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オサルスのおすすめランチ ランチdeチュ その147

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クウェトウナム・セット 970円
(タイ風きしめん、鳥肉とバジル菜の炒め物かけご飯、サラダ、コーヒー付き)

Restaurant Tara タイ王国レストラン
国分寺市本町12-2-12コロムビルB1F
TEL 042-321-6116

 

 便秘の時 (冒頭から失礼) には、本屋さんへ行って本の背表紙を見ていると、必ずモヨオしてくるのは、オサルスだけなのかな。と思いネットで調べて見たら、かなりの確率で、そういう人が多いんですね。
 なぜなのか、インクや紙の匂いなど諸説あるけれど 「棚に並ぶ本の中から好みの本を選ぶという作業を脳が行う時に、脳内で使う部位が排泄をつかさどる部位と隣り合っているために起こる」 という説が有力のような気がします。そうじゃないと、本屋さんに勤めている人は、年がら年中トイレに駆け込まなきゃいけませんからね。

 なぜこんなことを書いたのかといいますと、去年戸村美術画廊で、
「今度、宮部みゆきさんの本の表紙を描いたから、見てくださいね」
といわれ、その話はすっかり忘れていたんですが、書店のトイレでスッキリして、出てきたところに平積みされていたのが、宮部みゆきさんの 「孤宿の人」。
 ん? そういえばと。思い出して手に取りますと、カバーは、北村さゆりさんが描いているではありませんか。
北村さんといえば、「水」 の作品の印象が強いのですが、その絵は本来の作品とは全く違った魅力を開拓されている。正直びっくり! チャレンジャーだなぁ。

 今日は作家の北村さゆりさんに、ランチのお店を、ご紹介していただきました。

・・・挿し絵の仕事というのは、いつごろから?

 1997年に初めて新聞の連載小説 (〜98年まで。村松友視著 悪友の条件 静岡新聞朝刊連載) の挿し絵を手掛けたんです。最初は白黒でしたので、原画も白黒で描いていたんですよ。
挿し絵は初めてですし、まして新聞の連載だから毎日のことですので、似たような絵が続いたりしますと、友達から電話がかかってきて、「同じじゃない」 と指摘されるんです。それで心を入れ替えて(笑)、描くようになりました。

・・・挿し絵の原画のサイズは、どのくらいですか。

 結構小さいですよ。はじめ編集者から 「はがきに描いてくれればいいよ」 と言われて、はがきに描くようにしていました。カラーになっても殆どが葉書サイズですが、わたし的には、白黒よりもカラーの方が描きやすかったのです。

・・・確かに 「北村さゆり 挿画集」(98年出版) に掲載されている、白黒とカラーの作品の両方を拝見していると、カラーの方がのびのびとしているし、細やかな情感が伝わってくる。描くのを楽しんでいらっしゃるようにも見えますね。

 というのはですね。編集者から届いた掲載分の文章を読んで、その日の文章を色に変換してから、イメージを再構築して創っていったからなんです。色の方がイメージしやすいというか、白黒の濃淡で描くよりもピタっと気持に合うんですよ。

・・・なるほど。連載小説の挿し絵のあとに本の挿し絵を描かれたのですか。

 そうですね。その後に村松友視さんが、月刊誌に 「奇天烈な店」 という小説を執筆されて、挿し絵を仰せつかりました。村松先生は現実にあるものをネタにされる方ですので、実際に 「奇天烈な店」 のモデルにされたお寿司屋さんに、連れて行ってくださったんです。

・・・この 「奇天烈な店」 は実際にあるお店だったんですか。

 ええ。阿佐ヶ谷のお店が舞台なんです。ただここはランチをやっていないですよ(笑)。架空のお店としてなら取材OKなんですけれど、実際のお店の取材は全部お断りのようです。ここのお店に行くようになってから、日本酒を飲むようになりました。今まで日本酒のおつまみが、こんなにおいしいものだと知りませんでした(笑)。

・・・挿し絵のお寿司がおいしそうですね。

 どれもすごくおいしくて、描いていて楽しかった。
胆汁舐めたことありますか。爪楊枝の先につけて、舐めて味わうんですよ。鰈の胆汁を塩漬けにして、凍らせてドライにして室温に戻して、それを3回繰り返すらしいんです。そうすると少し塩がふくんですよ。

・・・聞いているだけで、よだれが(笑)。

 (笑) 話を戻しますと、編集から届いたFAXの原稿を読むと、お料理のことが小説にでているから、そのメニューについて親方に問い合わせ、親方の都合のいい日と、、私の都合のいい日を合わせて出かけて行きます。
2時ぐらいから5時ぐらいまでの間の3時間ぐらいで描くんですが、お寿司屋さんだからお店の中は結構暗くて、照明がオレンジ色のライトなんですね。それで、自然光の入る入り口の所に食べ物を置いて、そこで描きます。現場で描くのは本当に楽しいですよ。私は、こういう仕事が大好きなんです。

・・・現場に行って絵を描くといいますと、絵の具も持っていかれるのですか。

 そうです。原画は水彩画なのでペンテルの12色の絵の具を持って、紙を何種類もバックに入れて、現場に行ってその場で描いて、家に帰ってから編集します。この作品は、グレーの紙の上に水彩で直接描きました。2時間くらいかかったでしょうか。

・・・ところで、まだ小説を読んでいないので、本の内容を教えてくださいますか。

 奇天烈な店の御主人は、天才肌というか。職人気質の確固たる舌の持ち主なんです。そこで御主人と常連客の間で交わされる人情の機微に富んだ会話が面白いんですね。登場人物も二人くらいが滑空の人ですけれども、ほとんど実際にモデルがいて、その方のイメージを膨らませて、書いていらっしゃるみたいです。
 小説の後書きに、
「とことん工夫し、隅々まで食することこそ、魚に対する礼儀であるという親方の精神には仰天の連続だった」
と村松先生が書かれているのですが、背筋を伸ばしたきちっとした姿勢が、作者にも親方にも一貫していて、こちらも襟を正して、心を引き締めて描かねばという気持ちになります。もう文庫本になってますから、是非読んでください。

・・・肌で感じたことをフィクションをまぜながら、小説にされているわけですね。小説もそうだけれど、絵画も、見る側がそこにリアリティーが、感じられるかどうかですよね。

 絵空事では駄目なんでしょうね。私もちゃんと現実を描きたいタイプなので、そういう意味で、
「僕の意図するところを組んでくれる」
と、言われたことがあります。そういう小説を書かれる時に、声をかけてくださるんです。

 お待たせいたしました。

 クウェトウナム・セット(タイ風きしめん、鳥肉とバジル菜の炒め物かけご飯、サラダ、コーヒー付き 970円)とタイ国風牛肉とタケノコ入り赤カレー(サラダ、コーヒー付き 970円)でございます。

 こちらのお店は、中央線の国分寺駅から歩いて5分。
マスターはタイ出身の方。
20歳の時に来日されて、もう48年間日本に在住。以前は大使館にお勤めで、お店は18年前から営業されているそうです。

「でも、もうすぐやめますよ。赤字だから、だって18年前の値段と同じですからね」 とマスター。

国分寺界隈では評判のお店ですのに、やめてしまうのはちょっと寂しいです。でもやめるというのが、マスターの口癖なのかも。
店内には、武蔵美の学生が描いた絵が飾ってあります。

 「応援してるから買ってあげるんですよ」

 いいマスターですね。

さてランチはといいますと、Aランチ(3種)\500、Bランチ(3種)\700、スペシャルランチ(3種)\970と、ランチメニューも豊富。でもとにかく量が多いのは驚きです。

 オサルスの注文したクウェトウナム・セットは、早く言えば、米の粉の麺を平に伸ばしたもの、要するにタイ風きしめんです。スープはさっぱりした塩味の鶏ガラスープ。タイ料理は辛(から)いといいますけれど、さわやかな辛さです。欲を言えば、もう少しコクが欲しいかな。

 「タイの人は、このスープに、辛い酢やナンプラ(魚醤)を入れてますよ。あと砂糖をちょっと入れたりするみたい。少し調味料をたしますと、味が複雑になって、よりおいしさが、深まりますよ」

 北村さんの言われるままに、辛い酢やナンプラ(魚醤)をプラスしましたら、本当においしい。

 ところで 「タイ国風牛肉とタケノコ入り赤カレー」 はいかがですか。
(辛さに応じて、赤い印がついているんですが、赤カレーは7倍)

 「辛かったけどココナッツミルクが入っていて、甘みもあって、おいしいですよ。辛いものが好きな人には、ちょうどいい辛さだと思いますよ。ヘックション。やっぱり辛いかも。鼻水も出てきちゃいました」

 この量で、値段がリーズナブルなのも魅力的。
マスター。やめるなんて言わないで続けてくださいね。

・・・確かこの他に本の表紙絵も、されているのではないですか。

 ええ。村松友視さんに連れていってもらったお寿司屋の常連さんが、山本兼一さんだったんです。
「僕が本格的な小説を出す時には表紙を描いてね」
と、軽く声をかけられたことがきっかけで、2002年に現実となりました。これが 「白鷹伝」 です。私にとって初めての時代小説の描き下ろしなんです。

・・・描き下ろしなんですか。古い文献を参考にされたのかと思っていました。

 

80x46cmの秋田杉に、胡粉・岩絵の具・墨を塗って古色を出しているんです。
八王子在住の鷹匠の自宅で鷹(白鷹ではないが)のスケッチをしたのちに、用意された安土時代の資料と照らし合わせながら、それらしく描いたんです。

・・・その次に 「火天の城」 を描かれたんですか。

 「火天の城」 は山本兼一さんの信長三部作の第2弾で、安土城をテーマにした歴史小説なんです。私に表紙の依頼が来た時にはすでに 「松本清張賞」 を受賞されていましたので、出版社の装丁に対する意気込みが感じられる会議に、私も参加させていただきました。
受賞式に合わせて製本を完成させたいという意向でしたので、スケジュールがとても大変でしたね。
出版社はかなり気合いが入っていたのか、二重の表紙を提案してきましたので、安土城の研究・宮上説を基に復元して描き、透ける表紙にはその平面図を描いたんです。
しかし、当時の平面図のつもりでおこす図面の注釈を毛筆では難しいため、書家の次兄に手伝ってもらうことになりました。編集者の好意により、表紙原画の柄のように見える注釈毛筆とは別に次兄がタイトルを担当することになったんです。

・・・お話をお聞きしていると、徐々に仕事が広がっていくといいますか。つながっていくのは、すごいですね。

 うれしいですよ。つながっていくのが大事ですから、それから山本兼一さんの 「松本清張賞授賞式」 の関係者控え室で、審査員をした宮部みゆきさんを紹介されて、それがきっかけで、出会いの10箇月後に 「孤宿の人」 の仕事を依頼されたんです。

・・・なかなか宮部みゆきさんに知り合う機会はないですよ。

 その時に宮部さんから、この長編を書くのに構想を含め8年間ついやされたとお聞きしました。今までの小説と、ひと味ちがった宮部みゆき作品への挑戦だったようです。ですから、装丁によって 「宮部みゆき作品」 のイメージを、少し変えたい意識が、あったのではないでしょうか。
私は挿し絵の素人ですので、まずは自分が読者になる事をモットーにして、知りたい事は資料で探します。その部分が小説家の目には新鮮に映ったみたいです。それに、私が宮部さんと同世代の女性だったことが大きな理由の、ひとつだったのではないでしょうか。

編集者から、
「宮部さんから次の本の表紙原画を、北村さんとお兄さんの宗介さん (毛筆題字のリクエスト) にお願いしたいのですが、お受けしていただけますか?」
という一報がありました。それが個展の始まる16日ほど前で、それから数日してから850枚のゲラ原稿が郵送されてきたんです。その時点で個展初日の10日前でした。この時は、本当に気持ちを切り替えるのが大変でした(笑)。
そして、締め切りはゴールデンウィーク前。メチャメチャタイトだったんですよ(笑)。でも、話がとても素晴らしかったので、挿し絵を描くというよりも、絵巻物になるように描きました。編集者の方からは、若い女性の方むけに、描いてほしいと頼まれただけで、規制は一切なく、自由に描いてほしいと要望されていたのです。
原画は、上下巻それぞれをB2サイズのパネルに鳥の子を水張りして、紅茶でクリーム色に染め、ミョウバンでとめてから描きだしました。何故かといえば、ウサギや波頭の胡粉の白色を生かしたかったからなんです。

・・・絵巻物とは思いませんでした。

 上下巻を合わせると絵巻になるように構成したんですが、物語の通りに描いているんですけれど、文字の配列の問題で装丁カバーの袖部分がカットされ、本の本体に直接刷り込まれる方法で仕上がりました。こういう仕事を、プレゼンテーションしたことは全然ないんですけど、依頼がくることはとても有り難いと思っています。

・・・「奇天烈な店」 からつながり始めて、段々と、つながっていったわけですね。少し話を整理しますが、新聞の連載小説の挿し絵を描かれるきっかけを、まだお聞きしていませんでした。

 コンペなんです。村松友視さんは静岡県出身で私と同郷なんですが、ちょうどその小説は、女性が主人公で、静岡新聞に掲載されますので、静岡に縁のある女性作家をコンペで決定しようということで応募者を募ったんです。
最後に二人残りまして、最終的に村松さんご自身が私を選ばれたそうです。それがきっかけですね。最初は挿し絵の仕事が、よくわからず右往左往しましたが、ここまで広がりました。
今度は千利休や浅倉卓弥さんのミステリー小説の挿し絵も手掛けます。私の挿し絵におけるモットーというか、武器は 「鮮度の高い素人感覚」 だと思っています。慣れすぎてもいけないですし、怖がってもいけない。挿し絵では、私という個人のアピールなんて全く考えてないんですよ(笑)。

・・・順風満帆ですね。

 自分のやっていることに、間違いがあるのかないのかわかりませんし、力があるのかないのかわかりませんけど、全力でぶつかっていくだけです。時代物の本の挿し絵をやっていますと、苦肉の策が多くて、時代考証も調べなければなりません。原稿を読んでからすぐ描き始めてしまいますと、説明的になってしまいます。
特に時代物は、肌合いがわかりませんからね。ただ資料があればこちらのものです。最近はネットでも探せますけれど、そっくりに描くわけにはいきませんから、江戸東京博物館に、通ったりして探します。でも時代考証は本当に難しいですよ。偉い人を描くのは、決まりがありますので、余り情景描写とかをしない方がいいのではないか。と思っています。だから時代物を描く人たちは、少し漫画チックに描いてるんじゃないでしょうか。
時代考証を関係なく描く人の方が多いんですよね。それを考えますと、前田青邨や小林古径、安田靫彦、あと小掘鞆音などの新古典主義の作品を見ますと、鎧(よろい)の着方とか描き方とか、小物一つとってもかないません。

・・・構成力も必要ですし、かなり勉強になるのではないですか。

 そうですね。でも一番大切なのは、瞬発力です。

・・・エネルギーですか。

 私の場合は、何だかわからないけれども一生懸命やっている人と、思ってもらえればいいんです。それが一番うれしいです。
何もかも、全力投球でやっている人だと伝わればいい。78歳くらいになった時に、その全力投球が、一つの形になればいいわけですから、まだ46歳ですから、片岡球子先生を例にあげるのは土下座ものですけど、先生は61歳から、「面構え」 を描かれたわけです。福田平八郎は 「漣」 を40歳で、「雨」 は61歳なんです。お二人とも、そんなに若い頃からスタイルを確立されたわけではないんですよね.
 私が将来太くなるのは、もっともっと先かも知れないけれど、今が20年ぐらい前のストックになるのかもしれません。だから今ここで踏ん張るしかない。そのぐらいの作家なんですよ。本当に遠回りなんです。
自分がしたいのは、一生懸命悔いなく生きたいだけ、「あのとき、あれをやっておけばよかった」 と思いたくない、それだけなんです。でも、まぁ、長生きをして、アクが強くならなきゃと思います。でも折り合いつけるタイプだからなぁ・・・。

To be continued.

最後に北村さんが 「折り合いをつけるタイプだからなぁ・・・」 と言われたのは、実は続きがありまして、全貌(ぜんぼう)は近々御紹介いたします。

今日はどうもありがとうございました。

関連情報 2003.10 2001.4 1998.2

北村さゆりHP http://kgs-tokyo.jp/artists/kitamura/

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