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榎倉康二展 −「版」再び− 2005. 1/12ー2/2

ギャラリー池田美術 東京都中央区銀座1-8-8三神ALビル4F  03-3567-5080 http://kgs-tokyo.jp/ikeda.html

2005. 1/25ー2/12
榎倉康二
ギャラリー21+葉
東京都中央区銀座1-5-2 西勢ビル2F
03-3567-2816
http://www.gallery21yo.com/ 
What is behind the curtain.
2005. 1/15ー3/21
榎倉康二 展
東京都現代美術館
東京都江東区三好4-1-1 03-5245-4111
http://www.mot-art-museum.jp

 ギャラリーの椅子に腰掛けながら、前方にあるカーテン 「 版 (STORY & MEMORY  No.1) 1993年 シルクスクリーン、布 217x317cm モノタイプ 」 を眺めていると、カーテンの後ろは壁だとわかってはいても、限りなく得体のしれない空間が広がっているような気になる。

カーテンの後ろには、何があるのか?、そしてこの三つの “しみ” は?

 残念ながら作り手は、1995年に亡くなられて、没後10年、1993年のインタビュー(8ページ)を手がかりに、その時の聞き手であるギャラリー池田美術の池田さんにお話をお聞きしました。

ギャラリー池田美術では、
1990年 「榎倉康二 PRINTWORKS 1985-1989」
1993年 「榎倉康二 展『版』」
1996年 「追悼・榎倉康二 展」
2002年 「榎倉康二 展」 (京橋界隈) を開催

・・・今まで過去に4回展覧会をされているんですね。


Gallery IKEDA-BIZYUTSU owner

エスキース

 ええ、ただ榎倉さんがお元気な時に開催したのは二回です。

・・・私は2002年に初めてこの 『 STORY & MEMORY No.1 』 を拝見しました。これはとても印象が深かったんですが、当時は、シミがあるカーテンだという認識しかなかったんです。
でも先日たまたまこの椅子に座りながら、カーテンを眺めていましたら、後ろに壁があるのはわかっていても、何か見えるような、何かを感じたような気がしました。
この作品はどうしてこの場所に?

 1993年の 「 榎倉康二 展 『版』 」 という展覧会に出品して頂いたものですね。
エスキースにもあるように、ここの壁に合わせて制作されました。

・・・だからしっくり壁に馴染んでいるんですね。

 それまでにも榎倉さんは、このカーテンの作品を含めて3、4点制作されています。
ひとつは、1990年に秋山画廊で、音楽家の藤原和通さんとの二人展で紙を使って制作したもの。
二つ目は、1991年に新潟の創庫ギャラリーで、ここは大きなスペースだったんですが、もの凄く巨大な綿布を使って制作したものです。
それと1994年の国立国際美術館での展覧会にも一点出品されました。

・・・何故カーテンなんでしょうか?

 榎倉さんの作家としての出発は、1971年の 「第7回 パリ青年ビエンナーレ」 での 「壁・Wall」 という作品なんです。この作品はパリの公園の木の間に壁を作ったものなんですよ。
実際にそれ以降漆喰やコンクリートで壁を度々制作されていて、これがカーテンの仕事と関連がある。壁は屋外を遮断するもの、カーテンは屋内で、ある種、間(あいだ)をふさぐ壁的なもの。そういう意味で作り始めたらしいんです。

 表面から見てわかるように、カーテンは開けたら向こう側に何かあるのかという風な怪しい感じというか、日常の中にいながら日常の向こうを感じさせる。不思議な作用をするじゃないですか。そういう部分もここで見せたかった事のひとつだと思います。

 この作品の題名は STORY & MEMORY ですが、他の作品は Behind The Curtain という 「カーテンの向こう側」 というタイトルをつけてらっしゃるんですよ。
それは現実と非現実の境目にあって、未知の世界を感じさせる狙いがあった。
常に世界が目の前にあるんだけれど、その向こうの世界を知覚したいという、ギリギリの接点の所を原理的に考えて、イメージを膨らませていかれたと思います。

・・・先日東京都現代美術館の 「榎倉康二 展」 で、初めて榎倉さんのお仕事の全貌を拝見しました。ここではタブローと、版と写真が展示されていましたが、榎倉さんにとって版とは、情報の媒体として考えられていた。多分写真も現実に繋がっているものとして考えられていたのではないかと思うんです。
また世界を構成している基本単位を、個物と呼ぶのならば、榎倉さんはその個物の根源的世界を見続けられていた方だと思いました。
現代美術館の展覧会は色々な榎倉さんの要素を拝見出来たんですが、カーテンの作品が展示されなかったのは非常に残念でした。
いい換えれば現代美術館では日常と個物との接点は見れたんですが、日常と非日常の接点はカーテンの作品が一番語っていると思うんです。そこに何かロマンチックな要素があるように思うのは穿った見方かも知れませんが・・・。

 ロマンチックといわれましたが、今回の現代美術館の展示で一番感じさせるのは初期作品ですよね。物質的なモノに入っていく手前の、大学院時代の作品を見ると、ある意味榎倉さんは、非常に幻想的なものに惹かれていたところがあるというのがよくわかると思うんです。
初期の「なまけもの」やタイトル不詳の室内の生物のドローイングなどは、モノの中にある自分の肉体を意識した幻想性というのが、色濃く出ていた。
その後実際作品化されたものの中には、あんまり幻想という言葉にピッタリ当てはまる作品は感じられないんだけれど・・いってみればこのカーテンというのは、初期の作品に通底する。榎倉さんが幻想的なものに関心を示す在り方が非常に強く出ている。凄く不思議な魅力のある作品だと思いますね。

榎倉康二 展 2005. 1/15ー3/21 東京都現代美術館 http://www.mot-art-museum.jp

・・・そしてこのシミは、描いたものではなくて、版であるわけですよね。

 ここには同じ形のシミが3つ刷ってあります。他のカーテンの場合は、下からシミが滲んでいるものなんです。
“滲み”と“シミ”は違いますよね。このカーテンは、完全にシミになっています。ですから1993年のこの作品はモノタイプというか一点ずりなんですが、現実には一つしか存在しないシミを反復して使う事によって、版の根本的な構造の問題を、榎倉さんの非常に凝縮した思いを込めて制作した作品なんですよ。

・・・描いたものではないというのが面白いですね。

 シミはあるものでしょ。それは現実なわけで、ある情報媒体に転写する事は出来るが、それを描くという事は出来ない。榎倉さんにとって自分が描いていくという行為より、それは身体的な意味合いでの行為に近かったと思いますね。
1993年に僕がしたインタビューの中でも「シミそのものを、自分が描くという事を出来るのか、出来ないのか。その問いかけがまだまだ自分の重要な問いかけのひとつとして残っている」と最後に話されていました。

・・・あるものとは、存在しているものという事ですね。現代美術館のカタログに高山登さんが1970年の 「スペース戸塚'70」 展 の時の、榎倉さんの文章を引用されていて、そこには原風景との出会いがあったと書かれていましたが、存在というのは認識がなければ生まれないわけだから・・・榎倉さんが個物を見る事によって、逆に榎倉さんがご自分自信を認識されたのではないかと、そういう関係性の中で接点という・・・それを言葉ではなく、形という作品として生み出されたんだろうなと思いました。

 美術というのは言葉では覆い尽くせないところがあるから、言葉では表せない世界との関わり方ですね。榎倉さんの中には、常に境界線という何かがあって・・・有名な 「予兆ー海・肉体」 (P.W.No.40 1972年) というタイトルの作品は、砂浜の波うち際の所に、肉体を横たえている写真なんですが、境界のギリギリの所を自分の身体で感じる象徴的な作品でした。
つまりモノとモノがある場合、片一方が片一方を侵すしたり侵されたりする。人間同士でコミュニケーションしている場合でも、いい意味でも悪い意味でもお互いに影響しあうわけじゃないですか。そこの干渉の仕方を常に見つめ続けた方だと思いますね。

・・・なるほど。ではここで少し視点を変えて、池田さんにとっては 「版」 とはどういうものなのかお聞きしてもいいですか。

 僕はそもそもの出発点がライターの仕事だった事もあって、印刷とか本とかに深い感心があったんです。榎倉さんも 「版画について興味があるのは、複数性。その複数性を獲得する版の持っている情報性に興味がある。※1

※1 『 印刷は根本的には紙とインクでしょ。 一般的な情報媒体である印刷物というのは、根本的には紙の上にインクを乗せる作業だから、基本的に絵画の構造と同じ部分があるわけです。紙とインクの物質的な触れ合いからはじまりながら、印刷という社会的な情報媒体にのって何万何千という複数性を獲得する。版画というのはもっとも単純かした情報装置である 』 ( 「版」 榎倉康二インタビューより抜粋 )

と版の情報機能性に着目されていますが、僕の場合も美術の世界に入って来た時に、その「版の持っている情報性」に接点が見つけやすかったからなんですよ。ですからそれが「版」という今日的な意味合いを、自分の仕事のテーマにした意味だと思いますね。

・・・池田さんは榎倉さんにどういうイメージをもたれていますか。

 ちょうど87年、88年に榎倉さんとお会いして、彼の方がひとつ年上で、読んでいる本とか影響を受けた事とかが共通していて、二人ともお酒が好きだったので飲んで色々話をしました。今から考えるとこの時に、自分の現代美術に対する自分なりのひとつの線が引けたのではないかと思います。榎倉さんは兄貴分でもあり先生でもありましたね。
非常に具体的に「物」を目の前に置いて彼なりの考察を説明してくれたんです。わかる部分とわからない部分がありましたが、繰り返し繰り返し聞いていると納得出来るところがありました。

・・・そのお話を聞いて思い出しましたが、影響を受けた本でル・クレジオの 「物質的恍惚」 のお話をお聞きしましたね。(詳しくは:http://gaden.jp/info/2002a/021030bc/021030.htm

 この本はお互いに影響を受けていた本です。世界に対する反応の仕方が、凄くよくわかるところがあったんです。小説ともエッセイとも哲学書とも呼べない不思議な本ですよ。

・・・画商として作品を販売する事ではどうでしょう。

 ハッキリいって最初の展覧会では、会期中は一点も売れませんでした。逆に亡くなられてから10年の間に、毎年途切れずに少しづつ作品を買ってくれる方達が増えて来まして、以前この作品はわからないなといっていた人達が、最近は自分の中で納得が出来たらしく、コレクションをしてくれるようになりましたね。

・・・コレクションされた方も自分の生き方に反映されてくると思いますが、やはり買うまでに時間が掛かりますよね。

 見てパッパとすぐ買う作品ではないですからね。そういう意味では長い視野で売れていってますね。むしろこれからでしょう。

・・・生きていらしたらまだ色々な作品を拝見する事が出来ましたのに、残念です。

 初期の仕事で、わら半紙を床に並べて油を浸した作品があったんですが、「その事が凄く気になるので、今はああいうわら半紙が残っているかどうかわからないけれど、次にここで展示をする時は、その時の気持ちに戻って、わら半紙を使ってやりたいな」 とおっしゃっていました。それがとても残念ですね。

どうもありがとうございました。

榎倉康二 2005. 1/25ー2/12 ギャラリー21+葉 http://www.gallery21yo.com/

 ギャラリー21+葉の展覧会に、油を浸した作品があるんですが、実際どのようにして制作されたのかがわからないそうなんです。1969年の椿近代画廊での展示も、インスタレーションなので残っているのは、写真と見取り図のみ、実際の作品は無いんですよね。
結局その時に見ないと空間の緊張感は味わえないという事ですね。
しかし、1993年の榎倉さんのインタビューが残っていたのは幸いでした。
 「文章として残された言葉は、難しい言い回しですが、話し言葉でこういう形で残しておくと、その情景をふっと思い出す事もあって、本当に良かったですよ」 と池田さん。
オサルスのインタビューも、いつか資料として日の目を見る時が来るかも知れませんね。
おっと! 誰かが亡くなるなんて事を願っているわけではないので念の為に!

榎倉康二 関連情報 2005.1 2002.7
ギャラリー池田美術 http://kgs-tokyo.jp/ikeda.html
ギャラリー21+葉 http://www.gallery21yo.com/
東京都現代美術館 http://www.mot-art-museum.jp

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