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棚田康司 展 2004. 5/19 - 6/19

ミズマアートギャラリー 東京都目黒区上目黒1-3-9 藤屋ビル2F 03-3793-7931 11:00-19:00 日・月・祝休
http://mizuma-art.co.jp

 棚田さんの作品をはじめて拝見したのは1996年の愛宕山画廊。作品の題名は定かではありませんが、奇抜なフォルムがまぶたにしっかり焼き付いていて、当時かなり衝撃をうけた覚えがありました。あれから8年。この間なかなか作品を拝見する機会がなかったので今回のミズマアートギャラリーでの個展は二度目の衝撃。
剛から柔へ? 聞いてみましょう。

・・・1996年の愛宕山画廊で作品を拝見した時に、クラシックの演奏会で指揮棒を振り下ろす時に空からバーンと音が出るような瞬間を感じたんです。怖さというか、限りなく自己の内面に向かっていく厳しさを感じてしまって身がすくみました。

「自己に向かって行き過ぎてしまうんですよ。結局自分の身体や自分の顔を型どりしてFRPに変えていく・・・先ほどおっしゃったドーンという音を僕自身が求めてましたから、そうなってくるとそれにエネルギーを使ってしまって、その先の問題まで進まなくなってドーンだけで終わってしまうんですよ。そういう事はありました。」

・・・愛宕山画廊のあとで小原流会館で拝見した直線の作品には、チェンソーで切断された木の断面からひりひりするような痛みたいなもの・・・その頃の作品はアイデンティティーを深く追求していくようにも見受けられましたが。

「あの当時はチェンソー一発で仕上がればいいと思っていました。チェンソーで表面を削っていくんですが、これ一発で取り敢えず仕上げるぞという感じのところで仕上げに向かっていった事はありますね。どちらかというと木と対話するというよりは、材料と格闘する感じのやりかたでしたから。」

・・・素材は木とFRPとビスと鉄も少し入っていたような。

「ええ色々使っていました。違う素材を合わせた時というのは気持ち悪いぐらいの違和感があるんです。その違和感をいかに無くしていくかという作業に入っていくんですけれども、そのなかで例えば自分の仮面を木に付けたドキドキする違和感を、あの時は大事にしていたんだと思います。」

・・・プリミティブな衝動があって作品にされるのかなって思っていました。

「実際に木を買いに行った時からはじまっているんですよ。これは使えるかもしれないと思った木は買っておきました。あの当時は丸太ではなくて板材だったんですけども、板材でも斜めになっているものは、使い勝手が悪いので安く手に入れる事が出来るんです。そういったものの中に人間を押し込んだ時に、丁度小原流会館で展示した『フィッシュ』という作品のようなイメージが浮かんできたんです。」

・・・そうすると木を見るとイメージがわくんですか。

「イメージというよりは木を見た時にピンとくるそういった木を探していたんです。今回は丸太の原木に変わっていって製材して制作する事になりました。」

・・・2003年の芸大の 『 彫刻の身体』 展のときの作品を、リーフレットで拝見しましたが随分以前の作品と変わったなぁと・・・痛々しさは変わってはいないけれど、96年の愛宕山画廊の作品が剛だとすれば、柔の印象を受けました。
あくまでも個人的な感想ですが 『斉藤真一さんの描かれた瞽女』 を思い出してしまったんです。生前斉藤さんが
『青息のような線と陽炎のような陰影で、そんな命の明暗を、限りなく対象をやさしく労るように包み込んで描きたい』
と言ってらしたのを読んだ事があるので・・・それに加えて棚田さんの作品は一木(いちぼく)で作っておられるので芯がある。

「炎のような感じというか炎というのはゆらゆらゆれて、ふっと息をかけると消えてしまうから、蝋燭の炎のようなイメージは確かにあるんです。先ほど 『芯を持っている』 とおしゃったように、木は全部芯持ちの木を使っているんです。だから逆にそのゆらゆらをより強固にさせる強さを持っているのじゃないかなと思います。」

・・・台座まで全部一本の木から彫り出しているんですよね。先にドローイングを描いてから彫り出していくのですか。

「むしろイメージの方が先なのかなぁ・・・この三体は、ラジオからながれてきた 『アンネの日記』 を聞いて作ろうと思ったんです。ただアンネ自信をモデルにしたわけではなく、アンネのように痛々しくて弱々しいのだけれど、そのなかにある美しさみたいなのものを表現したかったんです。」

・・・なるほど。でも私は作品に怖さを感じます。人の本質みたいなものを感じるというか。人は生きていかなきゃならないわけですから。

「業みたいなものですね。」

・・・そうです。

「確かに人間裸になってしまえば、ある部分共通する部分もあるでしょうけれど、どこか凄く痛々しくて見なければ良かったと思うような部分はありますよね。
でも子供なんか見ていると女の子も男の子も性を超えた非常に美しいものがある。大人になっていくと性をはっきり主張してしまいますが、この位の女の子は性を主張する前だから一番人間のなかで美しいかなと思うんです。」

・・・棚田さんのなかで、今までの自己を見つめていく作品から、一木の作品に移行する切っ掛けみたいなものはあったんでしょうか。

「実はFRPを使って制作する作品に対して疑問のようなものがずっとあったんです。作ってはみたものの、先ほどお話ししたようにバーンという音だけで、そこから先に音を奏でていって曲にするようなものは、なかなか見えにくかったんです。一発だけのインパクトだとかはあるのかもしれませんが、これでいいのかなという疑問は、愛宕山画廊の発表以降常にあったわけです。
実は自分は逃げているんじゃないかとか、彫りたいんだけれど彫れないものだからFRPを使ってインパクトだけで見せているんじゃないか。何かドンドン本質からはずれているんじゃないかという気持ちがあったんです。
それで2001年〜2002年に掛けて文化庁の在外研修員でベルリンに7ヶ月くらい行く機会がありまして、そこで何か作れば引きずられると思ったので、何もしない事に決めて、ドイツのいい作品を見て廻ったんです。特にゴシック系はドイツで花が咲きましたから、いい木彫作品があるんですよ。それで木をそのまんま彫ってみようと一種キーワードみたいなものを得て帰ってきました。

それが生かせたのは、2003年の 『 彫刻の身体』 展です。レリーフのような作品を立体化させて制作したのが 『記念日』 という作品なんです。『記念日』 は、おじいちゃんとおばあちゃんの1939年の結婚式の写真を元に制作しました。おじいちゃんは死んでいて、おばあちゃんは生きているという生と死の差や男と女の差だとか、それらを含めて結構自分のなかでしっくりいった表現になったんです。」

・・・壁に飾ってあったおじいさんは亡くなっているから身体がレリーフ状になっていたんですか? それが凄く疑問だったんです。

「あれは幽霊の彫刻です。そういうイメージで作りました。今ままではドーンと重力に対抗して立つという彫刻家の命題みたいなものがあって、その中で制作してきましたが、自分自身が非常に不安な状態で辛うじて立っているというような状態を表現できればいいなと。
その時に痛々しさとか弱々しさというようなモチーフを探した時に、子供達が一番表す事ができるんじゃないかと、僕の中では子供達のこういった状況が人間のなかで一番美しい身体を持っていると感じたからです。」

・・・作品の手相が十字のようで面白いなって思ったんです。これは何か意味があるんですか。

「亡くなったおじいちゃんが、百にぎりといって一直線の手相で、僕が縦に一本の手相なので、二つ足してみようかなと(笑)。室生寺の仏像で十字に切ったものもありますし、そういった自然の選択をしていったんです。」

・・・あ! そうなんですか。ところで画廊の空間は色々な制約があるから展示をするにも気を使われると思いますが。

「制約というのは、作品を展示するとドンドン出てきますね。自分のアトリエで作っている時は、多少なりとこの空間を考えているんですが、空間というのは幻みたなものなんですよ。実際に作品を置いてみてはじめて空間性みたいなものが出てくるんです。それを実際に今回の展示で感じました。」

・・・作品点数は五体じゃないですか、三体でも空間を制す事が出来るように感じたんです。何故五体なんですか?

「密な部分で見せれる面白さもあるんじゃないかと思ったんです。人間がいるという存在性みたいなもの。それと結構点数が多いかなと思いますが、空間が成り立っているのを目指してみようと思いました。」

・・・しっかり五体で成り立ってはいると思いますけれど。

「本当は六体なんです(笑)。」

・・・え! 何処に置くんですか。

「この子のお兄ちゃんがまだ出来ていないものですから。」

・・・ほぅ。でも部分を克明に見ると凄く良くできてますね。丸ごと人体じゃないですか。舟越さんの場合は、わざとなのでしょうけれども背中が人を語ってないですよね。棚田さんの作品は全体が人体だという、そういう語り方を感じたんです。

「先ほどの話に少し戻りますが、以前の作品から変わらなきゃと思っていて、自分に対する試練じゃないですが、絶対に逃げないで作れるかと・・・そこに行き着いた事は確かです。
だからこういう形で作ってしまうと逃げられない状態で、全部作らないと駄目な部分はありますね。勿論何か服を着ていますから、そこの所で違ったクウォリティーの形は目指せれるとは思うんですけどね。」

・・・真っ正面から向き合うのは清々しくていいですね。又違ったドーンを感じました。

「ある部分で木にも助けられていますし、作品の展開の幅が広くなりつつあるような実感はあります。」

・・・最後にこれからの展開は?

「まだどうなるかわかりませんが、大人も作りたいと思っています。まだまだ作りたいイメージが色々あるんです。これを作った事で、ひとつ自分の達成感もありますし、気持ちのなかが波打っていないというか静かな心地よさを感じます。」

ありがとうございました。

棚田さんとお話ししていて思い出したのは漱石の 『則天去私』 という言葉。漢字の通りの意味なのか、当然深い意味があるのだろうと想像しますが、何となくそういう心境なんじゃないのかと、違うかなぁ〜。
以下、大正四年の漱石の 『断片』 から引用します。
『不自然は自然には勝てないのである。技巧は天に負けるのである。策略として最も効力あるものが到底実行できないものだとすると、つまり策略は役に立たないといふ事になる。自然に任せて置くがいいといふ方針が最上だといふ事に帰着する。』

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