BankART studio NYKに 写真のグループ展を見に行きましたら、NYK(studio)
で制作をされていた開発さんを発見。開発さんにお逢いするのは2001年以来でしょうか?。 「この度、ドイツから帰国後初の個展を行うことになりました。 架空の人物から現実の人物を探す旅とは? 聞いてみました。 ・・・「田中一」 さんというのは開発さんの頭の中でひらめいた人物で、その人を実際に見つけるプロジェクトですか。
そうです。その見つけるプロセスが作品となります。なぜ 「田中一」 かといいますと、僕は2年間ドイツで生活していましたが、ドイツ人にとって 「田中一」 はシンプルに構成されたシンメトリックな記号としか認識できません。逆に日本人にとってはどこにでもいる人名として認識できるわけです。 ・・・言語記号は文化によって違いますものね。元々記号表現と記号内容が結びつかなければ意味をなさない。共同体それぞれ固有の文化を担っているわけだから内と外では視点が変わらざるをえない。それだけ恣意的なものであるということを言われているようにも思うのですが。 でしょうね。それは僕がドイツにいたから思いついたことで、日本にいたならば 「田中一」 を蛍光灯で描いてみようとは思わなかったと思います。それにドイツは蛍光灯がメチャメチャ安いんです。1台400円で買えるんですよ。日本で買えば4000円です。価格のズレが10倍違う、文化によって全くブライスのつけ方が違うというところが面白いと感じました。 ・・・それで蛍光灯を使われたんですか。 発泡スチロールの作品の頃は蛍光灯は作品を照らすだけの存在だったのですが、それが表に出てきたというのは、そういう経緯があったからなんです。また、 b.pでは、卍とハーゲンクロイツ(タイトルは風車)が交互に光っています。ドイツのギャラリーではハーゲンクロイツを掲げてはいけないという法律があるらしくて見せられないんです。ただドイツでは処罰の対象になる鍵十字もヒンドゥー教国では平和の象徴として使われているんですよ。 ・・・文化によって規定されるということですね。ところで開発さんのイマジネーションのモチベーションをお聞きしたいのですが。 行った先で刺激を受けて作品化するということが多いですね。環境が変わることで新しいアイディアが生まれるというか。新しいアイディアと僕の持っている経験が形に変わるんです。そういう作品創りが多いです。 ・・・なるほど。ありがとうございました。 実際の 「田中一」 さんは93歳の現役ランナー。75歳で初めてフルマラソンに挑戦しボストンやニューヨークを走っている方だとか。その辺の経緯は22日からはじまる歴史編で詳細が明らかになるみたいです。
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