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オサルスのおすすめランチ ランチdeチュ その125

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コロッケ蕎麦 950円

そば所 よし田
東京都中央区銀座7-7-8 TEL03-3571-0526

「DUBというジャンルの音楽を御存じですか。今度パフォーマンスをする予定なんです」

・・・どんなパフォーマンスなんですか?

 「以前、建畠晢先生(詩人)と、『空層の散文』 や 『ロゴス』 というタイトルのコラボレーションをしました。それは散文詩の詩のスタイルなんですが、私が思うに、一言一言の響きが暴力的な言葉を羅列し、文章のセンテンスとしては意味が全く通らないようなもの。
いわゆる普通の詩のリズムを外した形で並べる事で、完成させるようなスタイルなんです。でも全体としては、ひとつの動きやリズムがある。すっと入って来ないので戸惑いを感じるものだけれど、そのリズムが見えて来ると、その世界観が立ち上がって来る形の散文詩なんです。ただ文章の意味は通らない。通らないのに関わらず全体の言葉の羅列具合から、何かひとつのメッセージやある種の意味を受け取ってしまう。私はそう感じました。
言葉には、言葉が持つ意味合いとか方向性がありますよね。それを利用していると思うのですが、その詩の内容よりも、その成り立ち方が、私の考える日本の絵画の在り方に 通じるところがあると思っているんです。私は、『絵画』の定義自体と『日本の絵画』の関係に考えるところがあったうえでいっているので、ここでいう『日本の絵画』は日本の美術、美学といった方が、今は誤解がないかもしれません。
強い中心点みたいなものがあって成り立っている視点のあり方とは違うスタイル。私達には馴染んでいるけれど、いまだ西洋から持ち込まれた規範では名指しにくい、名指せていないリズムであるとか。名指しにくい絵画のあり方。
西洋のスタイルとは違うあり方があるという実感とリサーチの実績のなかで、その表出をずっと模索してきていますから私は別のものであると知っているけれど、そのあり方は先入観の前では見えにくいものなんです。
だから、私のその考え方を見せるのに、作家のとる方法として、それを全く違う詩と絵画というジャンルで、しかも同じシステムを持っていると思うものとで、お互いに名指し合うパフォーマンスとして成立させてもらったんです。

これを音楽でも出来るのではないかと思っています。DUBミュージックは元々はジャマイカから発する音楽なんです。日本に入って来て、こだま和文さんが完成させた時に、散文詩的というか、私の考える日本の絵画の構造に近しい成り立ち方で成立しているので、以前の建畠晢先生とのコラボと同じような形で、違うジャンルでありながら同じひとつの構造、日本の視点の構造を名指す事が出来るのではないかと。
いわゆる起承転結があるような音楽ではないんです。ある種ふすま絵のような始まりと終わりを持っているように感じたので・・・」

・・・これコロッケじゃないよ。つくねみたいなものだ。

ちょっと待って、何がなんだか見えないよ〜。これでは誰と何処で何を話しているのかわからないですよね。
 今日は只今東京画廊(東京都中央区銀座8-10-5 第4秀和ビル7F 03-3571-1808 http://www.tokyo- gallery.com/)で開催中(2004/10/7ー11/2)の吉田暁子展(にっぽんの画 様式の愉悦)にスポットを当てながら、吉田さんとお蕎麦を食べる “お薦めランチ”。
こちらの “そば所 よし田” をお薦め頂いた方は、東京画廊のオーナー山本豊津さん。東京画廊は昭和25年に設立の老舗画廊。
よし田のお薦めの理由をお聞きすると。

 「僕が小さい時から食べに行っているお蕎麦屋さん。それに銀座の旦那衆が昔から、あそこで蕎麦を食べるんですよ。さしずめこれからの季節は鴨鍋で一杯やって、締めでせいろを食べるかな。昨今は蕎麦に、通ぶって、がちゃがちゃうるさい事をいう人が多いけど、元々蕎麦はファーストフード。江戸っ子としては気軽に食べにいって、お酒を飲みながら、ちょっととつまみも食べる。そんなカジュアルな感覚なんだよね。今銀座で我々が日本料理と思っている料理は、関西からきたもの。高級なコースメニューの関西割烹が銀座を席捲してしまったんだよ。
江戸の料理は、うなぎ、天ぷら、寿司、仕込みをきちんとしておいて、さっと食べる。これが江戸流。
ひとつ裏情報を教えとくよ。あそこは卵丼が美味しいんだよね。とろ〜としていて・・・」

・・・え! 先に言ってくれないと。もうお蕎麦を頼んじゃいました。

お待たせしました。

本当にファーストフードですね。とても早い。オサルスが注文したのはコロッケ蕎麦(950円)
でもこれ一般的なコロッケじゃない。つくねを揚げたものだ。
コロッケという洋風の食べ物を考えていたら、がんもどきというか “つくね” みたいな和のコロッケが出てきて、あまりにイメージが違うので驚いたんです。

 それはさておき1885(明治18)年の創業当時からあるコロッケ蕎麦は、昔ながらの作り方。(こちらのお薦めメニューらしい)鳥の挽肉にやまいもと卵を混ぜ合わせて揚げたもの。コロッケの歴史は、明治中期の鹿鳴館で登場した洋風揚げ物料理の一つとか、フランスの運動用具・クロケット(croquette)がなまったものとか諸説様々。でも明治5年に、料理の本に紹介されたのが初めてのようなので、よし田の創業者もそれを見ながら見よう見まねで作ったのかなぁ。

言葉にはイメージを指し示す力があるけど、指し示すものと指し示されるものとの同一性の支えがないと、コミュニケーションは成り立たないんだね。

でもネギが沢山入っていて、ネギ好きのオサルスには嬉しい。蕎麦も汁も昔風で伝統を重んじて受け継がれてきた味。コロッケと思わずに “つくね揚げ蕎麦” として食べれば違和感なし。

・・・コロッケひとつとっても、意味が違ってくるから、言葉は難しいですね。語源を遡っていくと意味がよくわからなくなりませんか。そういえば漢字の語源について、以前養老猛司さんが “今の漢字の古い形は、実は具象的なアイコンだ。魚も昔は魚の形をしていた” と言っているのを読んだ事があるのを思い出しました。

「例えば魚という漢字は、魚に似せているんだよと、言ってしまったらありがちなコンセプチュアルアートの成り立ち方。それはカラクリを証しているだけであって、実感としての体験では無いわけです。アーティストがそれを表現するのであれば、私たちはこういうものを見て、こういう見え方を言語に置き換えるような、そういう民族なんだというところまで掘り下げて、見る側に一瞬にしてそれを体験させる事が出来なければそのルーツを遡る事の意味に未来は無いと思うんです。
私たちがこういうパターンを持った民族なんだとわかればいまが読める、いまの中にある不明が顕在化する、点が線になる。つまりその先があるわけです。“今ここにあるもの”をそういう視点で見ていけば、別の角度を持つ事が出来るのではなかと思うわけです」

・・・別の角度から見るという事は、今までの視点とは、ずれが出てきますよね。

「本当の意味での日本の絵画を考えるとカテゴリーの定義さえもずれると考えて、このような形に飾られている作品の少々の違和感が、とても重要なんです」

・・・そうすると今回のテーマである “にっぽんの画 様式の愉悦” というのは?

「様式美というのは、日本の現代美術がもっとも嫌悪して現代美術っぽくなろうとして捨ててきたものじゃないですか。 このへんは98年に出した個展リーフレットにも書いていますが。

私が様式という言葉をあえて使ったのは、むしろ本来の様式の意味ではなく通常私たちが使う否定的な意味での様式なんです。とてもシニカルに聞こえてしまうかもしれませんが様式というものは、例えば二人いればすでに生じてしまうものです。しかもいわゆる日本の現代美術とよばれているものは、そもそも輸入から始まってますから根っこの無いもの。
こういう風に描けば現代美術っぽく見える。こういう風に描けば現代美術のカテゴリーの中に入るという様式なんです。その “ぽさ” とは何なのかと突き詰めていくと、単に図柄の事をいっているのか、感覚的なセンスを曖昧に名指しているだけなのか。いったい皆なにを目指しているのかがわからない。それは本当にファインアートなのかというところまで、20代の初め頃は思いつめました」

・・・なるほど。

 「改めて古来の日本の絵画を考えてみると、いま使われる意味での絵画というカテゴリー、大きく捉えれば美術というカテゴリーも無いわけですから、私の考える日本の絵画という方向性は、そのまま日本の見ること、見えることの差異を語ることになる、、日本の美術そのものを捉え直すことになる。私のみている過去、私の見ようとしているこの道の方向性は今の日本にはまだ表出されてい無いんだという事に気がついたんです。
カテゴライズする事が自然の流れでは無かったのだとしたら、私はそれをそのまま受け取とって考えたいと思ったので、私のとってきた媒体は、パフォーマンスであったりとか、結果的に表現形式が多岐に渡りました。
私のやっている事は、柔らかで微妙です。奇抜ではなく、わかりにくいだけに、この前人未踏の道にチャレンジするには厳しい道になるかもしれません」

・・・その言葉を聞いて、多摩美術大学の卒業制作から拝見させて頂いていますが、今回の個展でやっと一環した流れが見えたような気がします。ただ、初個展は卒制とのギャップを感じたので勇み足のような感じを受けたというか。

「あの展覧会は、皆にわかってもらえなかった。私はいつでもやっている事が同じだけれど、私の見えているものを、そのまま出しても場の状況によっては全くわかってもらえないという事を、あの時に学んだので世阿弥の “風姿花伝” の中でいわれている “時に用ゆるをもて花と知るべし” を戒めに、そして誰にでもわかるように咲かなければいけないという」

・・・誰にでもですか。

「誰にでもといっても、世阿弥は大衆に迎合するのでも、独りよがりになってもいけないといっています。穿ったいい方をすれば、寺山修司が山奥でペニシリンを発見してもしょうがないという事をいっていたんですが、そういう話だという気もするんです。
でも私が特効薬を持っているとは思っていない。それは私自身が見たいと思って歩いている歩き方の話だから、もしかすると歩み方の作法かもしれない。私が見たいのは、本当にそれがあり得るのかどうかですから、あり得るのであれば、そこには二重の意味があって、それが存在出来るのか、延長出来るのか。また実際に経済的な評価基準という意味を含めて価値基準を樹立できるのかなんです。
ただそれが難しいのは人によって “見る事と見える事と” の違いがあるから、それを明らかにしていくには、わかりやすく言葉にしていかなければ残りにくいという問題があるからです。

例えば日本の文化は欄間でもふすまでも、床の間の掛け軸や巻物でも、西洋の額縁の向こうに見える世界としてでは無く、自然に建築の中に溶け込みながら必ず人の動作が入って来て出来上がっている。それを最初から考慮して出来ている文化なんです。
ですから西洋の美術の成り立ちと違って、本当に社会と作品を純粋に区別出来るのかといえば出来ないかもしれない。最初から混じった複雑な存在なんだと。そういう風に考えていくと自然に “見る事と見える事と” の違いを考えざるを得ないですよね。だから日本はそういう民族性を持ちながら西洋のスタイルできてしまっているから、絵を描く技術以外の事について作家が語り出すのは、ある意味特殊な事として考える傾向があるようです。
ただ日本の美術界の体質として作家が言葉を使いだすと、ちょっと微妙な事になる場合が多いから、私はあらゆる意味で地図の無い道をいかねばならない事を自覚しています」

・・・私がわからない事は、その人に直に聞きたいので話してもらいたいと思います。
だからインタビューも作家が7割近くを占めてます。だって感性は100人いれば100通りあるし、見えているものは全然違うものだし、その人でなければわからないと思っているから。作品はその作家の世界の捉え方だと思うのです。

 「日本の現代美術のおおもとの輸入先である発祥の地? 欧米では、言葉が郵便システムにしかすぎないという事がわかっているからディベートみたいなものを徹底的にプログラムして教えるシステムがあるけれど、日本では美術において言葉が単なる記号だという事が理解されていない。例えば批評家が、ある種の哲学を文章で表現している。作家も絵を描く技術で自分の哲学を表現している。その時に、その哲学を言葉という郵便システムでやりとりしなければ、そこの世界では共通言語は発生できないわけだから、やりとり出来なくなってしまう。
批評家が何をいっても作家は理解出来なくなってしまうわけです。それが問題だと思ったので98年に BALLOON TUBE PROJECT を立ち上げましたが大した効果はなかったんですよ。
言葉というのは作品と言説的なものの間にある道具であって、それは誰もが持たなければいけないものなんですよね。“美術は言葉で表現できないものを表現しているんでしょ” とよくいわれますけど、それは皆同じで、言葉を使っている人達が自分の考えている事を言葉で全部表現できるかといえば、表現できないわけです。
言葉は内なる意味、イメージを仮に定義するもの。
作品もそうです。だからこそ、そこを押して具体性を持ってつくること、語ることに力があるわけだし、もちろん、やり取りする共通言語は持って当たり前なんですよ。こんな基本的なことを声高にいわなければいけない日本の現状も、若い世代はもう違う常識で動いている。そういう世代が出てきてどんなにほっとしたことか。私は、ここ5、6年で日本のそういう部分は変わるような気がします。

いままでのことでいうと、日本には昔から徒弟制度があり、職人的な形で明治時代以降の美術を、その入れ物に入れて作ってきたから、作家というものは何が必要かという理解が遅れたと思うんです。それは純粋に社会的な問題かもしれないけれど、ただそうする事によって批評基準が出来上がって来なかったり、日本の現代美術の芯があるのかどうかという根本的な問題まで波及してきているから放っておける問題ではないと思うんです。私は自分の責任において、自分の為だけの戦法にはしたくないと思っているので、地に足をつけた状態で確実に出来る事をやっていこうと。

私の制作に関していえば、その土地にある自然なものの見方に支えられながら、アートの有り様であるとか、それを取り巻く社会状況であるとか、その技術の研鑽において、どういう風な質が成立していくのかとか、あるいはその技術の研鑽においてどういう風に肉体や精神が絡んでいくのか、もしくは今上げた以外のものまで、全て精進するようにはしていますが、勿論私一人でも出来るけれど、それでは点になってしまう。
今までにも、その時点でそういう人は、沢山いたと思うんです。でも村上華岳の描いたものや高松次郎のやった事を伝える共通定義が、我々日本人の中に育ってないが為に線になって来なかった。だから今見えていない水脈みたいなものを掘り起こしていかなければいけないんじゃないかと、自分の制作だけで満足していていいのかと思ったりするんですよね」

・・・・・・確かに美術は単純にこれがよくて、これが悪いとか。何かを基準にして比べる事は可笑しいと思います。皆違って当たり前だと思うんだけど。ただ私は批評家が書いている文章が難しくて読めないから、読んでいないので話しに加わる前提が崩れてしまうけれど、批評の視点が世界の観察者のような目線で、ずっと上から見下ろして言葉を発しているような気はしますね。

「私たちは正しさを主張したいわけではないんです。
これが正しいといわれてしまっては、そこで止まってしまう。常に揺れていて、常に違うんだと、常に少しづつ補正していきながら、その歪さを自覚していく事なんだという行為を捉えて、やっと少しづつ歩んでいける。評価基準に絶対的な正しさをいっているわけでは無くて、私たちは常に揺れているんだという事を、どれだけ私たちが自覚できるかという話なんですよ」

・・・なるほど。

 「要するにこういう形で、敢えて説明を試みなければいけないほど、批評という言葉自体の意味が絶対的なジャッジなんだと、間違った形で捉えられているんです。私たちは歪でしかありえない。それを毎日正していこう。正していく行為なんですよという事を、共通の認識として持てるかという事が重要なんであって、それがある種のクライテリアになると思うんです。
それが正しいか正しくないとかいい悪いで判断してしまうと、個人の印象批評の世界で終わってしまう。私たちが世界を線として繋げて、文化として、或いは経済的、社会的に関わられるようにしていきたいのであれば、ある種のそういった共通認識を持つ為の言葉を持たなければいけない。
ただ、それを深く切望する時に、作品がそれを得る為の戦術のようになってしまったら、それは違う話、でもそうまでして先人の作家達が発言権を持とうとしなければならなかった悲しみはわかります。ただそれはズレを固定してしまう事、見えないものは見えないままに、しかし、見えるように努力するような形を保つ事が必要だと思います。
それには腕力や体力がいるし、常に緊張していなくてはいけない。非情に困難だから、皆何処に着地したくなるだろうなと思うんですけどね。言葉はこれはこうだといった方が楽なんですよ。いわれた方もその方が楽ですから、ただ美術にとって、その行為は最初に壁を立てて部屋を限定してしまう事だから、避けなければいけないんです。
井戸は深く掘らねばいけないけれど、井戸に辿り着く道はお互いに確認しあう必要はあると思うんですよ」

・・・まあ、ことわざに “井のなかの蛙、大海を知らず。されど、空の高さを知る” という事もあるからね。

「井戸を深く掘るのが仕事の人は考える時間が無いかのように、まわりは思ってしまいがちなんだけど、でも自分で井戸を5メートル掘っても、隣に100メートルの井戸を掘った人がいてもわからない、道をつける事で、お互いに研鑽しあう事ができるんです。5メートルの井戸が精一杯の人はそれでもいいけれど、もしそこに道をつけてくれる人がいないのであれば・・・」

・・・自分達でつけるという事ですね。

「井戸を深く掘るというのは、自分の生き様として当たり前の事だから、井戸のある荒野がいかほどのものか。その地平線を私は見たいと思います」

・・・ありがとうございました。

10 年ほど前に、吉田さんの作品を拝見して、やっと私なりに彼女が何をしたかったのか、少しだけ見えたような気がします。吉田さんは20歳前後から、自分のプロセスを確認しながら作品を発表してきたという事ですが、ビジョンが見えるというのは凄い事ですよね。オサルスがネットを始めた頃は、何故これをしなければいけないのか、いつも自分に問いかけていたような時期が随分続いたんです。1995年に立ち上げてから今年で9年目。まだまだ道は遠い彼方。えんやこらと今日も舟を漕ぎます。

吉田暁子 にっぽんの画 様式の愉悦
2004/10/7ー11/2 11:00-19:00

東京画廊 東京都中央区銀座8-10-5 第4秀和ビル7F Phone 03-3571-1808
http://www.tokyo-gallery.com/

吉田暁子 関連情報 2001.6 2000.4

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