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土田ヒロミのニッポン 2007年12月15日 - 2008年2月20日

  東京都写真美術館
  東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内 TEL03-3280-0099
  http://www.syabi.com/

 写真美術館は1989年に蒐集の基本方針を設け、19人の充填収集作家を決め写真美術館のコレクションだけで一つの展覧会ができる規模の作品を蒐集、1990年から年に1回その方たちの作品を個展形式で展示しているのだとか。
その中のお一人が今展の土田ヒロミさんです。
今展は第一部が日本人をテーマにした。俗神のシリーズ・砂を数えるのシリーズ・パーティーのシリーズ・新・砂を数えるのシリーズ・続俗神のシリーズ、第二部がヒロシマのシリーズ、第三部がエイジングシリーズで構成されています。

 「はじめは自分自身が今いるポジションを考えようということでカメラを向けていた」 と土田さん。

 作品は時系列に展示されているのですが、初期のモノクロの作品は、一点の作品展示であればそうは思わないかも知れないけれど、時系列だと東松照明の展示と似ている気がして、続けて見たのでどうも飽きるんですよ。それが払拭されたのは〈新・砂を数えるのシリーズ〉から、モノクロからカラーへのフェードイン。特にこのカラーは、青はあくまで青く、赤はあくまで赤くが基本の昔見た映画のクレジットにあった総天然色のような色。

 「カラーを撮りながら段々と引いていく自分があったというか、対象からの距離がどんどん引いていくということが無意識で起きていたということでしょうか。それと同時に私の個人的な解釈かもしれませんが、2000年になって群集の質が違ってきたなということが実感として僕の中にあったんです。
多くの人が一つの方向に向かって群れているという時代から、個人的な思考や価値をお互いに認めあっている時代へ。同じベクトルに向かってずっと動いていこうという、そういう無意識みたいなものが日本人の中で希薄になってきているのだという感じがしました。
同時に、バーチャルな事件だとかフェイクな問題が社会的な事象として発生しているということがあって、そういう意味で、時代が大きく変わってきたなという実感がこういう色を作って来たんです。またもう一つ映像をバーチャル化しているのは僕自身が必ず映像の中に入っていることです」

 何だか〈ウォーリーをさがせ! 〉みたいで面白い。でもなぜ映像の中に入っているのかな?

 「写真をデジタル化して色を変容し、写真から距離を置くという形をとりながらある種の写真の持っている記録性のリアリティーを喪失させて行く。しかし最終的にやはり写真であることから逃れられない。
我々の写真に対する信用といいますか、我々は写真をそこまで追いやってはいないといいますか。ぎりぎり写真でない方向に向かいながら実は写真なんだよ、ということを思い返すことに見る人たちはなると思うんですけれども、僕がいることで嘘をつく。そういう構造なんです」

 なるほど。それが次の続俗神のシリーズでは等身大以上の作品に・・・。

 「8x10のカメラで撮っておりますから、その時点で等身大以上に伸ばそうというのが意図としてあったわけです。神事を中心に撮り出したんですけれどもルポルタージュで終わっていくことを何回か繰り返していくうちに、ちょっと違うなという実感がありました。祭が時代の中で遊離していく。
祭を支えている共同体とか祭りそのものと時代との距離が発生しているということがあって、だったらいっそ祭人とその背景をゼロにしてみたらどうだろうと。祭が一種の記号化されている状況を表現してみたいなと思ったんです」

 ここまでが第一部。

 第二部では、独自のテーマを追い続けるドキュメンタリストとしての土田さんは、ヒロシマを撮影されています。

 「広島を記録してみたいとかねがね思っていました。ヒロシマ三部作の内〈ヒロシマ1945-1979〉は、昭和26年に岩波から出版された原爆の子という子供達の原爆体験記をもとに取材をしました。
ただ取材をしても断られるケースがあり、それも作品にしています。拒否するということの事実は被爆者の心のある種の現れた表現だということで、そのことをどう表現するかということが一種の核だったと考えていいかもしれません。
逆説的なルポルタージュなんですけれども、それをどのように捉えるかがこの作業の中心だったと考えております。〈ヒロシマモニュメント〉では現在の広島の風景の中に点在する被爆の痕跡みたいなものを撮りました。
ヒロシマを撮るにあたっては、できるだけ自分自身のテーストを出さないことに徹したつもりです。それが徹底して出せたのは〈ヒロシマコレクション〉だと思います。そういう意味では土田という個性がそこに現れない。事物を記号的に撮りまして、それを補足する意味でテキストを入れました。
テキストを入れるということはヒロシマの基本的なコンセプトですけれども、それは写真家として時代を遡れない足掻きみたいなもの、テキストと写真的なイメージの関係性の中での距離を読んでいただくということです。
このシリーズは今後まだ続き定点観測をすることで、風景が動いてる様子が見えてくると思いますけれども、100年後のヒロシマを撮るわけにはいかないので、その為のデータベース作りをきちっとしておこうと、そして誰かに託せられればいいと思っています。基本的に僕はエイジングシリーズを見てもらえばわかるとおり、定点観測の作家なのかもしれないと思っております」

 第三部のエイジングシリーズは1986年からほとんど毎日。ある場所を定めて定点観測をしてきた作品。きっかけはある日老いを感じることがあったからとか。

 「86年に白髪が出てきたことと、もう一つは高齢化社会の問題がマスコミに取り上げられるようになってきたという時代背景があったことで、老人問題を表現してみたいなと考えていたんですけれども、白髪が出たことで、老人問題は人ごとではないということに気がついて、自分自身の老化を定点観測的に記録してみようと思ったのです。基本的には毎日の写真をつなぐということが僕の作品なんですよ」

 Keep on taking a photograph ですね。Keep on し続けるということは、たいへんな事。自分自身の道を信じないと出来ないと思います。

 本展示は昨年に着手し一年をかけ、まとめられたそうです。土田さんの歴史でもあり日本の歴史が見られることもありますが、見終わった感想は、定点観測を続けることの意義というようなものを改めて思い出したことです。
個人的なことですが、オサルスにとっての今年1年はかなり落ち込んだ一年で定点観測という言葉を忘れていたように思います。まだ短いけれど1995年から続けて来たウェッブサイトgadenだから続けて行く事がオサルスの一分なのかも。と・・・。そんなの関係ねぇと言われそうだけどね。

来年も宜しく。

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