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オサルスのおすすめランチ ランチdeチュ その154

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シュウマイランチ (スープ、ご飯、香の物) 945円

CHANTAO
東京都中央区銀座1-13-1 法研本社別館ビル1F TEL03-3563-1033

 

 先日、 「ユニークなコレクターのインタビューがあるとおもしろいと思うのですがいかがでしょうか?」 というメールを頂き、そういえば今までコレクターの方には殆どご登場頂いていないなと、反省。
何人かご推薦頂いたのですけれど、言い出しっぺという言い方は失礼ですが、まずメールを頂いた山本さんにコレクターを代表してお願いすることに致しました。
山本さんはアートソムリエとして美術の普及に力を入れていらっしゃる方、雑誌、テレビ、ネットなどの登場頻度も多いので、皆様ご存じとは思いますけれど、頂いた名刺に簡潔な自己紹介が記されていましたのでご紹介致しましょう。

【某金融機関勤務のかたわら30年近く毎週末、銀座・京橋界隈などのギャラリー巡りをしているサラリーマンコレクター。「個人メセナ」 の一環として、まだ無名の作家を中心に集めてきた作品は1000点を超える。蒐集品を公開する 「コレクション展」 を実施するほか、数年前より銀座1丁目の昭和初期建築の奥野ビルに書斎兼コレクションルームである 「銀座の隠れ家」 を開設し、美術雑文集 「隠れ家の暇つぶし」 を発行している。 最近は 「アートソムリエ」 と称して、ビジネスマン・OLなどへの 「アート普及活動」 や 「文化的素養の必要性」 を訴えるため、テレビ・新聞・雑誌に登場するほか、六本木ヒルズなどで画廊巡りツアーを実施中】

 しかし 「編集長 山本冬彦」 と名刺に書かれてますが、確か山本勝彦さんでは???。冬彦といえば10年くらい前に、冬彦さんの病気ぷりを強調したテレビドラマがあったような・・・コレクターというのはいわゆる病気みたいなものだから冬彦なのか? ん〜疑問ですね。

 「単に冬が好きだからです」

・・・あ! そうですか。

 でもコレクションというのは病気みたいなものかもしれませんね。僕がはじめて絵を買ったのは、石踊紘一さんの作品なんです。そのときに販売を担当された方が、今の宮坂画廊の宮坂さんでした。だからこの病気に引き込んだのは、宮坂さんみたいなものです(笑)。その宮坂さんからコレクション展をやらないかと誘われて、毎年1、2回開くようになりました。 「7人七色展」 を覚えていませんか?

・・・懐かしいですね。「七つのギャラリーを会場に7人のコレクターの個展がぶつかり合う」 という主旨の展覧会でしたよね。1997年だから、もう9年も経ちますか。

 この展覧会はインパクトがありましたね。コレクターの活動の先駆けにもなった。今も当時もそうだけど、コレクターといっても日本画は日本画、油絵は油絵という風に、分断されているんです。それでもっと全方位的に何かできないかなと思って、「美楽舎」 (コレクター集団) に誘われたのを機会に、ジャンルを問わず知り合いを引っ張り込んで、画廊巡りをしたり、アトリエ訪問をしたり、こういうことが相まって、コレクターの活動が知られるようになったと思います。

・・・それまでコレクターは、あまり表には出てこないのだと思っていました。

 昔のコレクターが発信しなかったのは、税金の問題や投資で絵を買っている人が多いから表立つことをしなかっただけです。例えば美術家を生産者だとすれば、ギャラリーは販売者、そしてそれを取り巻くのは評論家や学芸員なわけですよ。何かイベントをしたとしても、いつも生産者と販売者とその周辺の人たちしか出てこない。
どこの業界でもユーザーがいちばん大事でしょ。美術界だけは、ユーザーであるコレクターが登場しないんです。景気の良い頃は、企業とか美術館とか金持ちが大口ユーザーで、彼らが買ってくれていたから生産者も販売所も皆そちらを向いていたわけです。でもバブルがはじけて大口ユーザーが殆どいなくなってしまった。つまり小口ユーザーたちにもっとアートとを普及しない限り広がりは期待できない。でもそこには断絶がある。

・・・断絶ですか。

 その溝を埋める努力をこの業界の人たちはしていないですよ。僕はサラリーマンだからサラリーマンの気持ちを翻訳して伝えることができるけれども、作り手や画廊は翻訳するすべを知らない。
そのくせ 「こんなに努力しているのに、人が来ない」 とばかり言っている。ものすごく単純なことを言えば、画廊は午後7時で閉めるけれども、サラリーマンやOLは、その時間画廊には行かれませんよね。じゃ土日ないらいいかといえば、土日が休みの画廊も増えているし、サラリーマンは郊外に住んでいるから、疲れてしまっていけない。
僕がよくいうのは、「美術館でさえ日曜日は開けてるでしょ。今は国立の美術館でも金曜日なら午後8時までやっていますよ」 と、でも画廊はそんなことは殆どやっていない。たまに開いてもそれは点なんです。点でいくらやっても意味がない。
銀座にこれだけ画廊が集まっているんだから、金曜日は午後9時までやるとかしたっていいじゃないですか。そうすれば行って見ようという気にもなるかもしれない。でも全然それがない。絵を広めたいとか、もっと普及させたいとか、若い人たちに見てもらいたいと言っている画廊が、単純に営業時間だけを見ても言っていることとやってることが違うんです。

・・・京橋界隈はもう10年以上続いていますが、日曜日に開けても人が来ないという画廊ばかりですけど・・・。

 それは来ないでしょう。来ないから閉める。いたちごっこです。でも開けていると言ったところで、普通の人に告知していないんだから、そこが問題なんですよ。
例えば銀座の大通りを歩いている人に、見に来ませんかと誘っても、こちら側を向く要因を作らなければ無理なんです。工夫をしなければいけないのに、考えるのも面倒くさい、だからやらないとなる。
まぁ努力していると思いますよ。でもそれは必要条件であっても、十分条件ではない。ですから、知恵を絞って地域でもいいし、共同でもいいし、やらなければいけないんです。例えば僕が前にいた保険会社でも地震保険を勧めるのに協会で協力してテレビで宣伝をするじゃないですか。でも画廊はそれはしない。普段画廊へ来る人は放っておいても来るわけですから、新規のお客を開拓する工夫をしなければしょうがないわけですよ。

 お待たせしました。
シュウマイランチ (スープ、ご飯、香の物 945円) と豚角煮丼 (スープ945円) でございます。

「CHANTAOは、点心のお店なので、シュウマイランチや水餃子ランチがお薦めなんですよ」 とマネージャーの長島さん。お若くてきれいな方ですね。

 お薦めに従ってオサルスはシュウマイランチを注文。シュウマイが凄くふんわりしていて柔らかい。箸で簡単に切ることができる。そういう風に作っているのかな。

 「当店はすべて手作りなんです。冷凍物は一切使っていないんですよ」

 そうか。固かったのは冷凍ものをずっと食べていたからなんだ。納得。

 シュウマイはかなり大ぶり、このボリュームが嬉しいですね。逆にご飯は小ぶりで食べやすい。ご飯が丼で出てくると太りそうで残してしまうんですよね。若いマネージャーのきめ細やかな心配りが行き届いています。外光をふんだんに取り入れた店内は、明るくてモダン。まだ開店して1年半。頑張ってますねマネージャー!
CHANTAOは2001年にも取材(http://www.gaden.jp/info/2001a/010416/0416.htm)させて頂いていますが、こちらはご両親のお店。
その節はありがとうございました。

・・・作品を買うということを考えても、銀座の画廊では、実際に貸画廊と企画画廊の形態があるわけだし、作家といっても貸画廊を借りている人も作家と称すのであれば、線引きをするのはとても難しいと思います。買う側からしてみたら、きちっとした表現をしていて長く活動していかれる人でないと、お金を出す気にはなれないと思うんですが・・・。

 今僕が六本木ヒルズでアーテリジェントスクールという講座 (アートライフの楽しみ方と画廊巡り。二ヶ月に一度開校。詳しくはhttp://www.academyhills.com/school/arteli.html) をはじめて、ターゲットにしているのは六本木周辺のサラリーマンやOLなんです。実際に画廊巡りをしてみませんかということで誘っています。
メンバーは女性がかなり多いんですね。最初は人が集まるかなと思って心配したのですが、毎回10人から15人位の人たちが参加してくれて、あまり多くても画廊に入るのは大変なのでちょうどいい人数だと思っているのですけど、断絶を埋めるのにいちばん手応えを感じています。

・・・手応えですか?

 この人たちは、画廊にも行ったことがないし、作家という人種を見たことのない人たちなんですよ。買う買わないは別として、まず画廊というもの巡ってもらうだけでもいいかと思ってはじめたんですけど、最近は巡っている間に、必ずお買い上げがあるんです。初めて買う人ばかりですけども、参加した人数の1割はそういう人が出てくる。講義の回数ごとにそういう人たちが、増えていくわけですからね。

・・・それは凄い。

 先ほどのアーティストの話でいえば、どこまでを絵描きというかは別だけれども、絵描きが多すぎる。美大なりを卒業した人がすべてプロになるわけではないにしても、アートの仕事をしたい人とか、アートマネージメントをしたい人が多いわけですよ。例えて言えば生産者という毎年何万人という卒業生が出るわけでしょ。
大学も無責任にどんどん排出してるわけじゃないですか。でもユーザーは、どこで誰が作ったり教えたり啓蒙しているのかと言ったら、誰もやっていない。
つまりどんな産業でも生産者と販売者ばかりじゃ成り立つわけないじゃないですか。ですから完全に供給過剰なんです。昔であれば、絵描きや文士になるとしたら、貧乏で汲々としてる奴か変わった奴じゃなければならなかったわけですよね。今はちょっとでも何か作れば、すぐに作家になってしまう。おかしいんですよ。

・・・確かにおかしいと思います。

 僕は根っこの部分は常にユーザーサイドに立っていますが、今は100人のうちに一人か二人しかいないかもしれないけれども、ユーザーが一人でも二人でも増えればいいと思ってるんです。そういう増やすための努力をして、絵を見られる人間が少しでも増えれば、自ずとつまらないものは淘汰されるじゃないですか。
ところが今は裏を返せば一般大衆が、全然見る目がないし、ましてや扇動されて、マスコミやTVに出てたりすればいいものだと思ってしまう。だから加山又造は知らなくても加山雄三の絵は売れるわけです。日動画廊だって長渕剛をやれば完売するわけでしょ。
マーケティング戦略でいったら、ブランド戦略をとればいいんです。どんどんマスコミに出せばバカな人たちがそれを買うんです。良い悪いは別としてそれをやればいい。村上、千住・・・名前のでる人たちは皆そうじゃないですか。今のレベルを考えたらそれが最大の戦略なんです。
このままユーザーの質を高める努力をしない限り、いちばん手っ取り早いのはその方法なんですよ。僕はそういう意味でいうともう画廊なんていうのは、今の時代に合わない。むしろタレントを抱えるプロダクション化すると思う。そうすると作家はタレントなんです。とにかくマスコミに登場させれば、皆作品の善し悪しはわからないんだからそれで売れるでしょう。
だからこのままでいけば、スペースを貸している画廊以外は成り立たなくなるんじゃないかと思いますよ。それこそ吉本やジャニーズ事務所じゃないけれど、そういう戦略をとってうまくアーティストをプロデュースしていくところが生き残る。もうこれしかない。

・・・そうでしょうか。

 それは美術だけではなくて、政治でもなんでもそうですよ。小泉がいいといえば小泉に皆付和雷同する。でも本来であれば皆それぞれの思いや好みがあるわけで、満遍なく出るのが普通じゃないですか。それが7割、8割行くということは、自分の頭で考えていない証拠でしょ。日本の国民が皆そうなっているわけですよ。
それは絵だけではないんです。政治家であろうがなんであろうが皆タレント化しているじゃないですか。そういうレベルなんですよ。大衆はあらゆる面でそうなんだから、そういう戦略をとるというが一つのやり方としてあるんです。そしてもう一つの面には、そんなこというのはおかしいと、売れようが売れまいがきちっとしたものを見ていこうとか、育てていこうというのが片方にあるべきなんですよ。
ところが殆どの人がその間で、例えばいい作品を描く作家は売れない。売れている作家は堕落している。なんて言っているけれど、そんなことをいくらわめいたって負け犬の遠吠えなんです。だからといってすごく売れるのはいいかといえば、それもどうかというのはあるけれど、ただ良い悪いは別として、今の国民の状況を考えたらああいう戦略をとった奴が勝ちなんです。

・・・一般に普及する難しさは感じます。

 例えば一般の人が見るのは、美術雑誌ではなく一般紙に掲載しなければダメ、美術雑誌にいくら掲載しても、この業界の人しか見ませんよ。それじゃ普及には役立たないので、僕は日経新聞とか朝日新聞とかAERAとか、普通の人が見るところにアートを載せたいわけです。
ところが残念なことに、そういう記者の方たちは、アートをたまに取り上げるだけですから、やはり露出している人たちを取り上げてしまう。それが全部重なってしまって、益々露出度が増えていく。だから本当のものにならない。本当は一般の人が見るところに、まともな記事や作家を載せて欲しいんだけれども、載らないんですよ。
じゃ逆に美術記者がどうかといえば、狭い世界でしか見ていないわけだから、結局全部玄人の世界になってしまう。だからといってぶうたれているわけではなくて、僕はそんなものに惑わされないで自分の目で見られるユーザーを作ることだと思っています。小泉さんがよければ、小泉さんになびいてしまう。それではファッショですから、それはまずい。それを避けるためにも 「これはおかしいね」 という人を作っていくしかないじゃないですか。僕はそれをやりたいと思ってるんです。

・・・なるほど。

 例えばサラリーマンやOLが見るテーブルの上には、海外旅行やバックやゴルフや車、いろいろなものが乗っているけれども、視線の中にアートはないから選びようがない。誰かがアートをテーブルの上に乗せる役目をしなければいけない。だから僕はアートソムリエなんです。

・・・アートソムリエというのは、お客の相談を受けて美術を選定し提供するということですね。ではアートが視線の中に入るようにするには、ソムリエのご意見をお聞かせ下さい。

 例えばレストランに絵が飾ってあるとか、本屋さんに絵が飾ってあるとか、一般の人たちの目につきやすいところに飾ってあるというような、そういうことなんです。それが売り手側の努力なんですよ。ネットもそうですよね。立派なページはいろいろあるけど普通の人が見なければしょうがない。

・・・gadenは一般の人が見てるんじゃないかな。ランチを紹介してますからね。それで思ったんですが、ある作家を紹介するのでも、今まで何重にもオブラートに包んで見せていたように思います。むしろ普通の姿をなぜ見せなかったのか、その方が一般の人は共鳴する部分があると思う。

 画廊といっても貸も企画もあるわけだがら、普通の人が見たら全然区別がつけられないわけです。だから銀座で個展をしていれば凄いとなってしまうし、公募展でも同じで、ちょっと入選しただけでも大先生になってしまう。そのぐらい一般との乖離があるんです。それをまず埋めなければいけないけれども、それがなかなかできないんです。

・・・私はサラリーマンをやったことがないので分からないのですが、サラリーマンの方たちが買う値ごろ感というのは、いくらぐらいなんでしょうか。

 初歩的にいったら10万以上はまず無理でしょうね。最初に買うとしたら、やはり2、3万でしょうか。例えていえば画廊は、100万円のものを買ってくれるお客さんを一人作りたいと思っても、1万円のものを買ってくれるお客さんを100人作ろうとは思わないんです。個々では難しくても、業界全体でなぜそれをしないのか分からない。ある種コレクションは麻薬みたいなものだから、そういう人たちを作ることで、その中から100万200万の作品を買う人たちが絶対出てくると思う。

・・・ただ業界全体でやってもイベントで終わってしまうように思いますし、初歩で買われた方が、次に続くかどうかもわからないわけだから、やはりこの状態で続けていくしかないという結論になってしまうように思います。

 それであったら潰れればいいんじゃないですか。結局経済の論理でいえば、作り手も販売者も多すぎるですよ。当然淘汰されてもいいと思います。

・・・それは私もそう思います。

 産業を考えれば、それは当然のことですね。絵描きであれば、野垂れ死にするぐらいの覚悟の人しか絵描きになれないし、そうなればいいんじゃないですか。

・・・逆に根性が入ってなければ見たくないっていう感じはありますね。先日の藤田さんの話(http: //www.gaden.jp/info/2006a/060817/0817.htm)にもありましたが、これから美術館が、自分たちのところでも販路を広げねばならないという形になってきましたよね。それもまたシステムが代わる要因になるのではないかと思うのですが。

 独立行政法人の問題でもそうだし、あらゆる分野、金融でも美術でもなんでもアメリカスタンダードなんです。これが行き着いたところは、先ほどもいったブランド戦略的なものなんですよ。
例えば美術館であっても稼がなければいけない。それがはっきり見えるのは入場者を確保することでしょ。そうなれば中身に関係なく、人集めができる露出度の多いものをやらなければいけない。ですから先ほど言いましたように、益々アーティストがタレント化すると同時に、美術館はイベント会場化するでしょうね。
どんなに質の良い物を並べたところで、お客さんが来なければ叩かれるわけですから、絶対にそうなるんですよ。これは好き嫌いや良い悪いは別として、必ずなる。そうなると考えれば、居直ってそれをやるしかしょうがない。でもそれだけになってしまっては寂しいでしょうと、そうすると売れなくてもとか、人が入らなくてもいいものをやりたい。或いは売れなくても、人気がなくてもいいから良いものを集めたい。というのが片方にあってもいいわけです。

 僕はこの両者の中間は、淘汰されればいいと思ってる。経済を優先するのであれば、それでやればいいんです。そうじゃなければ売れようが売れまいがいいものをやり通す。ですから中間はいらない。文句を言ってるのは大体真ん中の8割なんです。
成功してる奴のことを見れば嫉んで、「あんなものは邪道だ」 と言ってるわけでしょ。例えば村上隆の 「芸術家起業論」 を読めば、彼は両極端をいうから反感もあるけれど共感もあるんですが、「儲けて何が悪い」 と言ってるわけじゃないですか。
それはホリエモンや村上ファンドと発想はまったく同じ、アート界でもそうなんです。居直ってやればあれが一つの生きるための手段なんです。だからといって生きているときはいいかもしれないけれども、死んだらどうなるか分かりませんよ。でも片方にはゴッホじゃないけど生きているうちは絵は売れなかったけれど、死んだ後に評価されるケースもある。
経済優先で考えれば、死んだ後から評価されたって何の意味のないと思っているわけです。生きているときに評価されなければしょうがない。そうしたら戦略的に日本の国民なり世界情勢に合わせて、どういう戦略をとったら売れるかを考えてやっていくわけです。それは好き嫌いは別として、ある意味では立派なことなんです。
でも片方にはそんなこととは何の関係もなく、コツコツと売れようが売れまいが関係なく制作している人は、絶対にいる。アルバイトをしながらでもとにかく好きな物を作っていく。そういう人たちはそれなりの生き方を考えているはずです。8割方の中間を相手に論議しているから、なんだかわからなくなるんですよ。

・・・美術の究極は心の栄養ですものね。

 僕は全く経済優先は考えていませんが、アートの世界の話になるとどこをターゲットにするのか、皆真ん中の有象無象の話で終わってしまうんです。どっちにも徹し切れない人は残れない。
企業でも何でも皆そうです。銀行が総合化からグローバル化したら、日本でも三大グループしか残らなかったでしょ。これが世界で通用する銀行なんですよ。中間のところはすべて無くなってしまった。あとは地域密着型の信用金庫とか特色のある銀行だけが残った。あらゆる産業は全部そう。
ですから絵描きの世界もまったく同じ、美術館だって何だって皆そうですよ。ファッション産業であれば、流行のものを作るか。流行には我関せずで行くか。偶々我関せずで行ったら流行に会うときもあるわけですよ。または合わない場合もあるけれど我関せずでやって行く、真ん中の8割は常に流行ったらはじめるから、やろうとしたときは流行は谷になる。
半サイクル遅れるからいつでも遅れてきた人なんです。それで淘汰される。だからどちらかしか生き残れないし、どちらかに本物があると思うんです。
15日に、アート・インタラクティヴ東京(詳しくはhttp://www.artinteractivetokyo.com/)の 「新人の発見と登場3. アートオークションの視点から」 で広本伸幸 (株式会社エムアウト絵画事業部) さんのレクチャーがありましたが、彼がいうにはプロであったら売れてなんぼの世界、極端に言えばそういう発想なんです。
売れなかろうが何をしようが というこちら側の世界のことをいうと、「それは趣味です」 とあっさり言われました。プロであったら生きてるうちに売れて名前を知ってもらうことが先決。企業と同じ戦略発想なんです。でもそれはその通りなんですよね。

・・・それはそうでしょうねビジネスなんですから。

 売れなくて、引かれ者の小唄みたいなことを言っているのは、「それは趣味です」 という(笑)。

・・・でもそんなに売れるものなんですか。

 さぁ。いずれにしても作家が多すぎるんですよ。コレクターを作るといっても、例えば作家であってもボロ儲けしなくてもよくて、年収が500万くらいあれば普通の生活ができるとしますよね。
展覧会をやって経費や何かを考えると、1000万円売り上げれば生活できると仮定するならば、100万円の作品ならば10 人。10万円の作品ならば、100人コレクターがいなければならない。それが毎年の話になるわけだから、どう考えたって現場は絵描きが多すぎるに決まっているでしょ。それにユーザーが追いつかない。
例えばカルチャークラブで習っている人たちも、技法のことを根ほり葉ほり聞いても絶対に買わないからユーザーにはならない。知識教養派の人たちも、印象派がどうのこうの言っているだけで、美術館を方々巡っても、旅行代理店のお客になるが、アートのユーザーにはならないんです。美術館でもそうだし、画廊でもそうだけど、いつも来る人たちは、現役をリタイアした人か、暇がある学生か。いわゆる有閑マダムみたいな人たちなんですよ。
つまり現役でバリバリ働いている人たちは誰もいないんですよ。まったくブラックホールなんです。ですから僕はこれを開拓しなければいけないと思う。それはまったく砂漠に水をまくようなことですよ。だってインフラ一つできていないじゃないですか。

・・・インフラは整備されてませんね。

 このブラックホールを、画廊は相手にしていない。夜はやらない日曜日はやらないと言って、そういう人たちにアプローチをしてるかといえば、殆どしていないですよね。このブラックホールを開拓していけばいいんです。砂漠に水をまくようなことではあるんだけれども、でもやりがいがある。
よくビジネスに例えていうんだけれども、アフリカに靴を売りに行ったら、誰も靴を履いていなかった、だからこんなところに靴を売りに行っても無駄だという風に思う人と、誰も靴を履いていないから逆に皆が靴を履いたらすごいマーケットになるじゃないかと思う人もいる。
それと同じで、たかだか一万や二万の物を売っても努力するだけ無駄だから、100万円の物を一点売ればいいと考えるか。このブラックマーケットで、一点でもいいから絵を買ってくれれば、すごいマーケットになると思うか、そのどちらかなんですよ。そのチャレンジをもっとやるべきなんです。
動きはいずれ美術界じゃないところから来ると思いますよ。例えば本屋さんの延長であるとか、要するに普通の人が出入りするところに、絵をうまく売っていくみたいな・・・まだ何か分からないけれども、そのうち出てくるんじゃないかと思います。それはきっと別の業種が持っていると思う。

・・・でも餅は餅屋じゃなければわからない部分はあると思うんですけどね。それと日本の美術を発展させるためであれば、昔のコレクターは言い値で作品を買ってくれたと聞きますが、今のコレクターは値切るみたいですね。作家を支援するのであれば本末転倒のように思うので、コレクターの質も問われるのではないでしょうか。

 僕は若い人しか買えないということもあるんだけれども、作家支援というのは買ってあげることが最高の支援ですよね。それを値切ってしまったら何の支援にもならないわけです。
美術マーケットは、例えばオークションとか二次マーケットがあるじゃないですか。僕は基本的に二次マーケットでは買わないんです。二次マーケットで買ったところで、作家には一銭も行かないわけだから、コレクターとして、マスターは集めたいという思いはあるけれども、それ以上に若い作家の支援という思いが強いので、だから僕はオークションで買ったりすることは基本的にしない。
ただコレクターの大半は投資や騰貴のための人たちだから、いかに値切って買うかなんですよ。それもコレクターだし、コレクターと言ってもオタクみたいな人も多いじゃないですか。だからユーザーであるコレクターが、もっと支援をするような役割をして欲しいんですけれども、しないんですよ。
サラリーマンにとって、コレクションをすることが最高の楽しみであるということは知ってもらいたいんです。それにはまず買ってあげることが最高の作家支援。それと評価の定まってない人を買う。それが本当の作家支援になるし、評価の定まっていない人を買うということは、情報のない中でそれを選ぶということです。
ということは必然的に自分の頭で考え、自分の目で見て判断するしかないわけです。そこはお金を払うわけだから、当然真剣勝負。だから目が肥えますよね。しかも画廊を巡る楽しみや、作家と知り合える楽しみや、結果的に買っていたものが高くなるということもあるかもしれない。 結果でおまけが来ると思ったらこんなに楽しい趣味はないでしょう。
僕はユーザーがそんな風になってもらいたい。そういうことをやろうと思っているんです。投資の世界は、景気が悪くなったら消えるんですよ。それはビジネスだから、だから良い悪いは別にして、それに合わない画廊形式は、淘汰されてしまいますよ。
流行廃りだけで20年も30年もやってしまうと、タレントの顔ぶれが変わるだけで、時代を超えたものが何も出てこない可能性があるわけじゃないですか。或いは死んでから評価されるものは、出て来ないわけですよね。ビジネスの世界は放っておいても何とかなるけれど、地道にコツコツやっている世界は守らなければいけないし守りたい。

 僕は今独立行政法人で国立大学財務の仕事をしてるけれども、国立大学でも美術館でも、入場者がなければダメとか、大学も儲けなければダメとなったら、極端にいったら文学部なんていらないことになってしまう。
学問でも美術でも、役に立たないかもしれないけれども、国の財産として考えればコツコツやらなければいけないと思っているのに、あらゆるところに利益を生むような機能を求めたら、ビジネス的な戦略をとらざるを得ないんです。美術館で保存したり研究しなければいけないとか、すぐに役に立つものではないけれども、基礎的なことで国として金をかけてやっていかなければいけない物が多々あると思うんですよ。
だから半分はコストで採算性を追えないものもあってもいいだろうし、逆に採算性を徹底的に追う物もあっていい。そういう論理でやるべきなんです。今までは全部どんぶり勘定で、採算性も何もあったもんじゃないから問題なんです。ところが今は丸ごと採算性をいう。そんなこと言ったらすぐに役に立たない学問はいらないになってしまう。
例えば今度六本木にできた美術館は、国がやってる貸しギャラリーじゃないですか。日展や院展だかわからないけれども、会場を作れという圧力で作るわけでしょ。すごく怖いですよね。このままいけば文学部なんていらないということになりますよ。それに対して抵抗をきちっと言えなければいけない。
それは経済の論理ではなくて、国や公的なコンセンサスで、これはコストでなければしょうがないと、それをきちんと踏まえてければいけないのに、皆それを真ん中のところでぐちゃぐちゃと論議しているからおかしいんですよ。

・・・自分のスタンスをどこに置くかを、決めて生きていくしかしょうがないですね。

 だから僕はすごい危機感を持っています。このまま行ってしまうと、グローバルスタンダードの経済論理があらゆる分野にはびこってしまうから、今までのやり方は非効率は確かにあるけれど現在はちょっと行き過ぎる。
例えて言えば民ができることを官がやるべきではないというでしょ。それは民がやろうが官がやろうが結局効率ということできてるんですよ。そこに欠けているのは、公なんです。民がやろうが官がやろうが公のものとして、やらなければいけないことってあるはずなんです。

・・・小泉さん流の改革が良かったのか悪かったのか、時代の流れは止められないからわからないけれども、すべてが経済優先になってしまうと生きていかれない人たちがでてきてしまう。ですからお話になっている危機感というのはとてもわかるんです。オサルスなんて真っ先に淘汰されてしまいますよ。

 美楽舎とかコレクターのいろいろな会がありますよね。僕がそれを全部やめているのは、自分みたいに裾野を広げようと思っている人がいないからなんです。

・・・え! やめられたんですか。

 ずっと前からやめてます。それは何故かというと、コレクター自身が楽しむのはいいんだけれども、結局社会性がないんですよ。結局皆オタクなんです。普及しようとするのではなくて、自分たちが楽しめればいい。 それと代表になっていると、中には色んな人たちがいるから、例えば値切る人がいれば、値切る集団に見られるじゃないですか。結局それが嫌なんです。
もう一つは、ひとつに関係すると皆関係があるから、全部に関係しなければいけない。だから結局全部に入るか全部に入らないかなんです。僕は自己責任でまったくフリーの立場でいたい。
また実際に画廊を巡ったりしますよね。そうすると狭い世界だから、売れたらマージンが入るとか、特定の画廊とどうのとか、いろいろうるさいわけですよ。でもまったくフリーでいれば、誰からも文句言われる筋合じゃないんです。
しかも僕は商売ではないし、まったくの趣味ですから、何の束縛もなくできるんですよ。それは今、僕しかできないだろうし、大量ではないけれども、毎回講座を開けばきちんと画廊を巡る人が増えていくわけだから、これで6回やりましたので五、六十人は増えているはずです。 そういう人たちが、楽しみを覚えたらきっと友達も誘ってくれる可能性がある。そうやって広めていくことだと思うんですよ。
年月が経てばきっとそれなりの結果が出るだろうし、僕だって初めに絵を1000点集めようと思ったわけではなくて、結果的になってしまっただけ、ビジネスにならないかたちは、コツコツやっていくしかない。そのうち相談者がすごく増えたら、他のコレクターの人たちにも和を広げていかれたらいいなと思っているんです。

・・・コレクターと言っても画商になってしまった人もいるから、よくわからない世界ですけれども、ニュートラルな立場でいることはとても必要なことだと思います。

 コレクターの先は、画商になるか。個人美術館を作るかなんですよ。僕は最初から商売が大嫌いだから、画商になるつもりはない。個人美術館に関しては、皆が自宅や郷里でやるわけじゃないですか。僕はそんなところでやっても人は絶対に来ないと思っているわけです。
第一自分が銀座に出てこられないじゃないですか。僕が、銀座の隠れ家を借りた理由は、先ほど言ったような活動がしたいという思いと、今は働いているから毎日は無理だけど、定年になったら毎日あそこで好きな絵を掛け替えて楽しんで、気が向いたら画廊を巡って、いろいろな人が遊びにきてくれたら最高の場所になるじゃないですか。自宅を立派な美術館にするのであれば、コレクターにあのビルの一室を借りて欲しい。
あのビルに行ったら、画廊と個人コレクターのルームがあるそういうものにしたいというのが、8年前に借りた理由なんです。絵は生活に潤いを与えてくれる。そう思う人が一人でも二人でも増えて欲しいし、初めて絵を買ったとか、初めて画廊に行ったとか、初めて作家と話したとか、それを見ているととても楽しいんです。僕らは年配者になったので、若い人たちにそういう楽しみを伝えていこうと思っているんです。

今日はどうもありがとうございました。

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