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オサルスのおすすめランチ ランチdeチュ その148

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ランチ にぎり寿司 880円

錦寿司
横浜市中区野毛町1-13 TEL045-231-6726

http://www.noge-sushi.com

 

 2005年の横浜トリエンナーレで、出品者に話を聞こうと思いつつ、横トリとオサルスの縁がなかったのか、ある作家に取材を申し込んでいたのですけど、彼は段々忙しくなってしまって、とても取材どころではなくなってしまいました。
もう無理かなと思っていましたら、今年になってやっと連絡がとれ、横トリの話というよりも、回転について、回転寿司を食べながら、聞くことになりました。
 彼は写真家? パフォーマー? 肩書きはともかくアーティストの屋代敏博さんです。

・・・以前もお聞きしたと思うのですけど、屋代さんはなぜ回転するのでしょうか。

 1 回自分を消して、回りに合わせるという気持ちが強いんです。以前フランスのお城で回転した時にわかったんですけれども、そこはあまりにも強い封建的な空間でしたので、自分の想像を超えていました。想像を超えたところで、普通に写真を撮影しても、僕と空間の対立が激しくなるわけです。だから逆にゆだねてしまおう。どこまでゆだねられるか。それを僕は探しているんです。

・・・美術は、アーティストの世界観を反映するじゃないですか。オサルスと屋代さんの見ている世界は、違うかもしれないし、違わないかもしれないけれども、屋代さんが回転することによって、オサルスには見えていないものに、気づかされるというか。それが美術の醍醐味のような気がするんです。ですから屋代さんが回転することによって、何が見えているのか今一度聞いてみたかったんですよ。

 それは僕だけが見える景色があるかも知れません。地面スレスレで回転しますので、普通の人は目線をそこまで持っていかないし、回転してみなければわからないことがありますね。頭の中で創造して空間の中に入っていくのと、実際に回った時の感覚とは違いますよ。むしろかなりリアルなことがわかる。例えば芝生に犬の○○○が落ちていたり(笑)。
それはともかく、僕も美術の醍醐味はそこだと思います。こういうやり方もある。あぁいうやり方もある。それが提示できるのは楽しいですよね。

・・・皆同じ方向をみていなくても、「いろいろな視点があるんだ」 ということに気がつけば、生きやすくなりますよね。ただ生きやすいといっても、経済的問題が解消しなければ生きにくい。
生活と制作が合致しなければ、絵空事で終わってしまいますからね。例えばスポンサーがつくとか、写真集を出版するとか。それをしないと、お金が発生するのは難しいような気がするんですけれども、そこら辺はどのように考えていらっしゃいますか。

 それはこれからの課題です。やっと僕が何をやっているかということが、まわりに伝わってきたところなんです。いろいろな人と出会う機会ができてきました。
個人でやっていることが周囲の関係性につながったといいますか。今回の美術館の展示と、横浜トリエンナーレに関しては、次の展開につなげることができたと思います。それが今回ご紹介したかったことなんです。

 いっらしゃい。

 屋代さんに何かお薦めのランチを聞きましたら、回転寿司がいいということで、みなとみらいにやってきました。でもね。一般的に回転寿司は、味を美味しくするために様々な細工をしているらしいって知っていましたか。醤油も普通の醤油とは違うみたいなんですよね。
回転寿司といえば、気軽に好きなものを好きなだけ食べられるカジュアルの極みのようなスタイルだけれど、一般的なお寿司屋さんと、同じものが回転していると思ったら、大間違いなんだとか・・・。だからといって、それが悪いと言ってるわけではなくて、それは商売なんだからしょうがないといえばしょうがない・・・けどね。

 「えびがフォトジェニックになってますよ。三崎は何が有名なんですか」

・・・マグロです。でもマグロも水銀が入っていると言われているから、まぁ、そんなこと言っていたらキリがないですけどね。

 でも僕はこのエンターテイメント性が好きですね。この写真は2000年に撮影したものなんです。真ん中が止まってるんですが、右に行くにしたがって、右回転をしています。左にいけば、左回転。それが、1秒4秒8秒と倍々で回転しているんです。僕がいつも回転していている方法と同じ方法で回転しているんです。

・・・お寿司自体が回転してるんですね。本物のお寿司なんですか?

 ええ。ちゃんと出前を頼んで回転させました。

・・・何故をお寿司を回転させたんでしょうか。

 人間、食べ物が大事じゃないかなと思って、以前アーティストレジデンスに行った時に、毎日食べた食べ物の写真を回転させて撮影していたんです。ただ自分で食べ物を選ぶと、段々と作為的になっちゃうんですよ。
それでお弁当とかいろいろなものを探したんだけれども、色味があまりないんですよね。でもお寿司は、青、白、黄色、赤、黒などの色味にあふれている。それに東西南北の方位。青物であれば東の青龍、イカなどの白が西の白虎、赤身が南の朱雀、黒い海苔が北の玄武。

・・・本当なんですか。では、寿司桶の中は世界というか。宇宙を表しているのですね。

 そうみたいです。それがミニマルな状態であるんです。レアじゃないですか。調理してはいない状態で、世界が作られているということに気づいたんです。それでお寿司を選んだんですよ。自分の作為も入らないし、ここにすでに世界が詰まってるから、素晴らしいなぁと思ったんです。

・・・それは素晴らしいですね。オサルスは自分の遺伝子に SUSHI と入っているぐらい寿司好きなんだけれども、全然知りませんでした。確かに回っているお寿司をみると、色が綺麗。これは日本人だけなんですかね。

 他の国ではあまり考えられていないと思いますよ。

・・・今日はせっかくのランチなので、次に回転しない寿司屋さんに行きましょう。
 こちらがオサルスのお薦めのお店です。以前、石内都さんが、野毛の薔薇荘というオーシャンバーで、「食と現代美術part2」という展覧会をされたことがあるんですけれど、そのお店の隣の隣なんです。
 まさか二軒はしごするとは思わなかったでしょ。あ、こちらです。何がいいですか。ランチの880 円のにぎりにしましょうか。漬物とお味噌汁がついてこの値段なんですよ。こちらは、ご家族中心でやっているので安心できます。実は今回は寿司ツアーなんですよ。そういえば、横浜トリエンナーレについて何もお聞きしていませんでしたね。

 はじめは来場者はボチボチのようでしたが、最後は1日で5000人以上来ましたから、すごかったですよ。とても開放的でお祭りの様でした。皆難しい顔をしないで、楽しそうな印象を受けました。

・・・最初はやはり身構えて見ていた部分がありますよね。

 僕は全然構えないでいつもと同じ状況でできましたけどね。ずっと制作していても構わないということでしたので、かなり楽でした。

・・・そういえば携帯電話の中で、ずっと回転していたデータはどうなったんですか。

 データの話で面白いのは、消されることは少ないんですけれども、逆に増やされるんですよ。普通の美術作品であれば、お客さんは傷つけないというか。例えば落書きを書いたりなど、作品に自分の痕跡を残さないですよね。でもあの展示方法にしたら、皆携帯電話の使い方がわかるので、ピースサインなどをしながら記念写真を撮っていくんです。すごく身近に感じてくれたんだなと思いました。

・・・現代美術は一般と解離している部分がありますものね。ところで、先日屋代さんのHP(http://www.kaitenkai.com/)を拝見しましたが「すべては消滅し、再生する」という言葉が書いてありました。少しご説明頂けますか。

 消滅したら終わりだという考えではなくて、次があることに気がつきました。それを知ってもらうのが作り手である僕たちの仕事のひとつではないかと思ったんです。消滅する作業というのは今まで還元の方向で考えていたけれども、もう1回思考の枠組みを考え直していたら、目の前に2000年がフェードインして来たんです。なくしていくばかりではなくて、新しいことを考え直さなければいけない時代になってきたんじゃないかと感じたんですよ。

・・・なるほどね。視線を変えるということですか。普通写真を撮るというのは、自分の目線でとらえるもの。誰が撮るのかという主語がはっきりしてるじゃないですか。でも屋代さんの制作というのは、逆ですよね。

 それもとらえ方の違いで、写真を撮る時には、どうしても対象というのがあるから、果たして被写体と言うのは何なのか。それを考え直したんです。

・・・どういう風にですか。

 ものの考え方には二つの方法があって、分析的方法と直観的方法があるのではないかと。例えば空間を理解する時に、写真を撮ると、どうしても分析してしまうんですよ。撮る側と撮られる側、主体と客体、人であったり空間であったり、そこには何も見えないんだけれども、見えない壁があるわけです。逆に直観的方法でとらえるためには、壁の向こうに行って向こうと同化して考えねばならない。ダイレクトに身体中で理解すること。そうした時に五官というか、自分の体を使って入り込む作業が大事なんじゃないかと、それで全部を調和させて向こうに入っていく作業をしたんです。

・・・面白い手法ですね。

 思考の枠組みにアタックするやり方なんですよ。

・・・最近の美術作品の傾向は、モノローグ的な要素が強いけれども、オサルスの見解はむしろ逆で、外の世界とのつながりが大事だと思うんです。

 撮影をする側として認識しているとなかなかつながりが見えてこないんですよ。だけど誰かにシャッターを押してもらえば必然的に、つながりが出きてくるんですよね。それがまず1回目のつながりで、次に風景に自分の輪郭をなくして入っていくと、回りに溶け込んでいくんです。そうすると自分だか回りだか、回りか自分だか境がわからなくなってくる。それが消滅方法なんではないかと思うんです。

・・・なるほど。消滅にはそういう意味合いがあるんですね。

 そうです。自分というものをなくして相手にゆだねる。自分だけじゃできないことに気づきました。そのほうが広がりますし、そこから訪問撮影ということにつながっていくんです。

・・・訪問撮影ですか?

昨年末の同時期に僕の中には四つ課題があって、一つは、横浜トリエンナーレの展示、二つ目は、横浜美術館での展示、三つ目は、今までやってきたことなんですけど、歴史的建造物の中に入って撮影する。そして四つ目が訪問撮影です。訪問撮影は写真の特性を活かして、フットワークを軽くすればその場に来られない人をも対象にできると思いました。例えば子育て中のお母さんのところに出かけていったり、療養中の方や子ども会や学校など、中々美術館に来られないような人も楽しんでもらえないかと考えました。
美術館内の展示は回転回実験スタジオという僕の部屋を作って、障子を持って来たり、グッズを持って来たり (このグッズにいろいろな色があるのが要素として加わってきます)して撮影しました 。このように横浜美術館の企画は市民のアトリエ課だったので、できるだけ市民が参加できるようにとのことでした。

・・・残念ながら拝見してはいませんが、部屋ですか?

 その部屋に入って各々が自由に回転して作品を作り上げていく作業をするんです。僕はいつも思っているのですが、空間の中に全身タイツを着て入って行くことは、空間の中にペインティングする作業ではないかと。それと同じように皆に、絵の具になってもらうんです。
そうするとすごく面白いことが起こりはじめて、絵の具になろうとして衣装を着ると普通のコーディネイトでなくなります。みんなすごくクリエイティブになってきて、自分が回転したらどうなるかという想像に基づいてやっているんです。

・・・回転すれば自分の姿かたちが消滅して、回転している不思議なものになるということですね。

 その不思議なものは、今までの概念というか、常識から見れば滑稽に見えるかもしれません。でも 「回転したらどうなるか」。そのいつもと違う筋肉というか別な思考方法を使うことが大事なんです。ですから想像から進化していくことを前提に考えていけば、人間も変わるじゃないかと。そういう意識を持てばね。それが僕の言いたいことの一つでもあるんです。そうするとすごく楽しくなってくるんですよ。ネガティブな要素を持っていても構わないんだけども、できるだけポジティブな方向性に向かっていきたい。

・・・回転する人に、てらいはないですか。

 思考が違いますから、思考を変える方向に向かっているから、てらいはなくなってきますね。逆に回転したら、顔が見えなくなるじゃないですか。それが解放する手段の一つなんです。ご老人の方も撮影したんですけど、最初老人は消えてなくなることがヘビーかなぁと思ったんです。この世から消えて行くことのメタファーとして考えられるから、でもねリアルな写真よりも、回転して消滅していく写真の方が喜ばれたんです。

・・・それは現実を突きつけられないからでしょうね。オサルスは、消失していくことは、リセットすることなんだと思っていました。

 リセットはプツンと切れてしまって、また立ちあげることだけれども、回転して戻ってくることはリセットではないんです。これはつながっているんですよ。先ほども言いましたが、僕達は、1900年代から2000年にかけては、リセットではなくて、フェードインして入って行ったんです。気持ちはそれと同じなんですよ。

お待たせしました。ランチにぎりです。

・・・如何ですか。こちらのお店にはアットホームな温かさを感じるんです。寿司に温かさは必要ないかもしれないけれど、いつ行っても女将さんがチャキチャキと仕切って、美味しくて新鮮な魚を食べさせてくれるんですよ。

 美味いですね。回転しているところを撮って下さい。

・・・難しいな。でも東西南北は示してないけど、ここのお寿司はきちっと握ってあるでしょ。当たり前だけど、お寿司のにぎり方でその店の善し悪しがわかるといいますからね。880円だけどちゃんとしたお寿司を食べた満足感がありますよね。話を戻しますが、どういうところを訪問するんでしょうか。

 闇雲に訪問するのではなく、先ほど横浜美術館で自分の部屋を作ったと言いましたが、そこでお客さんを招待して招待撮影をしましたので、そこに来たお客さんのつながりなんです。「とても楽しかったから今度は家へ来てくれないか」 とか 「行かれなかったから家に来てくれませんか」 とか。それが子供会であったり学校であったりしたんです。美術館は、大きくなりすぎてしまっているから、やろうとしても手が届かないことがあると思ったんですよ。
今までは、作品を物質的に提示して作品を介して、人とコミュニケーションをとっていたんですが、今度は直に人とコミュニケーションを取りながら作品を作っていくんです。

・・・作る側と見る側が同じ位置にいるということですね。

 それが新しい発見だったんです。僕はそれまでずっと再生方法を探していたんですけど、どうやって再生したらいいのかなと悩んでいました。そしてふっと閃いたのが・・・例えばPLAYボタンは日本語であれば再生という意味じゃないですか。それがキーワードかなと思ったんです。そこでトリエンナーレ会場で、いろいろな場所に再生装置を置いてみました。そしてそこの部分が横浜美術館でもっとつながればいいと思い、皆と一緒にやってみましたら、伝わるのがとても早かったんですよ。そこで一緒にやっていく方法があるなということに、気がついたんです。再生方法を今度は英語にしてみるとLIVEだと思ったんですよ。こういうつながり方もあるのだということに気づいたんです。

・・・ライブと言うのは、まさにこの隣の隣の薔薇荘(http://www.gaden.jp/info/2006/060311/0311.htm)で、石内都さんが言った言葉なんですよ。ライブとは、「今、ここ」 を生きることだから。

 生きるということは個人個人で違うけれども、良い方向に進んでもらいたいなと思い始めたんです。ただはじめは、かなり悩みましたし、わかってもらうまでには、けっこう大変でした。でも皆の喜んでくれる顔を見たら、報われましたね。

・・・今回の寿司ツアーも、回転寿司が悪いと言ってるわけではなくて、美味しいと感じるには、経済優先ばかりではなくて、お客さんの 「美味しかったな」 。そういう顔が見たいという気持ちが大事なような気がしたんです。こじつけましたけど。

 顔が見えるわけですからね。それがLIVEの良さでしょう。

・・・横浜トリエンナーレが終わって、もう3カ月以上になりますが、今はどういうことをされているのですか。何か着々と準備が進んでいるんでしょうか。

 自分でできることを一所懸命やろうかと思っています。今までは美術館で頑張るということは、展示のことを考えることだったけれども、今は逆に僕が外に出かけていって、外でやったことを紹介できればという感じですね。そういう風に考えはじめたからすごく回りが変わってきました。最近学校に呼ばれたりするんですよ。
 美術館からもそういう場所に行ってほしいという依頼があります。最近は美術館と学校が連携して何かはじめようという感じもあります。これは授業中の風景なんですが、教室の中でイスや机の上に立って、回転してもらいました。実際に写真は高速回転に見えるのですが、すごくゆっくりなので大丈夫なんです。

・・・面白いですね。教室の中が異質な空間になっている。すごく面白いことに気がつきましたね。

 今までは回転台がないと難しいかなと思ったんですけれど、大丈夫でした。
トリエンナーレの時に、いつでもどこでもできると思ったんですが、さらに視野を広げれば、誰とでもできることがわかったんです。ですから今は、いつでもどこでも誰とでもできますね。還元して風景に溶け込む作業なんですから。

・・・すごく面白いから、発表したらどうですか。

 もう発表してます。オサルスが来てくれていないだけなんですよ。オサルスが知らぬ間に、僕は大分進化しました(笑)。

・・・それじゃ、知らぬはオサルスだけですか、失礼しました。

 でも進化したといっても、ここまでできたのは皆さんがバックアップしてくれたからできましたね。自分一人ではできなかった。頭の中でできても、バックアップなしでは難しかったんです。回転回の当初は突飛だったから中々受け入れてもらえなくて、ここまで来るのに、13年かかっているんです。

・・・そういえば、はじめは銭湯のシリーズでしたね。

 ええ。銭湯のシリーズから左があれば、右の考え方があると言ってきたんです。一枚の写真を見れば、一枚の考え方になるんだけれど、必ず逆があるということ。左右の考え方もそうだし、例えば生きていることを考えれば、必ず死んでいることも認識しなければならない、表があれは裏がある。ですから、両方を眺める為に立ち位置は真ん中にします。左右の表現は立ち位置からの眺めです。今の作品もその延長線上にあると思って頂ければ、わかりやすいと思います。

・・・左と右の画面が合わさることで関係性ができ、真ん中の揺らぎみたいなものからは、一義的ではなく、多義的な要素が表出しているということですね。

 13 年かかってその一言がようやく言えるようになりました。僕の視野も少し広がったからでしょうね。訪問撮影のシリーズも、初めての空間で初めての人に会うんです。完成度の高い作業を要求するので、技術的にはかなり難しいですよ。でもいろいろな所に自分がすんなり入ることが可能になって来たので、人にも紹介できるようになりました。

・・・変な言い方だけど、回転さえすれば作品ができるわけですものね。

 そう。単純化に努めました。回転台とカメラだけで作っていくんです。例えば招待撮影の時は、僕がいろいろなグッズを用意したんですけれども、訪問撮影の時はグッズを用意せず、その家にあるものの要素を使って、こういう風になりたいというその人の要望に合わせて、全部ゆだねます。見た目は滑稽かも知れないけど、回転回という頭があるから、常識を飛び越えていくんです。イマジネーションを膨らませているからできる。日常生活を越えられるんですよ。自分の中の日常生活なんだけれどもそれを超える手伝い、だから僕はアドバイザーなんです。
回転してリフレッシュして帰ってくるという感じです。旅行に行くのと同じです。そうすると自分の家の風景が変わるんですよ。最後に、セレモニーとして僕も回転して楽しみます。

・・・そうすると展覧会場でも、できるわけですか。

 そうです。ワークショップやレクチャーで人が集まってくれれば、回転回を説明して、実際にやってもらいます。そうすると一つ作品ができてしまう。いつでもどこでも関係なく、生きていればできるんですよ。それが「回転回LIVE!」です。

・・・学校もすごく面白いけど、今度ぜひ国会議事堂の中でやってみたらどうですか。すごく面白いと思う。

 面白そうですね。 目に浮かびます。(笑)

・・・制作のドキュメント写真を拝見していると、準備から回転まで、紙芝居のように見えるから、時間の流れが見えて、見ている方も楽しくなりますね。美術は今まで最後の完成の部分だけを見せていたような気がします。確かにこれは何だろう。と思うことは必要だけれども、なぜこうなったのかという考え方を提示することもすごく重要だと思います。

 作家としてとても大事なんじゃないかな。やりっ放しではなくて、僕は生きているから説明できるし、なぜ僕がこういうことをやってるのか、それが社会に生かされたらいいなと思いますね。生きていることはLIVEなんだし。だから過程を紹介することはとても大事、はじめは、内面をさらけ出すようで躊躇したんですけど、思いきってやってみると、皆がとてもいい顔をしてくるので、やってよかったなと思います。クリエイティブな現場を作る手伝いをしているから、僕はこの空間を解放するだけで、指示はしないんですよ。自由に動いたり、表現してもらう。ですから僕の想像を超えることが起こるんです。

・・・そのポーズや表現は、自分自身の身体のアイデンティティーなわけだからね。

 解放するだけですからね。あと露光時間中に空間と身体と時間の関係を、シャッタースピードと絞りの関係におき替えるんですよ。身体能力が高い人は、ずっと長い間回っているから絞り込めるんですけど、例えばお年寄りや小さい子供は、あまり動かなくても良いようにバランスを見ながらやるんです。1回転すればOKですから。それをポラロイドで見せると、「自分が作品になったんだ。もう1回やろう。次は、あぁしよう。こうしよう」と創造性と作り上げる気持ちが飛び交うんです。

・・・ある意味自分を俯瞰して見ることができるということですね。

 入り込めるし、俯瞰して見ることができるんです。共通したクリエイティブな意識を持っていると世代も超えることができます。冗談かも知れませんがある尊敬するキュレーターの方から、「君が歩けば美術が後からついてくるよ」 といわれたので、とても気持ちが楽になったんです。それまでは、「自分の写真を美術に近づけたい」 とか 「美術とは何か」 だとかずっと思っていましたから、その一言で吹っ切れました。

・・・以前のインタビューの時には、こういう展開なるとは思いませんでした。どこかで限界がくるのではないかと、思っていましたから、それを見事に超えられたと思いますね。

 還元の方向だけに向かうと、いずれどこかで限界が来ることがわかります。丁度2000年からですよ。次の世界があるということに気がついて、自分が見せてあげるという気持ちがなくなったのは。早いうちに、国際展や美術館での展示を経験できたのが良かったのかもしれません。そうじゃなければ、見してやろう見せてやろう。になっちゃったと思うんですよね。

・・・自力だけではなくて、五木寛之じゃないけれど、他力の考え方は大事だと思いますよ。

 これからは、海外にもそういう考え方を紹介したいと思うんですよね。これも尊敬するキュレーターの方から言われたんですけれども、「回転回の核心の部分は、遠心力と求心力だ」と。ですから、求心力はストイックな部分でちゃんとしたクオリティの高い写真を作り上げること。遠心力は楽しい方向で人を巻き込むこと。これを両方回して行けたらと思っています。

ありがとうございました。

  Press Release : Group exhibition in NY --- 19-25. Jun, 2006 http://www.artomi.org/

Out of Context
Featuring photographs by Meredith Allen, Katharina Bosse, David Franck, Andrew Garn, Ellen Kooi, Michael Krondl, Sebastian Lemm, Portia Munson, Donna Nield, Type A, Ruud van Empel and new installations by Mikala Dwyer, Sui Jianguo, J Shih Chieh Huang, Tim Hutchings, Alain Kirili, Evil K’nieval, Vincent Mazeau, Shimon Okshteyn, Dan Steinhilber, Toshihiro Yashiro.

On view at The Fields Sculpture Park at Omi International Arts Center
59 Letter S Road, Ghent, NY 12075
Opening Reception: Saturday, June 24, 2006, 4:00-6:00P.M.
Live Performances: Evil K’nieval at 5:00P.M. Joe McPhee and Joe Giardullo at 6:00P.M.
Hayrides, Art Activities for Children, Tours
Free and open to the public

関連情報 2005.9 2003.9 2003.9_b HOME PAGE http://www.kaitenkai.com/

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