gaden presents - gallery / artist / dreamer / exhibition / network


ホントに本と。 藤部明子 Akiko Tobu

 藤部明子さんは、2003年に初の写真集 『The Hotel Upstairs』 (ステュディオ・パラポリカ)、2004年に2冊目の 『Memoraphilia』 (同上)が刊行。
2005. 3/12まで藤部明子展が開催されました。【ツァイトフォトサロン 東京都中央区京橋1-10-5松 本ビル4F】
2005年2月4日〜4月16日まで、NY の Sepia International and The Alkazi Collection of Photography (www.sepia.org)
で、『 Presence: Katherine Westerhout, Akiko Tobu, Dayanita Singh 』 が開催。

"Memoraphilia" とは、記憶への愛、忘れがたい物事への愛着、ふとしたきっかけで回想にふける心を意味するそうです。

きれいな言葉ですね。聞いてみましょう。

・・・2003年の展示(詳しくはhttp://www.gaden.jp/zeit-foto/2003/031014.html)も拝見しましたが、今回は展示方法は、以前とはだいぶ違いますね。
タイトルの "Memoraphilia" は、記憶がキーワードだと思いますが、記憶というのは、 つかめるようでいてつかめない。一生懸命思い出そうとしても、思い出せない不安定さがありますよね。その“揺らぎ”を視覚化されたのかなとは思うんですが・・・。

 そういう部分もありますね。

今回はイメージを層にして見せたかったのです。

記憶の断片の連なりと重なり・・・例えばこの位置(一列目の前)に立ちつつも、奥のイメージにフォーカスを合わせることも出来ますよね。そうすると手前にあるイメージはぼやけて見える。逆に、手前のイメージにフォーカスを合わせた時には、奥にあるイメージはぼんやりとした背景となって視界に入ってくる。
歩きながら見て頂くと、手前のイメージとイメージの間から別のイメージが見えたり隠れたり・・・私が組み立てたお話の流れにそって、イメージを並べてあるにはあるのですが、見方を限定したり強制したりするような類いのものではありません。あと、もちろん、一つのイメージのみを注視しようと思えば、そのイメージの中だけで視線を泳がせることも出来る訳だし。

・・・なるほど。写真を撮りはじめたのは97年からということですが、きっかけを教えてください。

 別のことを習うべく通い始めた週末カルチャーセンターのようなところで、たまたまやっていた写真のコースを覗いてみたんです。100人位の受講生を収容出来る大きな講義室の窓を目張りして、カメラ・オブスキュラ※1 と葉っぱのフォトグラム※2 のデモンストレーションが行われていました。それまでコンパクト・カメラで撮る程度で、カメラの構造も知らず、もちろんカメラ・オブスキュラなんて聞いたこともなかったし、暗室の経験もゼロでした。ですから、この二つ、カメラ・オブスキュラ内に写し出された映像と、白黒の印画紙に葉っぱのイメージがゆらゆらと浮き上がる様子に衝撃を受けてしまって。すごく驚いたんです。
その時の講師が、後の私の師匠、写真家の畠山直哉さんで、カメラ・オブスキュラは畠山さんの自作のものでした。その後、畠山さんと、もう一人の講師だった港千尋さんの写真の話を聞いたり、スライドで作品を見せて頂いて、グッときちゃったんですね。いいなぁ、と。何度か講義を受けているうちに、自分でも写真を撮ってみようかなって思いはじめて・・・。

・・・ところで 『The Hotel Upstairs』 (サンフランシスコのノースビーチのコロンバス・ホテルという名のレジデンシャル・ホテルで何年にも渡ってそこで生活をしている人達を写した作品) では、何故外国を舞台にして写真を撮ろうと思われたんでしょうか。

 元々ムービーのコラボレーションで、はじまったことなんです。当時カリフォルニア在住だったアメリカ人のフィルム・メーカーから「フィルムの中にスチルのモンタージュを入れたいので、コラボレーションをしませんか?」と誘われたのがきっかけです。私の方は、その話がやって来た当初から自分の撮った写真でもって、ムービーとは別の作品を作りたいという妄想がありましたけれども(笑)。

・・・写真集の出版と撮影年はいつですか?

 『The Hotel Upstairs』 は99年の春に撮影したものが2003年の秋に出版されました。 『Memoraphilia』 は98年に撮影したんですが、この度本が出来上がって、こういう形で展覧会に結びつきました。

・・・そうなんですか。私はてっきり 『The Hotel Upstairs』 の次が 『Memoraphilia』 だと思ってました。この 『Memoraphilia』 に写っている方が、オランダの文筆家で芸術家のチェベ・ファン・タイエン氏なんですか?

 ええ。この文章に登場する人物です。
【1998年春、東京でその人に出会った。
彼は展覧会の出品者、私は会場設営の手伝いをしていた。 『移動する聖地』 と題されたメディア・アートの展覧会だった。
「 ‘これは所謂芸術作品ではありませんね’ と言われると ‘いえ、これは芸術作品です’ と答えるし、 ‘これは芸術作品ですよね’ と言われると ‘違います’ という返事 をするんだ」 と彼は笑った。
「妙なおじさんやなぁ」 と思った。正直言って、出品されていた作品にはそれほど感心しなかったけれども、イタコにアイヌ民族、はたまた古事記について喋り出すととまらない彼の博覧強記ぶりに驚ろかされた。
・・・どうして人は物事を覚えておきたいと思うのだろう?どのようにして覚えておくのだろう?・・・
その夏の終わり、アムステルダムでその人に再会した。】

 ちょうど98年の夏にヨーロッパに行く機会がありまして、彼が暮らしているアムステルダムに立ち寄り、写真を撮りました。ただ撮影当時には、それらの写真を展覧会で見せるとか、本にするとかいう計画はなかったです。
日本に戻ってきてから、拵えたプリントを目の前にして、本にしてみたらどうかな?  と思い立って、カラーコピーで作ってみたんです。キンコーズで作ったものですから、画像の縮小他の手間賃や製本にコストがかかってしまって。無理して4冊作りま したけれども、2冊を人に贈った他は自分で持っているだけで、今迄人目に触れることも殆どなかったんです。

 『The Hotel Upstairs』 の本を作るにあたって、いろいろな方に相談にのって頂いたんですね。その際に 『Memoraphilia』 のカラーコピー本もついでに見て頂いたところ、こっちの方が好きだという方もいらっしゃって。

 ホテルのシリーズを本と展覧会という形で発表してみて、よくわかったことなのですが、形にして発表することは大事なんだなと。バカみたいですが。 『Memoraphilia』 のシリーズを、このまま何もしないで放っておいたら腐っていくだけだろうなと(笑)。腐ってしまう前に形にしたいと思い立ったんです。で、もう一度、編集とプリントをやりなおして、本が出来上が りました。

・・・写真の順番の流れはどうなんでしょうか。写真集 『Memoraphilia』 は、淀みのない流れが際立っているように思いました。ページをめくるごとに記憶が・・・私はそこに立ち会ったわけではないのに、何か懐かしい記憶を呼び覚ますような、その家主の記憶の断片が、自分の記憶に重なり、その温もりまでも伝わってくるようなイメ ージを感じて・・・よく出来ていると思ったんです。

 そういう風に見ていただけると、本望です(笑)。

・・・順番はどのように組まれたのかなと・・・。

勿論考えました。この緑の表紙の本 (キンコーズで制作した 『Memoraphilia』 ) が最 初に作ったものなんです。98年の初秋のことです。本当にすごい勢いで作ったので、編集も2晩位うんうん唸っただけなんですよ。

 今回、何人かの方に、白黒とカラーの混ざり具合がいいといわれたんですが、正直いって撮影当時にコンセプトがあったわけじゃなくて・・・私は元々色が好きなんですね。けど、撮影当時は白黒の暗室作業をはじめて2,3ヶ月といった時期だったので 「自分でフィルム現像して、プリントを作るには白黒やなぁ」 と思って、白黒のフィルムで撮影したんです。けど、色見も気になるからカラーでも撮っておこうと。今はカラー・プリントも小さいものは自分で作りますが、その頃はカラー・プリントが自分で出来るなんてことすら知りませんでしたから・・・白黒は自分でプリントして、カラーはラボに頼んだんです。同じタイトルの本ですけど内容は少し違います。

 これが叩き台といえば、叩き台ではあるんですけども、あまりに冗長すぎる部分があって、もう一度考えて編集をやりなおしたんです。

 ・・・この緑の 『Memoraphilia』 は、いろいろな要素が入り過ぎている。それを削ぎ落とす作業から流れが見えてくるというのは、センスがなくては出来ない作業ですねぇ。

 2冊とも尊敬しているデザイナー、そして、翻訳者の方々と一緒に仕事を進めることが出来たのは幸運でした。デザイナーのミルキィ・イソベさんは、今迄に写真集や画集も沢山手掛けていらして、ホントに頼もしい方です。ページをめくった時に、効く写真ってあるんですよね。けど、展示はまた別物ですね。本の空間と展示の空間は違いますよね。

 カラーコピーの本には文章は入っていないので、今回、新たに書いたのですけれども、これは結構苦しい作業でした。ミルキィ・イソベさん、管啓次郎さん、アルフレ ッド・バーンバウムさんからのアドバイスを頂き、とても助かりました。

・・・先ほど気がついたんですけど、この展示は裏? から見ると画面が黒くなっているのは何故でしょう。

 演劇とか映画のブラック・アウトの効果を狙ってみたんですが。あとは・・・文字通 りのブラック・アウト (一時的な記憶喪失) 。何かを想起しようとして、目を閉じてみても、真っ暗なだけで、イメージが浮かんでこないことって多々ありますよね?

・・・なるほど。ブラックアウトで思い出しましたが、『Memoraphilia』 のテキストの中に ‘終わりのない軌跡’ という言葉があったように思うんですが、これは死ぬまで続く記憶という意味なんでしょうか。

 死ぬまで続くというか、記憶は過去と関係があるものだけれども、それだけで終わりじゃない。実は後ろ向きなだけなのではなくて、それを未来にどういう風に繋げていくかを感じてもらいたい。
タイトルは 『Memoraphilia』 という言葉だし、古い写真なども写ってますけど、でも過去を振り返っているばかりじゃなくて、過去を見つめ、また未来を想像する。
生きていくのはそういうことじゃないですか。

・・・私の言葉のいい回しが悪かったんですが、“死ぬまで続く”という言葉をよく使うものですから、要するに人生は何が起ころうと自分が死ぬ、その瞬間まで続くわけだから、苦しくても荷物を背負って生きなければならない。だいじなのはその続け方(軌跡)だと思うから・・・。

 では最後に藤部さんの続け方・・・2005年、これからは?

 まだわかりません(笑)。少し撮影はしてはいるんですけど、まだ形になっていないんです。

・・・日本は撮らないんですか?

 撮りますよ。たまたま、こうなっちゃっただけですから。

・・・たまたま、こうなっちゃただけだからといわれても、こうなったインパクトが強いと思うので、また新たな目線で挑戦しなければならない。結構しんどい作業だなと人ごとながら思います。がんばってくださいね。3冊目楽しみにしています。

どうもありがとうございました。

『The Hotel Upstairs』 と 『Memoraphilia』 の撮影の順番が逆だったとは思いませんでした。

 「 Memoraphilia は98年に撮った作品ですが、その時には見えていなかったものが、今、見えたり。当時コンタクトシート上で全く気にもとめていなかったコマが、今になって、気になったり。自分でプリントしていると写真を眺める時間が長くなるんですよ。焼いては眺めての繰り返しですから、前に気づかなかったものが、何となくゆらゆらと浮かび上がってくるんです」
と藤部さん。

確かにこの2冊を並べてみると、その間には透明な距離があり、堆積としての時間が凝縮されているように思います。

今ここからの視線。 終わらない軌跡。

とても素敵な写真集ですよ。ぜひ!

藤部明子 関連情報 2005.2 2003.10

藤部明子 Memoraphilia 出版社:ステュディ 出版年:2004

「ホンとに本と。」TOPへ/RETURN


gaden presents
- g
allery / artist / dreamer / exhibition / network