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〜複眼リアリスト〜 諏訪敦絵画作品展 2008年1月17日 - 2008年2月24日

  佐藤美術館 東京都新宿区大京町31-10 TEL 03-3358-6021 10:00-17:00 金曜のみ19:00
  http://homepage3.nifty.com/sato-museum/

 以前 「唯脳論(養老孟司著)」 にて 「純粋な視覚は時間に関しては瞬間か永遠かのいずれかを表現する。それに対して、聴覚-運動系では時間が流れる」 と読んだことがある。「瞬間の像に対して瞬間の音は禅の公案にしかならない」 とも。要するに絵画と音楽(視覚と聴覚)とが同じ次元でのコラボレーションは非常に難しいということなのでしょう。

 でもそのドアを開けたときにオサルスの視覚と聴覚が融合し、一瞬の間に永遠を垣間見たのです。

 制作者 (サウンドはサウンドアーティストのmamoruさん。詳しくは佐藤美術館HPをご覧下さい) のお二人にお話を聞きました。

・・・ドアを開けてなにげなく右側を向くと 「幻視痛」 を挟んで 「SLEEPERS」 の作品とmamoruさんのサウンドが頭にキーンと入った瞬間、生物の生きて死んでいく様が輪廻のように続いていくのが感じられたように思いました。「すごい」 これは体感しなきゃわかりませんから。もうこの一言でインタビューは終わりでもいいかもしれないですね。

諏訪: じゃ、これで終わりということで(笑)。

・・・まぁ、まぁ。「幻視痛」 をこの場所に展示したのは正解ですね。すべて人物の展示だとしたら、あまり衝撃を受けなかったように思います。それにmamoruさんの響くような音がまたすごい。諏訪さんとmamoruさんとの出会いを教えて下さい。

諏訪: mamoru君のことは以前から知っていました。昨年BankARTのライブを聞きに行きまして、BankARTは運河沿いの倉庫みたいなところですから、外側からノイズが結構入ってくるんですよ。
ライブ中に汽船の汽笛の音がすごい音量で聞こえたときに、mamoru君はセンシティブに反応してライブを展開していたので、こういう柔軟さがあるアーティストなんだと思いました。
こちらから情報を与えたら、どういう仕事をしてくれるのか、一方的に興味を覚えて展覧会の期間的には切羽詰まっていたのですが、お願いしましたら快く引き受けてくれたんです。それに今回は、印刷ジャンキー(精密なレプリカ製作で知られる便利堂コロタイプスタジオ) 、音響ジャンキー(ハンドメイド真空管アンプの小松音響研究所)が協力してくれて、それぞれがそれぞれを鋭角的に主張せずにできたのはよかったと思います。

mamoru: 僕は諏訪さんに依頼される前から、諏訪さんの作品に今回創った音を感じてはいたので、もし話が来たら創ろうと思っていました。普通のライブでは、ギターをチューンナップした楽器を使っていまして、弦の音は柔らかいんですよ。僕にとって弦はピアノより温度が高い質感を持っていて、「大野一雄・慶人シリーズ」 のフロアーであれば、弦を使ったかもしれませんが、「SLEEPERS」 のフロアーは、色の質感や僕が受ける個人的印象で、もっと温度を下げた方がよいと思い、ピアノの音がその質感に近いのではないかと思ったんです。
それにピアノの音は録音がすごく難しく、なぜかといえば音の強弱、ダイナミックスというのですが、ダイナミックスが他の楽器とは比べ物にならないくらい幅がある、できればそういう性格もマッチさせたいと、それは誰にもわかってもらわなくてもいいんだけれども、ポテンシャルがあれば、空間にフィットするだろうなと思いました。
以前から展示型の作品は何回か手掛けているんですけれども、見る人がどの瞬間に入ってきても、同じテーストなんだけれども、ずっとそこにいれば永遠に変化するものを創ろうと思っています。

・・・永遠に変化するものですか。

 先ほどもお話しに出ましたが音楽は流れていくじゃないですか。僕の作品は、いくつかの塊が・・・この場合は二つCDプレーヤーを組み合わせているんですけれども、その中に合計50パターンくらい入っているんです。その二つの組み合わせがどんどん変化して、ですから流せば流すほど無限大に変わっていく。
今回に関しては、単純にいっても17x23通りの組み合わせが展開されています。俗っぽくいえば金太郎飴みたいなものなんですよ(笑)。金太郎飴もゆがんだりするじゃないですか。だけど一応金太郎の顔が見える。どの瞬間も同じフィーリングなんだけれども、細かく聞けばどんどん変わっていくみたいな。それが僕の絵画の時間との接し方です。

・・・なるほど。絵画は映像のように動かないから、瞬間か永遠しか表現できないわけですからね。

mamoru: 絵画においてのそういう時間性は、日本画の画材の話を聞いたときに鮮烈な印象を持ちました。銀が炭化して黒くなるというのをアーティストが受け入れた上で使うということとか、結局描かれた 『もの』 は変化していくわけじゃないですか。究極的に『もの』は朽ちていくわけだから、でも音楽は譜面を書いてしまえば固定できる。しかも、僕らはデジタルのメディアを使いますから完全に固定できるわけですよ。

諏訪: 情報になってしまうからね。物体は変化するけれども、情報は変化しないから。

mamoru: 逆に朽ちていく側に、それをどう寄り添わせるかという妙な工夫をしなくてはいけない。それで僕が気付いたのは、そういうズレは、生でこの瞬間にしか起こらないことというのを入れない限り、どうしても 『もの』 と僕の音との間に距離がありすぎてしまいBGMになってしまう気がするということです。ですから、平面の方とかビジュアルの方の方が僕の音に反応してくるというか。音楽の人からはよくわからないといわれます。

・・・わからないとは?

 こういう音とこういう音がなんでつながるのかというようなことです。 今回の作業に関しては、リズムとかそういうものを音楽的には解釈していないんです。なぜかわかるんですよ。このぐらいで音をおけば、いけるみたいな(笑)。

諏訪: 音楽のジャンルは大抵リズムで分けられるから、リズムはどうしているんだと思うのかもしれないね。

mamoru: こっちがパーンと鳴ってあっちがパーンと鳴って、そのタンタンで世界を描くのが音楽じゃないですか。それを僕はコントロールしていないので。まぁ、ざっくりとコントロールしているくらいなんです。

諏訪: 実際にディティールを見ていくと変拍子でさえなくて緻密にズレていくわけでしょ。

mamoru: この場合は1と2なので、1と2が作用して生まれるものという最終の動く枠みたいなものが自分でイメージできるというか。

諏訪: mamoru君の音というのは、ハーモニックスを多様してやっているのは最初から一緒だけど、今回は真空管を使っているせいもあるけど、ものすごく倍音を使っているでしょ。

・・・倍音って何ですか?

諏訪: 振動数が基音の整数倍であるような上音のことをいうんです。普通のCDプレーヤーでは聞いているとカットされてシングルの音しか出ないんです。でも真空管を使うと倍音が増幅されるというか、ゆらぎが生まれるんです。データー上はプアなものなんだけど、実際に人間の耳で聞くと情報量が多く見えるものなんです。

・・・ゆらぎですか。でもある意味リアリズムとゆらぎは相反するようにも思います。

諏訪: 調べる感覚でやっているといいますか。皮膚だとか布だとか人間の眼球についているヌラヌラは、質感を表現する色幅が必要なんですけど、それを定義づけすることは情報として扱うとものすごく簡単にできるんですよ。
だけどそれを定義で切り分けないで、過剰に観察し続けると、音楽でいう倍音の成分が増えるのと同じように、すごく不確定なものが・・・例えば皮膚、皮膚が一番わかりやすいと思うのですが、カオスな情報がすごく含まれているわけです。
それを徹底的に観察し続けると、 絵が終わらなくなってしまうけれども(笑)、その成分が多ければ多いほど、豊かなものになるのではないかと。そこまで緻密にずらしているわけではないけれども、mamoru君の音とリンクしてる部分はあるかなという感じはしています。

・・・絵が終わらなくなってしまうというけれど、自身で完成と思えば完成なんじゃないですか。死んだら区切りがあるから、終わりになるかもしれないけれども、生きている内はずっと続くというか。完成は結局ありえないのではないかと・・・。

諏訪: そうですね。これから完成を放棄したものを少しずつ増やしていこうと思ってるんです。ただそればかりやるとこちらも経済的に困ってしまうので(笑)。だけど自分の言っていることを本当に突き詰めていくと、完成はありえないことになってしまう。それを思っているだけではなくて、やっていかなくてはいけないのではないかと思っているんです。
例えば女性を描いていても相手は変化していくし、こちらの考えも変化していくから、結局逃げ水を追っているようなもの。完成として切り分けてくれるのは、会期が迫ったからとかというような外側の都合なんです。でもそればかり言っていたのでは展示は成立しませんから、さじ加減の問題だと思うんですけれども。

・・・少し話は変わりますが、今回の展示は五階、四階、三階と順番に見て行くわけですが、何故四階では音楽は鳴らないのですか。

諏訪: 予算の都合もありますし、あまり欲張ってもね。

mamoru: 時間の問題もありした。音を仕上げるのに時間が掛かったんです。それに落差があった方がよいのではと初めから思っていました。

・・・四階の展示は大野さん(http://www.gaden.jp/info/2007/070609/0609.htm)の作品が一点あればいいと、私は思っているんですが。

諏訪: 自分としても作品数が多すぎると思ってるんですが、今回今までの作品をダイジェストで見せなければいけないというテーゼがあったので、だけどそれだけでは若いのに、回顧展みたいになってしまうので、どこかでクリエーティブなものを見せたいという希望がありまして、三階のフロアーを最後に持ってきたんです。自分自身でできることはすべてやってみたかなという感じですね。

・・・四階を見た段階では回顧展を見ているなという感じがしました。言い方は悪いけど、四階だけ見て帰ったら、普通の展覧会を見たなという印象だけだったような気がします。でも三階に来てドアを開けた瞬間に、水の中に入ったような気がしたんです。

諏訪: その言い方はわかりやすいかもしれませんね。空気の質量が少し違うでしょ。

・・・心地良さを感じたわけではなくて、mamoruさんのいう。頭が金太郎飴になったみたいに切られたなって。オサルスにとってはスパっと一刀両断に切られてとても気持ちよかったんですよ。

諏訪: そういうことで見出しもできたし、落ちもつきましたね。

・・・今日はどうもありがとうございました。

後期になると、作品が少し入れ替わるようです。作品は写真でご紹介出来ますが、音は言葉では説明不可能。体感されることをお薦めします。
2月24日(日)まで。

ATSUSHI SUWA Web : http://members.jcom.home.ne.jp/atsushisuwa/

mamoru Web: http://www.afewnotes.com

関連情報 2007.6 2001.8

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