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オサルスのおすすめランチ ランチdeチュ その149

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桜切り蕎麦 700円

蕎麦処 出嶋屋
横浜市中区伊勢佐木町6-140 TEL045-261-0552

 

 山本周五郎が仕事場の旅館 『間門園』 の離れから、週に五回蕎麦を食べに行ったお店として有名なのが、伊勢佐木町6丁目にある蕎麦処 『出嶋屋』。今日はこのお店をご紹介いたします。
 いきなり山本周五郎を持ち出しましたけれど、オサルスは 「季節のない街」 しか読んだことがないので、偉そうなことは言えません。ただ 「季節のない街」 は伊勢佐木町周辺がモデルらしいんです。そういえば中学のときに 「どですかでん」 という黒澤明監督初のカラー作品を見た覚えがあります。「季節のない街」 は 「どですかでん」 の原作ですから。
 その町では、電車バカの六ちゃんが、見えない架空の電車を 「どですかでん」 とつぶやきながら走らせているんですよ。もう30年近く前のことだけれども、「どですかでん、どですかでん」 と電車を走らせる六ちゃんの姿や町の人々の生活に、子供ながらに、人生のやり切れなさみたいなものを感じながらも、生きるとはこいうことかもとしれないと思った覚えがあります(だから未だに貧乏なのかな)。
 人生のやり切れなさと言えば、ヨコハマメリーはご存知ですか。ご存知のない方は、横浜の伝説の娼婦メリーさんのドキュメンタリー映画 「ヨコハマメリー」 として、関内で上映されていました。映画館の前は、長蛇の列、オサルスは子供の頃から彼女を見ていて (見ていただけ)、当時は誰もが彼女がいるのに、見えないふりをしていたような気がするんです。でも彼女には皆が見えていた。
 見えているのに見えないことって結構あるように思います。人は思いこみの強い生き物だから、自分が見えている世界が真実だと思ってしまうのでしょう。そういう意味では山本周五郎は、周りがきちっと見えていたんでしょうね。だから 「季節のない街」 を書いたんだ。
最近遅ればせながら、美術は見えるものと見えないものを繋ぐ装置として機能しているのかもしれないと、オサルスは考えています。

 前置きが長くなりすぎましたが、今日ご紹介しますのは、写真家の進藤万里子さんです。彼女の作品を拝見するのは2回目。
進藤さんの写真は、網膜に焼き付いた街の記憶の残像を撮られているように感じるんです。そういう意味で伊勢佐木町周辺は、古い記憶が堆積している街、お話をお聞きするには、ピッタリではないかとオサルスは思った次第。

・・・こういう言い方は、変かもしれませんが、進藤さんの作品には、「ざわりとしたノイズ感」みたいなものを感じます。「ざわり」 というのは感覚的な言葉だけれども、日常と非日常の接点に生じる何か・・・。接点というと硬質なイメージがありますが、むしろ柔らかくて薄い皮膜のような皮膚感覚を伴って、網膜に焼き付ついてくるように思うのです。

 私の作品は、直観や五官で撮っているので、あまり言葉にはなりません。よく何を撮っているんですか、と聞かれるんですが、私にとってはそれは重要ではなく、一つの像として撮っていますし、この大きさにしたのも、自分が囲まれてみたいからなんです。

・・・何を撮っているのかと聞くのは、見る側が、写真を見たときに立ち上がってくるイメージに、意味を付与したくなるからではないでしょうか。撮る側からしてみたら、その意味性みたいなものを固定化しないで、流動性みたいなものを画面に焼き付けようとしているわけですものね。写真を撮ろうと思われたきっかけを教えてください。

 高校生のときにカナダへ行きまして、そこで写真を撮ったんです。それがとても楽しくて、帰ってきてからも身の回りのものを撮影したりしていました。高校を卒業して、自分が興味があるのは写真だったので写真専門学校で学んだんです。そのころ森山大道先生や他の写真家の方たちの存在を知り、写真にのめり込んでいきました。特に森山大道先生は、私の写真の土台を作ってくれた方だなと思っています。

・・・ただ写真と一言で言っても、風景や人物などいろいろとモチーフがあるけれど、進藤さんが感じるリアリティーは、煩雑とした都会にあるような気がしますね。街の皮膚みたいなものを撮られているような気がするから、けれどそれは街なんだけれども街ではない。

 ええ、街を利用させてもらっています。意図的に自分で作って写真を撮る方がいるじゃないですか。そんなことをしなくても、街に出れば撮るものがいっぱいあるように思います。

・・・先ほどこの大きさにしたのは、囲まれたいからと言われましたが・・・。

 結構小さいものも撮るんです。それを大きく伸ばして見たい要求があります。

・・・でも拝見していると、見たいのは自分の内部のような気がするけれど、ミクロを覗き込んだらマクロに通じるように、フラクタルな部分があるように思うんですけどね。

 そうですか。ただ私の写真は、殺気や憎悪を感じると言われたことがあります。

・・・それがノイズじゃないでしょうか。何かを撮っているというよりも、そこから何が、出てくるかじゃないですか。写真はかなり撮影されますか。

 かなり撮ります。ただ20本に1枚の確率でしか撮れませんけど、そのときはすごくいいと思って撮っていても、後からみると全然よくなかったり、一回しかシャッターを押さなかったけれども、撮れた写真もあります。

・・・偶然を必然に変えるのも作家の資質ですものね。

 お待たせしました。桜切り蕎麦(700円)でございます。

 桜切り蕎麦というのは、どういう蕎麦か、ご主人にお聞きしますと、
(十六世紀後半までは 「蕎麦がき」 にして食べていたので、蕎麦切りという形はそれ以降、本来は 『蕎麦切り』 と言われていたものが、省略されて、蕎麦と言う呼び名で定着した)

「桜の塩漬けになった葉っぱの芯をとって、真っ白な更級粉に混ぜこんなものなんです。普通の蕎麦粉ですと蕎麦の味が強すぎて、桜や蓬などの混ぜものをしたときに味が消えてしまうんですよ。逆に混ぜものを入れすぎるとくどくなるんです」

色は、ピンクと思いきや、着色料など使っていないので、ちゃんと蕎麦の色をしています。香りが消えてしまうから、ワサビは付いてないんですよ。

 ではいただきます。

 不思議ですね。蕎麦自体に桜の香りはしないけれど、食べていると、桜のかおり≠ェふんわりと口に広がります。それが全然押しつけがましくなく、喉を通る蕎麦の細さも計算されていて、熟練した技に脱帽です。
 山本周五郎が、明治36年創業のここのお店を気にいったというのは、わかるような気がしますね。
桜切り蕎麦は、現在 4代目のご主人がお客さんの注文を聞いてから打ってくれるんです。蕎麦のきりっとしたのどごしに感服いたしました。お主できるな!
 春は桜、新緑は蓬(よもぎ)、夏は茶そば、11-12月は柚、季節ごとに変わり蕎麦≠ェ楽しめます。エビ切りという蕎麦もあって、桜エビの目を取ってやるので時間が掛かるそうです。
 外見は普通のお蕎麦屋さん。でも実体は凄腕の御仁とお見受けいたしました。
 美術も食も心がだいじだからね。

・・・少し話を変えますが、ご自身で現像されるんですよね。今回の個展の大きさのものになると、かなり大きな印画紙と、かなり大きな暗室が必要になるんじゃないですか。


mariko Shindo "bibo" Mar.28-Apr.26, 2006 / Zeit-Foto Salon

 学校の施設を卒業してからも使わせてもらっています。印画紙はくるくる回しながら現像液につけるんです。

・・・そうすると時間差が出てきませんか。

 それが意外にずっと回しているから出てこないんです。

・・・私は現像したことがないので、あくまでも現像するイメージなんですが、パレットにつけると像が、ゆらゆらと浮かび上がってくるのではないんですか?

 パレットではなくてシンクを使っているんです。回すのに精いっぱいなのでそれはないです(笑)。ネガをベタ焼きにして、その後六つ切りで焼いて、六つ切りから大きく伸ばすものを選ぶんです。

・・・試し焼きをするわけですね。小さい作品を大きく引き伸ばしても、イメージは変わりませんか。

 ぶっつけ本番で、展示会場に貼りますけど、違うと思ったことはないです。
それよりもロールは大変です。ずっと筋肉痛ですし。

・・・ロールとは凄いですね。あ! 今ふと思ったのですが、先ほどから何度も皮膜の内と外と言っているのは、赤ちゃんが生まれるときには、ヌルとした状態で出で来るじゃないですか。進藤さんの作品は、言葉にするとざわりなんだけど、むしろ乾燥した状態ではなく、イメージ的にはヌルっとした皮膜のように思いますね。だから会場へ入ると、羊水の中に回帰したように感じるのかもしれないですね。

 写真評論家の飯沢さんにも、母親の体内に戻ったようだと言われたことがあります。

・・・でも好き嫌いが分かれる作品かもしれませんね。

 好きではない人は、かなり好きじゃないみたいで、好きな人は何時間でも見てられると言ってくれますね。本当に感想は、まちまちです。ただ周りの意見に左右されるよりも、淡々と撮っていますし、淡々と現像しているだけなんです(笑)。

・・・淡々と撮り続けなければ見えてこないのかもしれませんね。

 そう思います。森山先生からも 「自信は人に言われてできるものではなく、撮り続けることによって変わるものだから、ずっと撮り続けなさい」 と言われました。その言葉をずっと心に秘めているんです。

・・・そういえば、山本周五郎も「見た目に効果のあらわれることより、徒労とみられることを重ねてゆくところに、人間の希望が実るのではないか」といっていますものね。

今日はどうもありがとうございました。

関連情報 2006.3 2004.3

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