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シチューオムライス 1090円 カフェテリアTARO |
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● 第10回岡本太郎現代芸術賞 2007年2月3日 - 4月8日 川崎市岡本太郎美術館
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TARO賞も今年で10回目を迎えました。 今日は、岡本太郎美術館、館長の村田慶之輔さんにお話をお聞きしました。 ・・・今年から岡本太郎賞と敏子賞が設けられましたが、内容的には若干マンネリぎみのようにも思えるのですが。
生前敏子さんと僕で話をしていて、展覧会はいつまでもだらだらやるものではないし、この調子でいくと、単におもしろいともてはやされるだけの展覧会になる恐れがあるから、10回目になったらやめるかやめないか考えた方がいいと話し合っていました。敏子さんもそれに賛成されていたのですが、残念なことに
2005年に亡くなられてしまった。 ・・・準大賞は後から設けられたのですか? 優秀賞100万円では賞として物足りないような気がしたので、準大賞を設けようということで、賞金を150万円にしてその他の賞も増やしました。賞金はその都度全部使っていたんです。外野は大賞を出さないのはケッチっているんだろうとか貯めているんだろうと云っていましたけどね(笑)。ときには足が出たこともあるんですよ。 ・・・ただ準大賞を作ったけれど、その後も準大賞を越えると思われる作品がどうしても出なかったということですか。 審査の基準というのは主観的といえば主観的なのだけれども・・・。今まで準大賞を受賞した作家たちは、現在いい仕事をして継続してさらに発展してやっている。 ・・・賞を受賞しても、その次年度にトライをする作家はあまりいないと聞いたことがありますが・・・。 世界で行われている展覧会の賞のすべてを把握しているわけではないけれど、日本というのは第1回とか2回目ぐらいまでは経歴がある人が応募してくるんです。いい仕事をしているから当然のことのように受賞するでしょう。でもその次からは応募しなくなる。 ・・・受賞すると個展をさせてもらえるメリットがあるのではないですか。
床面積が少なくとも約300平米以上あるところでの個展といいますと、経費のことは別としても相当の力量が必要なのです。力量のある人はいいのだけれど、たまたま偶然にいいアイディアが浮かんだときの作品で受賞してしまうと、展覧会が開けない。過去にそういう事例がありました。 ・・・一次選考は出品作の構想図 (見取り図や完成写真など) で審査し、入選すると約五メートル四方の空間 (場所) が美術館側の支持で与えられ、そこで実際に制作すると聞きました。与えられた空間を如何に見せられるか、空間演出が出来ないと難しいのでは。 応募作品は絵画だけではないから物理的にも、はじめから原寸大の作品を審査するわけにはいかないですからね。ただ手法的な欠陥として見えてくるのは、いわゆる彫刻や絵画の作品が出にくいということなんです。 ・・・旨味といいますのは? コンセプトに評価する基準が現れてこないということです。例えば風景画や人物画をずっと描き続け「今年は○○を描きました」と言われても、特別に斬新なプロジェクトには感じないのですよ。積み上げの結果さらに上手くなるか。上手くならないか。それだけの話ですから。他の既存の展覧会は作品を前にして審査するから力がはっきりわかるというか、審査結果は力の結果として出てくるわけです。 ・・・でも太郎賞は審査対象が構想図だから計画段階を審査しなければならないということですね。 選考の基準になるのは、自身の意識がどれだけしっかり目覚めていて、対象化していこうとする蓄積があるかどうかなんです。インスタレーションやイリュージョン的なモノなど、プロットが思い浮かんだ作品は言葉になりやすい。コンセプトがはっきりしていてそれにラフスケッチや写真をつけるわけだから、審査員が判断しやすいんです。構想図の段階で完成作品を見てみたい気持ちになるし、問題意識も汲み取ることが出来る。 ・・・そうすると結果的に言葉できちっと説明できなければダメということですか。
ただ若い美術家が言葉でどれだけ言えるのか、しかも我々は、その中からどれだけ読みとれるのか。はっきり言って読みとれることは読みとれるんだけれども、読みとりたくない文章もいっぱいあるわけですよ。そこが問題なのです。 ・・・コンセプトというと難しく聞こえるけれど、自身が何をやりたいのか、人にわかるように言葉で説明できなければ、人には伝わらないということですね。作品に言葉が付随すると、見え方が変わるというか世界が広がるように思います。 そうなんです。作家たちは作家たちで、思いがけない言葉を書いてくることがあるんです。それがオリジナルなんですよ。僕たちが思ってもいないような考えを書いてくれることによって、教えられるんです。 ・・・貸画廊のお客さんは借りる人。貸画廊でこの人が作家ですとよく紹介されますが、お客さんを紹介しているのと同じことですものね。 あれは車のパーキングなんです。どんな車が入ろうと構わないわけですから。 ・・・二年前から website gaden の姉妹サイト(略してKGS http://kgs-tokyo.jp/)で展覧会を取材してインタビュー形式のページを作っているんですが、話すことが苦手だからという人も多いのです。でも実際に作品の前で発話してみると自分はこんなことを考えていたんだと、気がつくことがあると思う。
作家も自分で文字を書いてみると発見があるんですよ。先ほども話しましたが、コンセプトがしっかりしていないと、例え準大賞を受賞しても次につなげていくことがなかなか難しい。出きちゃった結婚みたいにアイディアが浮かんだとして、運よく賞に結びついても、いざ個展となったときに何も浮かばないということがあったんですから。 ・・・思いつきのアイディアだけでは難しいということですね。今回、1952年生まれの作家が敏子賞を受賞されたじゃないですか。やはりしっかりしたコンセプトをお持ちだから、ずっと描き続けてこられたのでしょうね。私も含めて同年代の人たちにしてみたら、自分も頑張ってみようかなと励みになると思います。 そう十分なるでしょうね。審査員も皆ほっとしたんです。挨拶のときに 「ゆとりがあるね」 と話ましたら 「ゆとりどころではありません。必死になって描いているんです」 「必死になってないとかとじゃなくて、絵を見ていたら、若い人はこんな描き方はしないよ。そういう意味のゆとりだよ」 と言ったんです。気楽に書いているとは思わないけれど。そういうふうに受け止められて、本当に必死なんだなと思いました。 ・・・そういう意味のゆとりは若い人では出ないのかもしれませんね。ある意味今回の展覧会には、とても大人っぽいイメージを感じたのですが。 若い人が描いたらマンガで終わってしまうんです。ただ厳しいことをいうようだけれど、全体的に大人っぽく見える展覧会というのは元気がない証拠なんです。皆それぞれにおとなしく収まってしまった。これは審査委員と作家の両方の責任だと思いますよ。今までは22〜23点入選していたのですが、今年は16点しか入選しなかった。 ・・・確かに静かなイメージを感じました。照明もかなり暗かったですよね。以前はもう少しは明るかったように思うのですけれど・・・だからなのか作品が閑散として見えたといいますか。 建物の構造上天井からの光だけですから、床にコンセントが一つもついてないんですよ。ちゃんとライトが使えないというか。行政的な不備は否めないですね。でもライトが少なくても作品がぶつかりあっていれば、熱気が出てくるんです。閑散としたのは、入選が16点だけでしたからね。もう少し無理しても入れるべきであったと反省しています。 カフェテリアTAROは、週刊朝日が取材に来たレストラン。一番人気はシチューオムライス(1090円)。名前の通りシチューとオムライスが合体しています。トロットロの玉子がブラウンソースにマッチ。ボリュームもしっかりあるので、館を訪れる若い人たちにも人気なのでしょう。 「厨房は広くないけれど、改良を重ねて頑張って美味しい味にしているのですよ。ただ週刊朝日の取材は、パフェでしたけれどね」 え。パフェだったんですか。ということで、ちゃっかり桜パフェ(600円)もいただいてしまいました。 ・・・ところで、審査員はずっと変わらないのですか。 審査員は変えられないですよ。敏子さんが選んだ人たちですから。以前敏子さんに審査員になったらと薦めたことがあるのですけれど、一度はうんと言われたけれど
「私はならない」 と断られたんです。その後敏子さんの推挙でほぼ今のメンバーが決まりました。 ・・・確か1997年の1回目は旧氷川幼稚園、98年99年は国立オリンピック記念青少年総合センターで展示されたのでしたね。 総合センターのロビーに展示されていたのです。日数も3日ぐらいでしたから、会場無しでやるということはとても残念なことでした。当時は岡本太郎の評判が悪く、色オンチでアホだとか言われていたわけですから、美術館に持ち込めるような状況ではなかったんです。はじめは関係者以外お断りで看板もかけてはいけないような場所でやったわけですから、そういう経緯があってはじまった。 ・・・昔は岡本太郎がここまで認められるとは思わなかったですよね。亡くなって評価されるというのはやはり力のある方だと思います。
生前は国や文化庁からも色々言われた人でしたからね。でも悪口を言っていた人たちに、名前を隠してフランス人の絵として見せたら、素晴らしいと言ったでしょうね(笑)。 ・・・ご苦労があったのですね。今でも敏子さんがニコニコしながら授賞式で話されていた光景は忘れられないです。突然亡くなられてしまったのは、とても残念です。 それもお風呂でね。 ・・・生まれてくるのも裸だけれど、死ぬのも裸だったというのはすごいですよね。 一平がそうでしたから、変な話だけれど、僕は敏子さんが太郎の代理をしてあげたように感じているのですよ。 ・・・会場が暗かった理由のひとつに、敏子さんの笑顔を失った事も否めませんね。今日はどうもありがとうございました。
川崎市岡本太郎美術館 http://www.taromuseum.jp 関連情報 2006.2 2005.2 2004.2 2003.2 2002.4 2002.4_b 2002.2 2001.2 |