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オサルスのおすすめランチ ランチdeチュ その151

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海鮮花寿司 (味噌汁、小鉢つき) 900円

SAKANA-CUISINE良し
東京都江東区富岡1-13-11 TEL03-5621-5821

 

 門前仲町のA1出口から歩いて1分、深川不動尊の門前にあるのが、今日ご紹介する「SAKANA-CUISINE良し」。
カタカナに変換すると 「サカナ-クイシネヨシ」 と読むのでしょうか?
 ご紹介頂いた銅版画家の濱田富貴さんにお聞きすると、
「CUISINEというのは、フランス語で料理法のことをいいます。居酒屋なんですけど、凄く美味しいランチを食べさせてくれるお店なんですよ」
 あ! なるほど。 「魚料理良し」 か。日本語にすると、凄く美味しそう。とにかく行ってみることにしましょう。

 フランス語を取り入れたセンスが、店構えにもいかされています。ちょっと無国籍の印象があるけれど、クラシカルな隠れ家の雰囲気がいいですね。7年前にはお好み焼き屋として使われていたとか、店内は何と土壁です。

 「オーナーが築地の仲卸なので、魚はすべて築地からの直送です。一番のお薦めは穴子のてんぷら、焼き魚は日替わりで変わります」(店長の田代さん)

 田代さんに、「良し」 というお店の由来についてお聞きしたら、オーナーがお母様のお名前をつけれたそうです。
築地直送というお店は多いけれど、仲卸ならば、味は推して知るべしでしょう。

・・・濱田さんは、門前仲町にもう20年近くお住まいとお聞きしましたが、この街についてどういう印象をお持ちですか。ご自分の作品に何か影響がありましたか。

 この街は、20年でずいぶん様変わりしました。新しい物件が次々と建ちましたが、昔は何もないところだったんですよ。土地については、特に意識したことはないですね。むしろここから離れて何年か経った時に、初めて気付くのかもしれません。
以前カナダに住んでいたときも、「カナダに住んだことで作品やご自身に、影響がありましたか」 と聞かれたことがあるんですけれど、確かに違う土地、違う言葉、違う環境で制作、生活すること自体が、センセーショナルな体験ではありました。でも本当にそれを実感したのは、帰国して何年か経ってからなんです。ですから時間が経たないと見えてこないのではないでしょうか。

・・・生まれた所についてはどうですか。

 私は九州出身ですが、父が転勤を繰り返していたので、生まれた場所の記憶とか、子どもの頃のことは、ほとんど覚えてないんです。作品の核になる場所はないですね。

・・・そうすると、作品の原風景に当たるものは、生命記憶みたいなものですか?

 一つは怪我をしまくっていたことが、大きな要因かもしれないですね。小さい頃、私はアトピー体質で、体中の皮膚の表面はボロボロで、かなり酷いものだったんです。
 痒いから引っかいて血が出て、それでもまた我慢できなくて引っかいて・・・、その繰り返しで次第に大きな傷になっていくんですよ。皮膚の角質がぐちゃぐちゃに崩れていく様は結構ショックなものでした。
 それに階段から落ちて手の甲の皮膚の一部が丸ごと無くなったこともあるんですよね。手足の生爪も何度か剥がしたこともありますし・・・。

・・・凄い過去があるんですね(笑)。

 毛穴が出来る瞬間まで覚えていますよ(笑)。傷ができては治癒していくじゃないですか、この繰り返しを何度も観察しては、何故壊れた箇所がちゃんと元の状態に再生されていくのか (仕組みがわかっていても) 不思議で仕様が無かった思い出があるんです。

 お待ちどうさまでした。

 海鮮花寿司 (味噌汁、小鉢つき 900円)と穴子天ぷら定食(刺身三点、ご飯、サラダ、味噌汁、小鉢つき 800円) でございます。

 穴子の天ぷらが、こちらのお薦めだけれども、オサルスは天ぷらが苦手なので、 海鮮花寿司を注文しました。夏の風物詩 「鱧」 には梅肉が添えられ、シメた鯖の青みがかったテカリに新鮮さが凝縮されています。小鉢に盛られた白身魚 (鯛、ワラサ、コチ、真タコ) の南蛮漬けの、すっぱさもいい塩梅。

 「夜のメニューで刺盛りを注文したことがあるんです。値段も安いし、必ず新鮮な魚を食べさせてくれるし、凄く美味しい。店長と仲がいいんですけど、昼に来るお客さんがランチを食べてから、夜に予約を入れてくれるので、最近常連さんが増えて来たって言ってました」
 流石に築地で仲卸をされているだけのことはありますね。本当に美味しい。鯛や平目の舞い踊りというけれど、白身魚(タイ、ワラサ、ハタ、コチ)って舞い踊るものなんですね。

・・・ところで、濱田さんが銅版画に惹かれた理由を教えて下さいますか。

 銅版画の絶対的な 「黒」 に惹かれたんです。そもそも昔から強くて透明感のある、どっしりとした黒が好きでした。高校、大学となんとなく油絵科に進んで、油絵を描いていたんですが、本当のところは日本画 (水墨画) のほうが好きだったんですよ。祖父が書や水墨画を描いていましたし、私も子供の頃から書道を習っていたので、自分の一番身近にある色が墨の黒だったことも起因しているのかもしれません。
大学3年になって版画科へ進んだ時、はじめに四版種 (銅板、リトグラフ、木版、シルクスクリーン) を勉強していくのですが、中でもプレスされてインクがドカンと立ち上がる銅版に惹かれました。強くて深い黒とハーフトーンの美しさを見たときに、墨一色で様々な色や質感、空間、そして湿度を感じさせる水墨画と同じくらい深い表現が出来るのではないかと思いましたね。

・・・腐蝕をされているんですよね。

 ええ。私は腐蝕で出来た色や質感が好きだから、エッチングの手段をとっています。私の作品は、まず画面の骨格となる形を腐蝕で版に刻ませて、アクアチントという技法で一度まっ黒にするんです。
その後、耐水ペーパーで削り出していく作業をします。刷って真っ白くなる部分は、もともと黒くなる所を削り出して、版面を鏡のような状態にしたところなんです。ヤスリのサジ加減一つで様々な表現を追及出来るのが面白いんですよ。一番緊張するのも悩むのも、この部分ですけどね(笑)。

・・・お話だけ聞いていると、難しそうですね。

 そうでもないですよ(笑)。黒の表現にあたって気を付けているのは、色に、強さと同時に湿度を持たせることです。生きている(または生きていた) 生物体としての質感を感じさせるようにしています。全てを内包している様な、ちょっと奇妙で色気のある黒が表現出来たらといつも思っているんですよ。 
 私が銅版の中で物質的に魅力的だと思うのは0.8mm〜1.2mm厚程度の薄さの中にあれだけの世界が広がっている事なんです。例えば、今どのくらい腐蝕が進んでいて、これを刷ったらどうなるかというのを調べるために、時々ルーペで版面を見ながら仕事を進めていくのですが、そういう腐蝕の痕跡を見たとき、まるで小さな彫刻のように見えるというか、あるいはグランドキャニオンをずっと上から見ているような、広大な風景、一つの小宇宙が広がっているんです。だけどそれは約1mm厚の版の中での小さな現象でしか無い。腐蝕されている深さなんて実際は、ほんのちょっとです。でも刷ると、あれだけの美しい色が出て深い世界が表現できる。なんか凄いなーって(笑)。
 また、一度版面に線や何かを描いておいて、その後アクアチントなどで深く腐蝕した後、もう一度削り出していくと、その線がまた出てくるんです。何度消しても、実際は消えない。腐食して紙ヤスリやバ二ッシャーなどで削って消えたと思っても、必ずその痕跡は残っている。銅版というのは時間が封印されているんだなぁ、といつも感じます。

・・・グランドキャニオンとは面白いですね。ミクロからマクロへの繋がりは、先ほどのキズの話とダブってきますね。

 そうまさしく私の作品の原風景はキズ跡からなんです。私達も小さな粒 (細胞) が寄り集まってできた集合体ですよね。どんなものでも、小さなものが集まって一つのものを形成していく様は実に面白いわけです。なにしろ私自身が 「そう」 なんですから、興味は尽きませんよね。
 自然界の様々な存在や現象に、日々老いていく自分や家族を重ねてゆくと、生命の生死の繰り返しの時間の中に自分達がいることを実感します。最近タイトルの副題に 「還」 や 「廻」 という字をつけているのですが、廻り廻ってもとに還るというか。全ての生物細胞は生きているうちは 「再生」 という細胞分裂をおこし、死ねば 「腐敗」 という細胞分解をおこして、やがて無に還る。土に還っていくイメージですね。朽ちて土に還ってもう一度生まれ変わるというイメージは制作の根底にあります。

・・・それが左右対称の作品にどう繋がるのですか。

 二つに分かれることから物事が始まる。というのは、つまり私の中では受精卵の一番最初の細胞分裂から始まっている、ということなんです。それが根本にあったりするのですが・・・よく、何も見えない画面でエスキースを何十枚も一気に描いていくうちに、自分の手が気持ちよく収まる形があるんです。何枚も何枚も描いていくうちに、結局一番筆が気持ちよく走って、一番収まりが良いのは、気が付いたらシンメトリーになっている場合が非常に多い。左右対称でドーンとあるものに凄く惹かれますね。ただ、左右対称にしてしまうと、絵の流れが止まってしまうことも多々あるんですけれど。追わずにはいられないような変な欲求があります。それはうまく説明できません。
 あとよく思うのは、なぜ眼球は二つあるのか、なぜ脳は右脳と左脳に分かれているのか、なぜ腎臓は、肺は二つあるんだろう、手足が二本ずつ、耳も二つ。何で二つなのか、と考えた事はありませんか?言葉や物事のなりたちの中にも 「二つ」 の要素が多く含まれている。「二つ」 というキーワードが非常に自分の中では重要といいますか、一つのポイントになっているんです。細胞も元は一つでやがて二つに分かれて、それがさらに二つに分かれていく。一つが三つに分かれることは無いですよね。全てが二つ二つに分かれていくじゃないですか。とても神秘的に思うんですよね。

・・・本当に神秘的ですよね。日本に生まれて来たことも、ここで一緒にランチを食べていることも、天文学的数字分の一の偶然が重なった結果ですものね。そして何故 「私が私なのか」 と考えるとラビリンスに迷い込みませんか。

 制作というのはある意味、自分を紐解く作業なんですよね。
紐解いて紐解いて、紐解いた所に何があるんだろう。それが見たいからまた作る、みたいな感じで。考えてみたら何も無いところから作るわけですから、こういう事が出来るのは凄いことなのかもしれませんね。
以前、木口木版画作家の小林敬生さんが言われた言葉で 、
「俺達は、無の状態から有のものを作り出せる手があるんだから、出来ないものは無い」 と。
そういう発信できる技術を持っている自分は幸せなんだなと思います。

・・・そうかもしれませんね。
オサルスも創造的行為をしているわけではないけれど、こういう形で痕跡を残すことができるのだから、それは幸せなことかなと思っています。
 ただ、もうちょっと、お金に余裕が持てればもっと嬉しいけどね(笑)。

今日はどうもありがとうございました。

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