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オサルスのおすすめランチ ランチdeチュ その141

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アサリと季節の野菜のガーリックパスタセット 1680円

クロアチア レストラン Dobro
東京都中央区京橋2-6-14 日立第6ビル
TEL03-5250-2055

http://www.dobro.co.jp/

 

 6月にご紹介した文京アートさん(http://www.gaden.jp/info/2005a/050609/0609.htm)が、7月の京橋界隈(http://kgs-tokyo.jp/kgs.htm)で初めて現存の作家を展示されるということで訪れてみると、綿引展子さんじゃありませんか。綿引さんの作品は1月に行われた 「愛と笑い、そして孤独」 展(東京都現代美術館)で拝見したばかり。作品もユニークだけど、タイトルもとてもユニーク。
たとえば 「断念と自由を同時に信じる」 という作品は、歯を食いしばっている姿なのかなぁ? 確かに断念と自由を同時に信じたとしたら、歯を食いしばらなければ生きられないような気がするね。
聞いてみましょう。

・・・綿引さんの作品はタイトルがとても面白いですね。タイトルはどのようにして決めているんですか。

 まず最初にこういう絵を描こうと思って、メモからはじまるんです。たとえば 「信頼を強要する」 であれば、“人の顔、口を開いていて、顔の色は黄色、目がまっすぐ前を見ている” というのが最初のポイント。私の絵は最初にデッサンをしないでいきなり描き出してしまうんですよ。タイトルは発表する前にしかつけなくて、アトリエにあるときには、呼び名で読んでいるんです。

・・・そうなんですか。

 ですから、発表するときには作品をより分かりやすくするために、最初のメモに戻って、タイトルをつけています。

・・・歯切れのいいタイトルですよね。

 自分自身の言葉で作るときもありますが、言葉のプロではないので、詩から好きな言葉を選んだりしています。詩というのは、単語の並べ方がきれいだから、言葉の並びを借りてつけたりしているんです。はじめの頃はタイトルを長くつけたりしていたんですが、そうすると英文に訳したときにとても大変な作業なのでそれが身にしみてしまって、なるべく短くしようと思ったんです。それに翻訳を誰かにお願いするときはいいんですけど、時間がなくて、自分でやらなければいけないときは、まったく違う英語になっていたりして(笑)。
自分の中では繋がってるんだけれど、言葉でそれをきちんと説明するのは、ちょっと苦手かな。

・・・でもタイトルと作品が互いに寄り添っているような気がするんです。タイトルにはシリアスな現実の社会性が込められていて、作品はシンプルなんだけれど、不思議なユーモアを感じるというか。

 そうかもしれないですね。言葉の方は、きちんとした文章から選んでいるから。でも絵はバッサリとすべてを省略している。目と口で表現している部分があるから、言葉の方がより社会性を持っているのかもしれませんね。
以前いわれたことがあるんですけど、『タイトルを書いていないと、何が書いてあるのか分からないし勝手に想像すればいいというのでは、あまりに無責任に投げ出しているような感じがする』 と、それからなるべくタイトルをちゃんとつけようと思って、そのときから詩から選び始めたんです。タイトルがある方が分かりやすいんですけど、自分としては、本当にそうなのかどうかはじめから全然実感はなかったから、本当にこのタイトルで分かりやすいのかしら?

・・・言葉は言葉の世界があるし、絵は絵の世界がある。その寄り添い方が、不思議な魅力を醸し出す。現代美術館のときにすごくそれを感じました。

 現代美術館のときは、各作品にタイトルがついていましたが、画廊の展覧会は一覧のリストにして貼ってしまうことがありますものね。

・・・先ほどメモを取るとおっしゃってましたが、イメージがまず頭に浮かぶんでしょうか。

 つまりこの絵だとまっすぐにこちらを見る。あの目は意志を表しているのね。口は肉体なの、私の中ではね。それが共存して、「同じ強さで正面を向いている絵を描こう」 と思うわけですよ。そうすると,ほとんどこの絵はでき上がってるんだけども、細部の首のところとかは描きながら処理していくような部分で、色は・・・黄色い顔にしたのは、元々日本人は黄色い顔だから。時々青にもするんですけど、ほとんど黄色い顔ですね。

・・・ところでモデルがいるんですか?

 肖像画として描いてるときもあるんだけれど、それはモデルになった人に嫌がられるから絶対いわない(笑)。

・・・楕円の目に、楕円の口。

 歯を描いている口は最近描き始めたんですけど、この間ある方から、「歯を食いしばって生きているの」 といわれて、「なるほどなぁ」 と、人の解釈に自分で納得してしまったの(笑)。目はね・・・これは私の価値観だけれど、目は意志。目のない人は意志を強く出さない人として描いているんです。目がいっぱいあるのは、意志がいっぱいあって定まらないというような意味。意志がいっぱいあってもいいわけではないので・・・。ちょっと前までは、山とか風景とか抽象的な感じの絵を描いていたんだけれど、人の顔はいろいろな意味づけがしやすいから面白いと思って・・・。

・・・目がいっぱいあると社会を意識しちゃうような気がしますね。世間にいるというのは、色んな目にさらされていることだから。綿引さんの作品は、現実との接点があってすごいなと思う。

 やはりね社会性は大事だと思ってますよ(笑)。社会性がなければ作品を見せる必要もないし、私は絵を描くことでしか社会と接していないし、絵を描くことで考えているから。

・・・少し話しを変えますが、和紙にオイルパステルを使っているとお聞きしましたが、何故紙を毛羽立たせているんですか。

 毛羽だっちゃうというか。いい和紙は値段が高いからそんなに毛羽だたないけど、予算がないという悲しい事情があるので(笑)。元々はキャンパスに絵を描いていたんです。キャンパスに下地を作ってオイルパステルで描いていたんです。でもオイルパステル自体がキャンパスに描く画材じゃないから、下地を作っていても、耐久性に問題があるんじゃないかといわれたことがあって、和紙に変えたんです。
元々木版画をやっていたから和紙はまわりにありました。洋紙はサイズがすごく限られるんですよ。大きいサイズの洋紙を手に入れようと思うと特別注文じゃないと無理なんです。和紙はふすまとか屏風とかで使うから、大きいサイズのものが手に入りやすい。それに私はあまり訓練を受けてないから、筆で描くのがちょっとうまくないんですよ。
筆はある程度訓練がないと最低限をクリアしない部分があるでしょ。オイルパステルとか鉛筆とか、直接こりこり描ける画材の方が作業しやすかったので、そのまま合体してオイルパステルと和紙になったんです。キュッキュと描いていたら、すぐ毛羽立ちますよ。礬水引(どうさびき)してあるものはなりませんが、生の紙だとなりますね。今はほとんど雲肌麻紙を使っているんです。

・・・今は、絵だけで生活されているのですか。

 なんで生きていられるのか分からないんですけど(笑)。でもまあ生きてるからなぁ(笑)。家賃のない暮らしをしているので、・・それで何とか暮らしてます。

お待たせしました。

今日のお薦めの 「牛肉のパスティツワーダ」 (牛肉の頬肉を赤ワインで煮込んだものに、ガーリックライスとペンネが添えられている1200円)とアサリと季節の野菜のガーリックパスタセット(前菜+デザート+コーヒーつき1680円)です。

「大理石のエントランスが素敵でしょ。静かだし、落ちつけてゆっくりできるんですよ。藍画廊で個展をしたときに頻繁に来てました。ここの料理はきれいだから美味しそうな気がするでしょ」 と綿引さん。

本当にきれいですね。
オサルスはパスタセットを注文したんだけれど・・・。
前菜の vichyssoise は、芥子菜のグリーンが目に鮮やか。でも vichyssoise はフランス料理。

こちらのお店はクロアチア料理だから??

クロアチアというのは、「戦争」 「民族紛争」 が ある危険地域のイメージがあるけれど、アドリア海の秘宝と呼ばれ、ヨーロッパではかくれたリゾート地として有名だとか。料理はイタリア料理と東欧の料理がミックスされ 「ワインや新鮮なシーフードのおいしい国」 だそうです。

 こちらのお店のドブロという名の意味は英語の GOOD! と同じで、気軽に良いと表現される言葉。
確かにこの vichyssoise は VERRY GOOD。じゃがいもをベースにキュウリとトマトとホタテ貝が入って絶品です。
スパゲティーも野菜がふんだん。ズッキーニは西洋カボチャの一品種だから、カボチャのまったりとした質感がパスタと相性がこりゃまたGOOD。さっぱりした味付けに思わずボーノ! おいおいここはクロアチア!

7月4日からの京橋界隈巡りの折には、クロアチア レストラン Dobro の美味しいランチをお薦めいたします。


・・・そういえば「愛と孤独、そして笑い」展で笠原さん(http://www.gaden.jp/info/2005a/050115/ 0115.htm)がカタログに、綿引さんが最初に絵を描き始めたモチベーションは、「社会にはいい人しかいない・・・?」 と書かれていたように・・・。

 いい人しかいないじゃなくて、「私の作品は、初めて人間をいいものだと感じたときからはじまった」 だと思います。それは私が作品を作りはじめた頃の根源的なもっとも大事なところ。私は元々版画をやっていたんですよ。版画は器用でなければ作れないということがやってみて分かって、こんなことが簡単にできる人たちが版画を選んだんだなって・・・。でも自分は何かを作りたくて版画を選んだんだけれど全然うまくできなくて、そのときにそんなできもしないことに苦労するのではなくて、何を表現したいのかに苦労した方がいい。版画を辞めよう。
すごく試行錯誤して、どんな形で自分が何を作れるかずっと考えていたんです。そのころは若かったし、食べれもしないから、お勤めをしていました。
勤めといっても、サラリーマンは時間の制約があるし、デザイナーはクライアントの制約がある。だから社会に必要なことをすべきだと、福祉の仕事を選んだんです。それは事務仕事なんだけれど、結果的には障害者の人たちといっしょにいることが多かったんです。そのころ25-6歳でしたが生まれて初めて“人間はいいものかもしれない”と、それまで思ったことがなかったことに、そのときに気がついたというか・・・。

 でもそうだとすれば、もっと自分を信じてもいいかなって・・・本当に今自分がしたいことを、思っていることを作品にすればいいんじゃないかと。その結果、自分を信じて物を作れるようになっていったんです。

・・・初期の10年間は、幼少期の写真と素描や様々なオブジェをコラージュした箱の作品を作り続けていたんですね。

 写真はものすごく言葉があるように思うんです。だからそのときにずっと言葉で作品をメモする習慣がついたんです。「まずこのくらいの大きさで、何色とか言葉で書いて・・・(笑)」 それが残っているんですけど、写真よりも絵の方がはるかに抽象的なので、しかも何を描いてもいいわけじゃない。それがすごく面白かったんです。「何を描いてもいいのよ」 なんてね。

・・・何を描いてもいいはずなのに、自己規制する人が多いですよね。

 私は本当にちゃんと絵を習ったわけではないので、何をどう表現するのかということを教えてくれる先生がいない状態ではじめているので、タブーがないんです。

・・・それは良かったですね。

 自分では分からないんだけど、今から思えばね。もしかしたらかわいそうだったかもしれないし(笑)。

・・・私は間違って美大に入ってしまいましたから、その結界を破ることができませんでした。

 ちゃんと刷り込まれてしまった人はそれを壊すのが大変なんですよね。でも性格もあるかな・・・ものすごい頑固なんです。人のいうことを聞かないしね(笑)。それまでずっとオブジェを作っていて、今度の展覧会から絵を描きますといったら、まわりの人たちが心配して、「いきなり絵で展覧会をしますとかいっていいのか」 といわれたことがあります。それは発表する前も後もいわれたんです。「絵というものは、こういうものではない」 みたいなことを・・・。それを聞いてずいぶん自分と違うんだなと思いました。でも自分は天の邪鬼だから、全然反省もなく(笑)。

・・・先ほどいわれたように、絵は描いてはいけないものはない。そういえば画歴を拝見すると82年に発表してから、毎年必ず展覧会をされていますね。

 そのころは貸画廊を借りて発表していました。当時は半年に1回発表する人もいるぐらいだったから、ローテーションが早かったんですよ。自分もその流れに乗って、1年に1回ぐらいだと経済的にもそんなにきつくないから大丈夫かなぁって思ってやっていたんです。
でもあるときふっと疑問を感じて、「もしかして自分の絵を見たいのは自分だけかもしれない。自分で勝手に展示して、ほれ見ろといっているだけかもしれない」 だから貸画廊を借りて、展覧会をするのは辞めようかなと 「本当に私の絵を見たい人がいるかもしれない」 ということを信じて辞めてみようと思ったんです。そのときから展覧会数が減っているはずです。でもそのときにたまたま私に声をかけてくださる方がいたから、生きて来れたんだと思うけれども、3-5年も間があいたら絵を描けていなかったかもしれないなと思いますね。

・・・なるほど。

 画廊を借りてずっとやっていくような・・・私は経済的にも精神的にも、自分だけで自分を支える元気がなかったと思うのね。だからずっと画廊を借りてやっている方はすごい精神力だと思います。

・・・でもずっと借り続けているのは厳しいと思いますよ。展覧会は目が見に来るもので、耳が見に来るものじゃないから・・・目はやっぱり怖いなと思います。

 耳が見に来るのを想像しちゃいました(笑)。

・・・先ほどモデルがいるといってらっしゃいましたが、自画像ではないんですか?

 全然自分ではないと思います。人間を描いているんです。人間と思って描いているんですけど、私に似てるという人もいるし、自分に似ているという方もいる。多分私が肖像として描いているのを見たら、描かれた本人は自分じゃないと思う(笑)。

・・・でもモデルの人が意志が強い人であればそういうふうに描いているんでしょ。その人のオマージュじゃないけれど・・・。

この人について私が思ってることを描いています。先日の現代美術館のときも、学芸員の人の顔 を描こうかなと思ったんですけど、描けないんですよ。何故描けないのかと思ったら、そんなに良く知らないやと思って、お仕事をいっしょにさせてもらっているけれども・・・関わらせてもらってる時間が、まだ少ない。
最初に会った印象とか、いろいろなその人の印象がありますよね。だからそれがものすごくいっぱい溜まらないと描けないんだと分かった。いつか描ける時が来たらこっそり描きたいと思ってますけど・・・。私はものすごく愛情をもって描いているんだけれども、あまり通じないと思うんですけどね(笑)。

・・・そんなことないでしょう。でも面白い作品ですよね。

 自分の中では、一つ一つ具体的な意味合いがあるんですよ。たとえば100号の 「ふいにあふれるのだ」 は、青いのは涙なんです。口から涙・・・要するに肉体から悲しみが出てる絵なんですけど・・。

・・・涙だとは思いませんでした。いわれてみるとまた違って見える。見る人によっていろいろな取り方ができるのは絵の持っている面白さだと思います。
「これはこうです」 という答えだけではないから。

 あまり直接人にいってしまうことはどうなんだろうと思うこともあるんです。「こうだ」 と思って描いているんだけれど、360度開いているのが絵の面白さだと思うから。

・・・最近の絵画の傾向として画面に多次元空間を表すというか。そういう作品が多いんだけれど、私は、ひとつの存在として見えるもの。そういう強さを持った作品にこの頃惹かれるんですよ。

 全部、お膳立てができていて、そこで作品として成り立つんじゃなくて、私はたとえ河原に転がっていても、人の描いたものだというのがわかるものの方が、いいというイメージがあって・・・要するに、1点が1点がちゃんと独立していて、大きさとかにかかわりなくちゃんと完結している。ひとつのもので成り立っているものというかね。

・・・文京アートで小山田二郎の作品を拝見したときに、たとえ作品が人の手から手へ変遷していっても、作品がちゃんと一人で歩いていく。その歩いている姿がいいと思ったんです。すくっと歩く姿が立派だなって・・・それが残るということかもしれないなと思うんです。作品がシチュエーションを選ばないというか。画廊にあっても美術館にあっても別にそれはそれだと思うんです。

 作品は自分が仕上がったと思った段階で、独立した人格を持っているような気がして、画材の性格上もあることだから、ずっと手を入れることはしないんですけど、「終わりましたといったら終わりなの」。
たとえば10年ぐらい前の私の作品を見ると、時間を旅してきたんだなぁって感じで・・・すごく客観的に見れる。

箱のオブジェは10年くらい続けたときに限界を感じてしまって、絵も、もう10年くらい描いているんですけど、絵は面白いけれど、元々根っからの絵描きでではないから、何か作りたいだけだから、そういうこだわりはないんですね。ずっと続けてきて技法に愛情を持ってる方っていますよね。私の中にはそういうのはないと思う。
箱のオブジェを作っているときも、いつか限界を感じるとはまったく思っていなくて、ある日ストンと限界が来たんです。だんだん箱に写真を入れるというスタイルになってきてしまったのね。あとはバリエーションだけだから 「つまらないよなぁ」 と感じてしまって・・・。

・・・ある日限界だと感じたら?

 和紙も好きだし、オイルパステルも好きだけれどこれでなきゃ駄目という愛着はないんです。皆さんがこの素材感を喜んでくださるのに、申し訳ないと思うんですけど・・・。
ずっと描いているかもしれないし、この素材で表現するのを辞めてしまうかもしれない。自分がこうなんだって決めるのが嫌なんですよね。結局自分というのは堅いものじゃないでしょ。社会の中で凹んだり凸ぱったりぐにゃぐにゃしてるものじゃないですか。考え方だって変わったりとか、だから規定が無ければ無いだけいいと思いますね。どこの誰かでいることが一番快感だったりして・・・。

ありがとうございました。

綿引展子展 http://www.kgs-tokyo.jp/interview/2005/050627b/050627.htm

文京アート http://kgs-tokyo.jp/bunkyoart.html

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