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多摩美術大学大学院美術研究科版画修了制作展  2009年 3月9日 - 3月14日 文房堂ギャラリー

多摩美術大学絵画学科版画専攻卒業制作展  2009年 3月9日 - 3月14日 銀座東和ギャラリー

 今年から作家として飛び立とうとしている多摩美術大学大学院生3名・学部生2名(一名は大学院予定)にインタビューをしました。

 前澤妙子さん。作品名「ちうちえ」

・・・版を部分的に使っているんですか。

 ええ。スポットがあたって光が照らされて影が下に映っている部分に、蝶の版がありまして光が当たることによってチラチラと蝶が舞うみたいに見えると思います。版画の部分は紙版で凄く小さいんですけれども・・・。
今回の作品はまず大きな目を描きたかったことから始まり、その目によく見えているのか見えていないのかわからない蝶の姿を描きたかったんです。はじめは右側だけだったのですが、顔にした方が蝶が映り込む流れが出るのではないかと思いまして。ただ最初から顔を意図したわけではなかったので少し隙間をあけました。

・・・タイトルは 「ちうちえ」。テーマをお聞かせ下さい。

 自我の芽生えと言いますか、幼さの象徴として使っているタイトルなんです。小学校の1年生ぐらいの時に 「ゃ、ゅ、ょ」 を習いまして、テストの時に先生が 「ちょうちょ」 といった言葉を書いたことがあって、自分では 「ちょうちょ」 と書いたつもりでとても簡単だったと得意満面になったんですけれども、実際は 「ちうちえ」 と書いてペケになってしまいました。
それで家族や親戚に笑われてとても悔しい思いをしたことがあります。悔しさとか哀しさなど感情の起伏が大きかった場合は記憶に止まるといいますか、それは自我が目覚めていく過程でとても重要なことだと思っています。そういう人格が出来上がっていく過程をテーマにして作品を制作しています。

・・・「ちうちえ」 は幼の象徴、「ちょうちょ」 との結びつきをもう少しご説明ください。

 私は田舎で育ったものですから自然の中で遊ぶことが多かったんですけれども、七節という体や脚が細長く枝や葉に色・形とも似た虫がいまして、小さい頃は知らなかったものですから、木が動いているように思えて恐怖を覚えたことがあるんです。
母からそれは虫よと教えられたんですが、それまでは平気で取ることができたのですけれど、それ以来足が折れたり触覚がとれたりする虫が恐ろしくて嫌いになりました。その虫の代表格が蝶であったり、私の中で自我が芽生えていく過程でのキーポイントになっています。

・・・これで卒業されるわけですが学生時代を振り返ると、そしてこれからは。

 私は通信教育で単位を取りましたので学部の経験はなく大学院で二年間学びました。三年間社会人として働いてからの学生生活でしたので、とても有意義な時間を過ごせたなと思っています。
これからは見てくださる画廊さんがありまして、アートフェアーなどに出品しながら年一回個展をしていく予定です。でもそれでは食べられませんのでバイトをしながら作家活動をしていくつもりなんです。ずっと続けてきたいと思っていますので就職というよりもコツコツと頑張っていきたいと思っています。

 柴田源太さん。作品名 「やすめ」 「うたえ」 「むしば」 「ならえ」

・・・タイトルは 「やすめ」 「うたえ」 「むしば」 「ならえ」。

 僕は、日本人を持っている場の空気を読まなければいけないという感覚に、愛憎の両面を持っていてそれが好きでもあるし嫌いでもあるんです。
作品制作は自分個人の内面と向き合っていく中で自分が住んでいる環境の社会性みたいなものと結びついて来る。そういう日本独特の日本人の空気感や空気の読みあいなど、個人個人の身の置き所を意識する感覚が面白いと思っています。今の方が頭でより理解は出来るんですが、子供の頃は今よりももっと純粋にそういう感覚を感じていたと思うんです。
タイトルに 「やすめ」 「うたえ」 「むしば」 「ならえ」 をつけたのは、小学校の時みたいに好きな先生なんだけれども、全体として命令されているような、また個人を尊重した自由さを感じながらも子ども同士で空気を読み合っているような、そういう感覚を作品にしているのでこのタイトルになりました。

・・・稲妻のような亀裂ががかなり印象的ですが、この亀裂はそういう場に風穴を開けるというような意味合いもあるんでしょうか。

 それはあります。自分自身がこん畜生というぐらいの強さを出すことをはばかられる世代といいますか。より強い主張をいわなくても違う方法があるじゃないかというようなことがどんどん強まっていて、そのくせルールを重視する傾向も日本の社会は強まっている。
言葉にするとだい逸れて聞こえるかもしれませんけれども、そういう感覚に対しての理解と愛情とこん畜生、こん畜生のためにはやはり激しい要素が自然に出てくるというか。それを見ている人に見せつけたいというか。

・・・ただ、こん畜生と言いながら自分自身がズタズタになっているような要素もあり、振りかざした刃が自分自身にも突き刺さっているようなイメージもある。でもその刃の向かう先の見極めがまだ曖昧だなと感じる部分もあります。

 自分自身も含まれた全体性みたいなものに向かっているので、自分に返ってくるのは甘んじて受け入れようと、そういう意識や感覚はみんな持ってるんじゃないのかと・・・今は、攻撃性みたいなもの確かにする段階でその先まではまだ考えていません。

・・・技法は木版画。多摩美術大学で6年間学ばれたわけですが木版画を選ばれたきっかけは。

 木版画の技法としてぶつけやすいというのは単純にすごくあります。その表情がすごく好きで、無理矢理版画をやっているというよりは希望して選んでいるんです。学校を選んだのは始め絵には興味なかったんですが、面白そうだから行こうという不純な動機で、皆、受験というあるレールに乗るじゃないですか。
僕は予備校に全然なじめなくて、でも版画科があるのを知り第一希望で選びました。木版をするようになり制作の具体性がやっとここ一、二年で形になるまでになって来た感じです。

・・・これからは。

 作品を作る事と自分との距離がわかったんですけれども、多分作品をずっと作り続けるんですが、プロとしてやっていく生き方というのが分からないのでどうなるか分かりません。ただ、作るという行為をすれば自ずと自分の作品が作れるようになったみたいに、きっと自分自身で頑張り方が分かってくるんだろうなと思っています。

・・・楽しんで作っていますか。

 すごく。

 山上晃葉さん。作品名「そしておそらく一生つづくこともない」「アナフェイズ(細胞分身)」

・・・「アナフェイズ(細胞分身)」というのは。

 受精卵が細胞分裂を繰り返し人間になる過程を人体の形で表現したいなと思い制作しました。

・・・以前から数回作品を拝見していて袋状の人間の集合体がすごく気になっていました。何故リトグラフで作ったものをレリーフ上の形態にしたのですか。

 はじめはリトグラフを紙に刷っていたんですけれども、大学2年生の頃から人体を描くようになり、人の形を描いている中で紙に刷ることで作品がそのまま止まってしまうことに少し違和感を感じて、またちょうどそのころコンテンポラリーのダンスや舞踏に興味を持つようになり、動かしたいというか、人の皮膚感覚にもっと訴えたいと考え始めて、その時に覚え始めたリトグラフを使って何ができるかと思ったときに、布に刷ってそれを縫ってまた新たな形にできないかなと思ってやり始めたんです。

・・・山上さんの作品を見ていると、言葉は悪いですが人は所詮クソ袋なんだという言葉を思い出しました。

 面白い言葉ですね。雑誌とかに載っている女性の体やそのフォルム、そういう美しさや概念とかを壊すまではいかないんですけれども、もっと美しいとか力強い形がほかにあるのではないかということも言いたい部分で、もっと土着的で豊満で女性の体が大地に根付いていて、実際に自分が現代の中に生きていて、それを感じることはすごく少なくて、でも自然の中に入れば人はそういうことを感じるのだろうし、皆が同じものを持っているその体の形で表現したいなというのがありますね。

・・・小作先生の作品を彷彿させる流動するエネルギーを感じるダイナミックな作品だと思います。今まで立体化した作品ばかりを拝見していたのですけれども、壁面の作品の方が捉えやすいですね。ある意味、身わけ言わけされた人体の両面を捉えることができるし、息をしているブレス感を感じますね。

 小作先生もよく言われていますが、大きいサイズが持っている力強さも私が表現したい人体の力強さもつながるところがあるので、サイズにこだわるわけではありませんが圧倒させたい気持ちが強いですね。壁面の作品の方が皮膚感を感じるとよく言われます。この形はまだ始めたばかりで手探りの状態なのですけど、見せ方はまだまだいろいろできるなと考えています。

・・・この布は強力なパンティーストッキングみたいなものですか。

 素材を探す過程から制作が始まるんですけれど、その素材との出会いがいちばん楽しい部分です。手に入ったものでどうするかみたいなものを考えるのが面白かったりしますね。

・・・多摩美に入学した動機は。またリトグラフを選ばれたのは。

 偶然というか現役の時に多摩美の版画科だけ受かったのがきっかけなんですけれど、私は版画の気質があったのですごく良かったなと思ったんです。リトグラフを選んだのは、最終的には小作先生を尊敬していることとアトリエの雰囲気があったんですけれど、リトグラフは描くことを続けていけそうだなという点、木版だど彫りになるし、もう少し描くということをやりたいんです。

・・・これからは。

 作家としてやっていこうと思っています。これから海外に行く事を視野に入れながら今は、ダンスの衣装を作ったりしていますし、手段はいろいろ変わっていったとしても私の中心にあるテーマをずっと追い続けていくだろうし、とりあえず生活をしながらずっと続けていきたいと思っています。

 学部生 柳沢良さん。作品名 「唾はき」

・・・作品について少しご説明いただけますか。

 作品の説明というと難しいのですが、僕は最初からコンセプトを基にしっかりと理論的に作品を作るという感じではなく、どちらかと言えば直感的に思いついたものをひたすら描画して作品を作っていくというやり方でやっています。
これといったコンセプトは無いんですけれども、ただ自分の中でひとつ感じていることがありまして、僕は銅版画の線が何重にも折り重なって出る黒い質感みたいなものがきれいで好きなんですよ。
その他にも少しシュールであったりグロテスクであったり、常識的でないものに惹かれる傾向がありまして、そういう好みや思想というものは無意識のうちに作品に出ているんですね。

・・・銅版画を初めから志されたんでしょうか。

 そうですね。僕は版画に来る前もペン画のようなものが好きでずっとこのような作品を描いてきたわけですよ。リトグラフや木版よりは、版画科に入った時点で銅版画をやりたいということを考えていました。

・・・多摩美での四年間は如何でしたか。

 僕はこれから大学院に進みますのでまだ終わりという感じはないですけれども、あっという間の4年間でしたね。でもその四年間の中で悩んだり勉強したり、制作したりしながらここまでやってきました。後の院生の二年間でその仕上げをしたいと今は思っています。

 美甘詩乃さん。 作品名 「地図がよめない人B」

・・・少しご説明ください。

 エッチングにカラーインクをのせて色づけしたものです。作品をよく見ていただくと細かい正方形がたくさん並んでいるのが見えると思うんですけど、これは鳥瞰図です。上からみた大地なんです。そこで迷っている人といいますか。

・・・迷い込んでいるのはあなたご自身かもしれないし、他の方かもしれないということですか。

 そうですね。この絵を見る人に語りかけています。この作品はAとBがありまして五美大展には対で提示したのですが今回はBのみです。両方を見ていただくとAの方が動物が正面を向いてます。面長な顔の動物は正面から見るとなかなかマヌケな顔をしていて、見方を変えれば要素は変わってくるということ。
地図を持ちながら道を歩いても同じようなことが言えると思うんです。こちらの道から行くのとあちらの道から行くのとでは見える風景が変わってくるし、目的地は一つであるかもしれないけれどもそこに行く道は限りなくある。

・・・版画を四年間学ばれていかがでしたか。

 私は銅版画が第一志望だったんです。特にエッチングを主に使用しています。なぜかといいますと描いたものをそのまま版にできるということなんです。ドラポイントになりますとニードルで引っ掻きますから思い通りの絵は描けない。緻密に描くことが好きなので、細かいところまで自分の思う通りにできるということが魅力です。
それと例えばエディションを三十枚刷ると仮定しても、同じ版なんだけれどもその時の身体性に多少左右されて、その時々の表情が違って見えるということが面白いです。

・・・これからは。

 これで卒業しますがアルバイトをしながら作家活動をしていこうと思っています。

 皆さん。卒業おめでとうございます。

多摩美術大学大学院美術研究科版画修了制作展  文房堂ギャラリー
多摩美術大学絵画学科版画専攻卒業制作展
銀座東和ギャラリー
多摩美術大学 http://www.tamabi.ac.jp/

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