文学の触覚展に行って来ました。本展を平たくいえば純文学と視覚芸術・メディアアートとのコラボレーション展だそうです。 「展覧会は会場でのインプレッションを大事にしているので」 といえば聞こえはいいですが、いつもの怠慢癖で事前に何もチェックせず、主旨も頭にいれないで見に行ったものですから、作品に戸惑うことしばし。 川上弘美さんと児玉幸子さんの新作 「7つの質問」 は、ディズニーランドのホーンテッドマンションにありそうな鏡と黒い液体の前に立って、川上弘美さんが作成した質問に答えると、磁力のある液体が声に反応して波立つというもの、でも一瞬質問に躊躇してしまいました。 「質問は自分に向かってくるじゃないですか。それに対して答えてもいいし、抵抗があって、うっと詰まることも一つの反応。でも心理は投影されると思うのです。 なるほどね。確かに鏡は自分に向き合うものだからインタラクティブな要素がありますね。
「飛ぶかもしれませんよ(笑)。むしろ訴えかけてくるような仕掛けをしたくて・・液体が飛ぶというのも心理的に与える影響があるし、それに黒い液体が動くと不気味な感じがするでしょ。また液体をのぞき込むことによって、深層心理をのぞき込むみたいな要素もあるんですよ」 そうか。深層心理をのぞき込むという意味で文学との接点が見いだされているんですね。 穂村弘(現代短歌の旗手)さんと石井陽子さんの作品は、色を認識するビデオカメラのプロジェクターが頭上に設置され、カメラが手のひらの位置を見つけて映像を出すというもの。難しいことはよく分かりませんが、要するに手のひらの上で短歌が読めるんです。 手のひらの上で文字が読めるというのは面白いですね。文字をつかめそうでいてつかめない。不思議な感じです。 「文字が自分の中から出てきているような感覚も味わえると思います。特に火は特殊な感覚を味わう方が多くて、ちょっと熱いとか暖かいという感じを思う方もおられるみたいです」 と石井さん。 手を出さないと文字は見えないわけですか? 「そうです。手のひらは個人それぞれ一人一人が持っているディスプレイという風に考えています。この場に立つとそれぞれが場を共有しているけれども、一人ずつで短歌をゆっくりと見れるようになっているのです」 短歌とは古風ですね?
「四つの短歌がランダムに出てくるんですよ。穂村さんの作品に触れるまでは短歌とは縁遠いと思っていたんですが、自分のふっとした感情を形に表すということで身近に感じることができるし面白いと思いました」 ただ、火とか愛、美などの単語が動いたりするのは面白いのですが、文章になると読み辛く感じますね。スクリーンを使ったdividual (詳しくは写真美術館のネットをご覧下さい) の作品でも文字が舞っていくというか、粉雪のように消え去ることのはかなさを見る楽しさはあるけれど・・・。でも文字は読むためのものじゃないですか。手のひらの上でそれを読むかといえば、いかがなものでしょうか。 「人によってはあるかなと思います。手のひらに映ることで面白さを感じてしまって、内容を理解するにはいま一歩きつい部分があるかもしれません。でも手のひらに文字を出すことによって感じる部分はあるんじゃないのかと思うんです」 まぁ、文の内容をここで把握しなくても、家に帰って読めばいいわけだから一つの入り口にはなるのかもしれませんね。でも読むかな??? う〜ん。文字を視覚系、文章(物語)を聴覚ー運動系とすれば共通感覚が生じる。ということなんでしょうかね。何となく養老孟司の唯脳論を思い出してしまったけれど・・・。 文学の触覚展は一つの刺激によって起こる感覚から、他の領域の感覚をも引き起こす共感覚を意図しているらしいので、結論としては脳が目と耳を連れて行ってみないことには始まらないということじゃないでしょうか。 〜2月17日まで開催されています。 関連情報 |
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