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携帯オサルスのおすすめランチ ランチdeチュその98

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やわらか牛舌と野菜のグリル 1000円

adLib
東京都中央区銀座8丁目12番15号B1
TEL 03-3248-5544

10月27日〜11月8日にシロタ画廊で『山中現 詩画集刊行記念展』が展覧されます。シロタさんには以前も『ランチdeチュ』でご一緒頂いた事もあり・・・あの時はふぐだった。
  今日は山中現さんとご一緒に詩画集についてお話をお聞きしました。今度のランチはフランス料理、シロタさんにご馳走して頂いちゃいました。久しぶりに嬉しいな〜。
おっと!その前に・・・。

松永さんと山中さんの詩画集を作ろうと思われたのは何故でしょう?

「今まで詩人の吉増剛造さんや嶋岡晨さん岡田隆彦さんなどと一緒に色々な詩画集を作ってきました。今回は松永伍一(http://www7.ocn.ne.jp/~ooi/syoukai/matunagagoiti-sennsei.htm)さんに詩を山中現さんが版画を制作しています。
松永さんと山中さんは年齢はかなり違いますが、山中さんの作品は透明感があり静かに語りかけてくる言葉がある。その人に合うのはやはり透明感があり判り易い詩をかく松永さんが適任だと思ったからです。
少し詩の一説を読み上げますが 『今しがた届いた天からの恋文、私の感性がコバルトブルーの封をきる。そちらの秋は如何、差出人が誰だかすぐに判った・・・・。』 どうですか素敵でしょ?」


・・・そうですね。

「打ち合わせは何回かやりました。詩が絵の解説になっても困るし、例えば 『悪の華』 のように詩が先にあって、色をつけていくようなオマージュになるのも嫌なんです。ですから同時進行で進めました」

・・・それは難しそうですね。

「ええ。バラバラになる可能性もあるからね。でも、松永さんは山中さんの作品を以前からご存知だったし、山中さんも松永さんの詩を読んでいたんです。だからと言って松永さんは松永さんの世界があるし、山中さんは山中さんの世界がある。
僕の理想はお互いがお互いにピッタリという訳ではなく、何処かに接点があるところからイマジネーションが膨らむ事。この詩画集のテーマは『水の庭』言葉は抽象的だが、宇宙的なイメージの広がりをもっています」

・・・この作品はプロデューサーがシロタさんでお二人のコラボレーションという事ですね。

「今流行りの言葉で言えばそうですね。三人でよく話しあいました」

・・・紙の大きさに規定はあるんですか?

「大きさというよりも値段です。今は不景気だから、作品の値段をどのくらいに設定すればいいのか考えなければいけないからね。それに額装する人もいるけれど、ご自分のお宅でちょっと机の上に出して手にとって見るそういうファンは多いですよ。手にとるには大きさはこのくらいが限界でしょ。それに直に触れるから肌合いも感じられるしね」

・・・紙は扱いが難しそう・・・。

「手漉きです。苦労したのは一枚一枚厚さが違うから墨の吸い込みが違うんですよ。文章もオフセットではなく活字でしょ。今、活字を活版で刷る人はいないんですよね。だから大変でした」

・・・拘ってますね。刷りは何方が?


「山中さんの作品はご自分でなくては刷れないんです。微妙な色合いや生命感を出せるのは本人だけだからね」

・・・半分に活字が刷ってあってこの半分にこれから作品を刷るんですよね。

山中さん:「ええ。僕はあまり器用な方じゃないから緊張します。最後のページにサインをしなければいけないんですが、松永さんはとても字が上手いんですよね。・・・僕は上手な字というか・・いい字にしたいんだけど」

シロタさん:「魅力のある字がいいですよ」

・・・サインも大変ですね

まあ、話はランチを食べながらにしましょう。

・・・はいはい (^o^)/

ここの一階にもフランス料理のレストランがあるんだけれど高いんですよ。地下は同じお店なんだけれど1000円でかなり美味しいものが食べれるんだよね。


adLib 東京都中央区銀座8丁目12番15号B1 TEL 03-3248-5544

印象はカジュアルなフランス料理レストラン。でも料理は高級そう。

 シロタさんと山中さんは 『スズキのポアレ』 を注文。

・・・如何ですか?

「きのこが一杯入っていて美味しいですよ」

 オサルスは『やわらか牛舌と野菜のグリル』を注文。いや〜。こちらのタンは、メニューにも『やわらか牛舌・・』と書いてあるだけあって凄く柔らかくて美味しいです。この黒い粒粒はオリーブとケッパーとアンチョビをみじん切りにしたもの。やわらか牛舌と一緒に口に入れるとトレビア〜ン。パンも自家製で焼きたて大きさも丁度よく。ホッホッホッ・・・満足。また来てみよう〜と。今度は自腹で。さすがに画商さんはグルメ。お薦めですよ。

・・・山中さんの作品には空、雪、船、などのタイトルをよく見かけますが、それらのイメージが先にあって制作されるんですか?


「逆ですね。タイトルは後から決めます。作品を制作する時は自分が何を描くか判らないというか・・・いつも漠然と始めているんです。それで最後にタイトルは辻褄あわせのような感じで決めます。この方法が自分にあっているように思いますね。
今回は言葉と絵の関係について色々考えて面白かったですよ。
唯、はじめはなるべく言葉をつけないで制作した方がやりやすいですよね。例えば雲にしてしまえばどうしても色々な雲の特徴が頭に出てきて雲にしなければならなくなる。漠然と始めていれば雲にならなくてもいいやと・・・。
ただあまり自由だと何処にいくか判らないので、核になる部分を設定してあまりとんでもないものが出来ないようにしているんです。長いこと制作してきて気が付いたんですよ。最初は題名をつけてから制作した事もありますから」

・・・山中さんの作品は抽象木版と呼べばいいのでしょうか?

「僕は自分の作品を自分で抽象木版と言った事はないですし癒し系と言った事もないんです。勝手に言われているんですよ。抽象と具象、どっちとも言われるようなところで仕事をしたいと思っています。唯、完全に幾何学的な抽象だとか、丸、三角、四角みたいな無機的なものにはならないと思うんです。でも抽象なのかな〜」

・・・ん〜?人は何かに分けないと承知ができないのでしょうね。
ところで、山中さんは何故版画をやろうと?

「僕は芸大なのですが、芸大は最初に油画科に入って、三年生から版画科にいけるのですよ。何処から話せばいいかな〜。油画科の時は課題が色々出ていて、当時何をやっていいのか判らなくなって迷いました。
裸婦や生物を描かされたのですが、何故こんなものを描かなきゃいけないのかって疑問が沸いてきたりね。凄く迷って学校に行かなくなってしまって・・・」

・・・山中さんと私は年齢が一つしか違わないんですよ。あの当時は課題を消化していれば大学生活が済んでしまったような気がしますけど。

「やりたくなくてね。自分がイメージしていた美術大学と違っていたような気がしたんです。
まあ、そんなこんなで学校へ行かないものだから油絵の先生に怒られたんですよ。僕は真面目に悩んでたんだけれど不真面目みたいにとられてね。
そんな時に版画の集中講義に出て、当時は版画もそんなに興味がなかったんですが、入ってみると駒井哲郎先生や先輩の版画が中々良くてとても身近に感じたんです。
こっちの方が自分に向いているんじゃないかなと・・・特に木版の材料とか道具とかが面白くて、当時は小野忠重先生が教えていたんですが、この先生は浅草の町を散歩しながら、版木屋さんとか職人さんの所に寄って、途中でふぐを食べたりして授業をしたのです。それが楽しくて・・・」

・・・いいですね。ふぐですか。

「小野先生は汚い店だったけれど安いふぐ屋さんを知ってたんですよ。それと僕は職人さん達の仕事ぶりにも惹かれてね。僕は職人的な気質はあまり無いと思うのですけどね。
例えば竹の皮を専門に扱っているお店とか、刷毛だけ作っているおじいさんとか、版木だけ削っているおじいさんとかが一杯いるわけですよ。 それでそこから買って来て作る事が凄く新鮮だったのね。
それまでは画材屋さんに行って油絵の具を買うだけでしょ。材料から見直したいところもあったし油絵の技法や材料にも興味があったのですが、日本でやるには限界があるなと日本だと木版かなって思って・・・」

・・・銅版に出会っていたらどうでしょうか?

「銅板画もやりました。そうしたらね駒井先生の影響が強すぎてね。僕がその教室に入ると、皆、駒井先生の作品に似ちゃってるんですよ。ちょっとね。僕はもう負けてしまうなって思って」

・・・山中さんの作品はやはり木版じゃないと柔らかさだとか微妙な色合いはだせないんじゃないですか、木との出会いはかなり大きいのではないかと思いますけど。

「結果的にそうなのかもしれませんね。最初から柔らかいものを描こうとは思っていないのだけれど、和紙に惹かれたり木に惹かれたりしていく内に和紙にあうのは柔らかい形だとかね。だんだん発見していくんですよね。最初から目的があるわけじゃなくて、ぼんやりはじめてきて形になってきたという事ですね」

・・・最初は白黒でしたよね。色を使おうと思われた動機は何でしょう。

「白黒の作品を100点くらい作ってね。段々マンネリ化してきたんです。若い時は白黒でいこうとか木版だけやっていこうとか変に決めてしまって油絵の道具を捨ててしまった事もあります。今だから話せる事は色々あるけど、昔は判らなかったからね」

・・・それは判るな〜。

「 最初は白黒の作品で賞をとったり売れるようになったのですが、パターンが決まってきてしまって、材料がもう決まっていてこうしたらいいみたいな感じで演出するようになったんですよ。そうすると作る新鮮味がなくなってきたんですよ。
僕がはじめに考えていたのとは絵が違ってきてしまって・・・。それで新しい事をやりたいという事で、水彩画を描いたりコラージュを始めたのです。
元々油絵を描いていた時はボナールやマチスが好きだったので、そういうのが又蘇ってきたのだと思うんですよね。それで絵というものはもっと領域の広いものだという風に考え直して、油絵も一度は止めたけれど、版画で培った自分の方法を元にすれば出来ると、だからガラス絵をやったりね。
自分の中で色々やってたのですけど、発表するのはコラージュから始めました。当初は色をつけない方がいいとか色々言われましたよ」

・・・それから柔らかいパステルカラーのものとか形も自然発生的に出てきたという事ですか。

「そうですね。自然発生的に出てきたものだと思います。最初は強い色を使ったりしていたのですが、長く作品を見ている内にこれでは強すぎると思ったのです。自分の性格的なものだとか作りやすい形とか色々な要素が重なるのだと思うのです。
段々自分の使う色が決まってきて、後で気が付くとベージュだとかブルーグレーだとかの色が多くなってきているんです。それは多分土の色とか空の色とかから来ているのではないかなと、元々白黒の時に光と影を使っていたのですが、それが残っていて・・・空の色というのは発光している色なんです。土というのは暗い色。
そういうのが残っているのではないかな〜と・・・最初に決めてしまうとそれに縛られてしまう。僕は作っていく内に大体あとで気がつくのですけど・・・」

・・・でも根本というか核になる部分があって表現されていると思うのですが、それを言葉にするとどういう言葉になりますか?

「僕はものを描いても、写実的な絵も嫌いではないのですが、描いていて面白くなくなってしまうのです。例えば印象に残った形があるとしたら何年か経った時にその形が蘇ってくる時がある。ある長い時間の中で育まれてきた形に興味がある。
その場その場の思いではなくて子供の頃に見た何かが又長い事たって蘇ってくるとか、そういうものは絵でしか描けないなと思うんです。写真だとか映像だとかだと出来ないもので・・・絵というのは思い込みがありますよね。
そういうものがないと出来ないし、又それが楽しい。だから形の原型みたいなもの・・雲の形とか人型みたいなものとか何度も出てくるんです」

 ・・・ところで今回の詩画集の題名の『水の庭』は松永さんが書かれたのですか?

シロタさん:「いや。作品の中に『水の庭』という作品が一つあるのですよ」

山中さん: 「そうです。『水の庭』というのがあってそこから松永さんが選んだのです。水は変化していくでしょ。空に上って雲になったり、雨となって植物を育てたり、水の循環みたいなものがあって、それに庭というのは完全な自然ではなくて人間の手がはいった人工的なものが加味されたもの、その部分に興味があるというか」

・・・ところで松永さんは詩人で有名な方ですが、凄い詩を書かれますね。

シロタさん:「数も多いしね」

山中さん: 「詩も勿論ですが、民俗学というか文化人類学というか幅広い。昔の土着的なものとか農民の書いた詩であるとか、嘗ては社会派ですよね」

・・・お母さんが亡くなる時に 『母守歌』 を歌いながらおくる詩を読みました。・・・ 「大恩ある寝たきりの親に、『なにも心配しないで、さあおやすみ』と母守唄をうたう時代が来た」 と松永さんは言うのだけれど。私も年をとってきてなんか身につまされました。

山中さん:「団塊の世代の学生運動の世代があったでしょ。松永さんはもっと上の世代だけれど、当時流行った情念とかいう言葉は松永さん達が作ったのじゃないですか」

シロタさん:「あの世代でしょ。松永さんは兎も角としてね」

山中さん: 「僕は松永さんの詩には漢字で書く浪漫的なものを感じますね。それに松永さんの詩は何回も読むうちにイメージが変わってきたりしますね、やはり奥行きがあるんでしょうね。
今回面白かったのは、自分ではとても言葉にださないようなものを松永先生が出してくれたので、僕のイメージが広がったというか奥行きが増したみたいなところがある。だから第三者が見ると面白いものになっているんじゃないでしょうか。
自分ひとりでは出来ないものになっているなと思います。まあ、時には反発するようなところもあるのですが、二つ並べる事でプラスアルファーが出たのではないかなと思うのですけど・・・。
  今まで僕の絵は言葉にならないものを目指そうと、 あえて言葉を避けてきたところもあるのです。でもかなり言葉と関係が密接なんですよ。
ですからこれからはもうちょっと僕の考えてるような事も出してもいいかなと・・・。松永さんに言わせればもっと遊ぶという事だと思うんですが、僕について云えばとてもプラスになりましたね。」

シロタさん:「詩画集は何も詩と絵が一致する必要はないのです。お互いに反発する部分もあって又刺激しあえば言い訳で、僕はオマージュ的な詩であったりとか絵であったりとかは嫌いなんです。
まったく違うのじゃ困るのだけど、何か接点があれば少しでもあれば詩画集としては成功だろうと。今までの山中さんとはちょっと違うかなと思う所もあるけれども、まあ、ある意味では山中さんも刺激された部分もあるだろうし、多分山中さんはこうであろうと示唆されるような部分もあったと思う。まあ良かったかなと思います」

・・・1964年からシロタさんは詩画集を作られてますよね。

「詩が好きだった事もあるし、詩人と付き合いも合ったので。元々版画は、文章に絵をつけたりが多いんですよ。今は皆さんかなり大きい作品を制作しますけど、元々版画はそんな大きなものは作れなかったわけですから、例えば木口や銅板画は物理的にも大きいのは無理だし、そうすると1点で自分の世界を全部現すのが中々難しいところがあるわけですよね。
ですから8点とか10点くらいのシリーズで自分の表現を出す時もある。そういうところから画集を作りたいというのが僕の考え方です。本作りというと何となく趣味的に思われるんだけどそういうものではない。やはり作家は表現者として言いたい事はあるわけだから、それをもっとも言い表せるのはシリーズものだろうと思います」

山中さん:「話は少し違うかもしれませんが、僕は油絵から版画に移った時に思ったのですが、油絵だと卒業制作で大きな作品を制作するんです。それが何か大げさな気がしてたんですよ。
当時駒井哲郎さんの作品を見た時にこんなに小さいのにその中にも濃密な世界があって、これの方が凄いのじゃないかと思ったんですよ。大きさではなくてね。
ポール・クレーの水彩画でもこんなに小さいのに凄い濃密な世界があるじゃないですか。それで展覧会の為に大きな作品を描いていくのを疑問に感じましたね。そういう切っ掛けがありました」

・・・確かに公募展にいっても大きい作品ばかりですよね。それに最近額装が多いせいか、今回、久しぶりに紙をまじかで見て改めて紙の綺麗さに気づかされたような気がしました・・・暫く版画は紙に刷ったものだという事を忘れていたような気がしましす。版画のよさは手にとって見て、目で愛でるというか・・・。

山中さん:「そういう行為はすごく素朴ですよね。原始的な感覚が蘇って来る時もあるし・・・そういうのが今欠けてますよね。人間の持っている生理的なものや肉体的なものが無くなってきているように思います」

シロタさん:「本当はキャンバスだってそうです。描かないとか色を塗らない方が綺麗な事もありうるんです」

・・・ハハハハ。そりゃそうですね。

シロタさん:「それを認識しないというか。キャンバスの持っている美しさの上に自分がそこに絵を描く事でもっと美しくなってくればいいわけなんだよね。その辺が何というのかな、それを抜きにしてやってしまうのが人の傲慢さなんだよ」

山中さん:「今思うと版画を始めた時に、木版画に出あったというよりも和紙とか木とか墨に出あったのだと思うんです。材料なんです。材料と自分の関わり方を見つけ出したので、あとからキャンバスとの関係も出来てきたし、ガラス絵であればガラスと絵の具との関係も見えてきたし、関わり方です問題はね。
作家と素材と対象の関わり方なんですよ。一見ね。新しくみえるインスタレーションの作家でも素材との関わり方が保守的な人もいれば、オーソドックスな日本画を描かれている人の中でも関わり方が新鮮な人もいるのではないかと思いますね。そういうところを見ないで目先だけ見てると判らなくなりますよね」

・・・なるほど。

山中さん:「 『絵を描き始めた動機がその人の絵を決定するようなところがある。』 と、いうのが僕の持論なんです。僕は楽しんで絵を描いていたのが出発点なので、絵は楽しいというのがあるんです。
人によっては何かを訴えかけたいとか自分の今の気持ちを表現したいみたいなメッセージ性の強いものを出す人もいるのですが、
僕はどうも遊びに近いところから始まっていて、楽しかったなというのが核にあってそれが性格づけているような気がします。
大体絵は社会的なメッセージが込められているよりも、あえて言うならあまり役にたたないものだからいいと思うんです。絵や音楽はどこか他に侵されない場所にあって、それが貴重なんだと思いますね」

・・・よく判ります。

シロタさん:「やはり楽しくなければね。楽しいというのは難しいけれどね」

・・・でも最終的には詩画集が売れないと楽しくはないですよね。

「ハハハハ、大いに宣伝して下さい。」

どうもありがとうございました。

オサルスは最近楽しくない事ばかりだから楽しいという感覚を忘れていたような気がします。だからといってどこか遊びに行くのも楽しくないし、映画を見たりおしゃべりしたりするような友達もいないし・・・いったい何が楽しかったのかホントに忘れてしまったみたい。まあ、しょうがないので絵でも見に行きましょう。結局これしかないんだよね〜。

シロタ画廊 http://www.gaden.jp/shirota.html

シロタ画廊 オーナーインタビュー http://gaden.jp/info/2001a/010919/0919.htm

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