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アサヒ・アート・フェスティバル2007・参加プログラム「向島芸術計画2007」
  三田村光土里 「編む女の棲む長屋」 (アーティスト・イン・レジデンス)
  2007年5月1日 - 2007年5月31日 不定休

   ■場  所: 東京都墨田区京島3-15-17
   ■主催・企画: 現代美術製作所 
   ■共催: アサヒ・アート・フェスティバル実行委員会
   ■特別協賛: アサヒビール株式会社 
   ■助成: 財団法人アサヒビール芸術文化財団
   ■後援: 特定非営利活動法人 向島学会 
   ■協力: 藤井正昭、渡辺慎二、ART BY XEROX、京三北ふれあい交友倶楽部
         アート&カフェこぐま、はなみずきホーム
  詳しくは以下のサイトをご覧ください。
  ★アサヒ・アート・フェスティバルホームページ http://www.asahi-artfes.net

 「5月の1ヶ月間、墨田区京島の長屋でアーティスト・イン・レジデンスを行うことになりました。この期間、地域の人々から集めた着古したセーターをほどいて、長い長いマフラーを編み続けてゆきます。1ヶ月間、長屋におりますので、さわやかなお天気の良い日にでも、町の散策がてらどうぞお立ち寄りください」
と、三田村さんからメールを頂き、出かけてみることに。

 東武伊勢崎線曳舟駅から歩いて10分、京成線曳舟駅からだと5分の場所にお目当ての長屋がありました。
「こんにちは、お久しぶりです」 「どうぞ」 と言われた室内は10歩歩いたら勝手口から外に出てしまうこぢんまりとしたたたずまい。(勝手口にキノコが繁殖していたのにはびっくり) 入って気付くのは、日向に干した藁のような匂いと両隣の人の声。
京島3丁目界隈というのは、第二次世界大戦の戦災を受けていないらしく、昔ながらの長屋が残っている地区だとか。
横浜生まれの私には長屋の定義がピンとこず、曲がりくねった狭い路地に軒を連ねて立っているのが長屋なのか? と思っていたら、普通の家屋で玄関が複数ある所を指すそうで、要するに一つの家に壁一枚隔てて隣人が住んでいる所なのだそうです。

・・・隣に人が住んでいると言うことは、この地域の方達が見に来られるんですか。

 ええ。隣には97歳のおばあさんが住んでいるんですが、お茶を飲みに来てくれたり、近所の人も立ち寄ってくれます。毛糸を集めるのも町会の方が声をかけてくださってここで回収しました。それも作品の目的の一つですから。
また、このプロジェクトで制作したマフラーと活動の記録は、この秋に現代美術製作所で開催される 「向島芸術計画2007・成果報告展」 (10月20日〜28日) において発表します。

・・・写真家の三田村さんが何故、マフラーを編もうと思われたのでしょうか。

 今回のプロジェクトを企画した現代美術製作所の曽我さんは向島学会、
【江戸以来の歴史と文化を継承した地域資源の価値を見直しながら、地域を活性化するための芸術・文化プロジェクトを推進している会。三北ふれあい交友倶楽部(長屋)は、向島学会の会員の藤井正昭さんが街の方の集会所として自主的に借りている場所。藤井さんは路地の魅力を伝えようと 「京島ロジコミマップ」 を作られた方でもある】
の会員なので、この街や地域に対する思い入れやお考えがいろいろあるみたいなんです。
 2010年に押上に第二東京タワーができますし、向島はどんどん街の開発が進んで変化しています。ただ私自身としては、街づくりの問題に無責任にかかわるとか、その部分を切り取って見せるとかするのではなくて、この長屋で私にできることは何かというときに、街の写真を展示するのも違うし、いろいろ考えた結果、街と自分が一体になることが自分にとっては意味があるのではないかなと、じゃあそれをどうするかと問えば、新しいものに再生していくという捉え方をしていけるような作品を制作しようと思ったのです。

・・・2006年に石内都さんに今はない薔薇荘 (横浜) で、お話をお聞きしたことがあるのですが、街の記憶が雲散霧消していくということは、そこに住んでいた (私は横浜生まれなので) 自分自身の生きた記憶も雲散霧消してしまうような気がして、寂しさというよりも、無常観を感じたことがありました。
ですから再生と言われても、感覚的には理解できるのですが、実際に暮らしている人は、滅び行くのはしょうがないと諦めているのではないかと思うのですけれど・・・。

 古い街に住んでいる人たちは、古い町並みの儚さが壊れていくことに対して意外と無頓着なんです。それが逆に魅力というか美しさでもある。古い建物を昭和村風に改築して残していても作為的に感じるだけで、私にとってはあまり美しく見えないんです。
街が消えていくのはわかっているし、しょうがないと思いながら時間が淡々と過ぎていく。そういうことが消えていく美しさなのかなと思ったりしています。でもそうやって歴史は繰り返してきたと言われればそうなんですけれど、現実的に街の再生というのは味気ないものだし、古いものが壊されていくというのは悲しいことだと思います。
ただそれを外から来てセンチメンタルな気分で言うのも大きなお世話じゃないですか。そういう簡単な同情心やシンパシーをみせるのはちょっと違うなと、私なりの身の捧げ方というのは・・・とにかく街の人から集めた着古した毛糸でマフラーを編んでいくという行為しかないのかなと、「ここに暮らしながら、積み重ねられては消えてゆく町の人々の時間と記憶を、マフラーに託して再生させてゆきたい」 マフラーが作品なのではなく行為が一つの作品になりうるのではないかと・・・。
写真も撮りますしできるだけいいものを残したいとも思っています。街の方も言っていらしたけれど、街を使ったアートプロジェクトというのは今までいろいろあったみたいなんですが、「わぁと来てひっくり返して帰っていくというか。街を使われるだけ使われて、結局コミュニケーションもとれずに、終わってしまうんだよね」 ということを聞いて、それはしたくないなと思いました。

・・・10年くらい前からアーティストがこの地区に住み始めたということも聞きましたが。

 そうらしいですね。明治通りの方に移り住んできたというのを噂で聞きました。この場所を受け継いでいく形にするには、実際に若い人たちが移ってきて、住むということが大事ですね。商店街も高齢化が進み住んでいる人がいなくなるというのも問題ですよね。町が続いてくれれば古いものも自然に残っていくわけですから。

・・・街に住み始めて1週間、印象は如何ですか。

 外国人気分で銭湯に行けば番台があるみたいな感じですね(笑)、この界隈は昔から町工場に勤める人たちが住んでいる所、商店街もお総菜屋さんがいっぱいあるんです。昭和30年代は需要が多かったから24時間やっていたみたいですよ。銭湯も24時間やっていたと聞きました。
今でも古くからいる人ばかりだから、近所付き合いが密なので、知らない人でも声をかけてくれるしいい感じです。玄関が開けっ放しだから誰でも気軽に立ち寄れる。普通の家で戸が閉まっている雰囲気とは違いますよね。ただ、密集しているから火災には無防備、行政もその部分で動かざるをえないのかもしれませんね。

・・・マフラーはかなり編めましたか?

 1週間で10メートルくらい編めました。編物を教えてくれるではないかと思っていたおばあさんもいたんですよ(笑)。1ヶ月間で100メートルくらい編めたらと思っていますけど、毛糸の集まり次第なので、あまるようでしたらずっと編み続けていくかもしれません。

 今日はどうも有難うございました。

 この長屋のすぐ側にキラキラ橘商店街があるのですが、昭和2年からおよそ110店舗が400メートルの通りに連なっていて、墨田区ではこれだけ長い路地の商店街というのはないらしく、名物商店街だそうです。
やはり見に来ただけですと下町にエールを送れないので、お昼をこちらの満州餃子東北さんで食べてみました。ラーメンがなんと300円、入り口にはお総菜が売られ、あまり綺麗な店構えではないですが内部は意外とこざっぱり、因みに私はチャーシュー麺(600円)を注文しました。
どうです。美味しそうでしょ。ラーメンというよりも支那そばの方がピッタリな懐かしい味に舌鼓を打ちました。八百屋さんや果物屋さんなども値段はとても安く、温かみが感じられ住むにはいい街ではないかと思った次第です。

三田村光土里 関連情報 2003.2 2002.9 2002.9_2

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