でこんな事やっているのと言われへんから。』 逆に日展出してる方が 『お前、どうして日展なんか出しているの?』 って、まぁ、そうなってくると逆に今公募団体に出している人間の方が自分はどうやって絵描きとして生きるんだろうという事に関してはちょっとはリアルに考えなきゃいけない状況にあんのかなと思うけど。

 何故僕が米谷さんとか三谷さんが好きかというと、彼らはそれなりの意識があるから。彼らは大臣賞をとった。その次に芸術院賞を目指すのか目指せへんのかそれはもう大きなステップですよね。それのリアリティーを自分の意思で決められるかどうかなんですよ。多分社会のシステムの中に入って、芸術家が自身の生きる事を決めて表現するのならそれを自覚してない奴が出来る訳がない。
だから土屋さんがもし日展の事も考えず、画塾の事も考えず、自分気ままに行動しているアホやったらね。土屋さんの将来はないと思います。画廊主の戸村さんは柊美術店に行っていたんだよ。あの強いていえば美術倶楽部のね。一番金でガンガン買い捲って一番販売量の数をこなすさ・・・どうしてそういう人が純粋主義を持つんだろうと。
絵描きさんというのは社会的な権利やお金を考えず純粋に生きている。みたいな事を言うんだろう。それは口先だけかと思ったけど意外と戸村さんはそうではないんだよね。川船さんもそう 『今頃公募展出している奴はアカン』 と言うんだよ。俺は不思議でしょうがないんだ。

・・・結局、公募展に出している人は画商を必要としてないからでしょ。画商がいなくても直で絵が売れるから画商も馬鹿じゃないからそういう絵描きは関係ないんじゃないんですか。

 でも、そこはアホやないんでしょ。あまりにもお手盛りだけでやったらアカンから画商を通してお客を連れて来る訳やないですか。思たんだけど、作家の田村さんが個展をやる時に必ず資生堂ギャラリーでやったんですよ。自分で借りてやったんですよ。会場にずっといて彼にとっては個展とはそういう意識が絶えずあったんだと思う。
展覧会は金を儲けるもんではないと、自分を支援してくれた人に対してお目見えをする会やったんですよ。それは企画でなくても・・・。今の絵描きは企画でないとプライドがもたんというからね。だからお手盛りでもいいからお客も連れてくるから全部やるから企画でやってっていう人が多いですよ。それだけ変なバブルの時の商業主義っていうかな、僕は貸し会場でもいいと思うんですよ。
 『国立新美術館』 でも書きましたが、『国立新美術館』 は貸し会場から始まったのは当然なんです。地方の美術館は全部地方の絵描きの陳情で出来ている訳じゃないですか。だから市民ギャラリーなんです。本当は地域の絵描きが俺達の活動の場として出来たんだから、俺達が金を出すから自分もやるし弟子もやると、その情報の積み重ねが企画の方にいって収蔵になったり大回顧になるというのが、協調の中で理想的な構図やった訳ですよ。

 でも、ある段階からもう作家の必要ないよと。学芸主導になってきた。昔の都美術館が今の美術館になる前に増築改築の時にね。何とか○○会とかいうのがあって、必ず公募団体の大物が作家を揃えて『今度修復があるんで寄付お願いします。』と、いったら皆絵を描いて資金を集めて寄付する訳ですよ。
その代わり各公募団体の作品を必ず70年代まで収蔵してるんですよ。それが学芸というのが出来てから、そっちが主導になってアンデパンダンとかやったりする。公募展の絵描きとしては嫌でしょうがない訳ですよ。
『何で俺達だけが無視されている。』  と。
でも、宮本さんや東郷さんの時代は、
『お前、そんな事いうな。俺達の金でやればええやないか』  と、オーナー社長はやれたんだ。
 今の人達にも集金能力があれば出来ると思うけれど、何か権威に寄り添いたいんだな。だから朝日が書いてくれへんていうんです。今、雑誌は一千五百万円あれば一号出せますよ。一年間で億です。だから今の都美術館が連絡協議会を作って、公募団体評を雑誌みたいに作って、今不況だから簡単に取り次ぎしてくれるし一億円集めるのは簡単ですよ。だから自分らでやれよと。少なくとも宮本さんや東郷さんはやってました。

・・・だって宮本さんや東郷さんはちゃんと売れる絵を描いていたじゃないですか。

 自分がどの場所で生きているのか判っていたからじゃない・・・。絵はどうか別として経営能力というのか、やっているかどうかは別として一つの画壇経営を語れる人は今は山本貞さんかな。僕はそう思ってます。
話を戻すと 美術館の学芸員はそういう奴らを嫌ろた訳です。
宮本さんや東郷さん小磯さんも一種内田さんもそうですよ。岡本太郎は二科にいてたんですよ。東郷さんと結構仲良かったんです。戦前は宮本さんとも仲良かった。岡本太郎は画壇の人なんですよ。でも山下裕二さんも椹野衣さんもそれは言いたくないんだな。現代美術の中で言いたい。滝口修造もそうですよね。滝口修造のシンパは滝口さんは評論家やなくて詩人なんだという。画壇で生きた人やないんやと・・・嘘ですよ。

 滝口さんは美術評論家として食えたんだもん。南天子や南画廊からお金もろてたんだもん。やぱり自分達のいいように神話化をされる。で、彼らは知っていてやってんだからいいんですよ。その次の世代になると神話化が神話になってしまう・・・そういうのは嫌だな。滝口がどうやって生きてきたのかと違うスポットから光を当てる事が必要。人が忘れ去られるとは何かです。それは絵の問題やないんです。キャパは決まっているんですから。
何かを引き上げる事によって何かを下ろさなければならない訳でしょ。その時に僕はやっぱり画商であっても評論家でもジャーナリストでも、何故こいつを上げて、こいつを引き下ろすのか。ちゃんと語らんとアカンのですよ。それは自分にとっての美術方向は何に向かっているのかという事を一人一人が語る事なんですよ。それをね、さも普遍的なものがあるようなごとく言うのが判らんな。

・・・自腹をきってでも批評しないといけないという事ですね。タイアップ記事や太鼓もちみたいな事言わないでハッキリ言わなければ駄目なんじゃないでしょうか。

 それは逆。タイアップ記事が悪いとは全然思えへんのです。タイアップやるからにはタイアップする人間が何を求めるのか、つまり自分が何をやりたいのかという事が判ってないから言われへんのです。どうして幻想表現が消えたのか、どうしてモノ派一色になったのか。あれはそうですね。
リーさんや榎倉さんもそうだけど峯村さん達がゆうたら悪いけど幻想表現を消したんですよ。多分そう。彼らは自分のいいたいように意図的にやった。その次の人間がその論理にのるんだな。で、これは判らんでもない。やっぱり美術展をやる時にどっちと組むのが美味しいかという時に、現代の方が美味しい。現代の人たちを優遇する。
で、あとは権威ですよ。ならば一雑誌がいうこと朝日と月刊美術がいう事なら絶対朝日ですよね。でも朝日と美術館がいう事なら美術館かもしれない。その構造の中で、美術館の言う事をやっとく分には一番安全だろうみたいな事が何処かにある。
それは多分自分の言いたい事があって言わないのではなくて、つまりどうでもいいんですよ。画商だって画商とは何かという事をさほど考えずに儲けたいと思って展覧会をやってるんですよ。
儲けたい。当然です。では売れるとは何か誰に売るかでしょ。1万円のものを100人に売るのか、50万円のものを25人に売るのか、一億円のものを一人に売るのかといったら違うでしょ。それによって選ぶ作品のクオリティーが違ごてきてあたりまえなんですよ。
 インスタントラーメンと行列になるラーメンと高級中華料理屋の麺類は当然クオリティーは違うんだもの。それは社会的状況が違うからですよ。そうすると25万円のもんを50人に売る商売を目指すクオリティーと1万円のものを100人に売る人間のクオリティーと一千万円二千万円のものを二三人に売るクオリティーは違うんですよ。

 自分は何処に居てたいかという事が明快になるんやから言いたいことも言われへんのはそういう事かな。それは美術館の人達もそうであって、だから 『美術館は研究機関だ。俺達は研究者なんだ』 と何処かで彼らはそう思ってますよ。。しかし美術館に求められているものは違いますよね。でもね、美術館は研究職なんだと言や〜いいんだ。そうしたらそれなりのアプローチを政治家なり誰かに館長がしていかなアカン訳ですよ。
 だから企画展なんて研究に要らんよな。となるわけでしょ。何を捨てるかですよね。
しかし今の学芸員の人達は捨てたか無いんですよ。今の美術館の最大の問題は皆有能やから、ものをちゃんと把握して企画展をやるとか知識をもった人は沢山いてるんです。それを美術館のやるべき事として方針を決め、決める人がいてない。館長がいてないんです。
つまり館長は何をするかというと、五人の学芸員が企画を出したら、今年はこの三人の奴でやろうと、この企画でお前は主任やけど講演会はこいつやと、人事差配をするのが館長ですよ。管理職というのはどんなに担当者が嫌でもね。つまり、それは担当者の企画だけれども、美術館の企画なんだから最高責任者は何だかんだいっても館長で、それをどういう風に人事配分して、こう例えば大きさの規模を決めるのは館長が決めるんですよ。

 でも、今の学芸員の人って自分のやりたい事をやりたいから自分のやりたい事を囲う替わりに他人のやる事も言わないというのが現状なんです。今、某美術館で、お母さんが美術展を見ている間は決まった日だけ子供を預かってくれる保育サービスをやってるんです。それはいい事なんですよ・・・でも担当の学芸員が付きっきりなんです。どうしても可笑しいでしょ。
担当の学芸員が取材の電話にもでられへん状況を作ったら変だからそれは誰々にまかせろ。と館長がいわなアカン。館長が采配をふらなアカン訳ですよ。

例えば
『独立行政法人なんかになってくると館長の力は大事ですよね。やはり館長がこうするという方針の基に能力を集める事は必要ですよね』 と、
学芸員に質問すると。
『そんな独裁的な事は出来ない。嫌だ』
と言ってました。

 いったい美術館というものはどういう性格の基にやっているのか。だってそれが成立しないんだもん。そうすると美術館の方針はバラバラでイベント会場になるしかしょうがないんですよ。だから美術館なんか成立しないんですよ。理念がないんだもの。だから『国立新美術館』がもの凄く日本的なのは兎角理念のない美術館をやっていてね。カスしかできへんのですよ。
だから、さも自分達が企画をやっている素振りはするけれど、それはあくまで単発のイベントを、予算つこうてやっているだけの話。
そんなとこにね政治家は教育機関としての予算は絶対おろしませんよ。

・・・理念がなきゃ駄目なんですね。

 例えば 『国立新美術館』 を作る時に理想はですよ。あれはギャラリーなんだと。東京でやる企画展は西洋美術館も近代美術館も全部あそこでやる。その代わり本館は全部常設だけにする。という判断にすればいい。独立行政法人になった時に本来なら文化庁が東博・京博・近美の、ああいうとこのコレクションを全部引き上げて再分配すべきやったんですよ。
判るでしょ。いくら日本のキャリヤ組みが強いといったってね。文化庁のキャリアっていうのは基本的に課長になっても二、三年で移動するんですからね。そうすると結局東博なら東博が 『俺の持っているものは俺の持っているもんだ。』 と、強いんですよ。つまり、美術史的な体系を作る事しかできへん訳でしょ。

 ポンピドーが出来た時にフランスは一元的な事でやっている、オルセーが出来てそれまでは印象派美術館はルーブルがあってオルランジェリーがあってパリ現代美術館があったんですよ。それはやはり19世紀のフランスの代表は印象派であるんだと国家的主張なんです。でもオルセーが出来た時というのは美術史ではリビジョニズムといって例えばロマン派であるとかルドンのようなアカデミズムの再解釈の時代やったらしいんです。
だから、オルセーは19世紀以降ルーブルから全部切り離して、それまで印象派が象徴していた近代をバルビゾンからきてルドンのようなアカデミズムから全部デザインまで統合した美術館にした訳です。それは単にエンターテイメントの問題ではなくてフランスっていう国家的な文化感の主張の問題なんですよね。

 例えば、韓国の光州ビエンナーレに行っても、中国の上海ビエンナーレに行ってもまさに国家がやったり都市がやる展覧会なんです。それは主催者がテーマを決める訳でしょ。国がやるから理念がハッキリして当然なんです。国の理念にこぼれたものを地方がやるとか、『私』がやるとかしていくべきなんですよ。
日本は無いでしょ。何故野見山暁治を国でやるの? 何故辰野登恵子を国がやるの? 学芸員の趣味なんですよね。何故横浜トリエンナーレをやるの? あれは国際交流基金という特殊法人がやったんですが、まぁ、国がやった。何故あれをやるのか誰が決めたのか議論もなかったですよね。
そうするとそれはやっぱり日本の場合は戦争があったから、文化というものは国が極力タッチしまいというラインが戦後あった訳ですよ。だから日展も文部省から外した。安井賞ですら近美がやってたものを結局途中から止めた。まあ版画ビエンナーレだけ10年間、新聞社と絡めてやったでしょ。

 昔、明治世代の井上さんや森さんは、
『国から金もろて展覧会出来るかよ』
というイメージがどっかにあったんだ。だから自分達でやったんですよ。土方さんもそうやった。
『公の金もろて展覧会なんかできるか』
って、でも、バブルの時に金が入って来た訳ですよ。その時の最大の問題というのは、国から金をもらうという事は税金を使うって事。そうなると税金が使われる意図は何か? その中で自分達はどういう役割をするのかという事をホンとは考えなければいかんかったんですよ。それを自分達の活動が理解されてるから金が来たんだ。と思うてはいけないと思いますけど思てた所がある。それは余ったから来たんですよ。あまらへんかったらきーへんのは当たり前でしょ。

 塩田さんなんかが言うている 『美術館の危機の時代』 なんてハッキリ言って傲慢な意見なんだ。そうしたら現代美術館は美術にとって何なんなのかというよりも都にとってなんなのかという事です。それは別にお客が入る必要はないんですよ。貸してもいいんですよ。それをちゃんと自分達で考えなきゃアカン訳です。そしてこれは研究機関だと。美術というものをある程度やっていくんだという方針に立ったとすれば当然それをやるべきなんですね。
その代わり切られるものも当然ある訳でしょ。それを受け入れなしょうがない訳でしょ。でも受け入れたくないんだな。僕は 『国立新美術館』 を貸すのは賛成ですよ。理念の無い人間が展覧会をするよりも一人一人が金を出してやった方がよっぽどいいと思いますよ。意図はハッキリしてるもん。さっき言ったように貸会場でもいいんですよ。
でも、今は絵描きがそれでは何かお手盛りみたいで、売れへんように思われるのがいややから画商を通して皆やりますよ。だから百貨店。百貨店は貸会場ですからね。何もせえへんのに二割五分から三割以上取るんでしょ、でも百貨店でやる訳じゃないですか。それは百貨店の信頼が利用出来るからですよ。
昔は大手の画廊でも百貨店で展覧会をやった場合は、その店の名前は出さなかったからね。その状況の問題ですよね。何かをやるということは何かリスクをしょわなアカンという事だけで・・・そういう意味でいえばあとは幻想なんです。

 つまり美術を見て自分は何かという事を等身大で問うんでは無くて、美術という憧れに拠っていく事によって自分達も彼らに近づけるっていう変な幻想がある事が問題なんです。
だからあの美術クラブの社長の藤井さんであっても、強いて言えば日本の画商の頂点に立った人がですよ。自分の美術の知識というのを東博にいたから俺はちゃんと美術の事を知ってるなんて事を言うってのは、画商には美意識が無いって事かよと言いたい。口では色々いいますよ。ならば学芸員に美意識があるのかと言えば違うんですよね。
それは各々にあるべきなんだ。
つまりコレクターが物を集めるのは直ぐ審美眼があるからだと言い出すけど、それは審美眼じゃなくてもいい訳でしょ。強いて言えば、僕はお茶の世界の原三溪とか益田鈍王、五島慶太とかああいう人たちがね、彼らにとってお茶をするとか美術コレクションは何かといったら、やっぱりね、上流階級というものに上がる為のステップですよ。
そしてお茶の会へ行って東美のオークションで 『俺こんなもん手に入れたぞ』 て、皆、談合していた訳でしょ。つまりアメリカのオークションでもそうだけど、オークションで買い合うという事が、一つのエリート階級の象徴であってそれをやる事によって談合する会やったのよ。
だから井上馨とか益田鈍王みたいな奴がもの買うたんですよ。それは経営者だからですよ。それは素養があったかもしれないけれどね。それは世の中のリーダーとして生きるには、その素養が要るんだって事を前提にしてるんですよ。だから美術ありきじゃないんですよ。

 最近の日本の経営者達に美術の素養がなくなったのは言うたら、可笑しいもんで必然性が無くなったからなんですよ。お座敷文化が無くなった。昔の政治家やったらかっぽれでも踊れなあかんかったのが、今はホテルでパーティーやったら踊れんでもようなっただけの話なんですよ。そういう意味でいうとタレントとか絵描きとかそこに呼ぶ訳でしょ。太鼓もちみたいなもんですからね。
それは単に美術とか美観とかで集約すべきものではないって気がしません?。先日公明新聞で『彫刻の森美術館』の事を書いたんですよ。評判は色々言われましたが、あれはまさに鹿内さんのセンスなんです。実業家から保守系の新聞を作ってフジテレビを作って、リゾート・オブ・美術館の第一号ですよね。そうするとね、あそこに下手な芸術論はいらんのですよ。それよりも皆が知っている有名なもの、だからムーアなんです。ピカソなんです。
それは何というかな鹿内さんが判っている判ってないじゃないんだな。やっぱり少なくとも大衆文化を開いたフジサンケイグループのリーダーとしての美術に対する一つの見識ですよね。そういう意味では鹿内さんはハッキリしてる。

・・・済みません。ちょと質問していいですか。ここまででたくさん話して頂きましたが、藤田さんは最初から美術の世界に入ろうと思って、東京藝大の芸術学科を目指されてたんですか?

 小学校の時にお絵描き教室に入ってその頃から絵が好きやって。高校の時は水泳部だったんです。芸術学科は実技もあって学課数が少ないんですよ。まあ、論文とか面接はあったけどこれなら入れるかと思って、これが始まりでしたよ。

・・・そのあと直ぐ月刊美術に入社されたんですか。

 就職先が無かったから。

・・・小山登美夫さんと一緒ですよね。

 そうです。

・・・でも、何故美術の雑誌に?

 あれはたまたま月刊美術に入ったから、栃木で学芸員の試験を一回受けたけど落ちちゃったから、学者は嫌やったな、美術史の世界も嫌やった。今からなら判るけど。

・・・画商にもなれた訳だから・・・。

 画商は判れへんかったな。一つはね芸大ってとこに行ったからやと思うんですよ。皆、競争率が高いから特別な事を言うてるけれど、普通の大学受けてる奴と一緒なんですよ。
何故、東京芸大を目指すかというと唯一美術の国立大学で一番レベルが高いと思われてるから入るんですよ。僕は寮にいってたから、油の奴も日本画の奴も一緒。そんな美術に情熱を燃やしてる訳でもなく。まあ、情熱は燃やすでしょうけどね。一緒。
もう一つは当時、東野さんが芸術学部を立ち上げたからかな。東野さんは作家をリードしようと思っているタイプの人でしょ。やっぱり芸大の先生は学者なんだな。極力作家と距離を置きたかったんですよ。僕ら実技もやりましたよ。だから講評会もやりました。主任が中根・彼末やったかな。
その時、絵描きの先生は一応言いますよね。所が芸術学科の先生は何も言えへんかったんだな。その時に担当教官ならね、論理から考えたらこういう描き方もあるんだよな。と言うべきだったと思う。芸術学科の先生は論理とはこういうもんだという事に対してもっと生徒に自信を持たせるべきなんですよ。絵描きだけで美術は出来へんのやぞと。

 しかしねその先生達の上の人達、草創期の人達は文化庁のえらい所で権力を持っていた人達だから、僕らの頃はその二番手の先生達だから、そうすると作家に対してのコンプレックスがどっかにあったんだという気がするね。現役の作家や現実の事を発言する事に関してちょっと臆病になった。これは僕の思いだけどやっぱり学者なんや。古代の事をやった方が安全だと、極力や現実の事には口を挟まないんや。
もし、僕らが当時教えていたら当然書きまくってましたもん。河北倫明がいてくれたらいいだろうと思ってた時期がありましたもんね。そうすれば美術評とかが、まさに作家達をリードするんだという事実をみせられた。でも彼らは距離を置いた人達だったんですよ。それは当然でその上の人達を見れば嫌なもんはありますよね。
で、それから距離を置きたかったのはあるのかな〜と。だから非常に作家性とか研究みたいなものに拘ったんですよ。つまり芸大の運営がどうなっているのか、結局、芸大の人事っていうのは完璧に反日展を追い出した院展主導になってるでしょ。それはどういう歴史の基であったのかという事は判るじゃないですか。でもねそれを避けたかったんです。

 他の学校に居てると作家とは俺達とは違うという特殊性をもつじゃないですか。でも同じような奴らなんです。逆にいうと、今、現代美術をやっている奴らは、岡村桂三郎さんと手塚雄二さんはまったく違う人種のようにいう。一緒ですよ。同じですよ。五浪して芸大に入れなくて画塾にずっといた福王寺和彦も同じですよ。伝統工芸出してる奴も前衛的な事をやってる奴も同じなんですよ。
でも 『何が違ったのか』 僕はそういうリアリティーがやりたっかたんです。美術信望は嫌だ。それで敢て作品の事はやらんのですよ。実技の作家に対してコンプレックスは皆もっていたから絵が下手やとか。でもね。上手下手の問題でもないかなと思た。あいつらが全部才能がある訳でもないから、逆に才能がない奴のほうが残るんだ。

・・・なるほど。

 そういえば 『転位する日本画』 のシンポジューム聞きましたか。

・・・いえ。あとから天野さんにお話を聞きました。

 僕はあのとき唯一思ったのは、やはり天野さんもそうだけれど、佐藤道心や北澤憲昭も自分の美術論を権威づけたいんだなという気はした。つまりね、どう考えたって今の日本画は保守回帰してますよね。あの時代の人はみんな消えかけてるんですよ。
あそこで絵描きの土屋さん呼べへんかった事。手塚雄二を呼べへんかった事。福王寺を呼べへんかった事。まだ公募展だってあるんですよ。画塾だってあるんですよ。
つまり、美術館が作り上げた新しい日本画の状況なんてのはねごく一部のものにしかすぎない。という認識をまったく言えんかった事ですよね。あそこに居てる人はそう思ってるんだ。もう一つ山本直彰が平成ちょっと前まで人物描いとった事を誰も言わん事ね。今でも人物を描き続けてたら、あそこに居てられたかという事を言わんのですよ。高々一つのスタイルなんですよ。

・・・山本さんに 『何故描くんですか』 と、聞いたら 『自分だって何故描いてるか判んないんだから』 って、凄く叱られた事があるんですよ。それはどうも申し訳ございません。って言いました。

 僕はハッキリ聞きましたよ。ここに居てられたかどうか聞かれましたかって?
『そんな事聞かねえよ。お前ぐらいもんだ』
と言われた。
 皆、情報が無いんだよね。5年経ったら人は直ぐ忘れる。やはり高々その状況なんだという事を。今、皆が村上隆や岡本太郎を語るのは当たり前ですよ。でも岡田謙三は語れへんかったですよ。今度書くんですけどね。国際舞台とはどういう事か? でも岡田とは結びつかなくなるかな。
クリアーに考えると、絵描きが絵描きとして現実にどう生きるかというリアリティー、それを大学の頃からずっと思てましたよ。僕が月刊美術に入らなければ言わんかったかもしれへんけど、絵描きはこう生きてて、公募団体はこういう組織構造があると言う事を、朝日の記者とか美術手帳の奴がいうてもアカンけれど、月刊美術にいてた俺が言うてる分には、当たってるやん。となるんですよ。
つまり言葉の影響力ですよ。月刊美術の上の人達は、どこか月刊美術でやってる事に対して純粋に美術をやってないという劣等感をもってるんですよ。どっかで平山さん馬鹿にしてるもん。どっかで岡村桂三郎の方がいいと思ってるもん。でも、僕は逆、平山郁夫はいいと思てる。

 僕らにとって大事な事は平山郁夫を平山郁夫らしく、どういう風に語るかなんですよ。だから宮永岳彦は描きましたもん。宮永さんはビックなんですよ。でもどっかで馬鹿にしてるんですよ。宮永さんは一流のデザイナーだったんですよ。品の無い意味の無い奴やったとか言わんと、どうしてああいう絵を描いたかという事はちゃんと認めてあげないかん。
月刊美術の最大の問題は平山さんに対しての悠久の夢のなんとかとかね。宮永さんに対してエキゾチズムの女性美なんていうから言葉が嘘になるんすよ。
そういう意味でいうと自分達の論理を自分達で公表した高松さんや菅 木志雄さんの方が言葉が自分達にマッチしている訳だから説得力がある訳でしょ。宮永さんは商業広告家として、ちょっと金をもっている人達や大衆心理をもの凄く知っていたんですよ。あの品の無い一種の無邪気な大らかさは60年代70年代の日本やったんですよね。
デザイナーならあんなに金ピカにせえへんけど。戦後の人間というのはああいう金ピカを望んだんだ。マイホームにはあのごつい金の額がいいんです。絵を買う人間の心理を宮永さんは知っていたんですよ。アホやないんですよ。それは宮永が絵画になにを求めたかっていう事に対する判断の問題であって、宮永の才能であるとか絵描きとしての品質を問うレベルではないんだ。宮本三郎も東郷青児もそうですよね。

 陶芸界もそうですよね。魯山人もそうでしょ。美術館で魯山人やれへんでしょ。美術館は魯山人のあの品の無さとあの芸術家ぶりの無いあれって嫌いなんだ。石黒宗麿とかやる訳でしょ。日本人にとっての陶はまさに魯山人なんですよ。あの趣味性なんですよ。そんな古典復帰がどうのとかどうでもいいんです。
でも工芸士側の論理からいうと大衆性とか趣味性を持ち込んだら陶芸とは何かという事になる。かといって彼らは地場産業の産業性も持ち込めへんのですよ。そうすると技法の問題とか古典復帰のような石黒宗麿とか荒川豊三みたいなのがやり易いからやってるんですよ。
さも彼らはそれに芸術性があるというんだけれども、彼らの一番やり易い論理として彼らは魯山人を外して宗麿とか富本健吉とかをもってきてるんですよ。それはいいですよ。文化庁は近代美術館の工芸館に伝統工芸を推進してるんだから、まぁ、伝統工芸ばかりやったから現代工芸にとってはガス抜きになったかなという奴もいるんだ。

 例えば日展。今の公募団体の問題点を集約させたようなとこがありますからね。ボスがいてグングン伸ばしてくれれば露出度があるけれどヨボヨボした人間の集まりでしょ。それと経営能力の無い創画会に比べれば、院展の平山さんの美術団体運営の的確さは平山さんだけ突出してますよ。ただ百貨店がいうようにホントに院展は凄いのか。院展は上手い奴だけ出しているのか。あれも嘘ですね。下手ですよ。
描写力が無い。一つのパターンに押し込めていってガッチリ線で決めて囲うてハッチング、ハッチングしていくというスタイルに固めていくから、さもまともに描けているように見えるけれど、いざそれを外して絹本に線だけ描いていくとペタとして下手なんや。
やっぱり下村良之助とか中村正義は上手い。でも加山又造は上手いと思えへんのや。加山さんもパターンにはめ込んでるだけでしょ。
僕らにとっての絵の上手さというのは描写力やないかと。つまり言葉でもそうだけれどこの状況で特徴は何で何が大事だとかパッパと掴んで書けるのが描写力だとすれば、院展の人達は一番描写力が無い人達ばかりですよね。あれを上手いと言うてる。あれが上手く露出してるのは平山郁夫がいてるからですよ。

 院展に平山さんがいてへんようになったら、まぁ、創画会や日展と同じような状況になるでしょうね。誰も決断できんようになる。スター作家を意図的に作る事は出来ないですよ。
やはり平山さんはリーダーとして凄いんですよ。芸大で美味しい所をどれだけ捕まえる事によって才能の粒が揃うし、それなりの見てくれでやって隆盛が築ける。院展には画塾もあるんですが低迷でしょ。実際院展が上手くて売れる奴ばっかり居てるって画商はいうけど、院展の中の芸大の奴だけを言うてるんで、他の画塾の奴は絶対無視でしょ。
院展は芸大生独占でしょ。でも平山さんは自分が独占したらいかんと、他画塾の奴らもちゃんと取り上げるじゃないですか。もの凄く秩序だてて見せられる人間です。稗田さんは失敗したんです。稗田さんはリーダーとしての自覚が無いからですよ。今の日展の人達は画塾の長でも無くなった人達がいてるから総合的なものすら決められへん。それは絵が上手いとか下手だとか画家としての才能があるという以前に、やはり社会的組織をリードする人間が必要なんです。

 絵描きはその現実的なリアリティーがあるからものを描けるんだろうと、それをさも、絵描きの世界は凄いわよ。と言うて、それに寄り添うような体質の人が俺は判らない。
だから私は公募団体は何か。出世とは何か。受賞とは何か。芸術院選挙とは何か。それを、こういうもんだと判っている人間。そういうギラギラしている人は好きですよ。逆に言うとそれから降りてしまうんなら徹底して降りるべきだと思う。絵描きは弱いもんでね。院展で受賞せんでも売れる絵描きはいた。ちょっと前なら売り絵の絵描きだと言われましたよね。
売れてる絵描きは、 『お前売れへんやないか。俺の絵は売れてるんや』  と。
  実力派社会、実力派社会というけれど、朝日でも毎日でもNHKでも大企業に勤めてる奴らは、皆、終身雇用堅持主義者ですからね。絵描きでも一緒ですよ。そうすると自分で売れたらえやないかというのも一つの論理だけど、売れん事があった時にロングスパンで絵描きという事を考えるという意味では公募展というのは一つのあり方なんですよね。

 年に一回絵を出してたらさ、絵描きとしていてられるんだもん。個展だけでやってる人間がね、三年個展やらへんかったら、あいつ何やってるのと言われるでしょ。その危機感は感じるべきだな。でも月刊美術も画商も公募団体に対して毛嫌いを感じて、芸術というのはもっと崇高なもんだと感じてるんじゃないですか。
やたら作品がどうのこうの、いいとか悪いとかいう時がある。俺はアホかと思う。作品が言い悪いの問題じゃない。受賞は人事だし、社会の構図があるんだ。作品がいい悪いなんて純粋に考えるから可笑しいんだ。どっかで絵描きは清くなければいけないとか、絵は絵だけ見て凄くなければいけない、とかいいたがるんだよ。絵なんて状況が違ごたら違うんです。
 ハッキリ言って船越桂の作品がゴミためにあったら、単に粗大ごみですよ。それを芸術として上手く演出されて大きい部屋にポンポンと置いているから洒落て見えるんです。公募展の中でゴチャゴチャと置いてあったら一緒だって、それはねその中で船越さんは何を狙ってきたか、船越さんと船越さんを取り巻く状況と皆の期待と、船越さんの世の中に対する対峙方の問題であって、それをね高々作品ごときにね。ゆうたら悪いけどすべてを転化してね。

 あいつは作品が悪いからアカンのやと。アホかといいたい。月刊美術にいてる時に自分が思てる自分の発言と、自分の書く事は一体化させたいという気持ちがあったから、作品の事なんか言い出したら実際分離せざるを得ない。タイアップなんて絶対文句言われるから、でも今の美術の雑誌に関わる人達は、以外にその分離が許せるんだな。自分の思いと自分の表現を分断できる。それは嫌だな。

 だから山本貞さんが国立新美術館や公募団体の意図について語ったら少々突っ込んだ言葉でも載せられるんです。リアリティーが判るから。未だに公募展が素晴らしいなんて事をいったら馬鹿にされるだけでしょ。作品についても崇高さを語っても、二紀に関しては非常に現実的な発言をしてくれるんですよ。せえへん奴は取り上げませんけどね。
僕がこうベラベラしゃべったらそれなりに説得力があって聞こえるでしょ。これを朝日の三蔵さんが語っても違和感があるでしょ。朝日の三蔵さんは作品がどうのこうのって言ってくれてた方がいいでしょ。本江さんや天野さんがいうてもちょっとあれでしょ。
俺が言う分には、どうせあいつが言うてる事や、となるんです。逆に僕にも幻想があるから、あいつは以外に知っているやと思われる時あるでしょ。歴史は作品のクォリティーによって作品を淘汰するのではなく価値観なんです。逆にいうと時代が変われば訳の判らんものが出る。それだけ不安定なものなんですよ。感覚のいい人間は時流をみるからね。時代はそんなもんです。高々人間のやる事だから。

・・・まあ、世の中そんなもんかも。最後に藤田さんは大阪だから阪神ファンですか。

 違います。どんな汚い事をしても勝てばいいんだろうという巨人が好きです。

・・・ありがとうございました。

いや〜。二時間弱のロングインタビューでした。どうもお疲れ様でした。
如何でしたか? オサルスは藤田さんが語った事は正論だと思います。ですから藤田さんに敬意を評し、登場人物・団体等はできる限り実名にしました。藤田さんは決してこの方達の個々の様を語っているのではないと思うからです。勿論、藤田さんご本人の同意の上ですが。

「俺が言う分にはどうせあいつが言うてる事や」 この一言気に入りました。

 「何かを引き上げる事によって何かを下ろさなければならない訳でしょ。その時に僕はやっぱり画商であっても評論家でもジャーナリストでも、何故こいつを上げて、こいつを引き下ろすのか。ちゃんと語らんとアカンのですよ。それは自分にとっての美術方向は何に向かっているのかという事を一人一人が語る事なんですよ」 これもなるほどなあ。と思いました。

オサルスも学生時代は日本画を勉強していて、あの当時公募団体に入らなければ絵描きとは言えない時代だったのが頭の奥にインプットされてます。絵描きの傲慢さを体で覚えた経験も持っているからかなあ・・・あの俗物的な階級意識は大嫌い。結局体質に合わなかったんでしょうね。だから未だに一匹オサルなんだなあ・・・これが。
絵描きと画商どちらが 『したたか』 かといえば、やはり絵描き。だって日本画の超ビッグな画商さんたちのギャラリーは銀座・並木通りには無くなってしまったじゃないですか。ね。

展評 http://plaza27.mbn.or.jp/~artv_tenpyo/tenpyo.html

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