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ホンとに本と。 西元直子 NISHIMOTO Naoko

 待ち合わせ場所は、みなとみらい線のみなとみらい駅。
みなとみらいと銘打っているだけあって、近未来都市の中にいるよう。ここは横浜なの? と首をかしげたくなるターミナル。
何故、この場所で待ち合わせたかというと、記憶の話をしたかったから・・・ 『けもの王』 という詩集を拝見して、その中に描かれている言葉に私の過去がほんの少しダブって見えた。

 過去の記憶は追っても追っ手も蜃気楼のように霞んで手に取る事は出来ない。
このもどかしさをかいくぐるうちに。
いつしか私の記憶は雲散霧消してしまった。
だからといっていまさら記憶を取り戻したくて彼女に会うつもりは毛頭無く。
ただ、言葉からあふれるイメージに息をのみ垣間見た映像が記憶を鮮やかに蘇らせたから・・・詩人の名は西元直子さん。

 西元さんは、2002年に 『けもの王』 を出版。
今年の3月1日に巷房階段下での黒田悠子さんの個展での 『りんごとみかんが輝いている』 の一編の詩が切っ掛けでお会いする事になりました。

遠い所どうも済みません。重かったでしょう。

今日は 『けもの王』 にも掲載されている 『ことり』
(1998年に制作。この詩画集は赤塚祐二さんの版画と夫人の西元直子さんの詩の画集。手法はドライポイント・アクアチント・シルクスクリーンの併用。他は、ドライポイント主体の銅版、発行:エディション・ワークス。関連情報:http://kgs-tokyo.jp/ikeda/piece/003.html
という名の詩画集を遠路はるばる横浜まで持ってきて頂いたんです。

代赭の色が凄いですね。
あ! こんなふうになっているんですか。

テキストと絵が一枚一枚別に刷ってあるんですね。刷られた版画を二つ折りにして、綴じてはいないけれど、本のようにめくって見るようになっている。

・・・はじめに言葉があって絵をつけたんですか。

「私は以前から詩を書いていて、お互いに別々に進行する形で進めていったんです。絵とテキストが独立していますでしょ」

 ・・・なるほど。この紙の余白で文字を見ていると微妙な文字の太さや細さ、また大きさの変化があって楽しめる。遊び心が生きている感じがいいですねえ。表紙の代赭の裏側が青、グリーンに茶に、この色が変わるのには何か理由があるのでしょうか。

 「全体の物質感をすごく出したかったんです」

 ・・・確かに、見た目も、持った感じもずしっとしていて、存在感を凄く感じます。視覚と言葉のコラボレーションですね。絵は視覚から入るじゃないですか、。でも言葉は読むことでイメージを作る事が出来る。
共通項が無いようでいて在るように、異質なんだけれどお互いがお互いを補っているような・・・凄くピュアーなイメージを感じました。これを実際に拝見出来てよかったです。でも本といっても大きさが凄く大きいから持ち運びには不便ですね(笑)。

・・・今日は詩集 『けもの王』 (2200円+税) をご紹介して頂こうと思うのですが。

「これが表紙なんです」

・・・この絵を表紙に選んだ理由はなんでしょう。

「バーンと開いている花の顔が好きだから」

・・何故黄色の表紙なのかお聞きしたかったんです。

「これを私がコンビニのカラーコピー機で、・・・ピンクとか黒とか色々試したんですが、セブンイレブンのカラーコピーの黄色がきれいだったからなんです」

・・・ホントにきれい素敵ですね。出版社は何て読むんですか?

「書肆(しょし)山田といいます。本屋さんという意味らしいです。この黄色はパーと光があるような感じがあるでしょ」

・・・この本を拝見して闇が8割、光が2割、だから光が際だつのではないかと思いました。

「子供の頃、病気がちだったんです。自分が死ぬとは思わなかったけれど、結構伏せっていることが多かったので、子供の時から死とか言葉では思わないけれど、生きて呼吸していく事に言及していたというか」

・・・西元さんの詩を読んでいて凄く感じたのは、多分闇の部分がお互いの共通点かもしれないと・・・。 詩を書き始めた動機を教えて頂けますか。

 「小さい頃から本を読むのが好きで、喘息で身体が弱かった事もあって食べるように本を読んでました。自然に14-5歳くらいから詩のようなものを書くようになって、もう亡くなってしまったんですが姉に中学の頃に誉められて、それまで周りの人は誰も私の事を解ってくれないと思っていましたから凄く嬉しかったですね。
だから言葉を絵の具に見立てて自然に描くように書いています。結局言葉は絵の具と一緒。絵が駄目でも絵の具が悪いわけじゃなくて、表現している人の扱い次第。 言葉は人の身になってしまったもの・・・でも一番身近な材料だと思う。だから凄く難しい。でもそれが凄く面白い」

 ・・・ 西元さんの 『けもの王』 は記憶がキーワードのように感じたんです。西元さんの見ている世界なのに、私の記憶とダブって見える。記憶がフラッシュバックするような感じを受けました。
ただ私の記憶はあまりにも曖昧で追えば追うほど遠ざかってしまう。ですからこの作品を拝見した時に、私の見ただろう風景、空の色、空気、水などなどが目の当たりに一瞬蘇った気がして・・・今まで詩というものはレトリックなものだろうと思いこんでいましたから。私は中原中也の 『海にいるのはあれは人魚ではないのです・・・』 くらいしか知りませんからね。

「知っているじゃないですか(笑)」

・・・イメージが先行するというよりは、日常の生活がきちっと見えてないと詩でも美術でも生まれて来ないんじゃないかと思うんですよ。

「リアリティーはもの凄く大切ですね。変ないい方だけれど嘘八百書いていてもリアリティーを感じるものがあれば」

・・・この

こどくですか。
こどくである。
さびしいですの。
さびしい。
かなしいですの。
かなしいかなしい
泣く、泣く。
わめくわめく。
走りまわるあばれる。
うるさいといわれる。
息が切れたのでやめる。 (c)西元直子

という詩の最後の二行に、すごくリアリティーを感じます。

「 『うるさいといわれる』 でちょっと反抗的になって・・・

・・・それで 『息が切れたのでやめる』 ですよね。私はこれが日常だと思うんです。私もこういう子供だったから余計にそう思うというか・・・生きているというのはこういう事だと思うんです。『第八回中原中也賞』 は惜しくも受賞は逃されたかもしれないけれど、それは選考委員が年配の男性だったのが起因しているんじゃないかと思いました。
年配の男性じゃわからないんじゃないですか。ユリイカに書評として幼稚とか少女趣味だとかいわれた箇所がありましたが、西元さんは感受性が強いから子供の頃は生きるのが辛かったんじゃないのかなぁ。

「少女と思っては書いてないですね」

・・・わかるなぁ〜。私は昔小学校の同級生が皆少女に見えたんですよ。でも私は残念だけれど少女にはなれなかった。今はおばさんであることには間違いないんだけど。まあ、当時からおばさんだったのかもしれませんけどね(笑)。

「それはわかります。私もずっと女の人である事が受け入れられなかったですね。それ以前のものがあるだろうと思ってきたんです。でも年をとって別にいいやと・・・敗北とかいうのでは無くて自然に受け入れました。若い頃は化粧するのは嫌だったけれど、最近は化粧は老人の為のものだと思っています(笑)」

・・・年をとると色々見えて来て面白いけれど、小さい頃の自分の記憶があまりにも曖昧で、年をとるとどんどん忘れていくようでしまいには何もなくなるんじゃないかと。記憶っていったい何でしょうね。

 「記憶は生きているのかもしれませんね。なまものっていうか、とどまっていられないだけで、時間と空間の中で少しづつ形を変えて動いているのかもしれない。消えたみたいだけど消えていない。引き出さないだけできっと全部覚えているんですよ」

水を飲んだ。ひとりで飲んだ。そこは校舎の陰になっていて、ひんやりしていて、ひ
なたから走り込んできたわたしはきゅうに水の底にもぐったみたいで、わたしの白い
ブラウスもソックスもうす紫色になった。蛇口をひねってどんどん水をだした。手の
ひらで水を受けて息がくるしくなるまでつづけて飲んだ。つづけて飲んでいるうちに
あまく冷たく透きとおった物体はいつのまにかわたしになってゆく。顎をぬらしたま
ま頭をあげる。つぎになにをしようか。昼休みはまだはじまったばかりで、それは頭
のうえにある青いがらんどうとひとしく永遠のものだった。 (c)西元直子

「 この水を飲んだ詩は、小学校の一年生の頃なんですが、この状況は絶対忘れないぞと思ったんです。その時にとても大きな空間を感じたんです。見た空の青さやそこに自分がいるんだという瞬間を感じた。
詩を書こうとか思っていたわけではなくこれは忘れないぞと思っていたのを書いたんです。だから記憶を辿って書いた。今から思えば記憶は曖昧で全部嘘かもしれないけれどその時にそう思ったのは間違いない」

・・・そう。西元さんの詩は記憶を呼び戻す為の装置かもしれないですね。西元さんの記憶であり私の記憶であり、また誰かの記憶である見たいな。
記憶というものをもう少し幅を広げて考えると、今日待ち合わせしたみなとみらい駅は以前は海の底でした。よく 『エスかレターとかがありますよ』 というのを知らせるピンポンみたいな音がするでしょ。みなとみらい線はかもめが鳴くんです。哀愁があるというか。海の底でカモメが鳴くんですよ。

「それを聞いた時に波がザブ〜ンときたんじゃないですか。いいですね。それ」

・・・あの地下で鳴くカモメの声は凄いですよ。みなとみらい駅は今年出来たばかりなんですが、始めて降りた時に何でこんな穴を開けたんだと思いました。

「穴ですか。穴が開いたというのはピッタリですね(笑)。何て事をしたんだって思ったんでしょ(笑)」

・・・二度目に来た時は納得したんですが、最初は何で穴を開けやがったんだって(笑)本当に思いましたね。横浜は横に浜があったから横浜なんです。
桜木町の駅が明治時代の横浜駅なんですよ。明治時代に今の南太田付近から昔の三菱造船があった所まで新田開発の為に埋め立てたんです。
みなとみらい21はその後の埋め立てだから、私が通った小学校は昔の埋め立ての上にあった。その小学校で散々いじめられて、いじめられた記憶はあってもあとの記憶が何もないんですよね。同級生の名前も顔も覚えていない。

「私は高校の時の記憶が無いんですね。自分がいなかったんじゃないかと」

・・・お互い孤独でしたね(笑)。記憶は自分でも消すし、消される事もある。リアリティーが感じられないと隣にいてもいないのと同じかも知れないですから。

「いつも外れた所で見ていたような気がします。見ているのは確かですけど」

・・・ん〜。それもわかるなぁ。何故題名を『けもの王』とつけたんですか?

「種明かしをすると、獣偏に王と書いて 『狂う』 という字になるから、ちょっときちがいじみているけれど、でもこの激しい気持ちは伝えたいなって、結構ひっこし王・・・とか保険王とかいわれて(笑)。すごく安っぽかったかなって思ったんですが、あとの祭りでした(笑)」

・・・ 『ことり』 がなぜ 『けもの王』 になるのか凄く疑問だったんです。

 「けもの王という詩があるんですが、狂気だけど、う! って気合い入れてがんばろうという感じ。生き物としてへこたれない感じです」

あらゆることを受けいれる
ことができるか
すべり落ちることをおそれず
いられるだろうか
このたび
このたびごとに
あたらしく
目蓋をひきあげて
またはじめからいどみ
とれえる
疲れてはならない
憑かなければならない

可能ではないとだれが言った?

われはけものの王なり  (c)西元直子

・・・最後に本を出されて如何でした。

 「出して良かったと思います。出したあと気が抜けて、やる気が少しなくなりましたけど、今はまたがんばろうと思っています」

・・・ありがとうございました。

 現代詩どころか詩を読んだ記憶がないオサルスは、それこそ昔は詩の朗読とか大嫌いで逃げ出したくなったんですよね。
「そうですね。袋だたきにしたくなるようなものが多いですよね(笑)。」 と、西元さん。
本当にそうです。済みません。今だって多分他の現代詩は読めないんじゃないかと思います。
それで思い出したんですけど、文章も同じで長い文章を見るとそれだけで嫌だと思う事ってありますよね。これからはgadenも詩のように短い方がきっといいかもと・・・。でもな〜オサルスには10文字で世界を語るのはムリだよな〜 。

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