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横須賀市美術館 開設準備室企画の展覧会が、横須賀市文化会館市民ギャラリーで開催されています。
横須賀市美術館は2007年にオープン予定。横須賀・三浦半島にゆかりのある作家を中心に、企画展示される模様です。 今日ご紹介する藤田修さんは、横須賀生まれの横須賀育ち・・・。
なるほど。じっくり制作に打ち込めるということですね。 藤田さんとの出会いは、確か2000年のギャラリー池田美術での「領域」(油彩)という展覧会だったような気がします。 「具体的なものをベースにおいてそれを消す作業をしています。版画は制作過程がシステマチックになっているところがあるじゃないですか。それをもっとダイレクトに表現してみたいから」 1986年作「Warehouse」(絶版)から2005年の新作銅版画「River」まで、フォトポリマーグラヴュール15点を始め、計67点の代表作が展示されています。
・・・1980年代半ばの作品はシンメトリーになっていますが、それは何故でしょうか。 特にシンメトリーというわけではありませんが、この頃は1箇所にとまって、そしてそこから視点を動かして一つに構成していました。 ・・・キュビスム的な・・・多面的な視点から一つの空間を作り出すということですか。 あちらこちらに動くのではなく、それを1箇所に集約して、空間感や時間を出したいと思っていたんです。 ・・・作品に言葉が描かれているのは、奥行きみたいなものを出そうと思われていたのですか。 はじめはグラフィック的な要素もありました。言葉をどこにいれるかによって、空間感や奥行きを出すこともあるし、視線の誘導みたいなこともありますね。それに文学や詩などの思考回路とも結びついているんです。でもそれまでにコンセプチュアルアートも経験しているじゃないですか、だから言葉が絵の説明をするのではなく、同時進行できるものはないかと思っていたんです。 ・・・写真を使われているのは、現実に即したということなんでしょうか。写真と版画は社会を意識している部分があって、両方を使われている作家は、私はあまり知らないんですが・・・。 僕の世代ではそんなに特別なことではないんです。当たり前のようにいろんな技法の一つとして、それを選択したということです。 ・・・まずイメージが先にあったから、手段として、写真を使われたということですか。写真を撮るということは、客観的というよりも、主観がものをいうのではないかと思うんですが・・・。 だからモチーフがものすごく厳選されます。いつもカメラを携帯しているということはまずないし、作ろうと思って向かっていく作業をしないと、見つけようと思っても見つけられない。ですからまずイメージがあるということですね。
・・・80年代後半から90年代のはじめの作品は、言葉が分散して、視線が集約せずに広がりが出てきていますね。初期のシンメトリーから比べると、かなり目線のズレが出てきているように思うんですけど。 最初の頃は、再現的なニュアンスが結構あったのです。それにプラスして、実際の画面のなかで、どういう空間を作っていくかという意図がでてくると、1箇所の写真だけでは収まりきれなくなってきたんです。 ・・・「 Abbey」では、フランスの修道院を訪れた時の感動が、文章に描かれていますが、言葉ではうまくいえませんが、その時の空間感というか、藤田さんを包んだその時のアトモスフェアーを感じました。その空間感が1998年はじめのギャラリエ・アンドウでの個展「GROUND SERIES・I〜XII」につながっていくのでしょうか。
ちょうどこの頃は、油絵をまた書き始める時期なんです。初期の頃に手の作業をやめたように、写真の版画を作り続けていくと、また手で描きたいという欲求が出てきたんですよ。 実際に写した写真を使わなくても、自分の作ろうとしている空間だとか、絵の持っている深さだとか奥行きだとか、その普遍性みたいなものを生み出そうと思った時に、ここでもペインティングをチャラにした時と同じように、写真を使わないでやってみたらどうなのだろうかということを考えたんです。
・・・先日藤田さんのホームページ(http://www.asahi-net.or.jp/~wi9o-fjt/index.html)を拝見しましたら、「私が通うプロテスタント教会」へのリンクがついていましたが、作品のなかの修道院の窓などを見ると、宗教的要素がかなり見てとれるような気がしました。 それは自分の精神構造とか生き方だとかのバックボーンとしてはあります。だからといって、具体的な教会というものとは違いますね。それにプロテスタントはドーム型の窓は作らないですからね。絵ずらとしては関係ないかもしれないけれども、作品自体から受けるものや、そこに向かう姿勢などは関係ないとはいえません。 お待たせしました。 横須賀市文化会館市民ギャラリーの2階にある「旬香」は、一見すると役所の食堂の雰囲気。どちらかというとあまり美味しそうには思えないんですが・・・。 ※こちらの自慢は三浦半島で毎朝あがる新鮮な魚介料理。季節ごとの"旬"の素材を活かした和食中心のお店です。 「これが案外いけるんですよ。三崎港からあがるまぐろがお薦めです」 そういえば入り口にまぐろの幟がありました。 迷いますねぇ。ん〜。 「まぐろ丼が美味しいと思います」 と藤田さん。 幼少のころより素直に人の言うことをきかないオサルス、無類の鮨好きなのであえて
“まぐろ寿司” を注文・・・。ボリューム満点で、お寿司にミニうどんが付いてくるというよりは、お寿司とうどんの2種類を食べた満足感あり。お腹が苦しい〜。 ・・・この「GROUND SERIES・I〜XII」を拝見した時に、榎倉康二さんの作品を思い出してしまったんです。池田さんとのインタビュー(詳しくはhttp://www.gaden.jp/info/2005/050126/0126.htm)の時に、“世界を構成している基本単位を、個物と呼ぶのならば、その個物の根源的世界を見続けられていた方だと思いました”と書きましたが、共通された見方をされてるんだと思いました。これでやっと私のなかで「GROUND SERIES」から、2000年の油彩画につながっていくことができました。油彩画から版へ、版から油彩へ、そしてまた版へ、銅版画にこだわる理由をお聞きしてもよろしいですか。 版の魅力というかね・・・その辺はまだ自分でまとめきれていないのだけれども、ものを作っていって最終的に決着をつけて、それをはぎ取ったもの、そのリアリティーというのはペインティングとは違う魅力がある。再現性をイメージするだけに重きを置くというのであれば、ペインティングだって、パフォーマンスだってなんだっていいのだけれど、版を介してのリアリティーみたいなもの・・・版にしかないリアリティー。版だから複数性で写されたものだということだけでは片付けられない版のもつ強さというか・・・。 ・・・先日中林忠良先生のインタビューで(詳しくはhttp://gaden.jp/info/2005a/050209/0209.htm)、「腐食する時間に自己を投影する」とおっしゃっていたのが印象に残っているんですが・・・。 もちろん自己投影ではあるのだけれど、僕の場合基本的に作品の目指すところは、作品として成立するというか、自分を超えたところで、先程いいました普遍性みたいなものができなければと思っているので・・・。 ・・・なるほど。でもこの2004年のフォトポリマーグラヴュール(別名ソーラプレート)になると、だいぶイメージが違うというか。少し軽くなっている感じを受けるんです・・・。
・・・写真を撮った段階である程度決まってしまうということですね。 今まで格闘してきた技術がなくてもできてしまいますから、パソコンみたいなものですね。イメージさえあれば、誰でもそこで表現できる。普及するとおもしろい。アメリカの作家はずいぶん使っているみたいなんですよ。彼らは技術偏重ではなく、表現できればいい。それも自分の思った通り簡単にできればいいわけじゃないですか。写真の紙焼きをポンと置くような感じに提示できるわけだから。 ・・・おもしろいですね。写真の方に何人かインタビューさせていただいたんですが、物質感のことをいう方が多いですよ。なかなか写真だと物質感が出ないけど、版というのであれば、重さも出て来る。革命的ですね。 腐食がないでしょう。エコにもなる。グランドを使わないからガソリンやシンナーも使わないし、太陽と水だけですからね。それに紫外線を浴びると硬化するんです。僕もそんなに詳しくないんだけれども、20世紀の最大の発明が感光性ポリマーだということらしいですよ。色分解して版を起こせばカラーにもなりますよ。 ・・・そうなんですか。知りませんでした。
・・・人間の目が進化しない限り、空間感は感じることができる。それがある意味での普遍性につながっていくと思うんです。 空間感というのは、絵づらのなかでの奥行きとかそういうことだけじゃなくて、もっと時間的な空間であったり、人間が生きていく間のものだったり、そういうことを考えないで、表面ずらだけで仕事をしたりすると、ただ単に作家のはけ口であったり、単なる思いつきであったり、それだけで終わってしまう。その時のパット見のおもしろさがあっても・・・そういうものじゃないような気がするんです。 ・・・私の言葉の足りないところをフォローしていただいて助かりました。 今日はどうもありがとうございました。
横須賀市文化会館市民ギャラリーは京浜急行の横須賀中央駅から歩いて10分、高台から東京湾の絶景が楽しめます。 北村西望の残した言葉に オサルスなら一生かかりそうだなぁ。でも継続は力なんだよね。 ちょうど梅も満開。 横須賀に春を探しに行きませんか。 |