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オサルスのおすすめランチ ランチdeチュ その126

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すずきのポアレのセット 1600円

川村記念美術館内レストラン ベルヴェデーレ
千葉県佐倉市坂戸631
TEL043-498-2672(代表)
http://www.dic.co.jp/museum/

 展覧会の担当学芸員の方にお話をお聞きする第二弾は、ロバート・ライマン -至福の絵画- 展(2004. 7/10 - 10/24)
この展覧会は、凄く良かったとの情報をキャッチ。何がどう良かったのか実際に行って見る事に。
しかし、佐倉は遠いですねぇ。ネットで路線と時間を確認。電車を利用する方はJR 佐倉駅での送迎バスの発着時間を確認するのは必須事項ですよ。

 のどかな秋の田園風景を眺めながらバスに揺られて20分。
昨日の台風が去って青空が・・・昔は気持ちがいい青空が広がったものだけど、今年は異常気象なのか、冷たい雨、湖水に浮かぶ白鳥もどことなく寒そうです。

 川村記念美術館は、大日本インキ化学工業株式会社が関連会社と共に収集した美術品を公開するために1990年5月に開館。「作品」、「建物」、「自然」 の三要素の調和をモットーとする美術館です。
9万坪の敷地内には、アヒルや白鳥が泳ぐ大きな池、雑木林、庭園、運動場などが点在。四季の花を間近に観察しながら散策するのも楽しそう。美術館のしおりの花こよみには、 10月ホトトギス・栗・キノコと書いてありました。そこでホトトギスをパチリ、あ! ぼけちゃった。

 今日は、川村記念美術館、ロバート・ライマン展担当の林さんにお話をお聞きしました。

・・・凄く空間を意識している展覧会ですね。展示空間がひとつの作品のように感じました。今回のライマン展の切っ掛けを教えて下さいますか。

 1990年に川村記念美術館は開館しましたが、開館した翌年に “アシスタント” という作品を購入したんです。そういう縁もあって90年代の初めに、スイスのシャッフハウゼンにある現代美術館を見に行きました。そこはミニマルな作家の作品やボイスなどをワンフロアーにひとりといった具合に、とても贅沢に展示してある美術館なんです。
ライマンの作品も40点以上所蔵していて、いくつかの連続する空間に展示されていました。私もまとめて見たのは、そこが初めてなんです。それまでは、当館に一点しかなかったですし、他の美術館に行っても、せいぜい2、3点くらいしか見られずにいたので、少ない点数ではこの作家を理解するのは難しいかもしれないと気づきました。

・・・そうですね。一点だけ見ても、目が不安になるというか。

 一点だと不安だとおっしゃられましたが、私は逆にシャッフハウゼンでたくさんの点数を一挙に見る事で、ここまで充溢した、満ち足りた空間が出来るんだとプラスの方に感じていたんです。
ライマン作品は、数十点展示して空間を満たして初めて、きちんと人に伝わるのだと、こうして自分自身で実感出来たので、いずれ個展を開催すべきだと考えるようになったわけです。
その後、たまたま2000年の冬にゲルハルト・リヒターの “アトラス”展の準備のため、ミュンヘンのレンバッハ・ハウスンで作品の調査をしていた時、偶然、すぐ近くのハウス・デア・クンストでライマン展が開催されるのを耳にし、作家に会いに行きました。そこで“いずれぜひ展覧会をやらせていただきたい”と申し出たところ、“それでは、ニューヨークのペースウィルデンスタイン画廊に連絡して下さい” と、少しびっくりした面もちで答えてくださいました。そこから展覧会が始動し始めたんです。

・・・そうすると展示は。

 私は、スイスのシャッフハウゼンの展示の記憶があまりにも鮮烈だったので、最初からライマン自身による展示しか、考えていませんでした。ライマンにディレクションしてもらって空間を創るという事が、展覧会のある種条件というか、構成要素のひとつだったんですよ。

・・・作品の選定はどうだったんでしょうか。

 リストを作るのは私の仕事でした。
ライマンがクロノロジカルに、つまり古い作品から新しい作品を順番に並べるだろうなどとは全く考えていませんでしたが、一方では、今回初めて日本で本格的に紹介する個展ですから、ライマンの仕事はある程度通覧できるようにと、ライマンやペースウィルデンスタイン画廊のディレクターのスーザン・ダンさんと相談を重ねながら、予算枠内で最終的に調整しました。本当にこのお二人の協力無くては実現しなかった展覧会です。

・・・音声ガイドの中で、ライマンが “若い時に描いたタッチは二度と出来ない” と語っているように、今回の展示も二度と出来ない展示ではないかと思いました。展覧会は足を運ばないとわからないですから。
今まで音声ガイドは一度も借りた事が無かったんですが、今回はライマンのコメントを聞けるというので借りたんです。やはり描いた作家が自分の絵について語るというのはきめ細かな対応で、いいですよね。あの翻訳した声は林さんですか?

そうです。私です(笑)。

・・・作家自身のコメントが聞けるという試みは始めてのような気がしますが。でも最初にざっと見て自分の感覚をまとめてから、音声ガイドを聞いた方がよかったかなとは思いました。

 ライマン自身が言葉を選んで語る事が出来る作家だから、上手くいったのではないでしょうか。難しい言葉を使われないし、作家本人の言葉だから説得力がある。
それだけが真実とは思いませんが、自分の制作方法というか、作品の出来上がっていくさまやその意味をきちんと理解しているのは本人しかいないので、それについて語ってもらう事の重要性を感じていました。
つまり、あの音声ガイドの内容は、ライマンが案内するライマン展なんですね。
ただ作家本人の言葉というのは印象として強いので、一度聞いてしまうと、どうしても自分の見方が抑制されてしまうというのは無きにしもあらずで・・・でも、これは作家の見方で、それとは別に自分の見方を深めて頂ければありがたいかなと思います。

・・・作家に話してもらうのは重要な事だと思います。いくら見てもわからない事はありますからね。

特にライマンの作品はわからないですね。凄く微妙な質感を扱っているので、実際に見て頂かないとお伝えしづらいです。

お待たせしました。
すずきのポアレのセット(パンorライス スープ付き1600円)でございます。

「こちらはお客さんとご一緒したり、週末に社員食堂がお休みの時に来るんですよ」 と林さん。

“庭園を眺めながらお食事を” のコピーの通り、ローケーションがいいですね。
すずきのポアレは、アスパラガスにマッシュルーム、トマトに三つ葉、野菜が豊富で、オマケにすずきの骨が取ってあるので食べやすい。和風のドレッシングの酸味がきいていて、生臭くなくて美味しい。展覧会を見た後で余韻を楽しみながら食べる食事はvery good.

 暖かくて冷たい不思議な感じでしょ。そういえばライマンが来日した時に、食事も日本の文化だという事で色々な場所にお連れしたんですよ。非情に健啖家でいらして、何でも積極的に召し上がるんです。
面白かったのは懐石を食べに行った時に、大抵外国の方は盛りつけがきれいとか、調理方がきれいとか、器がきれいとか誉めるんですが、ライマンは、“面白いね。日本料理は、カリッとしたものの側に、フワッとしたものがある。暖かいものの側に、冷めたものがある。それが組み合わされているんだね” とポロッとつぶやかれたんです。食べ物の質感を口に出して、面白いといった外国の方は初めてだったので、この作家は徹頭徹尾質感に拘っているんだなと思いました。

・・・面白いエピソードですね。
梱包をといて、展示をしている風景がビデオでながされていましたが、美術館の裏の作業が見られて面白いですね。 “作品がそこに自分の居場所を見つけて、そこじゃなければならないようにした”。と音声ガイドで聞きましたが、最初に何を展示されたんでしょうか。

 最初に展示場所を決めたのはグッゲンハイム美術館所蔵の12点組の作品です。あれは場所をとりますから、まずこれから決めようと、作品と同じ大きさの板段ボールを切って12枚を色々な場所に並べてみたところ、“やはり一列に並べたいので、この壁面しかないね”という事で決まったんです。あの作品が決まりましたので引き続き、広い方の部屋に飾るサイズの大きな作品を決めていきました。
それぞれの作品の場所をライマンと相談しながら決めていったんですが、“これはどこに展示しましょうか” とたずねると、彼はにこにこ笑いながら、“自分が作品の置き場所を決めるというよりも、作品というのはそれぞれ一番ふさわしい場所にきたら、ここがいいと作品が教えてくれる。そういう作品の声に耳を傾ける。それが僕の仕事です。自分は作家で、これを創った本人だからその声は比較的聞こえやすい。一番その作品にふさわしい場所に来ると、ここがいいという信号を発するのでわかる。ふさわしく無い場所だと、ぐずぐず作品がいっているんだ。不思議なんだけれどね”といっていました。

・・・私は今まで作品は、その作家の世界の捉え方だとずっと思っていたんですが、ライマンの作品には、作家と作品の一定の距離を感じたというか、作品と作家が対話するのを実感したというか・・・作品に人格があるわけではないんだけれど、きちっと意識をもった別の存在なんだと・・・これは新鮮な驚きでした。

 面白いご意見だと思います。ライマンの制作しているものはオブジェクトなんですよね。ここに存在している物としてのオブジェクトなんです。ある画面があって、その中を私たちがのぞき込むタイプの絵ではありませんから、そういう意味で画家の視線がそこに反映されているわけではなくて、物としての物質感がある。
ライマンはプロダクトを創る人。出来上がったプロダクトとして外に出てしまっているから、画家の視線はもうそこでは無くなってしまっているんです。
ただ二つを繋ぎとめているのは、私はセンシビリティーだと思うんですよ。いかにここに在る物の質感を、自分が細かく感じとれるか、自分が感じとった細かい素材の質感や絵の具の塗りの違いなどを、どれだけここに反映させられるか、その部分では繋がっているんですけど、視点の部分、見方の部分ではかなり違ってますよね。
私見ですけれど、やはり彼が元々音楽家を目指していた事とも関わっているのではないかという気がしますね。画家として美術学校に行ってデッサンを学んだというならば視覚中心でしょうけれど、彼の場合音楽をやっていた事で聴覚から入っている。音楽における抽象性と絵画における抽象性とは性質が少し違うし、音楽の方がより抽象的な芸術だと思うので、彼の入り口が音楽にあったことが、ああいう仕事に導いているのかと思います。

・・・抽象絵画を見る時は、何かを読み取らねばならないという先入観で、素直に見られない場合もありますが、ライマン展は、“それはあなた自身がどこまで感じるか。絵画をどう捉えたいかによるのです” と、彼がいっている言葉通り、素直に見て構わないんだよといいながら肩を押してくれているような空間なんだという感じを持ちました。

 最初の広い空間の展示は、私が知る限りやられた事がないライマンの展示なんです。つまりあそこまで色んな時代の作品があって、ライマン作品の中ではかなりバリエーションが豊かな作品群を、ああやってリズミカルに展示するという事は、おそらく今までありません。シャッフハウゼンの展示でも、大きい作品の側に小さい作品があったりというリズムはあるんですけど、こういう高さを変えるというリズムは無いんです。しかもそのずらし方というのは、本人にしか出来ないような微妙なずらし方なんですよね。展示の現場で立ち会っていて、ここまでデリケートな感覚を持ってずらしているんだというのがよくわかりました。
そして、どちらかというと後の方の小さな空間が、私が思い浮かべていた、静謐な白い空気が満ちているロバート・ライマン展のイメージなんです。ですから広い空間の展示は私にとっても意外性のあるものでした。

・・・なるほど。

 どうしてこういう空間にしたのかと振り返って思い出したのは、ライマンに美術館の展示室の様子を説明した時に、彼が一番に反応したのが光だったことです。
“ひとつの部屋は光が入らない人工光で、もうひとつの部屋は自然光で照らすんだね。それは凄くいいな”
と。確かに二つの空間は違っていて、自然の光が入ったり入らなかったり、また一方の部屋は建築的にも意匠があるしと、元々随分違った雰囲気の部屋なんですよね。恐らくライマンはそれを実際美術館に来て、自分の肌で理解して、それに合わせた展示を創ってくれたんじゃないかなと思っています。
小さな方の部屋は、自然光が入らない静かな空間なので、それにふさわしい展示を、もうひとつの大空間はそもそも動きが空間のなかにあるので 、展示にも動きを加えたのかなと。
それは彼が作品を創る時も同じで、静と動のバランスを凄くとるのが上手い人だと思うんです。それを作品ばかりでなく、展示の時にも巧みに実現したのかなという気がしました。トータルコーディネートが完璧に出来ているという事です。

・・・横にキャプションが無かったのもいいですね。

 93年のMOMAの展覧会の時に、ライマンの指示でキャプションを取り去っているのを知っていましたが、かといって、紙に書かれた作品リストを渡すのも、会場でがさがさ音がするのでためらわれることでした。それで、床にライン上のキャプションを引くことにしたんです。これが柵代わりにもなったのですが、来館者の方々には、ここから先には入っちゃいけないのねと案外すぐに理解が得ら れました。

・・・音声ガイドを借りる人があまりいないと聞きましたが、興味のある人は聞くのでしょうが、どうせ見てもわからないとサラッと流す人は借りないのかもしれませんね。
描かれている対象がよく知っているものでなく、見た事のない何か、取っかかりが無いものは、見ようと思わないと見えて来ないし、見たからといって見えるものでも無い。
難しいですね。それに日本は、自分は絵を描く事で表現しているからと作家が話さない方も多い。見なきゃ見えないし、聞かなければわかないんですけどね。

 たしかに難しいですが、今回の展覧会でロバート・ライマンという画家を初めて知って、凄く良かったという人は次にライマン展があったら見に行ってもらえると思うんですよ。見て初めて何かを感じて次に繋がっていく。
作品もその分長生きしていくというのが、美術のあるべき姿かなと思います。

どうもありがとうございました。

最後に、ライマンの言葉をご紹介します。

あなたが目にするもの。絵画に関わるあらゆるものそれがすべてです。
絵画の表面に光り構造、動き、構図それだけです。
ある一枚の絵があって、それが何か物語のようなものを伝えていなかったり、
ちっとも具象的で無かったとしたら、それはその必要がないからなのです。
人々はたいていそういう絵を理解したり、味わったりするのに苦労するものですが、
それはその手の見方に不慣れだからでしょう。
みんな絵をじっと見つめてそこから何か受けとめたいと思っているのです。
しかしまた現実的なアプローチで何かを得る事も出きます。
それは物語探しを卒業して絵画そのものを身をもって体験する事です。

何かに惹かれた感じ、喜び、穏やかな幸福感、嘘偽りのない真実を体験してもらいたいのです。
音楽を聞くのと似てますね。
オペラを見て来て、何か満たされた気持ちになる。とても素晴らしいものを味わったと、しばらくの間それで元気でいられるでしょう。
でもそれを実際に体験していない人には説明できないのです。
絵画があるのはその為ではないかと思います。
抽象だろうと具象だろうとそれが絵画のすべて、絵画が成しうる事なのです

川村記念美術館 http://www.dic.co.jp/museum/ 

 会期中にご紹介出来なかったのがとても残念です。
今回のライマン展は、ライマンの作品によって出来上がる空間が、人を受け入れる空間になっていて、絵の展示の仕方がリズムを持っているから目がとても喜ぶ。
 凄く目が喜ぶから至福の絵画なんだろうなって思った次第です。 オ サルス拝。

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