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オサルスのおすすめランチ ランチdeチュ その135

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和風ローストチキンのサンドウィッチ 800円(税込み)

みもざ館
東京都 中央区銀座3-4-17銀座チェリービル1F 03-3567-6633
http://www.mimozakan.com


楢橋朝子作品展 half awake and half asleep in the water 04/05 2005. 4/16−5/19 Zeit-Foto Salon

 画廊へ入って、作品の前で一瞬のめまい。
酔っぱらったときのような平衡感覚を失った戸惑い。
作品のタイトルは、“half awake and half asleep in the warter”、水のなかで半分起きて半分寝ている状態というのは、羊水のなかでまどろんでいるということなのかな。

 聞いてみましょう。

 【今回のインタビューは、2004年度第16回 「写真の会賞」 を、楢橋朝子さんの写真集 「フニクリフニクラ」 (蒼穹舎) が受賞、事前にその会報でのインタビューを拝見してからのものです】

・・・会報でのインタビューでは、「写真には、美術の文脈から近づいた」 という風に書かれていましたが、読み進んでいくと、写真は美術ではないというような言い方になってきますよね。楢橋さんの写真の位置づけというのは?

 大ざっぱな普通の見方でいえば、写真は美術なんです。だけど写真をやっている人達にとっては、写真を美術といい切らない部分があると思うんです。何かいい例えがあればいいんですが、書道が美術館にあるような気持ちみたいな・・・。私は美術館系で、やっている方ですが、それを嫌う人がいますよね。

・・・そうなんですか。ツァイト・フォト・サロンで展示される方達は、かなり美術の文脈に近いような気がするんです。だから一般的な写真のイメージとは違う。
写真というのは、客観的な世界をカメラに写しとることのように受け止めている人がほとんどだと思いますけど、私は写し手の世界の見方が反映されると思っています。だからこういう言い方はおかしいかもしれませんが、楢橋さんの作品は、私のなかでの美術の枠組みにスッポリと入ってしまうんですよ。私にとって美術というのは、その人にとっての世界の見方だから・・・。
タブローや彫刻、版画や写真などジャンルが一見違うだけで、それは作り手のメディアの選択の問題だけじゃないかと思っているんです。

 そういう意味でいえば、私も写真というのは、こういうことがありましたという事実報告みたいなものではなくて、ものの見方だと思うんですよ。だから美術とは違うと否定するのはナンセンスだと思っているんですけどね。

・・・そのお話を前提にしながら、今回の展覧会のことをお聞きしたいと思いますが、展示された空間に足を踏み入れたときに、平衡感覚を失ったような気分がしたんです。会報のインタビューのなかでは不安定さという言葉が随分書かれていましたが、私は不安定さというよりは、これは青木野枝さんの言葉 (詳しくは:http://www.gaden.jp/info/2005/050326/0326.htm) からの引用なんですが、「昔、池で泳いでいる亀と目が合ったことがあって・・・目が合うということはお互いの背後の世界を想像しあうことではないか」 この言葉がかなり印象に残っていて、作品がそういうところから生まれるのは素敵なことだなと思ったんです。なぜこんなことを言い出したかというと、 “half awake and half asleep in the warter” の作品を拝見したときに、亀池で、亀と遭遇したような・・・背後の世界を感じたというか。

 それは嬉しいですね。

・・・水のなかに潜って撮ってらっしゃると思っていたんですが、違うんですか? ウェットスーツを持ってらっしゃるとネットで読んだことがあるんですけど・・・。

 ウェットスーツは持ってますが、着ないですね。写真のためには・・・要するに表面だけでいいんです。けっこういろんなやり方をして撮ったのですが、深さというのもあまり関係ないんですね。見る人は、まんまとだまされてくれるんだけど・・・あれはパフォーマンスをしているわけではないので。

・・・水際からの視線だから、魚が見ているというのは変な言い方ですが、普通の視線ではなかなかとらえられないものですよね。水の際から向こうの山並みを望む。それでレイヤーという言葉を思い出したんです。レイヤーというのは、藤部明子さんや山口啓介さんにお話をお聞きしたときにでてきた言葉なんですよ。レイヤーという言葉を辞書で調べると、【 (積まれたもの・ペンキなどの) 層 ; 地層 ; (社会・組織などの) 階層 】 という意味。 “half awake and half asleep in the warter” の作品では、手前からはるか向こうを望むその層みたいなものを感じた。それは例えば背後に潜む記憶の層みたいな・・・。
“half awake and half asleep in the warter” のシリーズは2001年から制作、その後 “水以外” のシリーズを撮られたんですか。

 並行して撮ってます。写真は、今日から次のシリーズということではなくて、1冊写真集にまとめたからといってその要素が自分のなかで消えるわけでもないし、次にすぐコンセプトが生まれてくるわけでもないので、徐々に時間とともに変わっていくものだと思うんですね。あのシリーズにしてもはじめは、たまたま海に遊びに行ったときに陸を撮ったら、ちょっと変な感じだったので・・・。
でもはじめて発表したときは、けっこう評判がよかったんですよ。とくに外国の人に伝わるというのはおもしろい体験でしたね。それまではあまりそういう反応がなかったものですから・・・。

・・・水のなかからの撮影は、いろんな要素を含んでいてミステリアスな感じはしますよね。

 “half awake and half asleep in the warter” のシリーズを見て、イメージを膨らませる人が多いみたいなんです。 「浮き輪で浮きながら撮っているの?」 (笑) とか、そういうイメージを与えていることはよいことだと思うんですけれども、幻想を壊さないようにしないと・・・。
船から撮っているのとかいろんなことを聞かれますよ。

・・・それだけ関心が深いということなんじゃないですか。亀の背後にある世界に惹きつけられるというか。そこにはっきりとしたものの見方があると思います。

 ものの見方や考え方ですよね。

 お待たせしました。和風ローストチキンのサンドウィッチ (800円 税込み) でございます。

こちらのお店は、ギャラリー・アート・もりもと (http://www.artmorimoto.com/) の佐々井さんからのご紹介。

「私は甘いものを食べないのから、この“癒しのプリン”試食してみて、知人が喫茶店を銀座でやっていて、持って来てくれたの」
といわれて、画廊でご相伴させて頂いたもの。

 とても美味しかったので、さぞやランチも美味しいだろうと。ご紹介して頂きました。

 銀座で20数年。老舗の喫茶店です。

 しかし、楢橋さんも甘いものをあまり食べるようにはみえないですよね。

「ええ、ほとんど食べません。でもまったく食べないこともないんですよ」

 すみません無理にお誘いしてしまって・・・。

 和風ローストチキンのサンドウィッチは、トーストに照り焼きチキン・カイワレ・水菜が挟んであって、マヨネーズ味。
トーストのサクサクした食感と、カイワレと水菜のシャキシャキ感、照り焼きチキンのジューシーさがブレンドされて美味しい。一気に完食。ごちそうさま。

 朝が遅くて、これからお仕事という楢橋さんはプリンのみ。こちらの “癒しのプリン” は、TV、雑誌で話題の銀座みやげとか。ミルクプリン・寿宝卵・マルコポーロの3種類。
どれも皆美味しそう・・・でしょ。
岩手県の酪農限定牛乳を使ったミルクプリンは上品なテイストでした。

 ケーキというのはガラスケースを眺めるだけで幸せな気持ちになりませんか。だって食べちゃうと太るから見てるだけの方がし・あ・わ・せ。

・・・ “NU・E” のシリーズは、かなりクローズアップで撮られてますよね。 会報のインタビューでも、「物事がはっきり映っているものを “NU・E” の写真集に入れたんです。あいまいという言葉が最初にでてくるような写真は入れない」 といっていた。今回の “half awake and half asleep in the warter” のシリーズはあいまいさがありますよね。はっきりしたものからあいまいさへの移行は、ご自分のなかではどういう展開が・・・。

 客観的に見ると、 “NU・E” のシリーズと “フニクリフニクラ” 、 “half awake and half asleep in the warter” のシリーズは、3人の別人が撮ったみたいとよくいわれるんですよ。自分でもすごく違うなと思うんだけれども、ずっと見ている人からは 「同じだね」 といわれたりもする。
でも、まぁ、通底しているものが何かあるんだというのはありますね。それはなんだかわからないし、これからのシリーズでは、もっと、とけあうのかもしれないけれど・・・。
でも私としては、 “NU・E” のシリーズは即物的に、できるだけはっきりしたものを撮りたくて、わざととそういうものを集めた感じがあったんですね。けれどもだんだん距離感がでてきて、最後に海に落っこちちゃったと自分ではいってるんです(笑)、これからどう変わるかまだわかりませんね。

・・・私は、今までのシリーズのなかで “half awake and half asleep in the warter” のシリーズが一番入りやすかったんですよ。先ほど話した亀の目線というか、何か背後のものがあるんだろうと思ったので・・・。
でもそれを言葉でいい表わそうとしても、いい表せるものではない。もちろん言葉に表せないものを写真に撮っているわけだし、美術家は皆そうなんだけれども・・・それに言葉というのは、話し言葉でコミュニケーションしているときは、わかったつもりになっていても、実際にそれを文字化したときにズレが生じる。え? こんなこといっているとか(笑)。でも今回の作品は、先ほどお話したレイヤーの部分、此岸から彼岸へ、彼岸から此岸へ行きつ戻りつする部分を体現できて、とても入りやすかったというか・・・。

 確かに言葉もそうなんですが、写真を撮っているときも、撮ったときの感覚というものほど信用できないものはなくて、それを撮ったときに“やった”と思えばあとで裏切られるし、あるいは全然記憶にないものを撮ってもあとで見たときによかったりする。そういう意味で自分の感覚とかそういうものを信用していないですよね。

・・・これだと思って撮っているわけではないのですか。

 そうですね。

・・・会報のインタビューには、 「四六時中アンテナを張って撮っている」 と書いてありましたが、その日の体調や天気にも左右されるだろうけれども、本数はかなり撮られるんですか。

 今は、曇りの日はスウィッチオフにしようとか、そういう切り替えはしていますが、いつでもカメラを持って歩きますけどね。微妙に変わってきている部分もあるけれども、どんなシリーズでも量は撮っている方だと思います。要するに何も信用できないわけですから、一眼レフじゃなくて、レンジファインダー・・・。

・・・レンジファインダーというのは?

 シャッターと覗いた部分がずれているんです。覗いて撮ると全部水没写真になっちゃうんです。はじめの頃は水没写真の連続でしたけれどね。

・・・水際から見上げながら撮るわけですよね 。

 レンズがうまい具合に水面にかかっているかなというところで、シャッターを切っています。

・・・ファインダーは覗かないんですか?

 覗かないんです。カメラの構造で覗くと水没になる。むしろ当たりとしてはやりますが、ノーファインダーですね。

・・・それをお聞きして思い出したんですが、作家の榎倉康二さんが、写真を撮るときに、ひどく酔っぱらって撮ったことがあるというインタビューを読んだことがあります。 「ものと自分との距離をすごく遠く意識するか、逆に極端に近づくようになる。距離感のバランスが崩れて、かなりおもしろくなるんです」 といわれていました。ある意味で、意識が低下したときに何が見えるのかということを、いってらしたのかなという風に思ったんですが・・・。

 酔っぱらって撮っていてもけっこう意識は残っているんですよ。撮った覚えのない写真がいくつかありますけど、それでもなんか・・・もちろん何を撮ったかわかんないというのがあるんですけれども、なんか自分を模倣していたりして、やんなっちゃいますよね(笑)。

・・・ここで少し話を変えますが、去年 “BankART 1929 「横濱写真館」 ” で拝見した作品は、“フニクリフニクラ” のシリーズなんですよね。 “フニクリフニクラ” というのはフォークソング?

 「赤い火を吹く火山へ行こう」 という歌詞の、けっこう不気味なフォークソングです。

・・・このシリーズを拝見したとき、ものを見る視線がすごくおもしろいなと思ったんですが、それは言葉にしづらい部分がありますよね。

 それが会報のなかでいわれていた、外国に紹介しにくいということなんです。

・・・まぁ言葉にできなくても作品が語ればいいわけで、でも作品が語り過ぎるのも、私はどうも・・・好きじゃないというか。

 よくわからないのは、このシリーズで何をしたかったんですかといわれることなんです。この “half awake and half asleep in the warter” のシリーズでも、何を撮ろうとしたんですかという人がいて、よくそういう質問をするなと思うんですけどね。

・・・見る側にしてみれば、展示してある空間に入ったときに、何かを感じるか感じないかだけだと思うけど。さっきの亀との出会いじゃないけど背後にあるものを感じられる場合と感じられない場合があるだけじゃないかと・・・。この展示されてるシリーズを拝見していると、かなりいろんな場所で撮ってますよね。旅にでるのは気分を変えるためですか。

 水がないからです。東京だけ撮っていると景色が変わらないじゃないですか。やはり海だとか湖だとか別の景色が欲しいんですよ。だからそれぞれ別の土地に行くだけです。私は旅というよりも移動だと思っているんです。旅というとロマンチックとか、センチメンタルな気分がでてくるじゃないですか。最近の男の子の方が、そういう意味での写真を撮るときのおセンチな旅好きが多いですよね。私は移動でいいと思っています。ただコツコツと水場を求めて、それこそ亀のように(笑)。

・・・この “half awake and half asleep in the warter” のシリーズは、これからも続くんでしょうか。

 まとめたいなと思っているんです。もうちょっといろんなオファーがくるかなと思ったら、意外とこないですよね。待ってる感じかなぁ。

・・・写真家の方は、写真集をけっこうつくりますよね。画家だと画集を出すのは、かなり年配になって有名になってからだと思うんですけど。

 シリーズものの場合は、写真集にして終わる場合があるんです。私はまだ2冊しかつくってませんが、でもそういう風潮が今はありますね。

・・・でも写真集というのは印刷物じゃないですか。こういう言い方は変かもしれませんが、それは図柄という記号というか。印刷というのは、作品そのものが持つ物質観を超えることはできない。また空間の場を変えることはできないと思うんです。

 カタログというか1冊の本として見るしかしょうがないですよね。でも写真集至上主義の人が多いと思いますよ。写真集を1冊出したいと思ってやっている人はすごく多いと思います。あとグラビアに載りたいとか。ものとして写真を考える人の方が少ないと思いますね。アーティスト系の人はものとして思ってると思いますけどね。

・・・そうすると空間をつくっていくということは?

 場を変える楽しみというのは、美術館でやるようなことだと思いますね。それまではずっと自分のギャラリーでやってたりとかして、場はあるけれども、いつも同じ場所ということだったから・・・。

・・・以前 “03FOTOS” というギャラリーを自主運営されていたと、【main】 (詳しくは:http://www.gaden.jp/info/2004a/041127/1127.htm) を読んで知りました。何年ぐらいされていたんですか。

 90年から10年位はやりましたね。

・・・作家は何人ぐらい紹介されていたんでしょう。

 自分が無名で、棚ぼた的にそのギャラリーができたわけで、別に私がキュレーターみたいに作家を紹介したことは全然ないんです。ここでやりたいという知り合いに貸したことはありますけど。ただ石内さんと 【main】 展をしたときはそういう意味合いがあったのかもしれませんね。それまでは人を育てるなんて、自分が育ってもいないのに(笑)。

・・・まだやってらしたら、拝見したかったんですけど残念です。

 またいつかやるかもしれませんけどね。

・・・でも場があるとしんどくないですか。

 維持していくのはしんどいし、逆に2週間限定で年に1回というやり方はあると思うんですけど、そこでしかできないものにしないとおもしろくないですね。

・・・場があると場に縛られてしまうから・・・。

 そうですね。だから今はフリーですごくいいですよ。

・・・最近写真のギャラリーも行くようにしているんですが、そういえば飯沢耕太郎さん(詳しくは:http: //www.gaden.jp/info/2004a/041217/1217.htm)が、写真展は、月に300-400はやっているといってましたっけ、全部網羅するのはとても不可能。他の方の作品はよくご覧になるんですか。これはすごいなという作品には、なかなか出会わないですよね。

 たまに行きますけど、すごいと思ってもそれがなんだというか、自分に何が返ってくるのかなと・・・もちろん知り合いというか、石内さんの展覧会には行かないわけにはいきませんけど(笑)。

・・・作品を発表するということは、そこでコミュニケーションが生まれるということですよね。でも会報のインタビューを読むと、コミュニケーション自体を否定されているような感じを受けたんですが・・・。

 発表するときにコミュニケーションが発生するのは全然いいんです。私が否定したのは、カメラを使ったコミュニケーション。つまり人を撮るときに、街で声をかけて友達になって撮るというのは、今若い人には多いんですが、そういうのは気持ち悪くてうざったくてしょうがないという意味でのことです。若い人は、コミュニケーションツールとしてのカメラみたいなことを書くんですよ。そういうのはイヤで・・・。

・・・それはイヤですね。でもこういう質問をすること自体が、会報のインタビューを読んで、こちらが勝手に作り出した楢橋さんのイメージで質問してしまったような気がします。
でも作品を拝見すると、私が思っていたイメージと全然違うんですよね。そのギャップはけっこう怖いなと思いました。例えば今話しているこの会話を文章化したときに、また違う揺らぎができてしまうかもしれない。見方は千差万別ですから。

最後に、これからのご予定がありましたら教えてください。

 “half awake and half asleep in the warter” のシリーズは時間がかかるので、新作ということにはならないと思うのですけど、まだ未定ですが、ゴールデン街アートフェスティバルというのがあって、略して、GAW展。今までは瀬戸内海の島や竜飛岬で行われていて、2回目と3回目につきあいました。今回は新宿のゴールデン街で展示する予定なんです。

・・・それは楽しみですね。今日はどうもありがとうございました。

 “03FOTOS” は現在はウェッブサイト (http://www.03fotos.com/) で見ることができます。 【main】 でも、楢橋さんは文章を書かれていますが、こちらの “inside outside” でも読むことができますよ。
石内さんのときもそうだけど、文章を書いておられる方にインタビューするのは、とてもイヤなんですよ。自分のオサルスかげんがわかってしまうから・・・おまけに楢橋さんは20年来校正のお仕事されているそうなんです。
 以前本江さんとのインタビュー(詳しくは:http://www.gaden.jp/info/2003a/030510/0510.htm)で、 「君は誤字脱字がすごいね」 といわれたオサルスなので、緊張しますねぇ。誤字脱字も個性のうちなんてことはプロには通用しないだろうし。


楢橋朝子作品展 half awake and half asleep in the water 04/05 2005. 4/16−5/19 Zeit-Foto Salon

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