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オサルスのおすすめランチ ランチdeチュ その121

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おにぎり

おにぎり さとう
東京都台東区谷中3-11-12 TEL 03-3827-5556

 銀座のAPS西村画廊で拝見した町田久美さんの作品にとても不思議なぬくもりを感じて。
余白と静謐な線が、レトロとモダンを基軸に深淵を醸しだす。


[日本画二人展 町田久美/中村ケンゴ] APS西村画廊 東京都中央区銀座4-3-13 西銀座ビルB1
Phone 03-3567-3906 http://www.nishimura-gallery.com

 展覧会は終わってしまったけれど、マルキ・ド・サド の “淫蕩学校ホラー・ドラコニア少女小説集成” に挿画を描いていらっしゃるので本屋さんで会えるかも。
今日は町田久美さんにお話をお聞きしました。

 でも写真はノー、何故かといえば、以前ネットで嫌な思いをされたことがあるからと、お顔の公開はありません。
(website gadenは、いままで、ご協力いただいた方々にご迷惑をお掛けした事はありませんが、これからも最善の注意を怠らないように気をつけます)
まあ、そんなわけで町田さんのお姿は遠目にご覧下さい。

・・・多摩美術大学の日本画のご出身とお聞きしましたが、日本画を選ばれた理由を聞かせて下さい。

 油絵の具の匂いが嫌いだったんです。
受験の時は日本画は、鉛筆デッサンでしたので、それが性にあっていたというか。
でも大学に入るまで日本画の絵の具に触った事がなかったんですよ。それまでガッシュやリキテックスを使っていましたから思った通りに絵が描けていたのに、日本画は置く絵の具ですから延ばすとかは出来ないわけです。結構1年目でやめる人もいましたし、メディウムを変える人もいました。またインスタレーションに走る人もいましたね。

・・・日本画の絵の具は使いこなすのは難しいし、描き手も何故日本画の絵の具を使わなければいけないのか、そのコンセプトが見えない作品も多いですよね。私が町田さんの作品を最初に拝見したのは 2002年11月の新生堂画廊の個展なんです。あの時は色のついている作品と線の作品の両方を描いていませんでしたか。

 実は新生展(新生堂画廊が主催する公募展)に入選したのが色のついた作品だったんです。
でも個展の時にはスタイルが変わっていたので、展示を一階と地下に分けました。

・・・色から線に変わった?

 切っ掛けは全然なくて、頭の中にあまり矛盾点がなく、ああいうものが並んでいたりするですよ。線の作品を最初に描いたのは94、95年の頃ですが、色々な画廊にファイルを見てもらいましたが全滅でした。どう扱っていいかわからない。版画なのか、絵画なのかイラストレーションなのかわからないといわれて、創ったはいいけれど、どういう人に見せるか、どういう場所に行けば描く事か続けられるか悩みました。
ですから色のついた作品も、日本画なのか、絵画という大きいジャンルに入るものなのか確かめたくて、公募展に数回応募してみたんです。そうしたらどうやら日本画として認められたんですが、やっていく気があるかというと、どうにもあの感覚が駄目なんです。そうかといって線の作品は発表する場所が無い。八方ふさがりだったんですが、その時期に新生展に入選したのを幸いに、新生堂画廊のオーナーにファイルを見て頂きましたら、面白がってくださって、その後渋谷西武での個展に繋がりました。
あの時は、絵は全然売れなかったんですが、一緒に出品した招き猫が売れてしまったんです。ただ絵を描く事を第一にしたかったので、2001、2年の頃から絞り込んでいきました。それで舟越桂さんが・・・。

お待たせ致しました。海苔がパリパリのうちに召し上がって下さい。

 おにぎり さとうは、谷中銀座の中程に今年の7月に開店したばかり。
 カウンターだけのシンプルなお店だけれど清潔で 、おにぎり一筋の頑固そうなオヤジが・・・嘘うそ。まだ二十代後半の若いご主人が握っています。
彼は彫刻家の佐藤正和さんの弟さん。
脱サラしておにぎりの美味しい食べ方を徹底的に追求、“にぎりたてこそ最高である ” という結論にお店を開店。若いのに偉いなぁ。

.
どうしてお勤めを辞めておにぎり屋を開店したのかの質問に。

「何か事業をやろうと思っていたんです。自分は何が好きか、或いは何が出来るか、考えた結果ですね。直接の切っ掛けは、昔住んでいた所に美味しいおにぎり屋さんがあって、それを見て自分もやってみようと思ったんです」

 こちらのおにぎりのこだわりは。

 「おにぎりは、基本的にお米と海苔と塩のバランスが重要なんです。試して試して、試行錯誤を重ねて、自分で理想的だと思ったのでお店を出しました」
(米は富山産・茨城産コシヒカリと佐賀産ヒノヒカリをブレンド。塩はミネラルをふんだんに含んだ沖縄久留米島産。海苔は有明産(佐賀・南川副)の高級海苔を使用。水は水の特性を最大限に活かすアルカリイオン水を使用)。

 確かにお米と海苔と塩と水にもこだわりを感じます。

 値段も180円〜240円までで、リーズナブル。
オサルスは梅干し(180円)と明太子(220円)お味噌汁(150円)お漬物(30円)を注文。
にぎりたてだからあたたかい。ずしっとした大きなおにぎりをパクっと一口。お米と塩の塩梅がいいですねぇ。
海苔はパリッ、梅干しも明太子も厳選した食材を使っているから申し分なし。人の手のぬくもりが美味しさをアップするんでしょうね。おにぎりはシンプルだけど奥が深い。
谷中に行ったら是非お立ち寄り下さい。オサルスのお薦めです。

 おにぎりしかないの? というお客さんもどうぞご安心。
あくまでもおにぎりがメインだけれど、他に総菜関係も考えているとか。

 「常連のお客さんは増えたけれど、まだ平日にお客さんが安定していないんですよ」 ポロリと佐藤さん。
う〜ん。なんでも一人前になるのは大変、その分苦労も多いでしょうが、それが身になる。彫刻家のお兄さんも石彫でがんばっているから、弟さんもがんばってね。

・・・え! 済みません話が途切れて、舟越桂さんが何を・・・。

 舟越さんは、私が行っていた予備校の一般教室の講師の知り合いで、大学一年の頃に彼等のデッサン会があって、誘ってくださったんです。その当時は若かったですから、濃い面子を目の当たりにして悪夢とかも見てしまったんですよ。それで少し遠ざかっていましたが、渋谷西武の個展の案内をお送りしましたら、“なんだ町田、こんな絵を描いていたのか” といいながら来てくださったんです。
その後、翌年の3月に “個展をやらないか” と電話を頂きまして、ちょうど舟越さんが、北村ギャラリーで年に何人かキュレーションをされていたので選ばれたんです。その時に板津リトグラフィックさん (作家とのコラボレーションを基本とするオリジナル・リトグラフ版画工房) と知り合いまして、その時作った作品が今年MoMAに買って頂いたものなんです。

・・・MoMAってあのMoMAですか?

 吉祥寺の焼鳥屋でMoMAに提出する書類を書いていたんです。MoMAの方もまさか焼鳥屋で書いていたとは思わないでしょうね(笑)。

・・・凄いじゃないですか。

 私の展示歴は人の縁に支えられているというか。2000年の gallery acwitteveen (アムステルダム/オランダ)での展示も、公的な機関からのオファーでは無く。オランダのフリーのジャーナリストが、私のDMを画廊に持ち込んで下さった事から実現した経緯があるんです。
2002年の Gallery Station (フランクフルト/ドイツ)の時も、ドイツのメル友がフランクフルト大学の日本コレクション展にボランティア参加をしていまして、その友達に送ったDMをギャラリーに持ち込んでくれたんです。
今回の西村画廊の二人展でも。北村画廊に来られたある美術愛好者から、DMを西村画廊に持って行ってみればと勧められて持っていきましたら見に来て下さって、その後連絡を頂きまして展覧会が出来る運びになりました。

・・・まだ線の作品を描かれた切っ掛けを、お聞きしていなかったですね。

 突然 “福助” が描きたくなったんです。“福助” は畸形児の神様ですよね。普通なら隠されてしまうじゃないですか。それなのに “福助” は崇拝の目で市民権を得て、神様みたいに崇められているその感覚がたいへん好きなんです。当時は縁起物とかが好きでしたから、張り子の犬とか、家にあるそういうものを漠然と描いていました。その時に何故線を選んだかという理由は無かったんです。

・・・以前李禹煥が、線を引くのも、その時の微妙な心の揺れを反映している。“絵は身体の行為として出来上がっている” というのを読んだ事があります。身体で引いた線は印刷した線と違い、薄い部分や濃い部分があって均一には描けない。それが逆に空間性や広がりを生む。私は町田さんが、そういう部分で線を使われているのかと思っていました。

 何枚か描いていく内に自問自答がはじまって、線に移行して考えるようになりました。線が出てきた時は、なんとなく自然な感じだったんです。

・・・なるほど。実は私の大学時代の友人が晩年 “線の仕事” をしていたんです。亡くなる前に描かれた女の子の作品は、一本の線をもの凄い時間をかけて引いていく。それが線に魂を込めているように見えたんです。その刷り込みがあったからなのか、町田さんの作品が、それにダブって見えたというか、自分で勝手に物語りを作ってしまったのかもしれませんね。

 線を描く時は、時期によって違うんですよ。描く意味が年々変わってくると線に対する意味合いが変わってきて、それこそ自分のダークな部分を全部込めるような・・・描いている時は、力を入れすぎて指が潰れそうなんです。そうやって描いていると、切なくて悲しくて泣きながら描いていたり、悔しかった事を描いていたりとか、非情にネガティブな部分ばかりだから、線で描きながらみちみちと、そういう気持ちを塗り込めているんです。

・・・ほぅ。

 私の作品は、四つ足とか哺乳類のようなものだとか生き物ばかりを描いているのですが、カテゴリーには分類しないで、その属性である性別とか年齢を取ってしまって、例えばスカートを履かせれば女の子になるとかいうような、社会的な意味合いの装置をペタペタ貼り付けて作品になっていく。初期の段階ではまだ色面は入ってきません。特に日本画の場合は、色の偶然性が左右しますよね。そういうものにはたよれないんです。
昔学生時代に、松尾敏男先生から “そのものにはそのもののきれいな形がある。どうしてそれが見えないんだ。一本の線で葉っぱを描いても、葉っぱの裏表が表せられる。一本の線で蝶々が飛ぶような空間が出来るんだよ。なんでそれが見いだせないんでしょうね” と、当時は学生達も向上心に燃えてますから、新しいものを尊ぶ風潮の作品が多かったんです。それを見ながら悲しげな顔で話された事が印象に残っているんです。

・・・西村画廊の個展の作品を拝見していて、あの異様なキャラクター(すみません)、異形の相から感じられる暖かな闇が見えたような気がしたんです。その闇は自分が知っている闇でもあり、自分が抜け出したい闇でもある。今から思うとだから惹かれたのかもしれないと・・・。

 自分が好む世界は、自分が描くと嘘なものになるんです。異様なものという表現は、あのシリーズにはよくある事なんです。意図してそういうものを描いているわけではなくてそうなってしまう。二十代の学生の頃、あなたはこれが好きでしょうと、作家の名前をいくつか挙げられた事があるんですが、それが結構血みどろとかそっち系の人ばかりで、私はそこに属したくて描いているわけではないし、嫌いではないけれども、傾倒しているわけではない。描くとそうなってしまうんです。むしろ自分の好みとしては違うものが好きだったりするんですよね。

・・・例えば?

 版画家の清宮質文さんの描いたものや、話されている事が好きなんです。
彼が自分の作品について語った言葉に “自分のなかにはお化けがいて、そのお化けを引っ張り出して皆に可愛がってもらいたいと、思っているのが絵描きなんだ” というのがあるんです
清宮さんは感性の塊のような方で、私の絵は全然対局にあるんですが、彼の“自分の描きたい理想があって、そこに向かって自分は精進していくんだ”という考え方が好きなんです。自分もそうなりたいのはやまやまなんですが、それを描くと嘘になってしまうので描けない。そうするとああいう絵になっていくんです。

 まあ、自分のなかを顧みれば確かにそういう部分はあるんですけどね。
育って来た環境を思えば、校則でも何でも枠がいっぱいあって、昔は先生には逆らってはいけない、こうあるべきだという枠があったじゃないですか。今は自由が一番という感じですけど、自分にとっては多少足枷があったり不自由な方が自然なんです。

 例えばペナルティーを持って描くというか、線を引くというのはそれに近いんですよ。最初からのびのびと自由に心のままに描ければいいですが、それは出来る人に任せればいい。

 よく友達からいわれるんです。
何故苦行僧のような描き方になるのかと、自分でも指も潰れそうだし、目も潰れそうだし、歯を食いしばるのでマウスピ−スを噛みながら、何故身体がこんなに痛い思いをして描いているんだろうって思うんです。でもまだ続いているところをみると、それが自分のなかのものを外に出すのに、すっきりした通り道になるらしいんです。
色をのせるのも自分の心を出す為の方法ではあるんですが、何処までも続いていく無限感は精神的に自由な方にお任せして、自分は穴のなかで空気の底で、描きつづけるというか・・・。

・・・・・・。

 私自体がネガティブで、かなり真っ黒な人間なんです。それなのに何故人間を描いているんだろうと思います。決して人は嫌いじゃないし、むしろ好きなんですけど、何故かねじれたような構図になってしまう。毎日朝起きた時に、人間関係をリセットしなければ駄目なんです。毎日同じではないから一から始めないと。だから線を描く行為を塗り込めていくと、色々な意味で精神安定剤になっているんですよ。
今ビルの12階に住んでいるんですが、雲しか見えないんです。
昼間にカリカリカリカリ描いていると、何となく口には出さなくても、色んな事を反芻して反芻して反芻して、そうするとむくむくと絵が出来上がってくる感じ、気色悪いなと思いながら描いてはいるんです。
きれいなもので埋まればいいのですが、黒い物ばかり入っているような気がします。瞬発的悲鳴に近いのかもしれませんね。それにあせるわけではないけれど、ベストで描ける時期は限られていますから、目も手の筆圧も劣れえてきますからね。
今は強迫観念のように描かなければと思っているんです。

・・・・そうですか。では最後にこれからの予定をお聞かせ下さい。

 来年のVOCA展とニューヨークの画廊で小品展とグループ展、西村画廊さんでの個展を予定しています。

・・・それは良かったですね。・・・点がつながれば線になるし、とにかくがんばって下さい。
どうもありがとうございました。

 町田さんとお話していて、久しぶりに日本画の絵描きさんらしい方にお会いしたように思いました。とても神経が鋭敏な方なので、それだけ傷つきやすいのでしょうね。

 余談ですが、脳の中では創造性は感情のシステムと結びついているらしいんです。社会に適応するのが上手くいかなかったり、やりきれない悩みを抱えた人でないと創造的にはなれないと以前読んだ本に書いてあったのを思い出しました。
 そういえばある画廊のオーナーが、
「昔の作家は破滅型の人がいたけれど、今はいないねぇ。皆適度に絵を描いているから面白くないのかなぁ」
と言っていましたっけ、そういう意味ではオサルスにも創造者の資格があるような・・・喜ぶべきか悲しむべきか悩むねぇ。

町田久美 関連情報 2002.11

[日本画二人展 町田久美/中村ケンゴ] APS西村画廊 東京都中央区銀座4-3-13 西銀座ビルB1
Phone 03-3567-3906 http://www.nishimura-gallery.com (c) KUMI MACHIDA

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