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マルレーネ・デュマス 展 2007年4月14日 -7月1日  http://dumas.jp

  東京都現代美術館  東京都江東区三好4-1-1 TEL 03-5245-4111
   http://www.mot-art-museum.jp/

 約10年前にドローイングを拝見したときに、鮮烈な印象と共にマルレーネ・デュマスの名前が頭にインプットされました。今回東京都現代美術館で大規模なマルレーネ・デュマス 展が開催されると聞き、いそいそとオープニングへ出かけたのです。
ちょうどデュマス が来日されていて波打つような金(銀)髪?の存在感に圧倒されてしまいました。オープニングから約一ヶ月銀座を歩くとマルレーネ・デュマス 展のことが話題にのぼります。特に女性には好評のようです。
マルレーネ・デュマスとはどのような作家なのか?

今日は担当学芸員の山本雅美さんにお話をお聞きしました。

・・・デュマスがすべて展示されたのでしょうか。

 そうです。はじめは図面を見ながら相談していたのですが、高さの設定や位置関係は話し合っていたプランとはだいぶ違ってきました。 80年代のポートレートの作品は床から180cm以上に展示するように言われていて、実際に他の展覧会でも高く展示されているんですよ。作品の見せ方には、(作品)それぞれにルールがあるようです。

・・・高さを違えて展示するということは、リズムを意識しているということですか。

 意識していると思います。マルレーネは
「作品を制作するにあたって、(作品には)それぞれストーリーがある。作品は一点でも成立するが、隣に何を展示するかによって新しい関係性が生まれてくる。その関係性の作り方で作品は違ってくる」
とよく言っています。それはマルレーネにとっても作品が変わってくるということと、見る側の私たちにとっても(作品と一点だけで対峙する場合と、並びのリズムで理解する場合と、いくつかの層の理解の仕方がありますので)変わってきます。ですから展示は非常に重要だと思います。

・・・はじめて作品を拝見したのは銀座の画廊でした。その鮮烈な印象は今もはっきり残っています。それ以後気にして見るようになったのですが、ほとんど油彩は見たことがありませんでした。

 日本ではじめて紹介されたのは、96年ですから約10年前ですね。これまで油彩を見る機会はほとんどなかったと思います。実は2008年にロサンゼルス現代美術館とニューヨーク近代美術館で、大回顧展が計画されているんですが、ニューヨーク側も油彩の作家という認識があまりないらしいのです。それで油彩の展示方法を彼らに伝えたいので、今展示の展示風景が欲しいと連絡があり撮影して送ったという経緯があります。

・・・そうしますと、今回の展覧会のきっかけは。

 現代美術館では 「ツイスナッド」 (油彩) を収蔵しています。収蔵作家のその後の研究は美術館にとって必要なことなので今回の展覧会が企画されました。私は 96年はまだ学生でしたので画廊展示は見ていないのですが、2006年にオランダに調査に行きまして、そのときにかなり油彩の作品を拝見しました。
ですから私自身は油彩の作家の印象が強いですね。また、今まで現代美術館では自然光を取り入れた展示というのはあまり試みられていなかったのですが、マルレーネの作品は色彩が重要なので、光のあたり方にはかなり気を使い、天井からの自然光を取り入れスポットでサポートするぐらいで作品を見れる状態にしています。
彼女のアトリエはホワイトキューブで蛍光灯の下で制作しているんですけれど、描いた作品を眺めているときは天井からの自然光の入るかなり明るい仕事部屋でした。ですからマルレーネにとっては自然光の下で作品を見れることがベストではないかと思っております。

・・・東京都現代美術館の天井から外光が入るとは知りませんでした。ところで彼女の初期の作品はやはりドローイングですか。

 いえ。コラージュです。いわゆるコンセプチュアルアートなんですよ。彼女は南アフリカの大学の美術学部で同時代の現代美術を勉強していました。70年代は世界的にも絵画を描くのは時代遅れのような風潮があり、彼女も写真をコラージュしてメッセージを書くような仕事をしていました。
この時期の作品については、オランダの美術館が調査をはじめたみたいです。ただ今のマルレーネがマルレーネたるゆえんは、80年代半ばのポートレート、当時彼女は31歳、そこから絵を本格的に描きはじめたみたいです。

・・・今展示で驚いたのは、エレベータを上がった場所に、首を吊った少女の作品がありますよね。ここからはじまるのかと、かなりインパクトを感じました。

 それは勘違いですね。三階の展示ではあの作品がいちばん最後になります。展示はこの 「最後の晩餐」 からスタートになります。本当は首吊りの作品は一階に展示をしたかったんです。ただ浮世絵の保存上の問題で (暗くしなくてはならなかったので) あの場所に展示しました。今回三階は回顧展的な意味合いがあり、一階は他の作家とのコラボレーションというコンセプトなんです。

・・・完全に勘違いしました。はじめに「死」が来るのではなく、「生」(最後の晩餐)からスタートするということでしたか。

 マルレーネは、85年から91年の間に結婚や出産などいろいろな出来事がありました。この作品は30代前半から後半にかけて描いていた作品です。今回二階でドキュメンタリーが放映されていますが、それを見ると 「子供を持ちながらアーティストとして生きていくことに不安を感じる」 と率直に話をしています。

・・・ジェンダーアイデンティティーをかなり意識されているようにも思えるし、意識せずに出てきてしまうようにも思えるのですが・・・。

 出てきてしまうんでしょうね。はじめに 「ツイスナッド」 の作品を見たときに、ジェンダーとかいわゆる女性性や男性性など性の揺らぎみたいなものに関心のある人だなということはわかっていたのです。でも実際に本人に逢いまして思ったことは、女性の生き方としてクリエィティブな仕事をしながらも家庭を持ち子供を持ち、社会的にも成功している。
いわゆる50代の女性の生き方としては、非常に成功している方だと思うのですけれど、それはもがき苦しみながらご自身の努力と人柄で勝ち得たもの、そういう彼女のパーソナリティーを含めて、そこまであからさまに自身の人生を見せれる人が他にいないといいますか。アーティストの中でも見せれる人はいないと思うのです。
むしろ女性作家の場合はそういうことを隠したり、結婚しないことを選択したり、「子供と創造は別のレベルなのでいらない」 という方も多いのではないか。アートの世界は、そうしないとやっていかれない世界なのかなと今までずっと感じていました。でもマルレーネは大変だけれどもやり続けている。そういうリアリティーを作品の中に出している。
その生き方自体からにじみ出る姿に人は共感するのではないかと思うのです。国も世代も違うのに私がとても親近感を覚えるのは、彼女は人生の中で色んな苦難に出会っても乗り越えるようとしている。それが作品の中に痕跡として残っている。誰でもそれなりに少しずつ感じる出来事を敏感に感じ想像力まで高めていく。それが魅力でもあるし、いろいろなハードルをクリアしていく姿が私自身の目標になっているんです。

・・・描くということは日常生活の経験の中からしか出てこないものだと思います。ただデュマスの作品は 「死のイメージとエロティシズム」 がかなり濃厚に見えるように思うのですが・・・。

 生を描くということは、その裏側の死が見えてくる。以前ステートメントで読んだことがあるのですが、12歳ぐらいのときに 「人生にとっていちばん重要な問題は死であると感じていた」と言っていました。
宗派はわかりませんがキリスト教のとても信心深い家庭に生まれ、お兄さんが神父さんなのです。そういうキリスト教をベースにした人生観の中で「生と死」を常に考えていた。最新作も死のイメージがかなり色濃くなっています。

・・・変な言い方ですが、デュマスは巫女体質のような気がするんです。生きている人間の向こう側に死を見ているような、見えているものを描いているというリアリティーを感じます。

 それはあるかもしれません。以前作品の基になった写真を見せてもらったことがあるのですが、確かにその人を撮った写真なんだけれども、その写真をこう切り取ってこういう色で描くかといえば、想像力というよりも実際に見えているのではないか。マルレーネが試行錯誤で創り出したものではなく、彼女にはこのように見えているというふうに思わせるものがあるんです。
今回の展覧会はたくさんの方に見ていただきたいので、彼女のポジティブなイメージや人柄の良さを際立たせているのですが、ベースにあるのは深遠なる暗さとそれを見たときに感じる怖さ、またそういうものに対する苛立ちや怒りなどのマイナスのイメージなのではないかと思います。

・・・作品を見ていると暗い湿った中に引きずりこまれるような錯覚を覚えました。私もまだ死んでいないので、死はイメージでしかありませんが、死を表現するとしたら、作品を見たときに感じる肌に突き刺さるような感覚ではないかと、また真逆ですが、死があれば生があるように、この暗い湿った闇の中から生まれいずれ帰っていく所なのではないかとそんなふうに感じます。

 怖さや暗さにリアリティーがあり、光だけではない人間の影の部分が見えているのだと、納得させられるところはありますね。それを敏感に感じ取って、表出できるのは本人の希有な才能だと思います。彼女は文章も書くのですが、少し次元が違うレベルのように思います。

・・・言葉は文脈を秩序立てなければならないけれども、絵は混沌が描ける。ただそれは実際に見て肌で感じなければわからないのではないかと・・・。

 見てもらわなければわからないと思います。空間として認識していかないとわからない。絵画とはいえ非常に体験が重視される展覧会ではないでしょうか。

・・・ところで三階は回顧展ということですが、一階に展示してある作品と5人の作家(荒木経推、坂本龍一、アントン・コルビン、マライケ・ファン・ヴァルメルダム、月岡芳年)との接点を少しご説明いただけますか。

 荒木経推、坂本龍一、月岡芳年は日本展だからという意味合いがあり、日本でなければ実現できなかったと思います。首吊りの少女は、マルレーネが月岡芳年の 「奥州安達が原ひとつ家の図」 のコピーを持っていて、それをイメージして作ったものです。ですからイメージソースと作品を対峙させたいということで考案しました。
三人の作家の作品はそういう経緯で展示しております。アントン・コルビンは以前に二人展を計画していまして、題材はストリッパーだったんですが、アントンが写真を撮りマルレーネが絵を描きました。マライケも同様に、絵画と他メディア (写真やビデオ) との試みとしてプロジェクトを組んで作品を制作しております。
一階の展示は、(回顧展だけではマルレーネの全貌が伝えられないのではないかと思い) 写真やビデオなど色んなメディアがある中で絵画は何ができるか。という実践者としての側面を見せたいということがきっかけとしてありました。

・・・ただ三階に展示された作品と一階に展示された作品では、だいぶ変わってきているように思うのです。何かきっかけがあって変わってきたのでしょうか。
確かに若年期、壮年期など年代によって作品は変わると思うのですが・・・80年代の作品に比べれば新作はあまりヒリヒリするものを感じないといいますか。ですからこれからどのような展開をされるのか、興味のある部分ではあります。

 色使いやタッチも違ってきています。彼女はひたすら描く人なので技術的にうまくなっているなということをつくづく感じる瞬間もあります。また、絵を描くということは体力を使うこと、年齢に応じて力の入れ方があると思いますし、タイミングや時間の問題も考慮にいれなければいけないかもしれません。
これからの作品については期待する反面不安も感じないわけではないのです。確かに80年代の作品は凛としていますし気迫といいますか、迫力を感じますよね。正直現在描いている作品はそれらに比べれば落ち着いてきている。多分彼女が今安定しているからではないでしょうか。

・・・見る側の勝手な思い込みかもしれませんが、苦しんでいるぎりぎりの部分で表出するヒリヒリするような作品を見たいと思ってしまうんですよ。

 作家でありつづけることは非常に難しい。段々評価は高くなり恵まれた環境になると思うんですよ。けれど作家として生活していることと、表現者として追及していくことをやり続けられるかというところは、本当に難しいと思います。
でも女性で子供を持ちながら50代までを描き続けていくことは大変なことだと思いますし、今まで展覧会をコンスタントにやり続けて来ましたから、それをやりきる気力と体力を持っているのはすごいことだと思います。

・・・これからどう展開するか興味はつきません。

 次のニューヨーク展も楽しみですし、もしかしたら5年後10年後に見たときに、現在描いている新作の意味というのが見えてくるのかもしれませんね。

 今日はどうもありがとうございました。

 入館者は女性の方ばかりでなく子どもづれの方も数多いとお聞きしました。本文にもありましたが、2008年にはロサンゼルス現代美術館とニューヨーク近代美術館で、大回顧展が計画されています。これからのマルレーネ・デュマスが何処へ向かうのか。楽しみです。久しぶりにときめきを感じた作家でした。

東京都現代美術館  http://www.mot-art-museum.jp/

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