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ホントに本と。 飯沢耕太郎 Kotaro Iizawa 「写真を愉しむ」

 写真を愉しむ -奥深い世界を味わい尽くそう-

 念願のデジタル一眼レフを買うために 『価格ドットコム』 の掲示板を見ている内に、写真を見ることから楽しむことに興味が出てきて。掲示板に書き込まれている方々は、ブログで写真を公開されていて、みな楽しんで写真を撮っているなという姿勢が微笑ましく思えたんです。ちょうどタイムリーに飯沢耕太郎さんの 「写真を愉しむ」 が出版されたことをお聞きし、早速お話を伺いました。

・・・「写真を愉しむ」 を拝読させて頂きましたが、写真について至れり尽くせりの内容だと思いました。

 サービス精神が旺盛なわけじゃなく、いろいろわけがありまして、はじめはもう少し日本写真史よりな本を作る計画だったのですが、以前書いたものとダブってしまうのと最近ワークショップでポートフォリオを作る授業をしていて、今回の本に書いてあるような内容の話をしたりレジメを作ったりしていました。
それで写真を撮ること以外の楽しみ方で何かできないかなと、岩波の編集者と相談し急遽全部書きおろしにしたんです。

・・・ポートフォリオを作るという言葉で思い出したのですが、昨年キャノンが開催した 『写真新世紀』 展を見に行きました。各作家の作品の前にポートフォリオが置いてあり、見ている側としては、テキストと写真の関係性を把握できたような気がしたんです。ある意味写真学校やワークショップでの授業が功を奏しているのではないですか。

 僕は圧倒的にまだ駄目だと思うよ。美術系大学の学生に比べて、写真学校や写真学科の生徒のプレゼンテーションの取り組み方は非常に弱いと思う。それをまず言いたい。

・・・そうですか。でも写真はファインアートに比べてテキスト次第で見え方が変わってくるように思います。

 例えば報道写真であればデータやテキストがとても大事になってくるわけだし、伝統的に言葉とのかかわりのなかで写真は成立したということが言えることは言えるよね。
それこそ画家の人たちが自分の作品について書かないみたいなことと、写真家の文章はちょっと違うね。以前 「写真とことば」 (集英社新書) という本を書いたことがあるんだけれども、うまいと思うよ。だからと言って若い子たちが、ちゃんとやってるかといえばそうでもないと思う。今まで写真教育のなかでそういうことを教えるパートがなかったんですよ。
撮った後にそれをどう言う風に編集していくとか、あるいは写真集にどうやってまとめるかみたいな授業はほとんどない。今もないと思う。

・・・あの展覧会を見る限りでは、ハイレベルなイメージを持ったのですが。

 写真新世紀展と一坪展は、ある意味、ここ10年間でものすごい教育効果があったのよ。学校でやらないことをやったわけ。それに写真新世紀展には千人以上の応募がある。千人以上のなかから絞られてくる人たちだから、当然レベルは高いと思いますね。

・・・部分的にレベルが高くても、まだ全体はそこそこということであれば、逆に写真の可能性はまだまだたくさんあるということですか。ご本のなかにもそのことは書いてありますね。

 僕はそう思うんだけれどもね。20世紀には写真の全盛時代があるわけでしょ。写真が時代をリードしていたというか、ただ色んな意味でアートの世界にしてもコミュニケーションの世界にしても、それはもう終わってしまったのかなという気がしないでもない、その中でどういう形で新しい可能性というのを作っていくか、今は大きな転換点、岐路に来ていることだけは間違いないです。写真家自身がみな迷っているからね。

・・・それは美術の世界も同じではないでしょうか。

 それはそうだ。モダンアートの輝きみたいなものをそのまま維持していくのが難しくなってきているわけだし。

・・・少し話がそれるかもしれませんけれど、美術系の学生と写真系の学生の現状においての違いを挙げるとしたら、美術系学生は青田刈り的な傾向が見受けられるように思うのです。そういう意味で写真は、若くておもしろい作家は多いけれどもあまり持て囃されてはいないのではないですか。

 活気づくのはいいことじゃないかな。写真の作家にも少しはその恩恵が来てくれるといいと思うんだけれども、写真は売れないからね。今回の本にもオークションの惨状を書いたじゃないですか。オークションハウスに併設されているギャラリーもどうやら東京から撤退するらしいよ。

・・・そうなんですか。美術業界も二極化が進んで、儲かっているところと儲かっていないところがはっきり分かれているみたいですね。

 先日韓国に行ったんだけれど、アジアのいろいろな国が非常に元気が良くてさ、アートの市場を拡大しようとしているので、負けていられないという気持ちはギャラリストの人たちは持っているんじゃないの。

・・・でも株式市場と同じで日本を素通りしていく可能性がありませんか。

 非常にあると思うね。韓国の郊外に美術村が出来始めていて、100位のギャラリーが集まっているわけ、郊外といってもソウルからタクシーで30分以上かかるんですよ。実際にどれだけそういうところでお金が動いているのか分からないけれども、非常に華やかですよ。

・・・IMFの発表で世界経済は収縮の傾向にあると言われていますが、私はネガティブな性格なので、どうも暗いことばかり考えてしまう。先日ツァイト・フォト・サロンの石原さんに『もっとエネルギーのある人に逢わなければいけないよ』と言われたばかりなんです(笑)。

 エネルギーというか、元気にやって行くことは非常に大事なことだと思いますよ。生命力がいちばん大事なことで、最近写真を見る基準にしてもまずそれを考える。まぁネガティブな意味での生命力があってもいいし、被写体が暗い被写体とか重い被写体でもいいと思うんだけれども、生命力の輝きと流れが欲しい。
停滞しては駄目なわけさ。流れているという感じる作品はいいと思う。そういう人がもう少し写真の世界でも出て来てくれるといいんだけどね。昨年の写真新世紀展を見ていると、それなりにこ器用にうまくまとめることはできるんだけれども、ちまちましいるように思う。そこら辺をなんとかしたいなという気持ちがすごくあるんですよ。

・・・それは何かを超えるということですよね。昨年拝見した『スティル|アライヴ』展での大橋仁さんの言葉に『・・・何かの感情が動いた瞬間なんですよ。でも僕が一線を超えて半歩でも出なければ、そういう瞬間には立会えないわけです』と、その言葉がすごく印象に残りました。ご本のなかでも、目に触る感覚ということを言われていたけれども、大橋仁さんの作品から久しぶりに『ざわり』とした感覚を味わいました。

 90年代以降写真と現代美術の境界線がなくなるなかで、写真の現代美術化の問題があると思うんですよ。写真の現代美術化は基本的にどういうことかといえば、今はあらかじめコンセプトを立てて、設計図を作ってそれに合わせて写真を作っていくみたいなこと。その部分と言うのは商品として、アートのマーケットのなかで売るためには、結構大事な部分があるでしょ。でもその中で何か消えかけているものがあるわけで、それはやっぱり怖いですよ。

・・・怖い部分というのは?

 写真が本来抱え込んでいた危険な部分とか、何が起こるか分からないところにかけるあり方みたいなもの、それが弱ってきていると思う。そこを守っていかないとなかなか厳しい。それが写真の武器になる可能性が非常に高い。
そういう意味では二極化じゃないが、両面作戦が必要になってきていて、片方ではアートマーケットのなかでの写真の市場を拡大するためにはどうしたらいいのか。それを本気になってみんな考える時期に来ているのと、かといってその中で、こぎれいなまとまりのある写真ばかりじゃなくて生命力を維持するような写真のあり方をどのように考えていくか・・・。それにしてももうちょっと写真は売れたほうがいいと思うな。

・・・そんなに売れないものなんですか。

 本当に売れません。値段的には10万円以上の写真は売れない。

・・・でも海外のマーケットは違うんじゃないですか。

 どこかでボタンのかけ違いがあったと思うんですよ。今回の本にも書いたけれども、日本にオリジナルプリントの概念が入って来たときに、それがきちっと定着できなかったという風な歴史の流れがあって、いまだに写真家のなかにはアートマーケットのなかに写真を出すということに対するある種の「そういうことは違うんじゃないのか」みたいな思いがあるわけよ。それが写真を出す側にずっと残っているし、購入する側も不安なんですよ。両方に不安感があるからどうもうまく動いていかない。

・・・絵の場合とは違うわけですね。

 絵はオリジナル信仰がずっとあって、実際に1枚しか描けないわけだから、でも写真の複製技術としてのウィークポイントみたいなものは、アートマーケットのなかでずっとあるわけだから、エディションが大事になってくる。そのエディションを維持するというか管理するというか、それは今の日本の写真の状況のなかでは難しいと思う。それを本気になって考えなければいけないと思いますよ。
先日吉祥寺美術館に土門拳展を見に行ったんですが、隣のブースで浜口陽三の版画展示があり、作品の下にバッテンがついている原版が展示してありました。要するにこれ以上のエディションを出さないということで原版を破壊しているわけでしょ。それを写真家はやれないですよ。ネガにバッテンはつけられない。でも版画家はやっている。そこら辺に違いが出てきてしまう。本当に考えるのであればネガにバッテンをつけるべきだと思うね。

・・・では写真家はどうやって食べているんですか。頼まれて写真を写している場合もありますよね。

 それと原稿料みたいなものでしょう。作品で生活していこうと考えてそれでお金を得ている人は何人いるか分からない。たぶん現代詩人と同じぐらいの数だと思う。現代詩と現代写真はすごく似てると思うんだけれど、詩人で食べてる人は谷川俊太郎さんぐらいしかいないんじゃないの。あとはどこかの大学で教えているとか、それと同じような状況だと思う。それにしてもネガをバッテンにするぐらいの覚悟が必要だよね。

・・・写真で食べていくのは難しいかもしれないけれども、プロの写真家になりたい人は、どうやったらなれるのかと思うのではないでしょうか。

 専門分野を持つ必要は絶対にある。今の子たちはそこが弱い。あまりスペシャリストになろうという気はないみたいだし。

・・・「今の子たち」という言葉で思い出しましたが、日常性を撮っている人って多いですよね。もういいやと思いますけれども。

 90年代にあるピークに達して今やみな飽き始めている。それがいちばん撮りやすいというか、入り込みやすい形だからね。でもそこからスタートするのは大事なことではあるんですよ。

・・・そう思うんですけれど、ウメメの写真はすごくおもしろいと思います。

 ウメちゃんね。日常のなかでもいくらでも可能性があると思うのだけれども、逆に言えば、みながこれだけ撮るようになってしまったときに、ある意味ウメちゃんみたいなスナップショットのスペシャリストになるには、ものすごい才能と努力とある種の技術が必要。ウメちゃんは動体視力がすごくいいよね。
写真家としてはイチローみたいに動体視力がないと、これからは難しいでしょう。僕らは日々の泡と言ってるんだけれども、日々の泡みたいな写真が出てきたら、もうそれだけで見る側のバイヤスがかかってしまうので、今はそれだけで難しいよ。

・・・プロになるのは厳しいですね。でも例えば私が何を撮ろうと考えたときに、花を撮るのが好きなので、スペシャリストになるつもりは全くないけれど、PCで見て自画自賛しているのが楽しいんですよ。最近そういう楽しみを覚えました。

 それで僕はいいと思うんですよ。今回の本ではそれが言いたかったわけで、プロの写真家になるだけが写真の楽しみではないわけだし、写真を使って色んなことができるということが、ものすごく幅が広がったわけだから、それを大いに利用して、それこそ楽しく発表したり撮ったりしたらいいんじゃないの。

・・・私は発表しませんけどね。

 ネットで簡単にできるじゃない。ただネットでの発表は諸刃の刃だと思う。ネットで発表したところで、大きな広がりがあるわけじゃないでしょ。だから展覧会のことを敢えて書いたのは、展覧会はいわばパブリックな場なわけだから、ネットみたいな半分プライベートの場とは違うような反応が絶対に返ってくると思うのね。
だから展覧会をやってみたらいいんじゃないのとか、写真集を作ってみたらいいんじゃないのと、非常に強くアピールしているんです。

・・・私的なことですが、今までずっとコンデジを使っていたんですが、昨年やっとデジ一を購入しました。

 今まで使ってなかったの?

・・・ええ。いまさらですがコンデジとデジ一では全然違うんですね(笑)。デジ一はカメラの機能やレンズなど勉強しないと分からないことが多くて、それに日進月歩で機種がどんどん様変わりしてしまう。追いかけるのはもちろん無理なんですが、新機種が出ると触りに行きたくなるんですよ。それも楽しみにひとつなんです。去年丁度通り掛かったニコンサロンでD300発売のトークショーが開催されていて、団塊の世代の人がほとんどでしたが、みなワクワクしている様子がすごくいいなと思いました。

 一眼レフカメラは難しいから、老化防止になるからいいじゃないの。

・・・写真業界の戦略としては、その世代を取り込むことがとても大事なんだなと思いますし、写真人口の裾野がとても広がったように思います。ただデジカメは買うのは高いけど売るのは本当に安い。フジのコンデジは買ったときは5万円ぐらいでしたが、売るときは二千円でした。トホホ・・・ですよ。

 デジカメの時代になって大きく変わったことというのは、それがいちばん大きなことですよね。つまりカメラはこれまではある種神聖な道具だったのが、ただの消費財になってしまった。それはちょっと残念だけどね。

・・・ところでこのご本は11月に発売されて売れ行きはいかがなんですか。

 結構売れているみたいよ。たぶん増刷することになると思う。

・・・写真をやりたい人には、読みやすいしためになると思います。

 まず写真をやりたい人と写真をやってきた人に読んで欲しい。さっき話に出た定年退職後に写真をはじめるアマチュアカメラマンの志の部分を、もう少し高めたいと言うか広めたいわけです。 それを僕は前から思っている。もったいないですよ。
彼らは会社で一生懸命にやって来たわけだし社会的な地位もあると思うし、今の団塊の世代は知的能力も高いと思う。だからアマチュアクラブで先生の言う通りに、花を撮ったりして喜んでいる部分からもう少し脱皮して欲しい。

・・・それには良い写真をたくさん見ることですね。

 巻末にわざわざギャラリーのリストをつけたということは、そういう意図があるわけでなるべく見て欲しいと思うし、もう少し選択肢を増やして欲しいと思いますね。

・・・今日はどうもありがとうございました。

 インタビューの収録は、JR恵比寿駅徒歩1分。豆腐百珍由庵アトレ恵比寿でランチを食べながら行いました。
『せいろ膳』 に古代米を頂きましたが、こちらのお店は豆乳ファクトリーを設け、お豆腐を毎日製造しているだけに、お豆腐の味は秀逸。塩で食べたのははじめてですが、さっぱりとしたのど越しがGOODでしたよ。

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