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親子丼(お椀付き)900円

東京新三浦 銀座店
東京都中央区銀座2-6-15
TEL03-3564-1761

先日ニューヨークの平松賢太郎さんからのメールに、

『gaden.comはちょくちょくのぞいています。 (すみません。gaden.jpになりました)
日本の情報もわかってとても重宝しています。 (ありがとうございます)
ニューヨークレポートも嬉しいです。 (リカさんいつもありがとう。感謝してます)
日本はちょっといないスキに森美術館はじめ随分盛り上がっている様子。
ニューヨークよりもテンション高いかもしれません』

 そうかな〜。テンション高いかな〜。確かに森美術館のオープニングには5000人の人が詰め掛けたと聞いたけど・・・。オサルスにはお呼びが無いから関係ないし・・・。まあ、ニュースといえば 『ランチdeチュ』 でご一緒いただいた小山登美夫さんのテレビ出演かな。
あの村上隆さんの 『アート界は底なし沼。一緒に地獄を見よう』 は凄い言葉。
作家 と画商の関係で金銭のゴタゴタで地獄を見たという話はよく聞くけれど、アーチストとギャラリストの見る地獄はそういう地獄とは違うのだろうな〜。

 そう云えば日本は外国と違って、作家と画商の間で契約書が交わされる事は殆ど無いと聞くけれど、昔、大阪フォルム画廊はそれをしていたと聞いた事が? 当時は一大勢力を誇った画廊だったとも・・・因みに大阪フォルム画廊を検索すると色んな作家が展覧会をしているんですよね。現在でも、銀座や京橋界隈で画商をされている方達も大阪フォルム画廊の出身の方が凄く多いし。
今日はその中のお一人でもあるギャルリー東京ユマニテの土倉有三さんに、作家と画商についてお話をお聞きしました。

土倉さんのお薦めは『親子丼(お椀付き)900円』しっかりご馳走になっちゃって済みません。

・・・突然ですが土倉さんはマラソンをされるんですよね。

「ええ。今はサボってますけどずっとやってました」

・・・大会とかには出られるんですか?

「フルマラソンで云えばハワイに行きましたし、第一回の東京荒川マラソンとか青梅マラソンには3〜4回でました。それと東京シティーマラソンも走りました」

・・・ほぅ。画商さんというと夜飲んでいるイメージがあるんですけど。

「あまりいないでしょうね。元々はカンランシャの大谷さんとそういう話になって、彼と一緒にハワイに行ったのです。当時はハワイや八丈島のハーフマラソンに行ったんですよ」

・・・へぇ〜。何故走るんですか?走りながら絵の事を考えているとか?

「何故か判らないですよ。でも自分との戦いはありますね。絵の事はまったく考えないです。全部忘れます(笑)。ある意味ストレス解消だから」

・・・もう8年くらい前になると思うのですが、まだユマニテさんが銀座一丁目にある頃に、奈良さんの立体が展示されていたのを覚えています。

「1996年くらいでしたね」

・・・その年のNICAFだったか定かではないのですが、ユマニテさんのブースにB5かA4くらいの紙の奈良さんのドローイングが張ってあって凄く売れていたのを見た覚えが・・・値段は10万円位ですか?

「いや、高くても2-3万円でしたね。殆ど売れました」

・・・え! そんなに安かったんですか。買っとけば良かった。当時は土崎正彦さん(画廊 白土舎)がユマニテさんにいらしてそれで?

「奈良さんは愛知芸大でしたから、愛知芸大教授の櫃田伸也さんの紹介なんですよ。名古屋ユマニテで最初の展覧会をして、その後東京でもやるんですが、それは彼がドイツに行く前の展覧会なんですよね。1980年代後半だったように思うのですが・・・。
今は作家から直接作品が来る形ではないですが、奈良さんの展覧会は当時三回くらいやっっているわけですし、その時から奈良さんは凄く売れていたんですよ。ですからそういう評判を聞いてコレクターの方達が面白いと言って買ってくれたりして、だから今も扱う事はありますね」

・・・なるほど。

お待たせしました。 親子丼です。

・・・こちらはかなり来られるのですか?

「ええ、来ます。親子丼というとここで食べます。普通のお蕎麦屋さんで食べる親子丼とは違ってきちっとした鳥を使っているというか。だから凄く美味しいです。親子丼らしい親子丼です」

 漆のお椀の蓋を開けると暖かい湯気の向こうにトロ〜とした卵、ご飯と卵とダシの三位一体とtopの海苔のバランスが絶妙。勿論かしわ(鶏は生後6ヶ月の雄の若鶏のみを使用。)も忘れちゃいけない。ん〜美味しい。
こちらの新三浦さんは本店が福岡。明治時代より続く水炊き専門店で、全国的にも有名なお店。親子丼もいいけど、水炊きも食べたかった。今度誰かご馳走して!!
 まあ、一口に親子丼といっても奥が深い「日本親子丼普及委員会」なるサイトまで存在するのでびっくり!。
このサイトには、
『お金に余裕のある人は「うな丼」「カツ丼」を食べ、余裕のない人は「玉丼」を食べる。親子丼は中途半端な存在』
と書いてありました。だから応援したくなる気持ちも判るけど・・・。900円という値段は決して安くない金額だからお金に余裕の無いオサルスにはかなり贅沢な一品なんだけどな〜。

・・・今日は作家と画商についてお話をお聞きしようと思っているのですが、どういう関係がベストだと思われますか?

「そうですね。結局ギャラリーというのは何ていうのか・・・作家と画廊とコレクターと、それこそ僕の先代のユマニテの西岡が常に言っていた言葉ですが、
『暗黙の内にこの三者が上手くいかないと成り立たない世界だ。画商は作家とコレクター両者を結ぶコミニケーション的な役割だと。』
まあ、それぞれのポジションがありますからね。
当然ギャラリストは作家にはなれない訳だし、自分の仕事の中で精一杯作家をサポートするのがベストですよね。ですからとことん地獄までみたいな事は、僕は無いと思う。やはり昔からそうだけれど経済的な問題だとかも含めて中々上手くいかない時期もあるし、それから作家自身がスランプになった時期もある。それに画廊がどういう風に関わるかという事もありますよね。
だから売れるからいいというわけでは無いし、売れている時はお互いにいいんですよ。それはもういい状態でいけるんです。だけど作家がスランプになったりとか売れなくなったりとか、その時に画廊はどうするかみたいなね。作家をサポートするなり、ある程度長いスパンを見てあげなきゃいけないし」

・・・例えば夫婦だって山あり谷ありで人生色々な事がある。今迄、色々な方達から作家と画商の話を聞くにつけ・・難しいなって。

「確かに難しい事は事実です。だけど結局は何でもそうだけど信頼関係ですよね。お金の問題も出てくるんだけれど、それでも信頼関係で上手く結びつきが出来ればね」

・・・まあ、それはそうですね。少し話を変えますが、何故画商になろうと・・・。

 「僕は高校を出てからすぐこの世界に入りました。僕は京都出身で、僕の行っていた高校が美術コースと普通科がある学校だったんです。小さい頃から美術との関わりがありまして、京都は東山五条ですから自然に美術に接する環境なんですよ。
卒業する時に僕の兄貴とヒロ画廊の藤井さん、藤井さんも京都なんですよ。藤井さんの弟さんと僕の兄貴が親友で、当時藤井さんは大阪フォルム画廊に勤めていて、薦められて大阪フォルム画廊に入ったんです。何年前かな35年くらいかな。ユマニテに入ってからもう20年ですから」

・・・大阪フォルム画廊は、話に聞くと銀座・京橋の画商さん達が多く勤めてらした所、77ギャラリー、亡くなられた大橋さんとかギャラリー手とか・・・小作先生のカタログも出版されていたような。

「そうです。皆同僚です。小作さんは早くから大阪フォルムでやりましたね。大阪フォルムは全国に支店があったんですよ。大阪、名古屋、福岡、東京、姫路、それに版画工房を作ったり出版部を作ったり、画廊の仕事を総合的にしようと壮大なる夢があったんですよ。
ユマニテの前身の西岡も名古屋の店長をしていたんです。社員が100人いたんですよ。東京だけで30人いましたからね。多分日動さんよりも大きかったというか夢は壮大でしたね。結局1970年代のバブルショックのあとの落ち込みでこれではやっていけないと縮小縮小になって、東京店や名古屋を閉めて大阪だけになったのです。僕は東京店を閉める時に止めて西岡に引っ張られるような形で一緒に始めたのです」

・・・凄い大きいところだったんですね。でも大阪フォルム画廊は潰れたのでしょうか。

「潰れたのでは無くて大阪店だけになった時に、ご主人の松村健さんが亡くなったので解散したという形なったのですよ。松村さんという人は、本当に画商として意欲的な人で、日本の場合だと今迄無かった契約制度をいち早く取り入れたりされた方です。小作さんとか版画家で云えば加藤清美さんもそうだし、油絵で云えば山本文彦さんとか何人かの作家と契約したんですよ。
だけど日本の場合の契約は制度が合わないんです。結局途中で解除したりとか、まあ、作家と画商自身がお互いに凭れあう事ってあるわけでしょ。片一方で毎月お金を払っているのに、スランプになったりそれで上手くいかなくなったりとか、日本の場合だと実情的から云えばその形態は非常に難しいものがありますね。
むしろそれよりも信頼関係がある方が、お互いに縛られないから・・・僕や77の遠藤さんとか大橋さんも皆そうだけど、元々大阪フォルム画廊は作家との関わりが結構深いんですよ。自分達で作家と関わって実際に展覧会の企画とか全部含めてするわけですから。
そうすると絵を売るだけではなくて、美術というか画商の仕事の全般が判るわけじゃないですか、それで作家の気持ちも判るし、そういうところで過ごして来たのでよかったなと思ってます。大阪フォルムは凄くいい画廊だったですよ」

・・・大阪フォルムは名前しか知りませんが、皆さんそれなりの画廊主になってらっしゃいますものね。

「結構、志みたいなものを継いでやっていると思います」

・・・でも、皆さん段々と年をとってらして、今50代後半ですか。

「来年7です。」

・・・済みません。そうすると次の世代の画商というかギャラリストというか、小山さん達が40代ですよね。30代で画廊をやろうという人が少ないように思うのですが、日本画商さんや洋画商さん、古美術屋さんとかで二代目、三代目の方は大勢いるけれど、世襲制の所は別として、作家は一杯出てきてもギャラリストはどうなんでしょう。次は育っていると思われますか?

「昔の形態の画商さんというのは廃れていくと思うんです。逆に云えば小山さんのような在り方のギャラリーが増えて来るだろうと思います。そちらの方が可能性というか夢もあるだろうし、例えばああいうテレビを見た人が画廊は面白いと、どういうものだろうと興味を持ってくれればね。多分変わってくると思います。昔ながらの古い慣習の形の画廊は難しくなるのは事実だと思いますね」

・・・資本力がなければ難しいのでは?

「資本力が無くても出来る要素はあると思うのです。小山さんだって昔は苦労しただろうし、あの年代の、あの周りの画商さんているじゃないですか、彼等は古い慣習や古い画商さんとの付き合いが一切無いですから、いい形でやってますよね。そこに可能性があると思う。
日本は特殊でしょ。日本画、洋画、彫刻、現代美術もそうだけれど、画商というのは昔はブローカーなんですよ。だからそれも絶対無くなりはしないけれど、本当に画廊の仕事とは何かと考えるならば、さっき言ったように画廊と作家とコレクターの事をきちっと考えながら仕事をしていくそれが画廊だと思うんです」

・・・でも昔のようなコレクター、今もいるのですか?

「それも時代ですね。昔のコレクターはパトロンだったんですよ。今の時代はパトロンに成り得る要素の人が少なくなってますよね。それもある意味では美術業界の衰退の一つではあるとは思うのだけれど、唯、底辺というかすそ野が広がっているのは事実ですよね。僕がこの仕事に入った頃は殆ど特定のお金持ちのお客様だけだったんです。
現代美術は殆ど売れなかったわけだから、でも、今、現代の美術、若い人達の名も知れぬ作家の作品だけれど手軽に買える値段じゃないですか。そこから入ってくるんです。まずそこの部分での取っ掛かりから広がっていますよね。昔はそういう取っ掛かりすら殆どなかったんだから。でも画廊ってそれではまだペイ出来る状態ではないですよ」

・・・結局経費が掛かる訳だから、家賃と人件費とそれだけでは無い眼に見えない経費も掛かる。結構な金額が無いと動かしていかれない。やはり資金力が無ければできないんじゃないですか。お店を持たなければ信用が無いし、いい作家がいないとコレクターが来ないだろうし、凄く大変な仕事だと思いますけどね。

 「ハハハハ・・・。でも逆にいうとそこに面白さがあるけどね」

・・・なるほどね。では、売るという事ではどうですか?売れないという事ばかり聞くものですから。

「だから、そんなに美術品はある意味ではバンバン売れるようなものでは無いし、作家もそうだしコレクターもそうだけれど育っていかなければならない。そうすると時間が掛かるものだと思うんですよね。
ある程度継続する事によって、普段来てくださるお客様もその作家を見る眼が変わって来るとかね。そういう事って結構大きいと思うんですよ。勿論例外もありますよ。奈良さんみたいに最初から突出して売れる人もいるんだけれど、だからどうですかね。
僕の場合は継続させる事が重要だと思いますね。続ける事がね。それとね。ある程度ピックアップしてやるという以上は一度きりでいい悪いでは無いと思うのです。やはりそれは考えます。そうするとやっていく作家は水準以上で、まあ、自分の眼鏡に適う人じゃないと駄目じゃないですか。そうじゃないと自分のなかで納得できないじゃないですか」

・・・土倉さんの眼鏡に適う人 というのはどういう。難しい事云っちゃいましたか?

「どうでしょうね〜。自分の培ってきた感覚ですね。あとは自分の好き嫌いかな」

・・・感覚ですか。でも段々年をとってくると若い世代とのギャップが出てくるのとは違いますか。

「表面的な部分ではあるかもしれないけれど、かっこよく云えばいいものはいいというところがある。自分の尺度のなかで新しい表現でも何かを感じると思いますよ。
 それと僕は若い人に言いたい事があるんです。今、宮崎進さんの展覧会をしていて思うのだけれど、宮崎さんの制作態度というか制作に対する作家の思いみたいなものが、凄く前向きなんですよ。それがずっと続いていてそれが積み重なっていると思うのです。
今の若い人で思うのは、例えば展覧会というのは仮にですよ。来年の今頃やりましょうと決まって、それまでずっとそういう仕事をしていてそのなかからいいもの出そうと云うのではなくて、何か間際になって描く人がいるじゃないですか。それははっきり云って全然薄っぺらなものに見えるけどね。そうじゃなくて常にそういう仕事をしていなきゃ駄目だと思う。今の若い人はそこの部分が凄く少ない。
絵を描く事が面白くないのかなと思うわけ、自分はそういう絵描きになるんだったら面白いはずでしょ。確かに苦しい事かもしれないよ。だけど基本的に云うと好きでやるのだから面白いはずだよね。片一方で絵だけでは無理だから仕事をしなければいけない事もあるかもしれないけれど、それを削ってでもトコトンやる人もいるわけだから、今の人はそこの部分が希薄だし軽いというかな」

・・・先日ある画廊に初日に行ったら作家がいなかったんです。何故と聞いたら、評論家や何かに罵倒される夢をみて今まで眠れなかったので初日にいられるような状態ではないので帰ってしまったというのです。評論家を意識して絵を描くのじゃないと思うのですが・・・。

「だけど逆に云えば発表はそういう事をうけなきゃいけないじゃない。云ってくれれば凄くありがたい事ですよ。普通殆ど誰も何も云わないでスッと来てスッと帰ってしまう世界です。評論家だってお客様だって何か云ってもらえるようにならなきゃ駄目だよ」

・・・そうですよね。ここで少し話を戻しますが、西岡さんが亡くなられて土倉さんはギャルリー東京ユマニテとして独立したという形になるんですよね。ご自身で経営されるのと以前との違いはありますか。

「ぼくはその部分では殆ど変わらないんです。西岡が偉かったのは殆ど東京店を任せてくれたので、作家のチョイスもそうだし、全部任せてやらせてくれたんです。ありがたかったですね。今は経営者という形になりましたが意識は全然変わりません。ただ、大変なのは資金繰りだけ(笑)」

・・・ん〜。それが一番大変ですね。

「いかにお金を回すかね(笑)。画商の仕事で一番たいへんなのは毎日毎日きちっと売り上げがあってこれだけ売れたからこれだけ利益が出て成り立つ商売じゃないから、明日をもしれないよね。極端に云えば30日間何も売れないかもしれないじゃない。でも何とかなるというか、結構辻褄が合うんですよね。でも一週間二週間たとえば何もなければ鬱になりますよ。僕ら画商の世界は気持ちのアップダウンが凄いから(笑)」

・・・それは凄く判ります。それが辛いから画商はやりたくないんですよ。画商になって後悔しませんかと聞かなきゃいけませんね(笑)。

「でも、それ以上に仕事をしていて面白い事もあるからね。それに僕もお酒好きだから作家とよく飲みますが、凄く面白いですよ」

・・・では、最後に土倉さんのモットーは何ですか?

 「まあ、すべてにおいて素直に仕事をする事ですね。気持ちのなかにはそれがあります」

ありがとうございました。

土倉さんは、ストレス解消にマラソンすると云っていたけれど、オサルスは走るのは駄目だけど歩くのは好き毎日一万歩は必ず歩くし、銀座界隈を歩く時は二万歩は行くね。これじゃ自慢にならないけどね。

ギャルリー東京ユマニテ http://kgs-tokyo.jp/humanite.html

ところで冒頭の平松賢太郎さんからのメールは展覧会のお知らせでした。浦和まで歩くのはちょっと辛そう。まあ、42.195キロ歩くつもりなら大丈夫か。オープニングには行ってきます。先日の屋代さんも出るみたいだし・・・。


まどわしの空間−遠近法をめぐる現代の15相
2003年11月18日(火)〜2004年2月22日(日)
うらわ美術館
さいたま市浦和区仲町2-5-1 浦和センチュリーシティ3F 048-827-3215

http://www.uam.urawa.saitama.jp/

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