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オサルスのおすすめランチ ランチdeチュ その134

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松花堂弁当 980円

日本料理 さんさく
東京都中央区銀座2-12-5
TEL 03-3546-2548

 2003年に 『ホントに本と』 (詳しくは:http://www.gaden.jp/info/2003a/030123bc/030123.htm) で山口啓介さんにお話をお聞きして・・・あれから2年、今回の新作のタイトルは “DU child” 。
“DU child” とは、"劣化ウランのこどもたち" という意味らしい。
ギャラリー池田美術のリーフレットを拝見すると、以下の文章が目にとまりました。

「昨年の春から夏にかけ、ネット上でイラク戦争の劣化ウラン弾により破壊されたこどもたちの映像を集中的に見ました。私の仕事場がある兵庫の小さな町のなだらかな丘陵地帯では、目の前に水田がゆったりと広がっている。この風景と、ネットにみるイラクの破壊されつくした町並、砂塵のまう光景とのあまりの差異―画面に繰り広げられる理不尽なまでの残酷さを目のあたりにするとき、平穏な場所で芸術家として生活している私、自分の創りだす作品、あるいは芸術そのものに、じわじわと突きつけられる、鈍くて、鋭い感情がある。芸術は戦争のような圧倒的な破壊力の前では、つくづく無力であると認識しつつも、私のなかで沸騰する矛盾した感情の切っ先が、私を難しい制作にかりたてるのです・・・」

 日本にいると戦争は遠い話、でも実際は今も戦火は続き、後遺症に悩まされながら、苦しんで死んでいく人々がいる。
版画集の−緑化砂−には、山口さんのやり切れなさが、刻印されています。聞いてみましょう。

山口啓介展
Sand Turns Green : Depleted Uranium and Children
2005年4月4日(月)〜4月23日(土) 日曜休

・・・今回の新作は何故木版画なんでしょうか。『あえて困難で、不自由な木版画に挑んだ』 とリーフレットに書いてありますね。

 今年の6月 (6.23−10.2) に、リュブリアナ (スロヴェニア) 国際版画ビエンナーレ50周年を記念して、「THRUST」 展が開催され18ヶ国の機関が関わりますが、日本 (セゾン現代美術館が担当) から参加することになりました。
たまたま大きな版画を作るきっかけをいただいて・・・でもこどもの絵を描こうと思ったときに、こういう絵なので、手慣れた方法ではなく自分が苦労するような方法じゃないと、よくないんじゃないかと思ったのです。自信はなかったんですが、木版画でやろうということになって、その前まで、僕はずっと花の絵を描いてましてね。それは造形的な問題なんですけれど、レイヤーという “層 ” にすごく関心があった。
絵画はレイヤーでできているのではないかという自分の考えがあって、それを気づかせてくれたのは版画でした。それを気づいたときにもう1回版画に関心を持てたということがありました。でもどちらかというと、レイヤーというのは面ですよね。エッチングは基本的に線が多いじゃないですか。だから面を出せる木版画がいいなと以前から少しずつ考えていて、それで今回はシンプルで、黒と白だけのベタッとした面が出るような木版画で作ろうと思いました。

 彫っていて思ったんですが非常に時間がかかるのですよ。まるで苦行僧じゃないけれども毎日同じ仕事を繰り返さなきゃいけないんですね。だからそれがタイトルの持っている内容と、自分がずっと刻んでいた時間というのかな、それが両方出てくるような気がしたんです。
今回は自分で彫るという行為を、これだけ大きいと長時間続けなければいけないんですが、それをまずやらなければいけないと思いました。初めてだから当然不器用さがまず出ると思ったけれども、かえってその方がいいと、あまり饒舌なこなれた方法でやるとテーマが伝わらない気がして、そういう拙い方法で一生懸命彫って伝えたいなと思ったんです。

・・・紙をつないでいる理由を聞かせてください。

 私の田舎の家の近郊に杉原紙という紙を町興しで復活させた場所があるんです。うちの田舎よりも、さらに1時間ぐらい奥に入ったところで、そこで漉いている紙の1番大きな大きさが、このつながった1枚なんです。特注すればもっと大きい紙はあるんですけれども、すでにある既存のものでやりたいなと思いまして・・・。

・・・このサイズへのこだわりは?

 この大きさにしたのは、このテーマを伝えるときに、やはり等身大以上の大きさがいると思いました。小さなものを大きくすることを、僕はずっと今まで関心をもってやっていて、その流れというか。

・・・イメージは最初からこのような感じだったんでしょうか。

 実はこれは原画があって、まずこのぐらいの大きさの絵を描きまして、コピーで25倍に拡大して版にしてますから、それだけで原画とは全然違うんです。コピーで白と黒に分けられて、拡大すると画像が荒れて粒子として置き換わる。そこで1回コピーという版画機を通すわけです。それを現寸大のものを集めてトレースするんです。そのときも点を全部うっていくので、トレースが微妙にずれるんですよ。トレースするだけで1週間以上かかった。それも大変でしたが彫る方がもっと大変でした。

・・・この作品は、最初に劣化ウランの後遺症で苦しんでいる方のネットのページを見て、描かれたんですよね。死んだこどもたちのイメージで創り出したものなのか。モデルといういい方はおかしいですが、実際にモデルになったこどもがいるんですか。

 写真を見て描きますが、描くから自分の絵になりますよね。まったく同じようには描いてないわけですけれども、現前とした写真はあるんです。ただそれを比べたときにイメージは違うと思います。

・・・この作品をはじめて拝見したときに、祭壇をイメージしました。亡くなったこどもの遺影というか。周りに花が飾られていれば、いいんじゃないかなと思ったんです。

 この作品は、この後、大阪のCASOという場所でも展示するんですけど、そこでは花の作品と一緒に展示する予定なんです。片一方に今まで描いた花の作品、もう片一方にこの少年の作品を展示しようかと思っています。
人間には花を添えるという儀式があるじゃないですか。僕がたまたま花にひかれたのは、花が美というものを最も現しているように思えたからです。けれども、片一方に死というものがありますよね。それは等価値だと思うんです。それが人間の儀式のなかで、自然に行われているのは非常におもしろいと思うんですよ。死んだ人に向けて何故花を送るのか、死んだ人に美を送るということがやはり芸術の行為のなかの根幹にあるような気がします。ですからそういう展示を大阪では、やってみたいと思っています。

・・・ネアンダータル人も死者に花を添えたと以前本で読んだことがあります。死者に対する気持ちというのはそういうものなんだろうなと思います。最後には自分も手向けられる側にまわるわけですけどもね。
この少年の頭の後の方に耳みたいなものが出ているんですが、それはやはり畸形を・・・。

 写真のなかにはこういう耳のあるものはなかったんですけれども、何かこの形がどうしても欲しくなったんですね。理由はわからないんです。ただ耳のように見えるしこぶのようにも見える。

・・・こぶといわれると、ツノを連想しますね。

 一つ目の少年の写真があって、その少年にはまゆ毛のところに、ツノのようなものがはえてるんですよ。
よくギリシア神話で、一つ目のツノのある人がでてきますよね。昔にもああいうこどもたちが、生まれていたんじゃないかなと思ったくらいですから・・・。

・・・こども本来のふくよかな丸みが顔にあるせいか、より一層痛々しさを感じますね。この顔の流れる線がそれをより強調しているような感じを受けます。本当に1本1本彫るのは大変そうですね。

 この流れる線は、彫りとしてはわりと早くできるんですけど、輪郭部分に点がありますでしょ。木版画というのは黒いところ以外を彫るわけですよ。この点以外を彫るわけだから非常に地道な作業なんです。昔の伝統木版画では、髪の毛1本を残すわけですよ。絵で描けば問題なくスッと描けるものを彫る方は大変です。この細さを1本だけ残して回りを全部彫るわけですから、尚かつスッとしたエッジの繊細さを出さなければいけないわけですから。

・・・浮世絵で思い出しましたが、木版画は、黄表紙や黒本など、日本ではメディア文化として流通されたものですね。

 今回はそういうテーマもあります。芸大でシンポジウムがあったときに、
「もともと版画にはメッセージ性があった。もっとメッセージ性があってもいいのではないか」
という意見がありました。僕は絵画と版画を分けたくはないのですが、絵画は純粋な芸術性を追求することが一方にあって、版画も勿論絵画であるわけだからそれをやってもいいわけですけれども、半面、複数性のある版画は、何かを人により多く伝えることができる メッセージ性があったのも事実だと思うんです。それが今ちょっと版画のなかでは重視されていないんじゃないかと思います。でも、僕はそれがやりたい。もともと版画の生命は、伝えるという行為と密接にかかわってきたわけですから、絵画としても成り立つけれども、そういう要素が備わっているものだから、伝えられることを版画でやってみたいと思います。

・・・確か2001年のシンポジウムのときに、版画は本であるとおっしゃってますよね。今回も、-緑化砂- という版画集を出されていて、文章を拝見すると、かなりメッセージが込められているように思いました。

 -緑化砂- というのは、左側は、戦争の光景が描かれていて、右側は植物をテーマとしてそれが交互に入っています。砂というのはイラクの戦争を、緑化というのが僕の住んでいる村を表わしています。

・・・ただ、この大きな作品は、モノタイプですよね。この二つのタイプの違いというのを聞かせて下さいますか。

 この作品はある種絵画の大きさでもあるし、絵画的表現でもあるわけですね。でも同時に版がある限り違うモノタイプができるんですよ。そういう意味で自分のなかでは、複数性があるわけです。ですからこの二つは本来自分のなかでは共存しているんですけれども、これから版画というメディアとして残っていくものとしては、僕はやはり手にとって持てるようなこっちの方向だろうと思っています。自分はかつてこういう大きな作品を銅版画でずっとやってきましたから・・・本来は、両立すればいいと思うんですが、どちらか片一方になってしまう。いつもそういう感じはするんですね。

・・・木版画は彫るという行為から、時間もそうだし身体性がかなり意識されますよね。

 体を使って彫るということから、身体性がありますね。

・・・どうにもならない身体感がよくわかります。

 寝転がって1カ月ズーと彫り続けた感じですね。

・・・先ほど紙を6枚つないだと、お話されてましたが版も6枚なんですか。

 実は木版は初めてなので、普通に板を彫って刷るようなことはできないと思ったんです。それはシンプルなんですが1番難しい方法なんですよ。だからプレス機で刷ろうと思って、45×45cm他の大きさを35枚集めて裏で全部テープで張って、1枚の大きさにしました。
最終的にはその方法で行こうと思ったんですが、途中からあるひらめきがあって拓刷りで行けるんじゃないかと、ただその密着の仕方をかなり苦心しました。

・・・そうするとこのグレーのトーンは?

 これは拓本なので刷るときに調整しています。厳密にいえば版画ではないと思っているんです。版画というのは一瞬で刷れるものなんですよ。これは刷るのに7時間かかっているんです。というのは画面の上で作ってるんです。描いているんです。版にないものをこの表面で出しているわけです。厳密にローラーで操作してますからまったく同じものはできないんですよ。

・・・拓刷りで思い出しましたが、アンコールワットや何かの遺跡も、拓本になりますよね。

 何でも版になり得るということです。立体でも拓本にすれば版になるし写しとることができる。先月、『痕跡』 展という展覧会が竹橋の近代美術館でありましたが、痕跡というのは写しとる行為事体が人間的で、時間を切りとる行為だからおもしろいと思いました。

・・・私もあの 『痕跡』 展を見たんですが、一つ気になったのは、痕跡を残した人間がみんな死んでしまって、遺された痕跡がやたらに静かだったということなんです。

 魚だって生きてるときは跳びはねて生々しいけど、拓本になったらしっとりして静かですよ(笑)。写しかえるということが、一つの芸術的行為だから、そういうものだから場合によっては残っているということなんでしょう。

・・・この作品をリュブリアナで展示すれば、かなり反響を呼ぶのではないですか。

 かつてユーゴスラビアだったあの地域、ボスニア・ヘルツェゴビナなどは戦争の絶えなかったところですから、一番紛争の少なかったスロヴェニアでも、十日間戦争というのがあり、わずか日間だけ戦争をして独立したそうです。そのように一気に独立した地域もありますが、いまだに泥沼化しているところもあるといいます。でも元は同じ国ですもんね。だからこういう作品を持っていってもいいのかなとも思っているんです。現在の日本では想像できない切実な感覚として、戦争が冷めやらない記憶に残されていますからね。スロヴェニアのホームページを見ると、歴史の項目があるんですが、幾つかクリックしても出てこないようでした。非常にきれいな国だから、これからは観光資源をうったえていきたいということを感じました・・・。

 お待たせしました。松花堂弁当 980円でございます。

 こちらは道場六三郎氏のもとで修行を積んだオーナーシェフが腕をふるうお店。
銀座で20年営業されているということは、自ずと “うまさ” がわかるというもの。
昭和通りから1本入った、閑静な通り沿いにあるので、この界隈に詳しい常連客に教えてもらわないとわからない穴場です。

 松花堂弁当とは、
『江戸初期の僧松花堂昭乗が考案したというお弁当。なかに十字形の仕切りがあり、縁高でかぶせ蓋 (ぶた)のある器に盛り付ける。料理の味が、仕切りによって他に移らないようにしてあり。それぞれの仕切りに刺し身・焼き物・煮物・もの相型で抜いた飯などを盛り付ける。略式の会席料理』

 鮭の焼き物、刺し身、鰯のフライ、ゴボウの煮物に香の物、美味しそうだけど・・・以前も書いたけれど給食でトラウマが植え付けられたオサルスは、実は魚のフライも駄目なんです。

 「そういえば当時は、酷い給食でしたね。ご飯がノリみたいにチューブに入っていたのを食べたことがあります。嫌いなおかずのときは、パンに挟んで机の引き出しにいれてカビだらけになったこともありましたね」 と山口さん。

 チューブ入りののご飯は食べたことがないけど、そういえばおかずを皆パンに詰めていましたね。思い出しました。でもドンクサイ、オサルスは、要領が悪くていつも食べられなくて残されていたんですよ〜。
この要領の悪さが今でも響いているんだなぁ・・・。

と、ぶつぶついいながらフライをパクリ。うま〜い。トラウマ解消の美味しさだ。

・・・山口さんは初期の頃は、社会的テーマから作品を制作されて、今は美術本来の美の追求に移行されてきたように思いますが、今回はかなりフィードバックして社会的テーマを扱われているように思いました。

 もともと僕の内部にあるものが交互に出てきているんです。

・・・以前「アートは、人間と社会とのコミュニケーション」だと話されていましたが、戦争をテーマにすると、そのメッセージ性が、反戦と非戦の問題などいろいろな様相を呈してしまうように感じるんですが・・・。

 先日テレビで見たんですけど、ラスベガスに原爆記念館というのができたらしいんですね。原爆をエンターテイメント化しようとしている娯楽施設だから、原爆を体現できるアトラクションとかあるらしいんです。そこではTシャツやグッズを売っていて、映像的にはとてもおもしろい部分もあるかもしれませんが、それをカッコいいといって買っている人たちが映つされていたんです。
ラスベガスだからこういうことが許されるんだということが少しあるんですけれども・・少し前にアメリカが原爆の記念切手を出したときに、当時の村山首相が反対したというニュースがありましたよね。ただ今の政府はそういうことに関心があるのかどうかわからないし、社会的にもそういう雰囲気が強いですよね。でも一方ではイラクのように戦争が行われている。多くの物事がさらに複雑化して、やって良いことと、悪いことの区別があいまいになっている。その境界線がほとんどなくなっているから、それを突き詰めていくと簡単に戦争ができてしまうようなものを感じます。
確かに反戦というレッテルの貼り方は、プロパガンダ的でもあり、違和感というか無力感があるかも知れません。でも戦争で被害を受けるのは普通のこどもとか普通の市民。それが近代以降の戦争だと思います。武士同士が戦うとかそういうのじゃなくて、爆撃で無差別に殺されるんだから、めちゃくちゃなことです。戦闘員でない人をたくさん殺すわけですから。
イラクでいえば今10万人死んでいるといわれていても、戦闘員でない人が5割以上いるといわれています。被害者は僕らのような戦闘員でない人間、こどもはその代表だと思います。ですから、スローガンとかそういう問題を持ち出すことではなく、あたりまえのことだとは思うのですが。そうでなければ文化とか芸術というものは、喪失せざるを得ない。科学技術にとってはプラスかもしれないが、文化にとっては絶対にマイナスだと思います。

・・・戦争の話になると、日本がボケているのか、私がボケているのかわかりませんけど・・・。

 そういう雰囲気は僕らも共通していて、非常にやりにくいなとは思います。

・・・ただメッセージ性を含むと見方を規定してしまうのじゃないかなとふっと思ったものですから・・・・・・反戦というと、社会主義的な階級闘争をどうしても考えてしまうんですよ。非戦というのは人道主義的立場に立ったものだけど。

 反戦の問題に関しては60年代や70年代の挫折感があると思いますよ。結局そうはいっても社会は変わらないし、その後日本の場合は、高度成長、バブル期に突入するわけですよね。なんとなく後ろめたい気持ちがあるんじゃないかと思うんです。それに引き寄せて今回の作品もみられる場合もあるかもしれないなと思ったんですけど、僕にとってはそれはどっちでもいいことです。
自分の場合は社会的な問題があって、それから植物に来た。それはもう人間中心主義というのが嫌だったからです。
テレビではイラクの戦争の映像が、湯水のように毎日流れますよね。でも自分の目の前には緑豊かな水田がある。そのギャップに、何かすごく居心地の悪いリアリティーというのがあって、そのあいだに自分の家族の病気ということも経験して・・・。僕は今まで生きていて、その時々の日常の自分自身に一番実感のあるものというか、最も自分が惹かれている問題が速く作品に出てしまうタイプのアーティストだと思います。

・・・誤解を生みそうなので、ちょっと訂正しますが、今回の作品を拝見すると反戦云々は関係ない。イデオロギー的ではなくて、最も無垢なものが傷つけられた姿を表現されているということはわかってるんです。ただ付属物が付いてくると、ちょっと・・・。

 今回の作品は、岡本信治郎さんが計画しているプロジェクトの派生で出てきたものなんですが、岡本信治郎さんという作家をご存じですか。50年代60年代から活躍されている方なんですが 、作風はユーモラスな形態のうちに複雑で奥行きのある空虚感が込められた作品を制作されています。
 鎌倉の近代美術館や新潟市美術館や池田20世紀美術館などで、5年から10年周期に個展をされている方なんですけれども、その方に戦争画を合作でやらないかと誘われました。30年ぐらい前に、それをやられた経験があるということで、そのときに彼が言われたのは一貫して 「反戦というのは絶対駄目だ」 と。要するにスローガンは嫌だと、それを笑いで以って風刺するのはいい。戦争が悪いということはわかりきっている。
だから反戦というスローガンではなくて、存在論として、戦争のいいも悪いも含めて、(戦争にいいなんてことはないんですけども) そういう論理性がありました。「だから存在論として出さないと、どちらにしても、戦争を訴えることなんて誰もできないわけだから、自分はそういう立場でやりたい」 と。
そういう立場を存在論としてとり続けることによってのみ戦争への批判が可能だということをおっしゃっていて、僕の場合は、芸術の上で先ほど話した両義性をずっと続けてきたので、よく理解できました。岡本さんは戦争体験世代の方、だからより慎重でより深い考えを持っていることがわかります。でも、自分の場合は、戦争においても自分自身の個人的な表現として結びつけています。困難をわかった上でもNOといいたい気持ちが強い。それが今のリアルな感情です。
それは世代の違い、あるいは60年代70年代の学生運動を経験していない世代の安易さかとも思うんだけれども、一方では安易でもいいなというところがあるんです。というのは恐らく何も変わらないということははっきりしているけれど、その歴史事体を一回り分、経験した何かが違うんだろうなと思うんです。
あるいは、もうちょっと単純に、芸術をやっているんだけれども、芸術につなげなくてもいい。あいまいな立場があってもいいのかなという気がします。それを厳密に表現者のモラルとして突き詰めていく姿も正しいやり方だと思うんですけど、やはり悪いことは悪いと言えるというあたりまえのこと、そういうことがあるわけですね。世界中で、たとえばヨーロッパで、10万人も集まる反戦運動がおこっているんだけれども、日本でおこらないですよね。その落差の方が僕は非常に不思議な気がします。

・・・日本人は、戦争を抽象的にとらえるのかもしれませんね。

 要するに戦後60年間、この国で戦争はおこってないわけですよ。唯一の例外は地震 ・・・兵庫と新潟と福岡、偶然ですけど、僕は全部にちょっとずつ地勢的な関係があるんです。

・・・そう。日本は戦争よりも今は地震なんですよね。

 去年の政府の発表で、70%ぐらいこの30年間で地震がおきる確率があると正式に発表しましたからね。だから芸術というのはもしかしたらカナリアみたいな存在であって、サリン事件のときなんかでも、カナリアを持って行きましたよね。そこで何かおきればカナリアが騒いでくれる。今それが麻痺してる状況かもしれない。それは絶対というわけではないけれど、そういう役目もあるかもしれないですね。

・・・7月の“いのちを考える 山口啓介と中学生たち”(伊丹市立美術館)でもやはり戦争がテーマなんですか?

 伊丹市立美術館は、毎年作家の個展と伊丹市の中学生たちを集めて、ワークショップをやるんですよ。今年は5年目で、僕が招待されました。 この試みは副館長の坂上さんが、ライフワークとしてやっているものです。普通、美術館の企画展示室に、中学生の作品を展示するというのはすごく過激ですよね。
今はこういう時代だから美術館も工夫をしていますが、この美術館はもう一つ突っ込んで継続的にやっていく。命を考えるというテーマは、僕が考えたわけではなくて初めから決まってたんですよ。美術という場にこどもたちを巻き込んで命を考えようということをテーマにしてる展覧会なんです。

・・・命のことを考えるというのは、今家庭内暴力の問題や、命が簡単に失われることを考えると、大切な部分もありますね。

 中学生にとってはリアルな問題として考える子もいるかもしれない。

・・・ワークショップの案はもう出ているんですか。

 それは自分の 《世界の模型》 を作ろうと。一つは天然なもの、それは植物などです。
僕は、植物をずっと描いていますから。もう一つは、たとえば自分の身の回りの玩具や何でもいいんですが、それを真空パック詰めにして作品を作ろうと思っています。透明な箱に有機的なものと無機的なものをいれ対にし、同時に展示する。そのプランは今のところに徐々にできてきています。

・・・美術館も今までのように絵を飾るだけではなくて、いろいろなプランを提案しているんですね。だから今の方が美術館が身近に感じられますよ。

 非常にワークショップが増えましたよね。でも難しいところがあるんですよ。「きちっと」 した美術は何なのか。ボーダーがどんどん崩れていって難しいと思いますね。作品と正しくリンクして作る場合と、単独のワークショップの場合などは、展示された作品との関係が明確に見えてこない場合もありますね。そこの関係性をリアルに考えないと、美術の可能性を誤った方向にミスリードすることと裏腹です。
ただ、参加して作ってみるとおもしろいものですよ。高崎市美術館で個展をしたときに、カセットテープのケースを1万個ぐらい用意して、試作品を学校で作って、本作を美術館のワークショップでやりました。そのときこどもがすごくエキサイトしましてね。自分がかかわると、美術に興味がわくきっかけになるんです。尚かつおもしろいのは、「山口さんに恥を欠かせないように、がんばります」 (笑)と、小学校3年生がいうんですからね。
子どもたち自身、自分がかかわると全然意識が違うもんだなぁと思いました。その後に僕が薦めていないのに、自分の学校で展覧会も開いたんですよ。抽象的な絵も好き嫌いとかはっきりしてるし、理屈じゃないんですよ。美というものがあって、おもしろいことがあればこどもにも伝わるものがあると思うんですね。こどもが玩具が好きというのもそういうことにすごくかかわっていると思います。

・・・そういうお話をお聞きするとほっとする部分もありますね。DU child の痛ましい姿はつらい話だけれど、平和があって文化を育成するそれが未来に続くということだと思いますね。

 それこそ両方あるんですよ。植物を見るのはおもしろいよと。また一方ではこういう戦争もあるんだということを同時に話していくのはいいことだと思います。

・・・同時代に生きているんだから、それは絶対そうだと思いますけど、なかなか日本にいると、見えてこない部分があるんですよね。

 それは幸せなことですよ。本当は考えなくてもいいのが一番幸せなことだから・・・。

・・・一生何も考えないで生きていければいいけれど、人生というのはうまくできていて、必ず考えなきゃならないときが出てくるんですよね。最後は全部自分に降りかかってくることだから。

 僕の実家はお寺なんですが、人は必ず死ぬでしょ。そのときに医者も必要だけれど、1番必要なのはお坊さんだよ、とある人がいってました。人は最期には死ぬんですからね。
でも DU child
は生まれたときにもう死んでいるんですよ。

・・・本当に理不尽ですよね。警鐘を鳴らすといってもとめられないだろうし・・・。

 そういう姿を芸術に値する行為で残すということ・・・彼は確かにいたわけだから、記録として残す人もいるだろうけど・・・僕の場合はそういう姿を作品として残せるかどうかだと思います。

・・・どうもありがとうございました。

 この間リカさんのニューヨークリポートで、イランとイラクを間違えた人がいると書いてありましたが、実はあれはオサルスのこと。そんなオサルスですから、戦争のことを話すのは恐縮ものですが、できれば皆憎み合わないで平和に暮らせればいいと心から願っているんです。でも自分が置かれている状況で何ができるかといえば・・・無力な自分を感じるのみ。結局今自分にできることを修行のように一歩ずつ続けていくことしかできないんですよね。

山口啓介 関連情報 2005.4 2005.3 2003.9 2003.1 2003.1_2 2001.5 2001.1 2001.1_2 1999.7 1999.1

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